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第三章 共和国編
第132話 敗北の未来
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ここは公地。どこの国にも属さない土地。何においてもいっさいの保障がされない領域。
ここは基本的に人が住む場所ではない。ゆえに、夜ともなれば、光源となるのは空に散らばる星と、ポツリと佇む月のみ。
今日は天気がいいほうだ。月と星とで夜でも比較的明るい。アフロみたいなフサフサ頭の木が散在しているが、この荒野においてはその間隔が大きいため、空からのなけなしの光を遮ることはなかった。
それでも夜は夜なので暗い。相手が光を発する魔法の使い手や、空間把握に長けた魔法の使い手でなければ、未来視のあるエース・フトゥーレにとっては地の利となり得た。
しかし残念なことに、正面に立つのはゲス・エスト。空間把握モードとかいう死角のない特別な視野の持ち主だ。
エース・フトゥーレはまず、ゲス・エストの二十四時間後の未来を視た。過去二回、エース・フトゥーレは同じ手でゲス・エストに殺される未来を視ている。今回も同じことをしてくるはずだと考えた。
「焦っているな、エース大統領。いや、俺はマジックイーターとしての貴様を殺しに来たのだから、エース・フトゥーレと呼ぼうか。二十四時間後に死ぬ未来が視えているのだろう? 回避できる未来は存在しないのだろう?」
「いや……」
エース・フトゥーレはゲス・エストの挑発めいた問いかけに対し、否定を返した。
しかしその顔は固い。二十四時間後の未来は考えていたものとはまったく異なっていた。
二十四時間後のゲス・エストの周囲に自分はいない。ゲス・エストの表情は完全に日常生活を謳歌している者のそれだ。
もし自分が逃げおおせたのなら、ゲス・エストがそんな表情で怠惰を貪っているはずがない。
それがどういうことかというと、つまり、自分は二十四時間を待たずに殺されるということだ。
そもそも、なぜ二十四時間後という時間がキーワードとなっているのか。
それはこういうことだ。
エース・フトゥーレの未来視の限界は二十四時間後までであるが、ゲス・エストは最初に会ったときにそれを検証してすでに見抜いている。その際に二十四時間と一分後に殺すと決めて空気にリンクを張り、それをエース・フトゥーレの体内に送り込んでいる。
エースが未来視でその攻撃が発動することを確認したときには、すでにそのゲス・エストの空気が体内に入ってしまっており、もはやどうしようもない状況となっていたのだ。
もしも二十四時間以内に攻撃してくれるのであれば、細剣ムニキスを勘で振っては未来視をするという一連の流れを未来視し、それを連続的におこなうことにより、どこに剣を振れば防げるのかを知ることができる。つまり未来視によって行動の最適化をおこなえるのだ。
なお、ゲス・エストと最初に会ったときに体内に入れられた空気は、彼が盲目のゲンと死闘を繰り広げた際にリンクが切れた。だから二十四時間をとうに過ぎたいまでもエースは生きているのだ。
エースはそうなるように、わざわざ盲目のゲンにエストが攻撃を仕掛けてくるおおよその位置を告げ口しておいたのである。
「二十四時間どころか、四時間以内に私は殺されている。どんな未来を選択しても、どれほどの巧妙な選択を取っても、どれだけ知恵を絞り出しても、限界は四時間。四時間ももてば奇跡ですらある。九割以上の未来で二時間以内に私はおまえに殺されている」
それを聞いたゲス・エストが高笑いを決め込んだ。彼の強さが彼自身の想定を上回っていたために嬉しい驚きを得たようだ。愉悦、満悦の笑みを浮かべるが、そこはかとなく漂う殺意に一部の緩みもない。
大したものだ。これほど油断を知らぬ男を見たことがない。勝てないわけだ。
「で、諦めるのか?」
