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プロローグ
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ここは都内某所にある二十四時間営業のファミレス。大手私鉄の駅から徒歩五分ほどの立地と、今日が土曜日のせいか、深夜だというのにおおいに賑わっていた。
大学の二年のわたしは週二のペースで、ここでバイトをしている。時間は金曜日と土曜日の二日間のみで、午後七時から午前〇時まで。
実家暮らしなので、そこまであくせく働く必要がなく、また勉強がおろそかになるからと親からもバイト時間の制限をかけられ、週二だけにしている。
バイト先にファミレスを選んだ決め手は時給がよかったからだ。ただし、客が減る深夜の時間帯なので掃除業務も含まれており、けっこう重労働。それでも仕事は嫌いじゃない。ちょっとした楽しみもあるので、バイトの日が待ち遠しいくらいなのだ。
午後十一時。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
胸下まである長い髪を低めの位置できっちりおだんごにして、にっこり笑顔でオーダーをとる。愛想のよさは生まれつきみたいで、おおげさだけど客商売は天職かなとちょっとだけ思っている。
オーダーをとり終えると、一緒にホールで働いている四宮由紀乃《しのみやゆきの》が小声で話しかけてきた。
「そろそろじゃない?」
「うん、そろそろだね」
ちらっと腕時計に目をやる。午後十一時五分がいつもの時間だ。
「輝《ひかる》、来たよ」
「いらっしゃいませ」
由紀乃に言われ、わたしはその客をいつものように出迎えた。
「こんばんは、輝ちゃん。今日も相変わらずかわいいねえ」
「今日はミツヒデさんに会えると思って、気合を入れて化粧しました」
ギターをかついだミツヒデさんと、これまたいつものように言葉をかわす。ミツヒデさんは人あたりがよくて、人懐っこい。
そのミツヒデさんのあとに仲間が続く。総勢六名のこの集団はぞろぞろと歩いて、いつもの窓際の席についた。
ファミレスの近くに小さなライブハウスと音楽スタジオがある。そのため、とくに週末の夜はライブ帰りの人やバンドマンが立ち寄ることが多い。
ミツヒデさんたちもバンドマン。週末に月一ぐらいの割合でライブをし、ライブのない日は音楽スタジオで練習をしている。その帰りに必ずといっていいほどこのファミレスに寄るのだ。
わたしは彼らの音楽は聞いたことはないけれど、イケメンぞろいなので、来店するたびに目の保養をさせてもらっている。
お冷をテーブルに置くと、オーダーをとるためにエプロンのポケットからハンディを出した。
「いつものでいいですか?」
「それで頼むわ」
ボーカルの『ナリ』という愛称の人が答える。
彼らがいつも頼むのはフライドポテト、ソーセージの盛り合わせ、大根サラダ、鶏のから揚げ。それからトマトソースとペペロンチーノの二種類のパスタとドリンクバーだった。毎回、メニューを見て考えるのが面倒なので、「しばらく同じメニューでいいよ」とナリが言ったのだ。
短めの黒髪のナリは中性的で、女性ウケするようなきれいな顔立ち。さらにボーカルだけあって、よく通る澄んだ声をしている。
ベースのサイジさんは一見クールだけれど、話してみると温厚であったかい人。笑ったときの奥二重の目がやさしそうに細まるのを見るたびに癒やされる。
ドラムのトオルさんは無邪気でお調子者。メンバーのなかで一番落ち着きのない人なのに既婚者だと知ったときは心の底から驚いた。
キーボードのシグレさんはこのバンドのリーダー。しっかり者でまじめな性格。面倒見がよくて、メンバーから厚い信頼がある。
そして、さっきのギターのミツヒデさんを入れて五人のメンバーだ。
