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9.新しき律
母なる者たち
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1942年(昭和17年)7月1日。
東京・赤坂にある旧華族会館。
その一室では、普段は上流階級の婦人たちが集う茶会が開かれるはずの時間に、
まったく異質な“会合”が始まろうとしていた。
出席者は、帝国婦人会、国防婦人会、救護看護団、女子青少年育成連盟の代表者たち。
そして、中央の長机に座るのは――十四歳の蒼月レイだった。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
レイの声は落ち着いていた。包帯の取れた左腕はまだ少し痺れが残るが、言葉に迷いはなかった。
「これからの日本は、兵士だけで成り立つものではありません。
僕は今、“未来を産む力”――つまり、女性たちの力にこそ希望を見ています」
年配の婦人たちは、一様に驚いた表情を浮かべた。
少年の口から出る言葉とは思えぬほど、堂々とし、明確な意志が込められていたからだ。
「皆さんがいなければ、この国の家族も、教育も、地域社会も成立しません。
僕は、皆さんの経験と知恵を、“国家戦略”の中に組み入れたいと考えています」
その言葉に、帝国婦人会の重鎮がゆっくりと口を開いた。
「つまり、あなたは“我々を利用する”と……?」
レイは、真っすぐその視線を受け止めた。
「利用ではありません。“信頼”です。
国家が女性の力を本気で信頼する――それは、今までの日本にはなかった姿です」
しばし沈黙が続き――
「……よろしいわ、蒼月閣下。あなたの言葉、試してみる価値はありそうね」
場が和んだ瞬間だった。
⸻
その数日後、外務省を通じてある計画が実行に移された。
名称は『大東亜文化連携プロジェクト』。
対象は、フィリピン、ビルマ、インドシナ、オランダ領東インド(現在のインドネシア)――
すなわち、日本の“軍政統治地域”に限定されるものの、
「文化」「医療」「教育」の三本柱で現地支援を強化し、
“占領ではなく共存”というイメージを内外に印象づけるための戦略だった。
その先頭に立ったのは、蒼月レイだった。
「我々は、これまで『皇軍の威光』で物事を進めてきました」
東京帝国大学の大講堂。レイは、各植民地担当官や軍司令部の幹部に語りかけた。
「ですが、力では心は動きません。“病院を建て、学校を開き、母語で教える”――
そうすることでしか、人々の信頼は得られません」
ある陸軍参謀が反論した。
「だが、それは甘い幻想ではないか? 支配とは、従わせることだ」
レイは静かに首を振った。
「違います。支配は、いずれ壊れます。“導くこと”だけが未来を創るのです」
⸻
そして、7月15日。
ジャワ島バンドン郊外に、日本が資金提供した初の“母子保健センター”が開所された。
現地の女性たちが笑顔で迎えたレイは、通訳を通さず、ゆっくりとインドネシア語で語りかけた。
「Selamat pagi. Saya datang bukan sebagai penjajah, tapi sebagai sahabat.(おはようございます。私は支配者として来たのではなく、友人として来ました)」
会場に、歓声が湧いた。
軍人たちはその様子を戸惑いながら見つめていたが――
現地の子どもたちがレイの手に花を渡す姿に、徐々にその目が和らいでいった。
⸻
同日夜。
レイは現地司令官の邸宅で、軍医長との会話に耳を傾けていた。
「レイ殿。……正直に言えば、最初はあなたを“理想だけの子ども”だと思っていました」
「よく言われます」
「だが……今日、私は変わった。あの母親たちの目を見たからです。
“敵の国の少年”ではなく、“未来をくれた存在”として見ていた」
「ありがとうございます。でも、これで満足はしません。
日本が目指すのは、“文化の帝国”ですから」
「文化の帝国……?」
「はい。血と鉄の時代ではなく、言葉と希望の時代を創る。
そのために、母たちの力が必要なんです」
⸻
東京。翌日。
レイが帰国したとき、既に帝国議会では新たな議案が提出されていた。
『女性育成予算案』『アジア婦人連携本部設置法案』――
それらはすべて、“母たち”と共に歩もうとする国家の意志だった。
そして、議場の傍聴席には――
白い着物姿の、かつての戦地看護婦たちが静かに座っていた。
