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第一章 学院編
第20話 控え室にて
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俺は控え室にてシャイルの帰還を待った。
俺がなぜシャイルを出迎えにわざわざ控え室へと下りていったのか。最初は自分でもその理由が分からなかった。
「よお。勝ったな」
「エスト君……」
シャイルの俺を見る目は、まるで電池の切れた懐中電灯のようだった。そこには喜びもなく、怒りもなく、蔑みもない。あるとすれば、失望、あるいは悲しみの類だった。
「私の炎を操作したのはエスト君だよね? いまだにエスト君の魔法が何なのか分からないけれど、そうなんでしょ?」
「まあな」
俺はシャイルに責められている。だが、彼女の口調に覇気はなく、すでに諦めている様子がうかがえる。
シャイルは自分をいじめる女を俺が懲らしめたときも、「やりすぎだ」と諌めてきたくらいの偽善者だ。いや、彼女の場合は偽善とは違うか。善意の妄信者。道徳や倫理を尊重するあまり、その本質を見失った愚か者だ。
「なぜ介入したの? イベント事とはいえ、これは二人の決闘、真剣勝負なのよ」
「イル・マリルはおまえを本気で殺そうとしていた。そしてあの無能な審判は危険行為に対するジャッジを放棄していた」
「エスト君が私を助けてくれたのだとしたら、それについては感謝するわ。でも、それだけじゃない。止めるだけじゃなかった」
「言っておくが、イルを殺すつもりはなかったぞ。俺はただ……」
「ただ?」
俺の弁明を待つシャイルを見て、俺はハッとした。なぜ俺はシャイルに理解されようとしているのだ。他人などどうでもいいじゃないか。むしろ、最初から他人と信頼関係を築くつもりなどないのに。
ただ、一つだけ得心したことがある。なぜ俺がシャイルを出迎えに控え室まで降りてきたのか。それは、俺の見積もったシャイル像と実際の彼女にどれほどの差異があるのかを確かめるためだ。
そして、結論を得た。彼女は彼女だった。一貫して彼女だった。
平和主義で、自己犠牲をいとわず他者を助け、悪人にも救いの手を差し伸べる。そんな女だった。
「いや、なんでもない。俺はおまえを助けたわけじゃなく、イルを攻撃しただけだ。その行為には善意も大義もない。俺が正義をはき違えているからそれを是正したいとか思っているのなら、それはお門違いだぞ」
シャイルは一度深い溜息をついてから頭を振った。
疲れているだろうし、考えもまとまらないのだろう。心なしか黒のポニーテールもしおれて見える。
「私にはエスト君が分からないよ。私はエスト君にとって何なの? エスト君が私のことを他人だと思っていることは薄々感じているけれど、それにしたって、赤の他人とまでは思っていないでしょう? だったら私はどの程度の他人なの?」
伏し目がちに逸らすシャイルの瞳には、まだかすかな光があった。彼女の光をこんなにも細らせたのは俺なのだろう。
自分への悪意には無頓着なくせに、他人への悪意には敏感だ。その矛先が自分へ悪意を向ける者へ向いていたとしても。
俺にはまったく理解のできない価値観だ。
「何が言いたい? まったく意味が分からないが」
「もう少し、あなた自身のことを話してほしいって言っているの。私にね」
無駄だろう。俺とシャイルとでは価値観がまったく異なる。犬の常識と猫の常識くらいの相違がある。
しかし、彼女は俺を理解しようと努めているようだ。彼女はそういう人間だ。これが俺に理解を求めようとしていたのなら、スッパリ切り捨てていたかもしれない。
だが彼女は彼女だった。だからこそ、彼女がそういう人間だからこそ、俺はシャイルを嫌ってはいない。
そして俺はいまさらながらに気づいた。俺はわざわざシャイルの命を救っていたことに。
「訊きたいことがあるなら訊けばいい。答えてもいいことなら答えてやる」
「そうじゃなくて……」
そう言って沈黙した後、シャイルは頭を素早く振ってから、小さな吐息をもらした。
吹っ切れたのとは違うだろうが、それに近いような、妥協する決心をしたような面持ちだった。