バンドの結成は大学一年の頃だそうで、いまはメンバー全員が社会人。シグレさん、トオルさん、ミツヒデさんはサラリーマンで、ナリとサイジさんはフリーターだそうだ。少し前に年齢を尋ねたら、全員今年で二十四歳になると言っていた。ということは、バンドを結成してかれこれ五年ほどということになる。
「カザネ。俺、ウーロン」
ナリが隣に座っている女の人にぶっきらぼうに言った。
彼女はメンバーではない。詳しいことは知らないけれど、昔からの知り合いらしい。メンバーと同い年くらいなので、同じ大学出身なのかもしれない。
つぶらな瞳にカールした長いまつ毛。鼻筋は通り、ぽってりとした唇が色っぽい。ゆるくかかったパーマはトリートメントも手を抜いていないのか、いつも艶々《つやつや》。細身なのにやけに色っぽくて魅力的な容姿だった。
「ナリ、自分で取ってこいよ」
リーダーのシグレさんが言う。けれどカザネさんはかわいらしい笑顔をシグレさんに向けた。
「別にいいの。会社で気に食わない上司に飲み会のたびにお酌したり、料理を取りわけたりしているんだから。これくらいなんてことないよ」
「なんだよ、そのたとえ。おかしくないか?」
ナリが腑に落ちない言い方をする。だけどカザネさんはまったく動じず、ニコニコしながらドリンクコーナーにナリのウーロン茶を取りにいった。
カザネさんは一目瞭然、ナリの恋人だ。ナリの隣を陣取っているカザネさんを初めて見たときにピンときた。
「相変わらず、みんな仲がいいね」
わたしが別のテーブルの皿をさげていると、料理を運び終えた由紀乃が通りがかりに話しかけてきた。
「だね、今日も楽しそう」
彼らはいつも笑顔だった。社会人だけれど、いまだに青春を謳歌しているよう。リア充とは違う。本気で人生を楽しんでいて、情熱的でさわやかさもあった。
六人はあっという間に料理をたいらげ、一時間ほどで店を出ていった。
ファミレスの窓からナリとカザネさんが並んで歩いているのが見える。
絵になるふたり。お似合いのふたりだった。
ふたりが七月の夜の闇にとけていく。わたしは今日もうっとりとため息をもらした。
大学の二年のわたしは週二のペースで、ここでバイトをしている。時間は金曜日と土曜日の二日間のみで、午後七時から午前〇時まで。
実家暮らしなので、そこまであくせく働く必要がなく、また勉強がおろそかになるからと親からもバイト時間の制限をかけられ、週二だけにしている。
バイト先にファミレスを選んだ決め手は時給がよかったからだ。ただし、客が減る深夜の時間帯なので掃除業務も含まれており、けっこう重労働。それでも仕事は嫌いじゃない。ちょっとした楽しみもあるので、バイトの日が待ち遠しいくらいなのだ。
午後十一時。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
胸下まである長い髪を低めの位置できっちりおだんごにして、にっこり笑顔でオーダーをとる。愛想のよさは生まれつきみたいで、おおげさだけど客商売は天職かなとちょっとだけ思っている。
オーダーをとり終えると、一緒にホールで働いている四宮由紀乃《しのみやゆきの》が小声で話しかけてきた。
「そろそろじゃない?」
「うん、そろそろだね」
ちらっと腕時計に目をやる。午後十一時五分がいつもの時間だ。
「輝《ひかる》、来たよ」
「いらっしゃいませ」
由紀乃に言われ、わたしはその客をいつものように出迎えた。
「こんばんは、輝ちゃん。今日も相変わらずかわいいねえ」
「今日はミツヒデさんに会えると思って、気合を入れて化粧しました」
ギターをかついだミツヒデさんと、これまたいつものように言葉をかわす。ミツヒデさんは人あたりがよくて、人懐っこい。
そのミツヒデさんのあとに仲間が続く。総勢六名のこの集団はぞろぞろと歩いて、いつもの窓際の席についた。