この男は戦いたがっている。強者にしか興味がないと、未来視のどれかで言っていた気がする。強者と認めてもらえたことを嬉しいとさえ思う。
最強の魔術師と自負していた自分が、そう思ってしまった。情けないことに。
「無駄なあがきはせん。だが、少しだけでも話をしないか? おまえに少しでも影響を与えられたなら、それで本望だ」
「いいぜ。話したいことを話せ」
エース・フトゥーレは空気の箱に閉じ込められていた。
未来視の中で、それをムニキスで斬ってもかき消えないことは分かっている。その原理も。
空気の箱がかき消される瞬間から空気の壁が生成されるよう連続で操作リンクをつなぎなおしつづけているのだ。
そんな荒行めいたことをすれば相当に疲れるはずだが、その行為を楽しいと感じていれば時間も疲労も忘れてしまうのだろう。
同様の原理を攻撃に使用されて、エース・フトゥーレは未来で死ぬ。
「均衡というのは尊いものだ。この世界は魔術師、魔導師、イーターの三竦みで均衡が取れている。魔術師は魔導師に強いが、イーターには弱いから、イーター退治のために魔導師を頼る。もしもイーターが存在しなければ魔術師は魔導師を滅ぼし、世界を魔術師のものとするだろう。逆にもし魔導師が存在しなければ、魔術師はイーターに食い尽くされて世界はイーターが跋扈する地獄のようなものになるだろう。だから世界の三竦みの摂理は非常に重要なのだ。しかし、近年ではその均衡が崩れつつある。魔導師に強い固体が現われはじめたのだ。例えば魔導学院の四天魔。それからリオン帝国の五護臣の軍事と工業の魔導師二人。ジーヌ共和国の守護四師のアオとアカ。シミアン王国の一部の王国魔導騎士たちと王国首席魔導騎士。極めつけはおまえだ、ゲス・エスト。このまま三竦みの摂理崩壊が進めば、社会に格差が生まれ、魔術師だけが劣った種族として虐げられる。そんな未来が到来することは想像に難くない。だからこそ、いまのうちに魔術師の地位を高め、ヒエラルキーのトップに立ち、世界の先導者とならなければならないのだ」
ゲス・エストは大口を開けて欠伸をかました。
「で、御高説は終わったか?」
「なんだと!? おい、語らせておいて、私の話を聞いていなかったのか?」
エース・フトゥーレは怒り心頭に発した。顔を真っ赤にして、額から湯気を立たせた。
こうなったら、たとえ殺されるとしても攻撃するだけ攻撃しなければ気が済まない。もしこれがゲス・エストの挑発だったら、まんまと載せられている。分かっていても気が治まらない。
だが、これは挑発ではなかった。
「いいや、聞いてはいたさ。聞き流していたがな。おまえの話は聞く価値がない。こんなことを言うだけでは納得しないだろうから、おまえのなっがい話にツッコミを入れてやるよ。お前は三種族の関係性を力の強弱でしか見ていないが、そもそもそこが間違っている。魔導師は魔術師の抑止力としてイーターを狩り尽くさないわけじゃない。魔導師にとってもイーターは脅威だし、魔術師のことは同じ人間の仲間だと認識している。問答無用で襲い来るイーターは間違いなく敵だろうが、魔導師と魔術師はべつに共存したっていいだろう。三竦みのバランスが重要っていうのは、完全にお前の思考の暴走だ。おまえがさっき挙げた強い魔導師とやらが理由もなく魔術師に危害を加えるようなことがあったか? というか、魔術師だって十人十色だ。魔術師が魔導師と共存を望めば魔導師も応じている。おまえみたいに種族単位で敵と認定するから敵対関係が構築されるんだ。それに、掲げる理想がどんなに素晴らしかったとしても、それを実現する方法を間違えたのなら、その時点でそれは理想たりえないんだよ」
ゲス・エストがまくし立てた後、エース・フトゥーレはしばし無言で考え込んでから反論した。
「強引なやり方になるのは仕方のないことだ。理想の世界のためには犠牲は必要だ。おまえにはそれが理解できないのだろうな」
対して、ゲス・エストは間髪入れず、はっきりと返した。