「私、棄権する。ズルをして勝っても意味がないし、何より私自身がそんな不誠実な行為を容認できない。ただ一つだけ気がかりなことがあるけれど、エスト君を信じることにするわ。私が棄権することで、明日はイルちゃんがエスト君と戦うことになるけれど、エスト君、イルちゃんを殺さないでね」
一つだけの気がかりは他人の心配か。それも自分に殺意を向けた他人の心配。
相変わらずだ。ラノベの主人公によくいそうなタイプだ、と一度は思った。だが彼女のは少し違う気がする。
俺は悪党にでも手を差し伸べようとするヒーローを嫌悪する。たったそれだけのことで悪党が改心したりするのも、はなはだ滑稽だ。罪人のくせにヒーローの仲間になったりする。そういうのは悪党の罪が軽い場合だろうが、どうあがいても罪を償えない重罪人であれば、直後に別の敵の攻撃が飛んできて主人公をかばって死ぬというパターンが多い。そういう都合のよすぎる展開には特に反吐が出る。
設定上絶対に改心しないような極悪人であれば、ヒーローがトドメを刺さずに見逃した後、さらに強大な悪がそいつを始末する。この展開は卑怯で卑劣だ。ヒーローが手を汚すことなく悪が一つ滅ぶのだ。もはや俺にはヒーローが悪魔、あるいは疫病神にしか見えない。
俺はシャイルをそういった嫌悪の対象として見てはいない。そう思う程度には、彼女のことを気に入っている。
きっと彼女には何かがある。過去に何かが、価値観を歪められた何かがあったのだ。
「なあ、シャイル。さっきの質問の答えだけどな。おまえが俺にとってどれくらいの他人かってやつ。教えてやるよ。俺はおまえの度が過ぎるお人好しを一種の病気だと思っているが、それをいずれは治してやろうと思っている程度には、おまえのことを赤くない他人だと思っている」
シャイルは終始、寂しそうな表情をしていたが、少しだけ微笑んだような気がした。
俺はこの後、観客席に戻って今後の敵の戦力および戦略の分析をおこなうつもりだったが、そういう気分ではなくなって帰宅することにした。
明日に控える第二回戦の相手、イル・マリルの情報はすでに得ている。三回戦以降の敵については、彼女を倒した後にも情報を仕入れる機会があるのだから、焦って明日敗者となる者の分析までする必要はない。
俺がなぜシャイルを出迎えにわざわざ控え室へと下りていったのか。最初は自分でもその理由が分からなかった。
「よお。勝ったな」
「エスト君……」
シャイルの俺を見る目は、まるで電池の切れた懐中電灯のようだった。そこには喜びもなく、怒りもなく、蔑みもない。あるとすれば、失望、あるいは悲しみの類だった。
「私の炎を操作したのはエスト君だよね? いまだにエスト君の魔法が何なのか分からないけれど、そうなんでしょ?」
「まあな」
俺はシャイルに責められている。だが、彼女の口調に覇気はなく、すでに諦めている様子がうかがえる。
シャイルは自分をいじめる女を俺が懲らしめたときも、「やりすぎだ」と諌めてきたくらいの偽善者だ。いや、彼女の場合は偽善とは違うか。善意の妄信者。道徳や倫理を尊重するあまり、その本質を見失った愚か者だ。
「なぜ介入したの? イベント事とはいえ、これは二人の決闘、真剣勝負なのよ」
「イル・マリルはおまえを本気で殺そうとしていた。そしてあの無能な審判は危険行為に対するジャッジを放棄していた」
「エスト君が私を助けてくれたのだとしたら、それについては感謝するわ。でも、それだけじゃない。止めるだけじゃなかった」
「言っておくが、イルを殺すつもりはなかったぞ。俺はただ……」
「ただ?」
俺の弁明を待つシャイルを見て、俺はハッとした。なぜ俺はシャイルに理解されようとしているのだ。他人などどうでもいいじゃないか。むしろ、最初から他人と信頼関係を築くつもりなどないのに。
ただ、一つだけ得心したことがある。なぜ俺がシャイルを出迎えに控え室まで降りてきたのか。それは、俺の見積もったシャイル像と実際の彼女にどれほどの差異があるのかを確かめるためだ。
そして、結論を得た。彼女は彼女だった。一貫して彼女だった。
平和主義で、自己犠牲をいとわず他者を助け、悪人にも救いの手を差し伸べる。そんな女だった。
