恋い焦がれて

さとう涼

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1.エンゲージリング

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 バイトあけの日曜日の昼間。久しぶりにおしゃれをした。
 今日はガーリーに決めてみよう。そう思い、マスタード色のシャツワンピにしてみた。膝下丈のワンピースのウエストを黒のタッセルベルトでしぼり、ベージュの厚底サンダルを合わせた。我ながら気合が入っていると思う。

 本当はこれからデートと言いたいところだけれど、一年前に大失恋をして、それ以来ずっと彼氏はいない。別れた直後は落ち込む日々で、休日が憂鬱に思うほどだった。
 でも最近はそう思うこともなくなった。慣れとは怖い。逆にひとりでいるのが楽だと思うようになり、ひとりカラオケ、ひとりお好み焼き、ひとりパンケーキ、さらには初詣のひとり参拝も経験した。

 今日はとても天気がいい。少し日射しは強いけれど、不快な暑さではない。わたしは電車で隣駅まで行くと、駅近くのファストフード店で昼食をとり、食後にぶらぶらとあてもなく歩いていた。
 駅前なので人通りが多い。わたしは人混みをかきわけ、次はどこに行こうかと視線をさまよわせた。

 そのとき、反対側の歩道にいる挙動不審な人物が目に止まった。
 妙に気になるその動き。立ち止まり、興味本位でその顔をたしかめたら、驚いたことに見覚えのある人物だった。
 懐かしい。
 彼とは七年ぶりの再会だった。

「お久しぶりです」

 小走りで駆け寄って声をかけると、彼は急に目の前に現れたわたしに仰天した。

「君、だ、誰!?」
「嘘? 教え子の顔を忘れちゃったんですか?」
「教え子? ああ、そっかそっか。ちょ、ちょっと待ってろ、いま思い出すから」

 少々、驚きすぎじゃないだろうか。軽く声をかけただけなのに、ひどく動揺し、顔が七変化している。
 わたしはそれがおもしろくてしばらく黙って眺めていたが、そう時間をおかずして、情けない声が返ってきた。

「だめだ、ギブアップ。悪いんだけど、名前を教えてくれないか?」

 どうしても思い出せないみたい。無理もない。七年前のわたしはまだ小学生だったから。

「六年二組の小松崎《こまつざき》ですよ」

 わたしが声をかけたのは小学校の担任だった、佐野奏大《さのかなた》。
 当時は教師になって二年目の二十四歳で、やる気全開、フレッシュさも満載だった。
 七年ぶりに再会した佐野先生は年齢を重ねた分、フレッシュさは抜けていたけれど、挙動不審な部分はとりあえず置いておいて、見た目も雰囲気もあの頃とあまり変わっていないような気がする。

「えっと……小松崎……さん?」
「信じられない。名前を教えても思い出せないなんて。卒業式の日に号泣して佐野先生になぐさめてもらった小松崎ですよ」
「卒業式……号泣……。あっ! もしかして、輝?」
「やっと思い出してくれた! そうです、輝です!」
「覚えてるよ。ショートカットの男みたいだった輝か!」

 佐野先生の表情がいっぺんに明るくなる。頭のてっぺんからつま先までをひと通り見て、「時の流れは恐ろしいな」とつぶやいた。

「男みたいって、それってひどくないですか?」

 わたしは胸下まである髪をこれ見よがしに手で揺らしながら拗ねたように言う。
 たしかに小学生の頃のわたしは色黒のショートカットで、いまとかなりギャップがある。だけど昔からおしゃれが好きで、洋服に関しては女の子っぽいかわいらしいデザインを好んでよく着ていたので心外だ。

「ずいぶん大人になったなあ。女らしくなったもんだからわからなかった」
「佐野先生はぜんぜん変わっていませんね」

 黒のVネックTシャツにジーンズ姿の佐野先生は三十歳を過ぎているのに二十代半ばぐらいに見える。

「輝は大学生か?」
「はい、S大の二年です」
「そうか、すごいな。けっこういい大学に進学したんだな。輝は昔から頭がよかったもんな」

 わたしの顔を見てもすぐに思い出せなかったくせに、そういうことは覚えているのか。でもそれはそれでうれしい。大勢の教え子がいるのに、『小松崎輝』という人間を記憶してもらえていたんだ。

「それにしても小学生だったのに急に大人になって現れると、さすがに思い出すにも苦労するよ。元気だったか?」

 佐野先生はせっかくの端整な顔立ちをくしゃっとさせ、懐かしそうにやさしい笑みをこぼす。
 その変わらない姿にほっとする。
 佐野先生は親しみやすく、児童にも保護者にも人気があった。バレンタインデーのときは、クラスの女の子たちが競って手作りのチョコを渡していたほどだ。わたしもそのひとり。

「見ての通り元気です。それより佐野先生、こんなところでなにをしているんですか? わたし、向かいの通りにいたんですけど、めちゃめちゃ怪しい人に映ってましたよ」

 普通に歩いていたなら気づかなかったかもしれない。
 ある店の前を行ったり来たり。ガラス越しに覗き込もうとしたり、立ち止まったかと思ったら急に歩き出したり。通りすぎる人もみんな怪訝な目で見ていた。

「いや、それがな……」

 きまりが悪そうになにかを言いかけた。歯切れの悪い佐野先生なんて珍しい。わたしは興味を抱いた。

「もしかして、このお店が気になるんですか?」

 目の前の店はジュエリーショップ。佐野先生は「ああ」と言いながら、後頭部をぼりぼりとかいた。

「ああ。でもひとりで入るにはどうも勇気がいるんだよな」
「プレゼントですか?」
「……うん、まあそうだな」
「もしかしてエンゲージリングだったりして」

 冗談のつもりで言ったけれど、佐野先生は恥ずかしそうにわたしから視線を逸らした。

「結婚するんですか?」
「そのつもりなんだけど。どうだろう? プロポーズはまだしていないんだ」

 佐野先生が結婚……。
 あれから七年。佐野先生も三十一歳だし、そりゃあ結婚していたっておかしくない年齢だ。
 どんな恋人なんだろう。佐野先生は格好いいから、相手の女性もきれいな人なんだろうな。

「それで指輪を買いに来たんですね。指輪を渡してプロポーズだなんて、その彼女は幸せですね」
「やっぱり女性ってそういうものなのか?」
「なにがですか?」
「プロポーズは指輪と一緒がいいのかな?」
「まあそうですね。でもわたしはなくてもいいですけど。ちゃんとした言葉さえもらえれば、それで十分かな」
「なるほど、そっか。そういう女性もいるのか。あっ、なんか悪いな。七年ぶりに会ったっていうのに変なこと聞いちゃって。俺もなんでこんなこと相談してるんだか」

 佐野先生がテンパっている。こんなの、見たことがない。児童の前ではいつも堂々としていて、頼りがいのある先生だった。
 でも目の前にいる佐野先生は普通のひとりの男の人で、少しだけ自分が対等な立場に近づけたような気がした。
 だからなのかな。気がつくとわたしはとんでもないことを口にしていた。

「わたしだって二十歳の大人です。佐野先生の相談にだってのれますよ。なんだったらこのお店に入るのをつき合いましょうか?」
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