「例えば世界の平和のためにどうしても少数の人間を犠牲にする必要があるという話があったとしたら、俺はそのやり方を否定しない。だが、おまえのやり方は犠牲が必要最小限ではない。あまりにも自分本位なやり方だ。未来視の魔術によって最善手で行動できる能力を持つおまえが、ぜんぜん最善ではない方法を取っていたんだ。駄目に決まっているだろう」
「未来は二十四時間までしか視られないんだ。世界の行く末の最善なんて辿れるわけがない」
「そんなことは分かっている。皮肉で言ったんだよ。最善とは何か、もっとじっくり考えて慎重に行動しろって言ってんだ。二十四時間先までしか視られなくたって、最善を選ぶのにおまえほど有利な能力を持った人間はいねーだろうが」
言い返そうと必至に吊り上げていたエース・フトゥーレの目から、ついに力が抜け落ちた。
「うむ、おまえの言うとおりかもしれないな、ゲス・エスト。なあ、もしこれから改めて世界のために最善の努力をすると言ったら、私を見逃してくれるか?」
「聞くまでもないだろう? 未来視で視えるはずだ。駄目に決まっている。その言葉は信用に値しないし、罪人が改心してもその罪は消えん。そして、お前の罪は重すぎて償いきれないものだ」
ゲス・エストがその手を掲げる。
そんなことをしなくても魔法は使えるが、わざわざ手を動かすのは意識を集中するためだ。
確実に仕留める意志がそこにある。
「待て! 最後だ。最後に一つだけ頼む」
「何だ?」
「おまえの未来を視せてくれ。一生に一度きりしか使えないが、私は二十四時間を越えて無制限に未来を視ることができるのだ」
ゲス・エストは一瞬の迷いを見せたが、存外あっさりと許可を出した。
エース・フトゥーレは視線と両手をゲス・エストへ伸ばした。エース・フトゥーレの両手がゲス・エストの両腕を掴み、老人のように弱々しく震えだす。重そうなまぶたが閉じそうになるのを堪えながら、対象の瞳を凝視する。
二分程度そうしていただろうか。エース・フトゥーレの様子にさらなる変化が現われた。目、鼻、耳、口から血が垂れてきた。そこでエース・フトゥーレの手はゲス・エストの腕を解放した。腕をだらりと垂れ、まぶたを閉じている。
「未来は視えたか?」
「ああ、視えたさ。聞きたいか?」
ゲス・エストの片眉がピクッと動いた。
「興味ないな」
「それは嘘だな。情報の重要性を知るおまえが興味を示さないはずがない」
エース・フトゥーレは情報というものの重要性を誰よりも知っている。そう自負している。だから情報を得るためならどんな労力も厭わない。
そうして得た情報の中に、ゲス・エストもまた情報を大変重要視していることが含まれていた。
「信頼性に欠ける情報はいらん」
それは一理ある。いくら情報が重要とはいえ、その情報に踊らされたのでは元も子もない。
だがエース・フトゥーレにとって、この駆け引きは無意味なことだ。
「それが強がりか作戦かは知らんが、教えてやるよ。未来を視る前は教えるつもりはなかったが、面白いものが視られた。この傑作な内容をぜひ貴様に聞かせてやりたいのだ。信じるかどうかは好きにするがいい」
「語りたければ語れ。待ってやる」
「ああ、語るとも。ゲス・エスト、貴様は近い将来、魔術師に負ける。私は自分が最強の魔術師だと自負していたが、とんだ自惚れだった。ジョーカーとでも言おうか。ゲス・エスト、近い未来において、貴様の前に最強の魔術師が現われる。その魔術師に比べれば、私など足元にも及ばない。貴様はその魔術師に敗北するのだ。その災厄は貴様の業が生み出すのだ。せいぜいあがくがいい。そして報いを受けるのだ、ゲス・エスト」
「なあ、ちょっといいか? これまでおまえが未来視で視た未来は、おまえ自身が簡単に変えてきたよな? だったらその未来を俺が変えるのも簡単なんじゃないのか?」
エース・フトゥーレは笑った。彼にとっては滑稽な質問だった。
魔法というものはその仕組みが分かりやすいが、魔術というものは複雑で、それを完璧に理解するのは本人でなければ無理なことだ。
