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第一章 学院編
第19話 シャイル対イル
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俺の出番が一戦目だったおかげで次の試合までは当分時間がある。
俺は客席に入り、次の試合を観戦することにした。
『それでは、第二戦目をおこないます。第二戦目の対決はシャイル・マーン選手とイル・マリル選手の戦いです。両名、リングの方へお願いします』
さっきの脅しが効いているのか、ミドセラの司会ぶりがおとなしい。あるいは第二戦目のカードに興味がないだけなのかもしれないが。
会場に声を響かせるためのマイクは、司会を兼ねた実況のミドセラから解説のキサン先生へと渡された。
『マーン選手はクラスの委員長も務めている優秀な生徒ですね。契約精霊のリムちゃんは炎を司る可愛らしい犬型で、マーン選手との連携もバッチリです。対するマリス選手は、おとなしい生徒ですが、臨戦態勢に入るとその気迫は私も一目置くほどの逸材です。契約精霊のウィン・ディーちゃんは鳩型の精霊で風を司ります。発生型なので物量勝負ができることが強みで、気持ちの強いマリス選手との相性は抜群です。これはなかなか好カードの試合かもしれません』
『解説のキサン先生、ありがとうございました。それでは両者がリング上にそろいましたので、第二戦目を開始したいと思います。はじめ!』
馴染みのあるシャイルに相対する人物には見覚えがあった。
ダースを迎えに行くときに遭遇した、シャイルにつっかかってきた二人組みの一人だ。俺が痛めつけたブロンドヘアーではない方。無口の黒髪で短髪の女だ。
シャイルとは因縁のある相手といえる。
二人はすぐには動かなかった。まずは相手の出方を見ようというところか。
それにしても、イル・マリルの気迫はすごい。解説の先生が一目置くだけのことはある。彼女の瞳を見るだけで、ビリビリとした緊張感が観客席にいる俺まで届いてくる。
いや、これはそんな優しいものではない。彼女の目に宿るのは、ただの気迫じゃない。強い憎しみが宿っている。
「おい、エア。いるか?」
「いる」
俺は周囲の人間が聞き取れないような小声でエアを呼んだ。
いまの俺にとっていちばん重要なことは、自分の知識の穴を埋めることだ。まだまだこの世界の常識というやつが、俺の中にある常識に馴染んでいない。
「エア、一つの要素には何匹も精霊がいるのか? 風の能力はリーズが持っていたはず。なぜあのイル・マリルって奴の能力も風なんだ?」
「一つの要素には一人の精霊しか存在しない。リーズ・リッヒとイル・マリルの魔法は異なるもの。風の操作型と、風の発生型。イルの場合は風を起こす魔法。起こした後の風は操作できない。リーズは吹いている風を操作できるけれど、発生させることはできない」
それは初耳だ。魔法にしてはずいぶんと不便だ。いや、魔法があるだけで現実とはかけ離れた便利さがあるのは確かなのだが。
たしかに俺は空気の成分を調整するとき、必ず組成を組み替えたりして目的の気体を作り出している。都合のいい成分の気体をいきなり生み出すことはできない。
「そうか。じゃあ空気にもおまえのほかに精霊がいるのか? おまえは操作だよな? ということは、空気の発生や消滅の精霊と能力者もいるってことか?」
「空気の発生を司る精霊は存在する。けれど、いまは誰とも契約していない。あと、消滅という要素はない。それがあるとすれば、消滅という概念を司る精霊で、すべての要素を消滅させられる」
「消滅という概念だと? そんな精霊がいるのか?」
「分からない。でも、概念種の能力者は、私たち物質種や彼女たち現象種の能力者とは一線を隔して強い。もしいたら、エストでも勝てないと思う」
魔法の種別は三種。物質種、現象種、概念種。
空気や水は物質種にあたり、風や火は現象種に分類されるようだ。
そして物質種と現象種には発生型と操作型がある、と。
「ほほう」
この学院に来て数日が経つが、感知性能の高いエアが把握していないということは、この学院には概念種の能力者はいないということか。