「いや、なんでもない。俺はおまえを助けたわけじゃなく、イルを攻撃しただけだ。その行為には善意も大義もない。俺が正義をはき違えているからそれを是正したいとか思っているのなら、それはお門違いだぞ」
シャイルは一度深い溜息をついてから頭を振った。
疲れているだろうし、考えもまとまらないのだろう。心なしか黒のポニーテールもしおれて見える。
「私にはエスト君が分からないよ。私はエスト君にとって何なの? エスト君が私のことを他人だと思っていることは薄々感じているけれど、それにしたって、赤の他人とまでは思っていないでしょう? だったら私はどの程度の他人なの?」
伏し目がちに逸らすシャイルの瞳には、まだかすかな光があった。彼女の光をこんなにも細らせたのは俺なのだろう。
自分への悪意には無頓着なくせに、他人への悪意には敏感だ。その矛先が自分へ悪意を向ける者へ向いていたとしても。
俺にはまったく理解のできない価値観だ。
「何が言いたい? まったく意味が分からないが」
「もう少し、あなた自身のことを話してほしいって言っているの。私にね」
無駄だろう。俺とシャイルとでは価値観がまったく異なる。犬の常識と猫の常識くらいの相違がある。
しかし、彼女は俺を理解しようと努めているようだ。彼女はそういう人間だ。これが俺に理解を求めようとしていたのなら、スッパリ切り捨てていたかもしれない。
だが彼女は彼女だった。だからこそ、彼女がそういう人間だからこそ、俺はシャイルを嫌ってはいない。
そして俺はいまさらながらに気づいた。俺はわざわざシャイルの命を救っていたことに。
「訊きたいことがあるなら訊けばいい。答えてもいいことなら答えてやる」
「そうじゃなくて……」
そう言って沈黙した後、シャイルは頭を素早く振ってから、小さな吐息をもらした。
吹っ切れたのとは違うだろうが、それに近いような、妥協する決心をしたような面持ちだった。
「私、棄権する。ズルをして勝っても意味がないし、何より私自身がそんな不誠実な行為を容認できない。ただ一つだけ気がかりなことがあるけれど、エスト君を信じることにするわ。私が棄権することで、明日はイルちゃんがエスト君と戦うことになるけれど、エスト君、イルちゃんを殺さないでね」
一つだけの気がかりは他人の心配か。それも自分に殺意を向けた他人の心配。
相変わらずだ。ラノベの主人公によくいそうなタイプだ、と一度は思った。だが彼女のは少し違う気がする。
俺は悪党にでも手を差し伸べようとするヒーローを嫌悪する。たったそれだけのことで悪党が改心したりするのも、はなはだ滑稽だ。罪人のくせにヒーローの仲間になったりする。そういうのは悪党の罪が軽い場合だろうが、どうあがいても罪を償えない重罪人であれば、直後に別の敵の攻撃が飛んできて主人公をかばって死ぬというパターンが多い。そういう都合のよすぎる展開には特に反吐が出る。
設定上絶対に改心しないような極悪人であれば、ヒーローがトドメを刺さずに見逃した後、さらに強大な悪がそいつを始末する。この展開は卑怯で卑劣だ。ヒーローが手を汚すことなく悪が一つ滅ぶのだ。もはや俺にはヒーローが悪魔、あるいは疫病神にしか見えない。
俺はシャイルをそういった嫌悪の対象として見てはいない。そう思う程度には、彼女のことを気に入っている。
きっと彼女には何かがある。過去に何かが、価値観を歪められた何かがあったのだ。
「なあ、シャイル。さっきの質問の答えだけどな。おまえが俺にとってどれくらいの他人かってやつ。教えてやるよ。俺はおまえの度が過ぎるお人好しを一種の病気だと思っているが、それをいずれは治してやろうと思っている程度には、おまえのことを赤くない他人だと思っている」
シャイルは終始、寂しそうな表情をしていたが、少しだけ微笑んだような気がした。
俺はこの後、観客席に戻って今後の敵の戦力および戦略の分析をおこなうつもりだったが、そういう気分ではなくなって帰宅することにした。
明日に控える第二回戦の相手、イル・マリルの情報はすでに得ている。三回戦以降の敵については、彼女を倒した後にも情報を仕入れる機会があるのだから、焦って明日敗者となる者の分析までする必要はない。
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