残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな

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最終章 狂酔編

第261話 カケララ戦‐護神中立国②

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 サンディア、アンジュ、エンジュの三人が護神中立国で狂気からの救出活動を始めて、かれこれ三時間以上が経っていた。
 護神中立国の人口は世界で最も少ない。しかしいっこうに救出が終わらないのは、一度正気に戻ってもまた狂気に呑まれる人が多いからだ。

 狂気に呑まれる人とそうでない人の違いは、単純に精神力の差である。意志が強く芯がしっかりしている人は狂気に呑まれにくい。
 エストたちは紅い狂気の存在を認知した上で、それに立ち向かうという覚悟をしているため、そのメンバーの中で狂気に呑まれる者はほとんど出ないのだ。

 しかし、エンジュは再び狂気に呑まれようとしていた。
 カケラと戦うのは世界で最強クラスの猛者たちだし、カケララと戦うのも生徒会長に任せている。
 エンジュの中で、どこか他人事のように感じている部分があった。

 もちろん、カケラとの決戦メンバーとして名乗りを挙げたのは自分自身なのだが、そこにはアンジュもやるからというのもあったし、紅い狂気との直接的戦闘ではなく、あくまでサポートメンバーとして参加するという浅い決意しか持っていなかった。

 護神中立国では三人で救助活動をして、自分が人を救えたという喜びを覚え、やりがいを感じ、もっと頑張ろうと再決意をした。
 しかし、助けたはずの人が目を紅くして自分に襲いかかってきたとき、エンジュは恐怖して逃げた。

 逃げた判断は正しかっただろう。
 しかし、エンジュの失策は恐怖におののいてしまったことだ。
 負の感情が別の負の感情を呼ぶ。
 恐怖という一滴のしずくが、心に紅い波紋を生んだ。透き通った水に墨汁が垂らされたように、ほんの一滴の失意がエンジュの心を紅く暗く染めていく。

 サンディアもアンジュもそれぞれ一人で人々を正気に戻してまわっている。エンジュはそれを見て、自分だけが役に立っていないと感じた。
 エンジュは自分の中には存在しないはずの何かが、心の内側から自分を呑み込んでいくのを自覚した。

「もう無理だ……。いっつもそうだし、こんな大事なときですら。自分がいたたまれない。ウチだけぜんぜん役に立ってない。ウチだけ、ウチだけ……」

 エンジュの目はすでに紅く染まっていた。
 さらに爪が鋭く伸びはじめる。
 血の涙を流しながら、背後からアンジュに近づいて、その首に手を伸ばす。

「エンジュ!」

 アンジュはエンジュの動向に気づいていた。エンジュのことが心配でずっと気にかけていたのだ。
 アンジュは手を伸ばし、首に迫るエンジュの手に静電気を飛ばした。
 しかし、エンジュは止まらなかった。無垢むくな心と違って、深い絶望が狂気の器を拡げている。ちっとやそっとの衝撃では狂気を追い出せない。
 エンジュの手で首が絞まり、爪が皮膚に食い込む。

「正気に戻って、エンジュ……」

 アンジュの首を絞める手の力が増していく。だんだんと増していき、それから少しずつ、少しずつ緩んだ。
 エンジュの手は砂で覆われていた。
 これはサンディアの魔法だ。砂の操作型魔法。砂でエンジュの手を押し返し、アンジュの首から引き剥がした。

「アンジュ、大丈夫?」

 アンジュは数度咳き込んでから大丈夫と答えた。
 そして、エンジュを救ってほしいとサンディアに頼んだのだった。

 エンジュの体からは紅いオーラが漏れ出していた。その量はしだいに増え、爪もどんどん鋭く伸びて、携帯ナイフくらいの長さにまでなった。
 紅いオーラが触れると、サンディアの操る砂はその操作権が奪われたらしく、まるで攻撃の号令がかかるまで待機する取り巻きのようにエンジュの周囲を浮遊しだした。
 サンディアはエンジュにまっすぐ近づく。
 エンジュにはまだ自我が残っているらしく、吐き出す言葉にはまだ彼女の意思が乗っていた。

「離れてください。このままじゃウチ、先輩を傷つけてしまう」

 サンディアは止まらない。迷わない。ゆっくりとだが、まっすぐ近づいていく。
 エンジュは尖った爪をサンディアに向けた。エンジュは近づくと危険だという警告の意図でそうしていたが、サンディアを突き刺すために構えているのだと錯覚しはじめていた。

 それを知ってか知らずか、構えも取らずに愚直に近づくサンディアは、とても優しい顔をエンジュに向けていた。
 エンジュは尊敬する先輩を傷つけるのが怖くて涙を流す。その涙は粘っこくて、紅い色をしていた。
 爪が細く尖るように変形し、殺意を剥き出しにした。

(ウチは役に立たない。ウチは皆の足をひっぱる。ウチのせいでみんな死ぬ。ウチがみんなを殺す。サンディア先輩をこの爪で刺し殺す)

 エンジュの脳内に響く声は、自分の弱音か、狂気の洗脳か、神の啓示か、自分の欲望か、もはや何なのか分からない。
 葛藤と我慢になぶられるエンジュ。
 サンディアはそのエンジュの正面までやってきて、さらに一歩を踏み入れた。
 そして、エンジュを優しく抱きしめた。

「いいえ、エンジュ。あなたはそんなことはしない。だって、あなたは優しいんだもの。私が知る限り、あなたは誰よりも優しい。あなたは気づいていないかもしれないけれど、あなたの優しさは多くの人を救ってきたのよ。かくいう私も、これまで何度も救われてきた。だから、役立たずなんかじゃない」

「先輩、ウチ、ウチ……」

 サンディア・グレイン。エンジュの尊敬する先輩。
 自分のことをずっと見ていてくれて、自分でも気づかないようないいところを見つけてくれて、優しく褒めてくれる。
 エンジュはそんな先輩が、大好きだった。

「その爪で私を傷つけてもいいわよ。それをあなたが望むならね」

 サンディアは白いオーラに包まれていた。
 そのオーラは触れられるものではないが、エンジュはとても温かく感じた。
 ほおにできた紅い筋の上を、透明な雫が流星のように流れ落ちた。

「望むわけ……ないじゃないですか!」

 エンジュからあふれ出した白いオーラが、紅いモヤを霧散させた。
 エンジュはサンディアに抱きついて、大声で泣いた。
 サンディアがエンジュを抱きしめる腕にも少しだけ力が入った。
 アンジュはもらい泣きして、閉じた目を腕にこすりつけた。

 三人から放出される白いオーラが空を覆っていた紅を塗り替えた。
 そして神聖なる建造物の破壊にいそしむ人々から狂気が薄れていき、人々は自然と正気に戻っていった。
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