いや、一度も能力が使われていなければ、エアが感知することもないだろう。もしかしたら、四天魔の中にいるかもしれない。
「エア、あのゴリマッチョは現象種ってことになるのか?」
「ジム・アクティのこと? あれは現象種。でも、能力の種類は概念種に分類されていてもおかしくないものだった」
「分類されていてもって、誰が分類するんだよ。分類されて能力の強さが変わっちまうのか?」
「分類するのは神様」
「神様だぁ? この世界には創造神がいるとでもいうのか?」
ここにきて神様とは、これはまた現実離れしすぎた存在が出てきたものだ。
まあ、神様の出てくるラノベというのはありふれているが、そういったラノベどもは神という存在を安易に出しすぎの節がある。
とにかく、エアの言ったように能力を分類してその強さを決定してしまう存在が実在するとすれば、それは間違いなくこの世界の支配者に違いない。
「詳細は不明。私が知っているのは、神様が精霊とイーターを生み出し、精霊と契約した人間が魔法を使えるようにしたということだけ」
「ふーん、そうか……」
もしも、その神様とやらの所業がなかったとしたら、この世界は現実世界に限りなく近い世界だったのかもしれない。
しかし、エアの曖昧な知識の信憑性は疑わしい。これは一考に値する案件であり、心に留めておく必要がありそうだ。
『おおっと、長いこうちゃく状態を打ち破ったのはマリル選手だ! マリル選手がすさまじい風を送り込み、マーン選手を宙高くに放り上げた!』
俺は得心した。イル・マリルの憎悪の正体はアレか。ハーティ・スタックとかいうシャイルに絡んできた女を俺が空中で上下に揺らして懲らしめたことを怒っているのか。
しかしあれをやったのは俺だ。シャイルに当たるのは筋違いというものだ。
それとも、俺を自分たちに引き合わせたことを恨んでいるのか?
「きゃああああっ!」
五十メートル以上は放り上げられたシャイルが、自由落下を始める。
俺の有能なマイナス思考が嫌な予感を脳裏に走らせた。俺がハーティ・スタックにやったときとは違い、イル・マイルはシャイルを受けとめずに殺してしまおうとしているのではないかという予感だ。
「エア。シャイルの下で風を感知しろ。風が発生しなければシャイルを受けとめろ」
「分かった」
透明な姿のエアの気配がすぅっと消えた。
リング上ではフワリとシャイルが着地した。それは自ら空を飛ぶ人の着地ではない。両手両膝でゆっくりと近づくリングを受けとめるような、不器用な着地だ。
「エア、風はあったか?」
「なかった。私がシャイルを減速させた」
「そうか」
どいつもこいつも、人の命を簡単に奪おうとする。この世界の倫理感は薄いのが普通なのだろうか? 何にせよ、いまの行為は俺に行動を起こさせるには十分な所業だった。
トーナメント方式だから、もしイル・マリルが勝てば次で俺と当たる。そのときにたっぷりと制裁を加えてもいい。
だが、俺は本物の殺意を許さない。一度たりとも勝利の味を見させてはやらない。一回戦敗退という汚名を被る様を衆目に晒させてやる。本物の殺意に対する罰にしては、いささかぬるすぎる気もするが。
「次は私の番だよ!」
シャイルはおそらく、イル・マリルが相手を殺さないために意図的にゆっくり降ろしたのだと思っているだろう。
意図せず無事なシャイルの姿に、イル・マリルの方はいっそうの憎悪をたぎらせている。それが一目で分かるのだ。黒いモヤが彼女の周囲を渦巻いている。
「おいおい、何だあれは。エア、この世界では悪意が霧状に具現化したりするのか? あれは誰かの能力じゃないよな?」
「そう。強い意志は周囲の空間にも影響を及ぼす。強い意志があって、それを隠す意志がなければ、あんなふうに目に見えて現れる」
「モヤの色は感情と関係あるのか?」
「ある」
「詳しく説明してくれ」
「目に見える色の変化は一般にはオーラと呼ばれている。とても強い感情は、光を発したり、光を吸収して暗くなる」
光や闇が白や黒のオーラに見えるということか。
「それで、アレは見た目が変わるだけか? 何か影響はないのか? 例えば闇の影響色を発しつづけたら、そいつが闇落ちするとか」
「光は発する者の魔法を強め、闇は発する者以外の魔法を弱める」
