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6.慣れない恋人関係
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「そろそろ行こうか。身体を冷やすといけないから」
昼間は気温が高めだったのに、日が傾き、風が涼しくなってきたところだった。
でもこんなに気温が下がるとは思わなかった。あいにく上に羽織るものを持ってきておらず、半袖のカットソーだけだと肌寒い。
「いろんな店があるから、少し覗いてみる?」
「はい、行ってみたいです」
前にもここに来たことがあるけれど、もうだいぶ前のこと。久しぶりにショッピングをしてみたい。
こうして展望デッキから離れ、エレベーターに乗り込んだ。ターミナルビルにあるショップをまわり、それから有名スイーツ店で塔子さんへのお土産を買った。
「お母さんは甘いものが好きなの?」
「はい、親子そろって甘いものに目がないんです。でもデートのときに同居している母親にお土産を買うなんて変ですよね」
「そんなことないよ。そういうことなら僕からもプレゼントさせて」
「そんな、気を使わないでください」
だけど冴島さんはほかの店のスイーツもすすめてくる。「いらないですから」と断っているわたしの目の前で次々と支払いをしていき、あっという間に両手が紙袋でふさがってしまった。
「こんなにたくさん……。ありがとうございます」
せっかく買ってくれたのだし、全部おいしそうだし、なにより楽しそうな笑顔を見せられると太ってもいいやと思えてしまう。いや、よくはないのだけれど、厚意を無駄にしたくない。
だけどその後、そのこととは比べものにならないほどの展開がわたしを待っていた。
夜になり食事に行こうということになったのだが……。招待されたのが貸切りのディナークルーズ。乗船客はもちろんわたしたちだけ。
夕べ、思い立ったように誘ってきたのにばっちり予約を入れていて、お金の使い方と段取りのよさに驚かされる。わたしにとって、まったくの規格外だ。
当然、冴島さんにとってはたいしたことではない。わかっているつもりだったのに、もやもやしたものが胸のなかに広がっていった。
わたしはここにいていいのだろうか。そんなことがふと頭をよぎった。
「口に合わない?」
食事が運ばれてきてからも、そのもやもやはなくならなくて、メインの牛肉の赤ワイン煮をひと口食べたあと、ついぼんやりとしてしまった。冴島さんが異変を感じたらしく、心配そうな顔をしていた。
「味はとてもおいしいです。ですが、あまりにも豪華で」
牛肉にナイフを入れながら笑顔を作る。
海の上とは思えないほどのゴージャスな船内レストラン。貸切りなのでふたりで食事をするには広すぎる。窓の外の景色も非現実的で、どうしてもこの空間に馴染めず、落ち着かなかった。
やっぱり住む世界の違う人だ。
「普通のレストランでよかったんですよ」
「僕がそうしたかったんだよ。できれば他人にじゃまされたくないからね」
「じゃま?」
「プライベートの食事のときぐらい、人目を気にしたくないから。レストランの個室でもよかったけど、せっかくベイエリアに来たんだし、海の上がいいかなと思ったんだ」
「人目を気にしたくない」と聞いて、思いあたる節があった。水族館でも空港でも、やたら注目されていて、わたしも幾度となく視線を感じた。
あの視線は冴島さんのオーラに惹きつけられた人たちのものだ。立っているだけで存在感があるから、どうしても目立ってしまう。
冴島さんレベルまでいくと、気にもならないくらいに慣れているのだとばかり思っていた。
メディアにも顔出ししているし、大学教授や経済界の話題の人たちが出席しているシンポジウムの動画までが大手配信サイトで無料公開されている。そもそも人に見られることにあまり抵抗を感じない人だと思っていた。
「こう見えても目立つのは嫌いなんだよ」
「はい?」
「目立つのが好きそうなのに不思議って顔をしてたから」
からかうように顔を覗き込まれる。
「そ、そんなことありませんから!」
首を振って否定すると冴島さんは声をあげて笑った。
完全に思考を読まれている。
「春名さんは正直でいいなあ。すぐ顔に出るよね」
「そうですか? あまり言われたことはないんですが」
客商売をしている身としては聞き捨てならないセリフだ。冴島さんのように常に落ち着いて穏やかでいたいと思っているのに。
「僕の前では正直でいてよ」
急に声のトーンが変わり、心配そうに語りかけてきた。
「冴島さん……」
「不安なことがあったら遠慮なく言ってほしい」
「それも顔に出てました?」
「一瞬だけどね。でも何度か」
わたしはハッとした。
今だけではない。これまで一緒に過ごしてきた時間、わたしはずっと心の奥を見破られていたのだ。
少し足が疲れたなと思ったら、タイミングよく「お茶でも飲もうか」とカフェに誘ってくれた。人混みに戸惑っていると、「あっちに行ってみる?」とその場所から連れ出してくれた。
冴島さんはわたしが思っている以上にわたしを見ていてくれて、想像していたよりも誠実な人だった。
