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1.婚約破棄
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自分は彼に何を求めていたのだろう。
婚約破棄を言い渡されることは、分かっていた。当然のことだと覚悟もしていた。
それは誓って事実だったけれど――、
ここまで胸が苦しいのは、息ができないほどに苦しいのは、なぜなのだろう。
どこかで期待していたのかしら。
一体、何を期待していたというのだろう。
何か奇跡が起きて、彼との未来がつながること?
彼が全てを捨てて、自分との未来を選んでくれること?
公爵令嬢ローラは、向かいに座る婚約者、――元婚約者――を見つめ内心で苦笑した。
奇跡など起きるはずもない。公爵家の財政は、今日も破綻の一歩手前のまま。
王太子である彼が、全てを捨てることなんてあり得ない。
分かっていたはずなのに、期待をどこかで捨てられなかったのかしら。
いえ、違う。哀しいことに期待はあっただろうけれど、何より苦しいのは――、
ローラは、目の前の元婚約者ケネスの青い瞳を見た。美しい濃い青の瞳。
その瞳は、見る者を凍てつかせるような、感情のない眼差しを放っている。
まるでローラの存在など見えないとばかりに。それどころか存在など許さないとばかりに。
婚約して5年。ケネスのこのような眼差しを見たことはなかった。このような眼差しができる人だとも知らなかった。
これほど近くにいるのに、ケネスには自分はもういない者なのだろう。
その事実が苦しい。
ローラは小さく息を吸い込み、自分がしなければいけないことに向き合った。
「こちらをお返しします」
声も、小箱を差し出した手も、震えなかったことに安堵する。破棄を言い渡されると分かっていたから、5年間、常に着けていた指輪は小箱に収めていた。
けれど――、
「縁起が悪くなったものなど、受け取れない」
冷たい声と言葉に、斬りつけられた気がした。
『この指輪は「永遠の雫」と名付けられたものなんだ。本来は婚姻後に渡すものだが、少しでも早く、私の瞳に近い色を、君に永遠に纏ってもらいたくて』
5年前、まだ婚約が正式に結ばれる前に、ケネスは柔らかな眼差しと、少しの熱を帯びた声と共に指輪を渡してくれた。
幼い頃からの想いが叶った喜びに、思わず涙が零れると、ケネスは眦に口づけて涙を止めてくれた。そして、その後、初めての口づけを、優しくそっとしてくれたのだ。
あの時の彼の思いが偽りだったとは思わない。
けれど、彼の思いは、「国で一番の権勢を誇る」公爵家の娘に向けられていたのだろう。
つまり、「没落寸前の」公爵家の娘である、今のローラには向けられない。ローラとケネスにあった関係は、立場が変われば消え失せるものだったのだ。
なんて愚かだったのだろう。そんなことにも気がつかず、何か最後の心遣いを彼に期待していたなんて。
ポトリと手に涙がこぼれ落ちた。
あぁ、この醜態だけは晒したくなかったのに。
婚約破棄を言い渡されると覚悟したとき、絶対に彼の前で涙は見せないと決めていた。そう決めたからこそ、夜に散々泣くことを自分に許したというのに。
人前で涙を見せるなんて、仮にも王太子妃教育を受けてきた身として許されない失態だ。
あぁ、でも、もう自分は王太子妃にはならない。
ならば、いいのではないかしら。
そんな愚かな考えが過った瞬間、涙は止まらなくなった。止められなくなってしまった。
手には次々と涙が落ち続ける。
力を込めて目を閉じても、涙は止まらない。
まだしなければいけないことが残っているというのに。
殿下にこれまでの5年の付き合いに感謝を伝え、別れの挨拶をしなければいけないというのに。
けれど涙が止まらない。声を出すことができない。 今、口を開けば嗚咽を漏らしてしまう。
ローラにできたことは、唇を噛み、嗚咽をせき止めることだけだった。
◇◇◇◇◇
改稿する予定でしたが、時間が経ちすぎましたので、一カ所のみ訂正する形としました。
申し訳ございませんでした。
婚約破棄を言い渡されることは、分かっていた。当然のことだと覚悟もしていた。
それは誓って事実だったけれど――、
ここまで胸が苦しいのは、息ができないほどに苦しいのは、なぜなのだろう。
どこかで期待していたのかしら。
一体、何を期待していたというのだろう。
何か奇跡が起きて、彼との未来がつながること?