「いいか、ゲス・エスト。未来というのは変えられるが、その未来になる原因を突きとめて、その原因に干渉しなければ未来が変わることはない。漠然と敗北する未来を知ったところで、貴様がその未来を変えることはできない」
ゲス・エストはあっさりと納得したようだった。言葉にしないが、表情でそれが分かった。
理解が早い。さすがに自分をここまで追い詰めただけのことはある。エース・フトゥーレはそう思った。
「で、エース・フトゥーレ、満足したか?」
「ああ、満足だ。もう思い残すことは何もない。私にこんな感想を言わせてしまって、貴様はさぞ悔しいだろうな」
「エース・フトゥーレ、俺も最後に一つだけ言わせてもらおう」
「ああ、何だ?」
「俺は魔術師なんかよりずっと恐ろしい存在に、とてつもなくおぞましい殺され方をすると思っていた。だが、おまえの語る未来がそういう話じゃなくて安心したよ」
「へぇ、そうかい……」
「ああ、あともう一つだけ。アークドラゴンを復活させてくれて、ありがとう!」
そのときにゲス・エストの浮かべた笑みは、実に恍惚としたものだった。
その笑みを見たエース・フトゥーレの顔は対照的に、恐怖と後悔にひきつっていた。
過去二回ほど彼に殺される未来を視ているが、こんなに嬉しそうな彼を見たことはなかった。
アークドラゴンの復活は、ゲス・エストにとっても悲願だったのだ。
強者と戦いたいという欲望。
ゲス・エストという人間は、どれほど貪欲な魔導師なのだ。
エース・フトゥーレは限界を超えた未来視で脳が焼かれていた。朦朧とする意識ももはや限界で、その意識は閉じかけていた。
全力の人生だった。
もう走らなくていい。
多少の苦痛は感じるが、このまま安らかに、などと考えていたところに、一瞬で意識を覚醒させられるほどの激烈な痛みが全身を貫いた。
おそらく、空気の杭を全身にくまなく打ち込まれたのだ。
「この、ゲス、がぁ……」
その言葉を最後に、未来視の魔術師は現在を閉じたのだった。
ゲス・エストは聞こえているか分からない相手に、二言だけつぶやきを添えた。
「安らかには死なせん。贖罪の機会を失うおまえへの、せめてもの手向けだ」
ここは基本的に人が住む場所ではない。ゆえに、夜ともなれば、光源となるのは空に散らばる星と、ポツリと佇む月のみ。
今日は天気がいいほうだ。月と星とで夜でも比較的明るい。アフロみたいなフサフサ頭の木が散在しているが、この荒野においてはその間隔が大きいため、空からのなけなしの光を遮ることはなかった。
それでも夜は夜なので暗い。相手が光を発する魔法の使い手や、空間把握に長けた魔法の使い手でなければ、未来視のあるエース・フトゥーレにとっては地の利となり得た。
しかし残念なことに、正面に立つのはゲス・エスト。空間把握モードとかいう死角のない特別な視野の持ち主だ。
エース・フトゥーレはまず、ゲス・エストの二十四時間後の未来を視た。過去二回、エース・フトゥーレは同じ手でゲス・エストに殺される未来を視ている。今回も同じことをしてくるはずだと考えた。
「焦っているな、エース大統領。いや、俺はマジックイーターとしての貴様を殺しに来たのだから、エース・フトゥーレと呼ぼうか。二十四時間後に死ぬ未来が視えているのだろう? 回避できる未来は存在しないのだろう?」
「いや……」
エース・フトゥーレはゲス・エストの挑発めいた問いかけに対し、否定を返した。
しかしその顔は固い。二十四時間後の未来は考えていたものとはまったく異なっていた。
二十四時間後のゲス・エストの周囲に自分はいない。ゲス・エストの表情は完全に日常生活を謳歌している者のそれだ。
もし自分が逃げおおせたのなら、ゲス・エストがそんな表情で怠惰を貪っているはずがない。
それがどういうことかというと、つまり、自分は二十四時間を待たずに殺されるということだ。
そもそも、なぜ二十四時間後という時間がキーワードとなっているのか。
それはこういうことだ。