そうだよ、なにも気にすることはない。目の前にいる冴島さんを信じていればいいんだ。
昼間は気温が高めだったのに、日が傾き、風が涼しくなってきたところだった。
でもこんなに気温が下がるとは思わなかった。あいにく上に羽織るものを持ってきておらず、半袖のカットソーだけだと肌寒い。
「いろんな店があるから、少し覗いてみる?」
「はい、行ってみたいです」
前にもここに来たことがあるけれど、もうだいぶ前のこと。久しぶりにショッピングをしてみたい。
こうして展望デッキから離れ、エレベーターに乗り込んだ。ターミナルビルにあるショップをまわり、それから有名スイーツ店で塔子さんへのお土産を買った。
「お母さんは甘いものが好きなの?」
「はい、親子そろって甘いものに目がないんです。でもデートのときに同居している母親にお土産を買うなんて変ですよね」
「そんなことないよ。そういうことなら僕からもプレゼントさせて」
「そんな、気を使わないでください」
だけど冴島さんはほかの店のスイーツもすすめてくる。「いらないですから」と断っているわたしの目の前で次々と支払いをしていき、あっという間に両手が紙袋でふさがってしまった。
「こんなにたくさん……。ありがとうございます」
せっかく買ってくれたのだし、全部おいしそうだし、なにより楽しそうな笑顔を見せられると太ってもいいやと思えてしまう。いや、よくはないのだけれど、厚意を無駄にしたくない。
だけどその後、そのこととは比べものにならないほどの展開がわたしを待っていた。
夜になり食事に行こうということになったのだが……。招待されたのが貸切りのディナークルーズ。乗船客はもちろんわたしたちだけ。
夕べ、思い立ったように誘ってきたのにばっちり予約を入れていて、お金の使い方と段取りのよさに驚かされる。わたしにとって、まったくの規格外だ。
当然、冴島さんにとってはたいしたことではない。わかっているつもりだったのに、もやもやしたものが胸のなかに広がっていった。
わたしはここにいていいのだろうか。そんなことがふと頭をよぎった。
「口に合わない?」
食事が運ばれてきてからも、そのもやもやはなくならなくて、メインの牛肉の赤ワイン煮をひと口食べたあと、ついぼんやりとしてしまった。冴島さんが異変を感じたらしく、心配そうな顔をしていた。
「味はとてもおいしいです。ですが、あまりにも豪華で」
牛肉にナイフを入れながら笑顔を作る。
海の上とは思えないほどのゴージャスな船内レストラン。貸切りなのでふたりで食事をするには広すぎる。窓の外の景色も非現実的で、どうしてもこの空間に馴染めず、落ち着かなかった。
やっぱり住む世界の違う人だ。
「普通のレストランでよかったんですよ」
「僕がそうしたかったんだよ。できれば他人にじゃまされたくないからね」
「じゃま?」
「プライベートの食事のときぐらい、人目を気にしたくないから。レストランの個室でもよかったけど、せっかくベイエリアに来たんだし、海の上がいいかなと思ったんだ」
「人目を気にしたくない」と聞いて、思いあたる節があった。水族館でも空港でも、やたら注目されていて、わたしも幾度となく視線を感じた。
あの視線は冴島さんのオーラに惹きつけられた人たちのものだ。立っているだけで存在感があるから、どうしても目立ってしまう。
冴島さんレベルまでいくと、気にもならないくらいに慣れているのだとばかり思っていた。
メディアにも顔出ししているし、大学教授や経済界の話題の人たちが出席しているシンポジウムの動画までが大手配信サイトで無料公開されている。そもそも人に見られることにあまり抵抗を感じない人だと思っていた。
「こう見えても目立つのは嫌いなんだよ」
「はい?」
「目立つのが好きそうなのに不思議って顔をしてたから」
からかうように顔を覗き込まれる。
「そ、そんなことありませんから!」
首を振って否定すると冴島さんは声をあげて笑った。
完全に思考を読まれている。
「春名さんは正直でいいなあ。すぐ顔に出るよね」
「そうですか? あまり言われたことはないんですが」
客商売をしている身としては聞き捨てならないセリフだ。冴島さんのように常に落ち着いて穏やかでいたいと思っているのに。
「僕の前では正直でいてよ」
急に声のトーンが変わり、心配そうに語りかけてきた。
「冴島さん……」
「不安なことがあったら遠慮なく言ってほしい」
「それも顔に出てました?」
「一瞬だけどね。でも何度か」
わたしはハッとした。
今だけではない。これまで一緒に過ごしてきた時間、わたしはずっと心の奥を見破られていたのだ。
少し足が疲れたなと思ったら、タイミングよく「お茶でも飲もうか」とカフェに誘ってくれた。人混みに戸惑っていると、「あっちに行ってみる?」とその場所から連れ出してくれた。
冴島さんはわたしが思っている以上にわたしを見ていてくれて、想像していたよりも誠実な人だった。
そうだよ、なにも気にすることはない。目の前にいる冴島さんを信じていればいいんだ。
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