闇落ちして悪の権化に成り果てるとか、とくにそういうのはないらしい。
しかし、イル・マリルの放つ黒いオーラがシャイルの能力を弱めるということは、相対的にイル・マリルの能力が強力になり、そのままそれが優劣につながるということだ。
気持ちの強さが術者の強さに直結することが目に見えて分かる世界のようだ。
リング上ではシャイルが動きだし、独善的執行者たる俺に知識の穴埋めをしている余裕はなくなった。
『マーン選手、精霊リムの吹いた炎を華麗に操ってマリル選手へと飛ばしました! しかし、相性が悪い。マリル選手の風が炎を押し返します!』
炎と風。両者に相性はあるのだろうか。
風がわずかなものであれば炎はさらに燃え上がるだろうし、圧倒的な強風であれば炎はかき消されるだろう。
ここでも勝敗を決するのは相性なんかではなく、能力の使い方しだいだ。
シャイルはリムが吐き出す炎を一生懸命に操作し、前方へと集中させる。
イル・マリルはそれを押し返す風をガンガン発生させている。
結果、シャイルの炎はシャイルへと返っていく。
『おおっと、マリル選手の風量がシャイル選手の炎量を完全に上回ったぁ! 炎の向きが変わります!』
これは駄目だ。押し返される炎の勢いは、もはやシャイルにどうこうできるものではない。リムがシャイルの正面に立ち、懸命に炎を吹いて押し返そうとするが、火に油を注いでいるようなものだ。
そして、イル・マリルの殺意に揺らぎはない。このままではシャイルが焼き殺される。
「仕方ない」
とつぶやきつつも、最初からそのつもりだった俺は、空気の魔法を発動した。
まずシャイルを真空の膜で覆う。炎は酸素の存在しない膜を通過することはできない。炎はみるみる消火され小さくなっていく。
しかし、俺がそれを消させはしない。大量の酸素を集め、造形する。炎は餌に食いつく鯉のように酸素の塊へと飛びついた。それは一瞬で成長し、そして俺が造形した酸素の形をなぞる。
『な、な、な、なんと! 炎龍、炎龍です! 龍の形をした炎が現れました! それもかなりの大きさです』
俺は炎の龍の顔前に酸素をどんどん集めていき、龍を前進させる。あたかも生きた龍がイル・マリルを喰らおうとしているかのように。
一瞬ならば炎に包まれても死にはしない。俺はそのまま炎龍をイル・マリルへとぶつけようとした。
しかし――。
「何だ?」
突如、イル・マリルの周囲を分厚い氷が覆った。
炎龍は氷にぶつかり消滅した。
「そこまでだ! 審判、危険判定が遅いぞ!」
凛然とした女の声が会場に響く。
この澄み渡る声には聞き覚えがある。
審判が鈍重な挙動で観客席を見渡し、声の方角を探して見上げた。そして声の主を視界に捕らえた瞬間、その表情が凍りついた。
「も、も、申し訳ありません! どうぞご容赦を!」
審判が声を張りあげて土下座した。その頭の先にいたのは、学院の風紀委員長、ルーレ・リッヒだった。うちのクラスの風紀委員であるリーズの姉だ。四天魔の一人。本日のジム・アクティの発言から、この学院の三本指に入ることは間違いない人物だ。
四天魔が絶大なる地位を有するこの学院において、その一人であり風紀委員長でもある彼女に咎められたら、そりゃあ審判も青ざめるだろう。
俺がお仕置きをする手間が省けてよかった。
「エア、いまのは発生型だよな?」
「そう」
ルーレ・リッヒ。氷使いか。
あの炎をかき消す物量と、瞬間的な造形物創造。かなりの使い手であることは間違いない。
なるほど四天魔の一角として相応の実力者というわけだ。これはいまから試合が楽しみだ。
会場は気まずい雰囲気になっているが、ミドセラはちゃんと仕事をしている。
『えー、この試合、審議が入るようです。審議の内容は、シャイル・マーン選手が判定勝ちとなるか、危険行為により失格となるかです。しばらくお待ちください』
能力を使った対決が危険なのは当たり前だ。そんなことを言っていたら試合にならない。
生徒を大事にしたいのなら、最初からこんな催しはおこなわなければいいのに。
『結果が出ました。この勝負、シャイル・マーン選手の判定勝ちです。シャイル・マーン選手が二回戦進出を決めました!』