ファミレスの近くに小さなライブハウスと音楽スタジオがある。そのため、とくに週末の夜はライブ帰りの人やバンドマンが立ち寄ることが多い。
ミツヒデさんたちもバンドマン。週末に月一ぐらいの割合でライブをし、ライブのない日は音楽スタジオで練習をしている。その帰りに必ずといっていいほどこのファミレスに寄るのだ。
わたしは彼らの音楽は聞いたことはないけれど、イケメンぞろいなので、来店するたびに目の保養をさせてもらっている。
お冷をテーブルに置くと、オーダーをとるためにエプロンのポケットからハンディを出した。
「いつものでいいですか?」
「それで頼むわ」
ボーカルの『ナリ』という愛称の人が答える。
彼らがいつも頼むのはフライドポテト、ソーセージの盛り合わせ、大根サラダ、鶏のから揚げ。それからトマトソースとペペロンチーノの二種類のパスタとドリンクバーだった。毎回、メニューを見て考えるのが面倒なので、「しばらく同じメニューでいいよ」とナリが言ったのだ。
短めの黒髪のナリは中性的で、女性ウケするようなきれいな顔立ち。さらにボーカルだけあって、よく通る澄んだ声をしている。
ベースのサイジさんは一見クールだけれど、話してみると温厚であったかい人。笑ったときの奥二重の目がやさしそうに細まるのを見るたびに癒やされる。
ドラムのトオルさんは無邪気でお調子者。メンバーのなかで一番落ち着きのない人なのに既婚者だと知ったときは心の底から驚いた。
キーボードのシグレさんはこのバンドのリーダー。しっかり者でまじめな性格。面倒見がよくて、メンバーから厚い信頼がある。
そして、さっきのギターのミツヒデさんを入れて五人のメンバーだ。
バンドの結成は大学一年の頃だそうで、いまはメンバー全員が社会人。シグレさん、トオルさん、ミツヒデさんはサラリーマンで、ナリとサイジさんはフリーターだそうだ。少し前に年齢を尋ねたら、全員今年で二十四歳になると言っていた。ということは、バンドを結成してかれこれ五年ほどということになる。
「カザネ。俺、ウーロン」
ナリが隣に座っている女の人にぶっきらぼうに言った。
彼女はメンバーではない。詳しいことは知らないけれど、昔からの知り合いらしい。メンバーと同い年くらいなので、同じ大学出身なのかもしれない。
つぶらな瞳にカールした長いまつ毛。鼻筋は通り、ぽってりとした唇が色っぽい。ゆるくかかったパーマはトリートメントも手を抜いていないのか、いつも艶々《つやつや》。細身なのにやけに色っぽくて魅力的な容姿だった。
「ナリ、自分で取ってこいよ」
リーダーのシグレさんが言う。けれどカザネさんはかわいらしい笑顔をシグレさんに向けた。
「別にいいの。会社で気に食わない上司に飲み会のたびにお酌したり、料理を取りわけたりしているんだから。これくらいなんてことないよ」
「なんだよ、そのたとえ。おかしくないか?」
ナリが腑に落ちない言い方をする。だけどカザネさんはまったく動じず、ニコニコしながらドリンクコーナーにナリのウーロン茶を取りにいった。
カザネさんは一目瞭然、ナリの恋人だ。ナリの隣を陣取っているカザネさんを初めて見たときにピンときた。
「相変わらず、みんな仲がいいね」
わたしが別のテーブルの皿をさげていると、料理を運び終えた由紀乃が通りがかりに話しかけてきた。
「だね、今日も楽しそう」
彼らはいつも笑顔だった。社会人だけれど、いまだに青春を謳歌しているよう。リア充とは違う。本気で人生を楽しんでいて、情熱的でさわやかさもあった。
六人はあっという間に料理をたいらげ、一時間ほどで店を出ていった。
ファミレスの窓からナリとカザネさんが並んで歩いているのが見える。
絵になるふたり。お似合いのふたりだった。
ふたりが七月の夜の闇にとけていく。わたしは今日もうっとりとため息をもらした。
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