ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼

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1.今日も彼は朝帰り

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(side 輝)


 大学卒業後、念願のひとり暮らしをはじめた。ワンルームのアパートはかなり狭いけれど、自分好みのインテリアやカーテン、キッチン用品などをそろえ、とても快適な空間だ。
 わたしは都内にある食品関係の会社に勤めている。今年で社会人二年目。ようやく会社にも慣れ、仕事にもやりがいを感じつつある今日この頃。

「……んっ……んん?」

 そんなわたしのアパートにときどき迷い込んでくるのは藤城冬馬《ふじしろとうま》くん。
 なんとなく気配を感じて薄目をあけると、冬馬くんはカジュアルなチェック柄のシャツを脱いでいるところだった。

「ごめん、起こしちゃった?」
「うん……それより……また朝帰り?」
「まだ朝じゃないよ」

 ベッドサイドの目覚まし時計を見ると、明け方の四時少し前。六月のこの時季、外はまだ薄暗いけれど、じきに夜が明ける時刻だ。

「じゅうぶん朝だよ」
「でもまだ出勤まで時間あるから、ちょっとだけ寝かせて」

 そう言って冬馬くんはベッドに入ってくると、わたしをうしろから抱きしめてきた。
 シングルベッドだからふたりで寝るときは身体を寄せ合わせないとベッドから落ちそうになって安眠できない。そのせいなのかな。こうやって眠るのは冬馬くんの癖みたいになった。一緒に眠るとき、冬馬くんは必ずわたしをこうやって抱きしめた。

 わたしたちは本社勤務で同期入社。部署は違うけれど、同期の何人かと一緒にたまに飲みにいく仲だった。
 冬馬くんはもともと実家暮らしだったけれど、この春からひとり暮らしをはじめた。実家からだと通勤に時間がかかるというのが理由だった。
 引っ越し当日。新居で同期の仲間何人かと引っ越しの手伝いをした。そこで冬馬くんのお母さんと初めてお会いし、引っ越し蕎麦をごちそうになった。
 やさしそうなお母さん。一緒にキッチンに立ってお蕎麦を作るのを手伝ったら、すごく感謝されてしまった。
 ──息子がいつもお世話になっています。こんなばか息子ですけど、よろしくお願いしますね。
 お母さんの言葉に自慢の息子という思いが伝わってきた。
 冬馬くんのお父さんは、十年ほど前に病気で亡くなっている。ひとり息子なので家族はお母さんだけだけれど、あったかい家庭で育ってきたんだと感じる。

 それなのに冬馬くんはごくたまにさみしそうな顔をする。
 その理由は過去の恋愛が原因なのかなと思っている。ある日、お酒に酔った冬馬くんが話していた。高校時代にすごく好きだった女の子がいたけれど、想いは届くことなく終わってしまったと。
 遠くから見ているだけの片想いだったのかな? それだと、女の子に積極的な冬馬くんらしくないような気もするけれど、とても苦しい恋だったみたい。
 ──サヤ。
 ねえ、冬馬くん。あの日、彼女の名前をつぶやいたことを覚えている? 悲しそうな顔で、でもすごく愛おしそうに名前を呼んでいたんだよ。

「また女の子と遊んでたの?」
「つき合いだよ。誘われちゃって」
「ああ、合コンね」

 冬馬くんはなぜか彼女を作らない。今日みたいに合コンしたり、女の子とデートしたりはするけれど、それはいわゆる“遊び”にすぎない。
 ふいに冬馬くんからふわっと甘い香りがした。

「朝帰りするなら自分のマンションに帰ってよ。なんでわざわざここに来るの?」
「だってここからのほうが会社に近いし」
「それじゃあ、なんのためにひとり暮らしをはじめたのかわかんないじゃない」
「まあまあ、そう固いこと言わないでよ。それより寝よ?」

 冬馬くんはいつもこんな調子だ。もう、人の気も知らないで。

「あっ! ちょっとだめだって!」
「え? だめなの?」
「だって眠いんだもん」
「でも我慢できない」
「冬馬くん、夕べほかの女の子としてきたんじゃないの?」
「なんで?」
「だって、においがするから」

 触れあったあとのにおいがする。いまも冬馬くんからしているそれは明らかに女性用の香水だ。

「ああ、これね。女の子のなかにすっごくきついにおいの子がいたんだよ。きっとその子のだよ」
「別に隠さなくてもいいよ。お互い束縛し合う関係でもないんだし」
「じゃあ、なんで怒ってんの?」
「怒ってなんて……」

 冬馬くんの言う通り。たしかにわたしは怒っていた。
 言葉につまっていたら、するすると冬馬くんの手が伸びてきた。パジャマの裾から肌に触れてくる。脇腹、おへそ、そして……。

「あ、ノーブラだ」
「大丈夫なの? 寝る時間減っちゃうよ」
「うん。どうしてもしたい」

 冬馬くんは甘え上手だと思う。その性格と器量のおかげで、いろんな女の子が寄ってくる。
 一方、わたしはずっとひとりだった。情けないことに佐野先生を引きずったままだった。
 でも、そんなわたしを変えてくれたのは冬馬くんだった。
 二ヶ月前、初めてわたしは冬馬くんと身体の関係を持った。軽い気持ちからではない。冬馬くんだからしたいと思った。
 だけど、わたしたちの関係はいまもよくわからない。こうして一緒のベッドで抱き合う男女の関係なのに、恋人同士ではない。

 布団をはぎ取って、冬馬くんは素早くTシャツを脱いだ。鍛えられた上半身があらわになる。男の人なのにすごくきれいだと思った。
 そして、あっという間にわたしのパジャマも脱がされた。冬馬くんは焦るように素肌に吸いついてきて、全身をくまなく愛してくれた。
 あんなに眠かったのに、いまはこんなにも気持ちいい。今日だけは太陽が昇らないでほしいと心から思った。

「あっ……冬馬くん……」
「ん? ここがいいの?」
「……うん」
「わかった。ここだね」

 冬馬くんは毎回こうやって尽くしてくれる。冬馬くんに愛されている間だけ、自分が特別な存在だと錯覚できる。このときだけはわたしは幸せに満たされて、女に生まれてよかったと思えた。
 でもそう思っている女の子はわたしだけじゃないんだよね。わたしを抱いたあの日から何人の女の子を抱いてきたの? わたしは冬馬くんだけなのに、冬馬くんはこれから何人の女の子を抱くの?
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