エース・フトゥーレの未来視の限界は二十四時間後までであるが、ゲス・エストは最初に会ったときにそれを検証してすでに見抜いている。その際に二十四時間と一分後に殺すと決めて空気にリンクを張り、それをエース・フトゥーレの体内に送り込んでいる。
エースが未来視でその攻撃が発動することを確認したときには、すでにそのゲス・エストの空気が体内に入ってしまっており、もはやどうしようもない状況となっていたのだ。
もしも二十四時間以内に攻撃してくれるのであれば、細剣ムニキスを勘で振っては未来視をするという一連の流れを未来視し、それを連続的におこなうことにより、どこに剣を振れば防げるのかを知ることができる。つまり未来視によって行動の最適化をおこなえるのだ。
なお、ゲス・エストと最初に会ったときに体内に入れられた空気は、彼が盲目のゲンと死闘を繰り広げた際にリンクが切れた。だから二十四時間をとうに過ぎたいまでもエースは生きているのだ。
エースはそうなるように、わざわざ盲目のゲンにエストが攻撃を仕掛けてくるおおよその位置を告げ口しておいたのである。
「二十四時間どころか、四時間以内に私は殺されている。どんな未来を選択しても、どれほどの巧妙な選択を取っても、どれだけ知恵を絞り出しても、限界は四時間。四時間ももてば奇跡ですらある。九割以上の未来で二時間以内に私はおまえに殺されている」
それを聞いたゲス・エストが高笑いを決め込んだ。彼の強さが彼自身の想定を上回っていたために嬉しい驚きを得たようだ。愉悦、満悦の笑みを浮かべるが、そこはかとなく漂う殺意に一部の緩みもない。
大したものだ。これほど油断を知らぬ男を見たことがない。勝てないわけだ。
「で、諦めるのか?」
この男は戦いたがっている。強者にしか興味がないと、未来視のどれかで言っていた気がする。強者と認めてもらえたことを嬉しいとさえ思う。
最強の魔術師と自負していた自分が、そう思ってしまった。情けないことに。
「無駄なあがきはせん。だが、少しだけでも話をしないか? おまえに少しでも影響を与えられたなら、それで本望だ」
「いいぜ。話したいことを話せ」
エース・フトゥーレは空気の箱に閉じ込められていた。
未来視の中で、それをムニキスで斬ってもかき消えないことは分かっている。その原理も。
空気の箱がかき消される瞬間から空気の壁が生成されるよう連続で操作リンクをつなぎなおしつづけているのだ。
そんな荒行めいたことをすれば相当に疲れるはずだが、その行為を楽しいと感じていれば時間も疲労も忘れてしまうのだろう。
同様の原理を攻撃に使用されて、エース・フトゥーレは未来で死ぬ。
「均衡というのは尊いものだ。この世界は魔術師、魔導師、イーターの三竦みで均衡が取れている。魔術師は魔導師に強いが、イーターには弱いから、イーター退治のために魔導師を頼る。もしもイーターが存在しなければ魔術師は魔導師を滅ぼし、世界を魔術師のものとするだろう。逆にもし魔導師が存在しなければ、魔術師はイーターに食い尽くされて世界はイーターが跋扈する地獄のようなものになるだろう。だから世界の三竦みの摂理は非常に重要なのだ。しかし、近年ではその均衡が崩れつつある。魔導師に強い固体が現われはじめたのだ。例えば魔導学院の四天魔。それからリオン帝国の五護臣の軍事と工業の魔導師二人。ジーヌ共和国の守護四師のアオとアカ。シミアン王国の一部の王国魔導騎士たちと王国首席魔導騎士。極めつけはおまえだ、ゲス・エスト。このまま三竦みの摂理崩壊が進めば、社会に格差が生まれ、魔術師だけが劣った種族として虐げられる。そんな未来が到来することは想像に難くない。だからこそ、いまのうちに魔術師の地位を高め、ヒエラルキーのトップに立ち、世界の先導者とならなければならないのだ」
ゲス・エストは大口を開けて欠伸をかました。
「で、御高説は終わったか?」
「なんだと!? おい、語らせておいて、私の話を聞いていなかったのか?」
エース・フトゥーレは怒り心頭に発した。顔を真っ赤にして、額から湯気を立たせた。