その目に映るのは、若き“設計者”の背中。
十四歳の少年が創ろうとする未来の片隅に、彼女たちの“誇り”が確かに存在していた。
東京・赤坂にある旧華族会館。
その一室では、普段は上流階級の婦人たちが集う茶会が開かれるはずの時間に、
まったく異質な“会合”が始まろうとしていた。
出席者は、帝国婦人会、国防婦人会、救護看護団、女子青少年育成連盟の代表者たち。
そして、中央の長机に座るのは――十四歳の蒼月レイだった。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
レイの声は落ち着いていた。包帯の取れた左腕はまだ少し痺れが残るが、言葉に迷いはなかった。
「これからの日本は、兵士だけで成り立つものではありません。
僕は今、“未来を産む力”――つまり、女性たちの力にこそ希望を見ています」
年配の婦人たちは、一様に驚いた表情を浮かべた。
少年の口から出る言葉とは思えぬほど、堂々とし、明確な意志が込められていたからだ。
「皆さんがいなければ、この国の家族も、教育も、地域社会も成立しません。
僕は、皆さんの経験と知恵を、“国家戦略”の中に組み入れたいと考えています」
その言葉に、帝国婦人会の重鎮がゆっくりと口を開いた。
「つまり、あなたは“我々を利用する”と……?」
レイは、真っすぐその視線を受け止めた。
「利用ではありません。“信頼”です。
国家が女性の力を本気で信頼する――それは、今までの日本にはなかった姿です」
しばし沈黙が続き――
「……よろしいわ、蒼月閣下。あなたの言葉、試してみる価値はありそうね」
場が和んだ瞬間だった。
⸻
その数日後、外務省を通じてある計画が実行に移された。
名称は『大東亜文化連携プロジェクト』。
対象は、フィリピン、ビルマ、インドシナ、オランダ領東インド(現在のインドネシア)――
すなわち、日本の“軍政統治地域”に限定されるものの、
「文化」「医療」「教育」の三本柱で現地支援を強化し、
“占領ではなく共存”というイメージを内外に印象づけるための戦略だった。
その先頭に立ったのは、蒼月レイだった。
「我々は、これまで『皇軍の威光』で物事を進めてきました」
東京帝国大学の大講堂。レイは、各植民地担当官や軍司令部の幹部に語りかけた。
「ですが、力では心は動きません。“病院を建て、学校を開き、母語で教える”――
そうすることでしか、人々の信頼は得られません」
ある陸軍参謀が反論した。
「だが、それは甘い幻想ではないか? 支配とは、従わせることだ」
レイは静かに首を振った。
「違います。支配は、いずれ壊れます。“導くこと”だけが未来を創るのです」
⸻
そして、7月15日。
ジャワ島バンドン郊外に、日本が資金提供した初の“母子保健センター”が開所された。
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「Selamat pagi. Saya datang bukan sebagai penjajah, tapi sebagai sahabat.(おはようございます。私は支配者として来たのではなく、友人として来ました)」
会場に、歓声が湧いた。
軍人たちはその様子を戸惑いながら見つめていたが――
現地の子どもたちがレイの手に花を渡す姿に、徐々にその目が和らいでいった。
⸻
同日夜。
レイは現地司令官の邸宅で、軍医長との会話に耳を傾けていた。
「レイ殿。……正直に言えば、最初はあなたを“理想だけの子ども”だと思っていました」
「よく言われます」
「だが……今日、私は変わった。あの母親たちの目を見たからです。
“敵の国の少年”ではなく、“未来をくれた存在”として見ていた」
「ありがとうございます。でも、これで満足はしません。
日本が目指すのは、“文化の帝国”ですから」
「文化の帝国……?」
「はい。血と鉄の時代ではなく、言葉と希望の時代を創る。
そのために、母たちの力が必要なんです」
⸻
東京。翌日。
レイが帰国したとき、既に帝国議会では新たな議案が提出されていた。
『女性育成予算案』『アジア婦人連携本部設置法案』――
それらはすべて、“母たち”と共に歩もうとする国家の意志だった。
そして、議場の傍聴席には――
白い着物姿の、かつての戦地看護婦たちが静かに座っていた。
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