会場はそれなりの歓声をあげていた。
シャイルは浮かない顔をしていたが、どうにか愛想笑いを搾り出して石のリングから降りた。
俺は客席に入り、次の試合を観戦することにした。
『それでは、第二戦目をおこないます。第二戦目の対決はシャイル・マーン選手とイル・マリル選手の戦いです。両名、リングの方へお願いします』
さっきの脅しが効いているのか、ミドセラの司会ぶりがおとなしい。あるいは第二戦目のカードに興味がないだけなのかもしれないが。
会場に声を響かせるためのマイクは、司会を兼ねた実況のミドセラから解説のキサン先生へと渡された。
『マーン選手はクラスの委員長も務めている優秀な生徒ですね。契約精霊のリムちゃんは炎を司る可愛らしい犬型で、マーン選手との連携もバッチリです。対するマリス選手は、おとなしい生徒ですが、臨戦態勢に入るとその気迫は私も一目置くほどの逸材です。契約精霊のウィン・ディーちゃんは鳩型の精霊で風を司ります。発生型なので物量勝負ができることが強みで、気持ちの強いマリス選手との相性は抜群です。これはなかなか好カードの試合かもしれません』
『解説のキサン先生、ありがとうございました。それでは両者がリング上にそろいましたので、第二戦目を開始したいと思います。はじめ!』
馴染みのあるシャイルに相対する人物には見覚えがあった。
ダースを迎えに行くときに遭遇した、シャイルにつっかかってきた二人組みの一人だ。俺が痛めつけたブロンドヘアーではない方。無口の黒髪で短髪の女だ。
シャイルとは因縁のある相手といえる。
二人はすぐには動かなかった。まずは相手の出方を見ようというところか。
それにしても、イル・マリルの気迫はすごい。解説の先生が一目置くだけのことはある。彼女の瞳を見るだけで、ビリビリとした緊張感が観客席にいる俺まで届いてくる。
いや、これはそんな優しいものではない。彼女の目に宿るのは、ただの気迫じゃない。強い憎しみが宿っている。
「おい、エア。いるか?」
「いる」
俺は周囲の人間が聞き取れないような小声でエアを呼んだ。
いまの俺にとっていちばん重要なことは、自分の知識の穴を埋めることだ。まだまだこの世界の常識というやつが、俺の中にある常識に馴染んでいない。
「エア、一つの要素には何匹も精霊がいるのか? 風の能力はリーズが持っていたはず。なぜあのイル・マリルって奴の能力も風なんだ?」
「一つの要素には一人の精霊しか存在しない。リーズ・リッヒとイル・マリルの魔法は異なるもの。風の操作型と、風の発生型。イルの場合は風を起こす魔法。起こした後の風は操作できない。リーズは吹いている風を操作できるけれど、発生させることはできない」
それは初耳だ。魔法にしてはずいぶんと不便だ。いや、魔法があるだけで現実とはかけ離れた便利さがあるのは確かなのだが。
たしかに俺は空気の成分を調整するとき、必ず組成を組み替えたりして目的の気体を作り出している。都合のいい成分の気体をいきなり生み出すことはできない。
「そうか。じゃあ空気にもおまえのほかに精霊がいるのか? おまえは操作だよな? ということは、空気の発生や消滅の精霊と能力者もいるってことか?」
「空気の発生を司る精霊は存在する。けれど、いまは誰とも契約していない。あと、消滅という要素はない。それがあるとすれば、消滅という概念を司る精霊で、すべての要素を消滅させられる」
「消滅という概念だと? そんな精霊がいるのか?」
「分からない。でも、概念種の能力者は、私たち物質種や彼女たち現象種の能力者とは一線を隔して強い。もしいたら、エストでも勝てないと思う」
魔法の種別は三種。物質種、現象種、概念種。
空気や水は物質種にあたり、風や火は現象種に分類されるようだ。
そして物質種と現象種には発生型と操作型がある、と。
「ほほう」
この学院に来て数日が経つが、感知性能の高いエアが把握していないということは、この学院には概念種の能力者はいないということか。
いや、一度も能力が使われていなければ、エアが感知することもないだろう。もしかしたら、四天魔の中にいるかもしれない。
「エア、あのゴリマッチョは現象種ってことになるのか?」