こうなったら、たとえ殺されるとしても攻撃するだけ攻撃しなければ気が済まない。もしこれがゲス・エストの挑発だったら、まんまと載せられている。分かっていても気が治まらない。
だが、これは挑発ではなかった。
「いいや、聞いてはいたさ。聞き流していたがな。おまえの話は聞く価値がない。こんなことを言うだけでは納得しないだろうから、おまえのなっがい話にツッコミを入れてやるよ。お前は三種族の関係性を力の強弱でしか見ていないが、そもそもそこが間違っている。魔導師は魔術師の抑止力としてイーターを狩り尽くさないわけじゃない。魔導師にとってもイーターは脅威だし、魔術師のことは同じ人間の仲間だと認識している。問答無用で襲い来るイーターは間違いなく敵だろうが、魔導師と魔術師はべつに共存したっていいだろう。三竦みのバランスが重要っていうのは、完全にお前の思考の暴走だ。おまえがさっき挙げた強い魔導師とやらが理由もなく魔術師に危害を加えるようなことがあったか? というか、魔術師だって十人十色だ。魔術師が魔導師と共存を望めば魔導師も応じている。おまえみたいに種族単位で敵と認定するから敵対関係が構築されるんだ。それに、掲げる理想がどんなに素晴らしかったとしても、それを実現する方法を間違えたのなら、その時点でそれは理想たりえないんだよ」
ゲス・エストがまくし立てた後、エース・フトゥーレはしばし無言で考え込んでから反論した。
「強引なやり方になるのは仕方のないことだ。理想の世界のためには犠牲は必要だ。おまえにはそれが理解できないのだろうな」
対して、ゲス・エストは間髪入れず、はっきりと返した。
「例えば世界の平和のためにどうしても少数の人間を犠牲にする必要があるという話があったとしたら、俺はそのやり方を否定しない。だが、おまえのやり方は犠牲が必要最小限ではない。あまりにも自分本位なやり方だ。未来視の魔術によって最善手で行動できる能力を持つおまえが、ぜんぜん最善ではない方法を取っていたんだ。駄目に決まっているだろう」
「未来は二十四時間までしか視られないんだ。世界の行く末の最善なんて辿れるわけがない」
「そんなことは分かっている。皮肉で言ったんだよ。最善とは何か、もっとじっくり考えて慎重に行動しろって言ってんだ。二十四時間先までしか視られなくたって、最善を選ぶのにおまえほど有利な能力を持った人間はいねーだろうが」
言い返そうと必至に吊り上げていたエース・フトゥーレの目から、ついに力が抜け落ちた。
「うむ、おまえの言うとおりかもしれないな、ゲス・エスト。なあ、もしこれから改めて世界のために最善の努力をすると言ったら、私を見逃してくれるか?」
「聞くまでもないだろう? 未来視で視えるはずだ。駄目に決まっている。その言葉は信用に値しないし、罪人が改心してもその罪は消えん。そして、お前の罪は重すぎて償いきれないものだ」
ゲス・エストがその手を掲げる。
そんなことをしなくても魔法は使えるが、わざわざ手を動かすのは意識を集中するためだ。
確実に仕留める意志がそこにある。
「待て! 最後だ。最後に一つだけ頼む」
「何だ?」
「おまえの未来を視せてくれ。一生に一度きりしか使えないが、私は二十四時間を越えて無制限に未来を視ることができるのだ」
ゲス・エストは一瞬の迷いを見せたが、存外あっさりと許可を出した。
エース・フトゥーレは視線と両手をゲス・エストへ伸ばした。エース・フトゥーレの両手がゲス・エストの両腕を掴み、老人のように弱々しく震えだす。重そうなまぶたが閉じそうになるのを堪えながら、対象の瞳を凝視する。
二分程度そうしていただろうか。エース・フトゥーレの様子にさらなる変化が現われた。目、鼻、耳、口から血が垂れてきた。そこでエース・フトゥーレの手はゲス・エストの腕を解放した。腕をだらりと垂れ、まぶたを閉じている。
「未来は視えたか?」
「ああ、視えたさ。聞きたいか?」
ゲス・エストの片眉がピクッと動いた。
「興味ないな」