彼が全てを捨てて、自分との未来を選んでくれること?
公爵令嬢ローラは、向かいに座る婚約者、――元婚約者――を見つめ内心で苦笑した。
奇跡など起きるはずもない。公爵家の財政は、今日も破綻の一歩手前のまま。
王太子である彼が、全てを捨てることなんてあり得ない。
分かっていたはずなのに、期待をどこかで捨てられなかったのかしら。
いえ、違う。哀しいことに期待はあっただろうけれど、何より苦しいのは――、
ローラは、目の前の元婚約者ケネスの青い瞳を見た。美しい濃い青の瞳。
その瞳は、見る者を凍てつかせるような、感情のない眼差しを放っている。
まるでローラの存在など見えないとばかりに。それどころか存在など許さないとばかりに。
婚約して5年。ケネスのこのような眼差しを見たことはなかった。このような眼差しができる人だとも知らなかった。
これほど近くにいるのに、ケネスには自分はもういない者なのだろう。
その事実が苦しい。
ローラは小さく息を吸い込み、自分がしなければいけないことに向き合った。
「こちらをお返しします」
声も、小箱を差し出した手も、震えなかったことに安堵する。破棄を言い渡されると分かっていたから、5年間、常に着けていた指輪は小箱に収めていた。
けれど――、
「縁起が悪くなったものなど、受け取れない」
冷たい声と言葉に、斬りつけられた気がした。
『この指輪は「永遠の雫」と名付けられたものなんだ。本来は婚姻後に渡すものだが、少しでも早く、私の瞳に近い色を、君に永遠に纏ってもらいたくて』
5年前、まだ婚約が正式に結ばれる前に、ケネスは柔らかな眼差しと、少しの熱を帯びた声と共に指輪を渡してくれた。
幼い頃からの想いが叶った喜びに、思わず涙が零れると、ケネスは眦に口づけて涙を止めてくれた。そして、その後、初めての口づけを、優しくそっとしてくれたのだ。
あの時の彼の思いが偽りだったとは思わない。
けれど、彼の思いは、「国で一番の権勢を誇る」公爵家の娘に向けられていたのだろう。
つまり、「没落寸前の」公爵家の娘である、今のローラには向けられない。ローラとケネスにあった関係は、立場が変われば消え失せるものだったのだ。
なんて愚かだったのだろう。そんなことにも気がつかず、何か最後の心遣いを彼に期待していたなんて。
ポトリと手に涙がこぼれ落ちた。
あぁ、この醜態だけは晒したくなかったのに。
婚約破棄を言い渡されると覚悟したとき、絶対に彼の前で涙は見せないと決めていた。そう決めたからこそ、夜に散々泣くことを自分に許したというのに。
人前で涙を見せるなんて、仮にも王太子妃教育を受けてきた身として許されない失態だ。
あぁ、でも、もう自分は王太子妃にはならない。
ならば、いいのではないかしら。
そんな愚かな考えが過った瞬間、涙は止まらなくなった。止められなくなってしまった。
手には次々と涙が落ち続ける。
力を込めて目を閉じても、涙は止まらない。
まだしなければいけないことが残っているというのに。
殿下にこれまでの5年の付き合いに感謝を伝え、別れの挨拶をしなければいけないというのに。
けれど涙が止まらない。声を出すことができない。 今、口を開けば嗚咽を漏らしてしまう。
ローラにできたことは、唇を噛み、嗚咽をせき止めることだけだった。
◇◇◇◇◇
改稿する予定でしたが、時間が経ちすぎましたので、一カ所のみ訂正する形としました。
申し訳ございませんでした。
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