「ジム・アクティのこと? あれは現象種。でも、能力の種類は概念種に分類されていてもおかしくないものだった」
「分類されていてもって、誰が分類するんだよ。分類されて能力の強さが変わっちまうのか?」
「分類するのは神様」
「神様だぁ? この世界には創造神がいるとでもいうのか?」
ここにきて神様とは、これはまた現実離れしすぎた存在が出てきたものだ。
まあ、神様の出てくるラノベというのはありふれているが、そういったラノベどもは神という存在を安易に出しすぎの節がある。
とにかく、エアの言ったように能力を分類してその強さを決定してしまう存在が実在するとすれば、それは間違いなくこの世界の支配者に違いない。
「詳細は不明。私が知っているのは、神様が精霊とイーターを生み出し、精霊と契約した人間が魔法を使えるようにしたということだけ」
「ふーん、そうか……」
もしも、その神様とやらの所業がなかったとしたら、この世界は現実世界に限りなく近い世界だったのかもしれない。
しかし、エアの曖昧な知識の信憑性は疑わしい。これは一考に値する案件であり、心に留めておく必要がありそうだ。
『おおっと、長いこうちゃく状態を打ち破ったのはマリル選手だ! マリル選手がすさまじい風を送り込み、マーン選手を宙高くに放り上げた!』
俺は得心した。イル・マリルの憎悪の正体はアレか。ハーティ・スタックとかいうシャイルに絡んできた女を俺が空中で上下に揺らして懲らしめたことを怒っているのか。
しかしあれをやったのは俺だ。シャイルに当たるのは筋違いというものだ。
それとも、俺を自分たちに引き合わせたことを恨んでいるのか?
「きゃああああっ!」
五十メートル以上は放り上げられたシャイルが、自由落下を始める。
俺の有能なマイナス思考が嫌な予感を脳裏に走らせた。俺がハーティ・スタックにやったときとは違い、イル・マイルはシャイルを受けとめずに殺してしまおうとしているのではないかという予感だ。
「エア。シャイルの下で風を感知しろ。風が発生しなければシャイルを受けとめろ」
「分かった」
透明な姿のエアの気配がすぅっと消えた。
リング上ではフワリとシャイルが着地した。それは自ら空を飛ぶ人の着地ではない。両手両膝でゆっくりと近づくリングを受けとめるような、不器用な着地だ。
「エア、風はあったか?」
「なかった。私がシャイルを減速させた」
「そうか」
どいつもこいつも、人の命を簡単に奪おうとする。この世界の倫理感は薄いのが普通なのだろうか? 何にせよ、いまの行為は俺に行動を起こさせるには十分な所業だった。
トーナメント方式だから、もしイル・マリルが勝てば次で俺と当たる。そのときにたっぷりと制裁を加えてもいい。
だが、俺は本物の殺意を許さない。一度たりとも勝利の味を見させてはやらない。一回戦敗退という汚名を被る様を衆目に晒させてやる。本物の殺意に対する罰にしては、いささかぬるすぎる気もするが。
「次は私の番だよ!」
シャイルはおそらく、イル・マリルが相手を殺さないために意図的にゆっくり降ろしたのだと思っているだろう。
意図せず無事なシャイルの姿に、イル・マリルの方はいっそうの憎悪をたぎらせている。それが一目で分かるのだ。黒いモヤが彼女の周囲を渦巻いている。
「おいおい、何だあれは。エア、この世界では悪意が霧状に具現化したりするのか? あれは誰かの能力じゃないよな?」
「そう。強い意志は周囲の空間にも影響を及ぼす。強い意志があって、それを隠す意志がなければ、あんなふうに目に見えて現れる」
「モヤの色は感情と関係あるのか?」
「ある」
「詳しく説明してくれ」
「目に見える色の変化は一般にはオーラと呼ばれている。とても強い感情は、光を発したり、光を吸収して暗くなる」
光や闇が白や黒のオーラに見えるということか。
「それで、アレは見た目が変わるだけか? 何か影響はないのか? 例えば闇の影響色を発しつづけたら、そいつが闇落ちするとか」
「光は発する者の魔法を強め、闇は発する者以外の魔法を弱める」
闇落ちして悪の権化に成り果てるとか、とくにそういうのはないらしい。
しかし、イル・マリルの放つ黒いオーラがシャイルの能力を弱めるということは、相対的にイル・マリルの能力が強力になり、そのままそれが優劣につながるということだ。