「それは嘘だな。情報の重要性を知るおまえが興味を示さないはずがない」
エース・フトゥーレは情報というものの重要性を誰よりも知っている。そう自負している。だから情報を得るためならどんな労力も厭わない。
そうして得た情報の中に、ゲス・エストもまた情報を大変重要視していることが含まれていた。
「信頼性に欠ける情報はいらん」
それは一理ある。いくら情報が重要とはいえ、その情報に踊らされたのでは元も子もない。
だがエース・フトゥーレにとって、この駆け引きは無意味なことだ。
「それが強がりか作戦かは知らんが、教えてやるよ。未来を視る前は教えるつもりはなかったが、面白いものが視られた。この傑作な内容をぜひ貴様に聞かせてやりたいのだ。信じるかどうかは好きにするがいい」
「語りたければ語れ。待ってやる」
「ああ、語るとも。ゲス・エスト、貴様は近い将来、魔術師に負ける。私は自分が最強の魔術師だと自負していたが、とんだ自惚れだった。ジョーカーとでも言おうか。ゲス・エスト、近い未来において、貴様の前に最強の魔術師が現われる。その魔術師に比べれば、私など足元にも及ばない。貴様はその魔術師に敗北するのだ。その災厄は貴様の業が生み出すのだ。せいぜいあがくがいい。そして報いを受けるのだ、ゲス・エスト」
「なあ、ちょっといいか? これまでおまえが未来視で視た未来は、おまえ自身が簡単に変えてきたよな? だったらその未来を俺が変えるのも簡単なんじゃないのか?」
エース・フトゥーレは笑った。彼にとっては滑稽な質問だった。
魔法というものはその仕組みが分かりやすいが、魔術というものは複雑で、それを完璧に理解するのは本人でなければ無理なことだ。
「いいか、ゲス・エスト。未来というのは変えられるが、その未来になる原因を突きとめて、その原因に干渉しなければ未来が変わることはない。漠然と敗北する未来を知ったところで、貴様がその未来を変えることはできない」
ゲス・エストはあっさりと納得したようだった。言葉にしないが、表情でそれが分かった。
理解が早い。さすがに自分をここまで追い詰めただけのことはある。エース・フトゥーレはそう思った。
「で、エース・フトゥーレ、満足したか?」
「ああ、満足だ。もう思い残すことは何もない。私にこんな感想を言わせてしまって、貴様はさぞ悔しいだろうな」
「エース・フトゥーレ、俺も最後に一つだけ言わせてもらおう」
「ああ、何だ?」
「俺は魔術師なんかよりずっと恐ろしい存在に、とてつもなくおぞましい殺され方をすると思っていた。だが、おまえの語る未来がそういう話じゃなくて安心したよ」
「へぇ、そうかい……」
「ああ、あともう一つだけ。アークドラゴンを復活させてくれて、ありがとう!」
そのときにゲス・エストの浮かべた笑みは、実に恍惚としたものだった。
その笑みを見たエース・フトゥーレの顔は対照的に、恐怖と後悔にひきつっていた。
過去二回ほど彼に殺される未来を視ているが、こんなに嬉しそうな彼を見たことはなかった。
アークドラゴンの復活は、ゲス・エストにとっても悲願だったのだ。
強者と戦いたいという欲望。
ゲス・エストという人間は、どれほど貪欲な魔導師なのだ。
エース・フトゥーレは限界を超えた未来視で脳が焼かれていた。朦朧とする意識ももはや限界で、その意識は閉じかけていた。
全力の人生だった。
もう走らなくていい。
多少の苦痛は感じるが、このまま安らかに、などと考えていたところに、一瞬で意識を覚醒させられるほどの激烈な痛みが全身を貫いた。
おそらく、空気の杭を全身にくまなく打ち込まれたのだ。
「この、ゲス、がぁ……」
その言葉を最後に、未来視の魔術師は現在を閉じたのだった。
ゲス・エストは聞こえているか分からない相手に、二言だけつぶやきを添えた。
「安らかには死なせん。贖罪の機会を失うおまえへの、せめてもの手向けだ」
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