とても「誠実な」婚約破棄をされてしまいました

石里 唯

文字の大きさ
3 / 16
本編

これは書かれてはいませんでした

しおりを挟む
 一夜明けて、全てが夢だったと思う暇もなく、フェリシアは新しい現実を突き付けられていた。

 目の前には、憎らしいまでの素晴らしい体躯の持ち主が、端然と立っている。フェリシアは、その現実に僅かに眉を顰めた。彼女の不快と不審を感じ取っているだろうに、彼の気配に揺らぎは一切見られない。
 彼の名は、ダスティン。
 王家直属の影だ。昨日、無理やり王位継承権を譲られたことで、影が護衛に就くという。
 
 先日までレイモンドの護衛に付いていた彼のことは、もちろん知っていた。影の中でも、――恐らくは国の中でも――最強の強さを持つと、フェリシアは常々、感じていた。
 影でありながら、側付きの護衛を務めていたのは、その強さはもちろん、恵まれた体躯も相まって、ただ立つだけで相手に畏怖を感じさせることができるからだ。
 その最高の影が、自分に付くという。

 もちろん、そのような大層な護衛は要らない。
 
――これは詐欺ではないのかしら?

 フェリシアは納得のいかない思いがした。
 望んでもいないものを、また、押し付けられたのだ。
 このようなことは、昨日のあの文書には書かれていなかった。
 王位継承権を渡された時点で、制度上、この事態が付随するのだと説かれても、後出しをされた気がして仕方がない。
 
 そもそもフェリシアには生まれた時から公爵家の護衛が付き、体制が出来上がっている。その護衛の一員として背後に控えるヴィクターからも、殺気にも似た不穏な気配が漂った。
 公爵家の護衛では不足だと言われているも同然なのだから、それも当然のことだろう。

 ヴィクターの態度を咎める気はないほどに、フェリシアとて色々不快に思うところがあるものの、どうもその気持ちが長続きしない。
 ダスティンの申し出に、大きな疑問が浮かんでしまうからだろう。

――ダスティン、あなたは私の護衛ができるの?

 彼の強さは認めている。
 剣技も体技も、どれを取っても彼は最強だ。
 正直に言えば、本当に、本当に正直なところは、最強の彼が練習に付き合ってくれるなら、この理不尽な事態も喜んで受け入れると、そう思っていることを否定することはできない。
 
 けれど、その願望をあっさりと抑え込めたのは、ダスティンに疑念を持ってしまうからだ。
 護衛は強さだけでは務まらない。護衛対象との関係が重要だ。
 影に相応しく、いつも冷然とした態度を崩さないダスティンだが、彼のレイモンドへの忠誠は職務を超えたものだと感じていた。

 いずれ父に代わり軍を率いる者として、相手の忠誠を見極めることは日々鍛えられてきた。見立てに自信はある。たとえ、その鍛錬がなくともダスティンの深い忠誠は明らかだった。
 レイモンドが死を命じれば、どんなに理不尽であっても瞬時に命を差し出す姿が目に浮かぶほどだ。
 ダスティンの欠点を挙げるならそこだろう。

 その彼が、レイモンドではない別の人間の護衛をする――、フェリシアにはその姿を想像することができない。
 
 気になることは他にもある。
 恐ろしいことに、レイモンドの周りについていた影の気配のほとんどを感じ取ることができるのだ。

「これだけ私の護衛に回しては、レイモンドの護衛が手薄になるではないの」
「我らの任務は、王位継承権第1位の存在を護ることです」

 ダスティンの声は温度を感じさせなかったが、殺気にも似た強い意志が込められていた。
 フェリシアは内心で深い溜息を吐いた。

――これは、拒否しても護衛に入るわね。
 
 あれほどの忠誠を捧げながら、ダスティンはレイモンドの護衛を離れ、確固とした意志を隠すことなく、こちらの反発をねじ伏せてでもフェリシアの護衛に就くことを譲らない。

――分からないわね。彼の実力なら、職を辞して密かにレイモンドの護衛を続けることも可能でしょうに。そして、レイモンドの護衛が少なくなった今、確実にそうしたかったでしょうに。

 その不可解な頑なさが誰かを思い起こさせて、フェリシアはそっと目を閉じた。

『フェリ、ダスティンは最強の護衛だ。だから彼がいるときは、お願いだから――』

 痛いほどに自分を抱きしめ、切々と囁きを零した元婚約者を、記憶の奥底に押しやると、フェリシアは決断した。

「好きにしたらいいわ」
「お嬢!」

 ヴィクターの非難を無視して、一言付け加えた。

「こちらの邪魔をするようなら、容赦なく排除すると部下に伝えておいて」

 彼女の言葉に、ピクリとダスティンの肩が動いた。
 その反応を見て、選んだ言葉に対して僅かな後悔が過ったけれど、フェリシアは特に何も言わずに席を立った。
 取り繕ったところで、結論は変わらないのだ。
 
 ヴィクターがフェリシアの決断に納得がいかず不満を言い募るのを、適度に聞き流し、もう十分に付き合ったと思えた頃に、笑顔を投げかけた。
 瞬間、ヴィクターの顔が引きつり、ピタリと不満は止まったが、逃すつもりはなかった。

「手合わせに付き合って」

 うぐっ、と何かが詰まったような音がしたが、フェリシアは笑顔を深めて黙殺した。
 フェリシアとて不満は溜まっていたのだ。
 ヴィクターが昨日と同じく周りから激励されているのを耳にしながら、フェリシアは手合わせの準備へと向かったのだった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「無理をするな」と言うだけで何もしなかったあなたへ。今の私は、大公家の公子に大切にされています

葵 すみれ
恋愛
「無理をするな」と言いながら、仕事も責任も全部私に押しつけてきた婚約者。 倒れた私にかけたのは、労りではなく「失望した」の一言でした。 実家からも見限られ、すべてを失った私を拾い上げてくれたのは、黙って手を差し伸べてくれた、黒髪の騎士── 実は、大公家の第三公子でした。 もう言葉だけの優しさはいりません。 私は今、本当に無理をしなくていい場所で、大切にされています。 ※他サイトにも掲載しています

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

処理中です...