気持ちの強さが術者の強さに直結することが目に見えて分かる世界のようだ。
リング上ではシャイルが動きだし、独善的執行者たる俺に知識の穴埋めをしている余裕はなくなった。
『マーン選手、精霊リムの吹いた炎を華麗に操ってマリル選手へと飛ばしました! しかし、相性が悪い。マリル選手の風が炎を押し返します!』
炎と風。両者に相性はあるのだろうか。
風がわずかなものであれば炎はさらに燃え上がるだろうし、圧倒的な強風であれば炎はかき消されるだろう。
ここでも勝敗を決するのは相性なんかではなく、能力の使い方しだいだ。
シャイルはリムが吐き出す炎を一生懸命に操作し、前方へと集中させる。
イル・マリルはそれを押し返す風をガンガン発生させている。
結果、シャイルの炎はシャイルへと返っていく。
『おおっと、マリル選手の風量がシャイル選手の炎量を完全に上回ったぁ! 炎の向きが変わります!』
これは駄目だ。押し返される炎の勢いは、もはやシャイルにどうこうできるものではない。リムがシャイルの正面に立ち、懸命に炎を吹いて押し返そうとするが、火に油を注いでいるようなものだ。
そして、イル・マリルの殺意に揺らぎはない。このままではシャイルが焼き殺される。
「仕方ない」
とつぶやきつつも、最初からそのつもりだった俺は、空気の魔法を発動した。
まずシャイルを真空の膜で覆う。炎は酸素の存在しない膜を通過することはできない。炎はみるみる消火され小さくなっていく。
しかし、俺がそれを消させはしない。大量の酸素を集め、造形する。炎は餌に食いつく鯉のように酸素の塊へと飛びついた。それは一瞬で成長し、そして俺が造形した酸素の形をなぞる。
『な、な、な、なんと! 炎龍、炎龍です! 龍の形をした炎が現れました! それもかなりの大きさです』
俺は炎の龍の顔前に酸素をどんどん集めていき、龍を前進させる。あたかも生きた龍がイル・マリルを喰らおうとしているかのように。
一瞬ならば炎に包まれても死にはしない。俺はそのまま炎龍をイル・マリルへとぶつけようとした。
しかし――。
「何だ?」
突如、イル・マリルの周囲を分厚い氷が覆った。
炎龍は氷にぶつかり消滅した。
「そこまでだ! 審判、危険判定が遅いぞ!」
凛然とした女の声が会場に響く。
この澄み渡る声には聞き覚えがある。
審判が鈍重な挙動で観客席を見渡し、声の方角を探して見上げた。そして声の主を視界に捕らえた瞬間、その表情が凍りついた。
「も、も、申し訳ありません! どうぞご容赦を!」
審判が声を張りあげて土下座した。その頭の先にいたのは、学院の風紀委員長、ルーレ・リッヒだった。うちのクラスの風紀委員であるリーズの姉だ。四天魔の一人。本日のジム・アクティの発言から、この学院の三本指に入ることは間違いない人物だ。
四天魔が絶大なる地位を有するこの学院において、その一人であり風紀委員長でもある彼女に咎められたら、そりゃあ審判も青ざめるだろう。
俺がお仕置きをする手間が省けてよかった。
「エア、いまのは発生型だよな?」
「そう」
ルーレ・リッヒ。氷使いか。
あの炎をかき消す物量と、瞬間的な造形物創造。かなりの使い手であることは間違いない。
なるほど四天魔の一角として相応の実力者というわけだ。これはいまから試合が楽しみだ。
会場は気まずい雰囲気になっているが、ミドセラはちゃんと仕事をしている。
『えー、この試合、審議が入るようです。審議の内容は、シャイル・マーン選手が判定勝ちとなるか、危険行為により失格となるかです。しばらくお待ちください』
能力を使った対決が危険なのは当たり前だ。そんなことを言っていたら試合にならない。
生徒を大事にしたいのなら、最初からこんな催しはおこなわなければいいのに。
『結果が出ました。この勝負、シャイル・マーン選手の判定勝ちです。シャイル・マーン選手が二回戦進出を決めました!』
会場はそれなりの歓声をあげていた。
シャイルは浮かない顔をしていたが、どうにか愛想笑いを搾り出して石のリングから降りた。
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