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3.不謹慎なデート
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今日は金曜日。いつもより長く感じた五日間だった。
理由はもちろん佐野先生。わたしから会いにいく術がなくて、悶々とした日々だった。
わたしは今日に賭けていた。なぜならサイジさんにもらった美術館の無料招待券の期限があさっての日曜日までだったからだ。どうしても佐野先生と一緒に行きたかった。
誘うなんてとんでもないと最初は思っていた。そんな考えを持っている自分を何度も叱咤《しった》した。だけど、どうしても無理だった。自分の欲のほうが勝ってしまい、“最初で最後だから”とか、“気持ちを押しつけることはしないから”と自分に言い訳をして今日に至っている。
午後六時四十五分。
ファミレスの店内はディナータイムに突入し、大変な混雑ぶり。制服に着替え終わり、更衣室を出ると、気持ちがそわそわしてくる。
今週、佐野先生は来てくれるのだろうか。先週、帰り際にかけた言葉が聞こえていたのかわからない。聞こえていたとしても……。
「……来るとは限らないんだよね」
「なに、ぶつくさ言ってんだよ?」
「ギャッ──」
鬼……じゃなかった、渋谷店長が現れた。背後から声をかけられ、驚いて叫び声をあげそうになるが、なんとか途中まででこらえた。
「急に現れないでください」
「俺の店に俺がいてなにが悪いんだよ?」
「そういうことじゃなくてですね、気配を消さないでほしいんです」
「ボーッとしてるのが悪いんだろう。今日はしっかり仕事しろよ」
「わかってます」
考えごとをしているのがバレている。渋谷店長は相変わらず厳しかった。
でも人を指導するためには、自分がお手本にならなくてはならない。渋谷店長は長年ずっとそんな立場だ。激務なのに絶対に疲れを見せない。いつも涼しい顔して完璧な接客をする。気配りもさすがだと思う。だから多少厳しくても嫌いになれない。厳しさも含めて尊敬できる。
「日曜日はごちそうさまでした」
車で自宅まで送ってくれた帰り際にもお礼を言ったが、改めてもう一度言うと、渋谷店長も「どういたしまして」と律儀に返してきた。
「みんなには内緒にしておきますね」
「ほかのやつに言ったって、誰もなんとも思わないよ」
「どうしてですか?」
「俺、ぜんぜんモテないから。まあ、別にモテたくもないけど。本命以外には」
なぜか怖い顔になる。
最近、失恋でもしたんだろうか。だけど、聞くと怒られそうなのでやめておいた。
渋谷店長は、「今日も頼むぞ」と言って、キッチンに入っていった。
ささ、仕事仕事!
わたしも自分に気合を入れ、佐野先生のことも含めて雑念を払いのける。だけどそこへ由紀乃がやって来て、嫌な予感を覚えたら、案の定さぐりを入れてきた。
「渋谷店長になに言われてたの?」
「由紀乃には言ってなかったけど。先週、あのあと渋谷店長に怒られたの。そのことでちょっとね」
「佐野先生だっけ? あれ、見られてたんだ」
「そうなの。怖かったあ」
「そのわりには仲睦まじい感じだったけど」
「どこが!? あの顔、見たでしょう? 今日だって鬼の形相でわたしを睨んでたんだよ」
仲よくしたつもりは一切ない。渋谷店長だってそう。いつも通りの接し方だったと思う。
「まあ、そういうことにしておいてあげる。でも渋谷店長ってよく見るとイケメンだし、仕事できるし、格好いいよね」
「仕事できるのは認めるけど、言うほど格好いいかな?」
「輝は佐野先生一筋だからそう思うだけで、わたしはけっこうタイプだな。大部分の女の子は怖がってるけど、みんな見る目ないなあって思ってる。あっ、でも昼間のシフトに入ってる主婦層には人気があるんだよ。やっぱりわたしとか、経験豊富な人には魅力的に見えるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
渋谷店長って、そんなに人気あるのか。昼間に働いている既婚者のパートさんたちとはほとんど交流がないから知らなかった。なんだ、ぜんぜんモテないって言ってたけど、そんなことないじゃん。
それから間もなくのことだった。
「佐野先生、今日は早いんですね」
やったあ! と、飛びあがりそうになる気持ちを隠すのが大変だった。
佐野先生は仕事帰りのまま直接来店したのか、ワイシャツにネクタイ姿だった。
「外部での研修だったんだ」
わたしの表情を読み取ったらしい。佐野先生がネクタイの結び目をきゅっとゆるめた。
「ちょっと苦しくてな」
「普段、ネクタイなんて締めませんもんね」
教室では、夏はたいていTシャツかポロシャツ、冬はジャージだったような気がする。スーツを着るのは授業参観のときぐらいだ。
「格好いいです」
「大人をからかうんじゃない」
本音だったのに、冗談だと思われてしまった。
今のセリフ、けっこう勇気がいったのに。
「今日もカウンター席にしますか? 喫煙席もいまのところは空いてますけど」
いまの時間はディナータイムのピークで家族連れも多く、すでに禁煙席は満席。喫煙席もすぐに埋まってしまうだろう。
「カウンター席でいいよ」
佐野先生がにっこりと答えた。
さっそく席に案内し、テーブルにメニューを置く。カウンター席には先客がひとりいて、二十代くらいの若い男性がスマホを眺めながら、黙々とパスタを食べていた。
「お決まりになりましたら、こちらのボタンを押してください」
「今日は輝のおすすめを頼むよ」
「おすすめ?」
「この間のカレーがおいしかったから、ほかの“おすすめ”を食べてみたいんだ」
うわぁ……。
あまりにもかわいいことを言うので、わたしの心は一瞬で打ち抜かれた。
このファミレスでバイトをしてよかった。渋谷店長は怖いけれど、ここは佐野先生と罪悪感なく会える場所。ニヤニヤが止まらない。わたしはそのセリフだけで、こんなにも胸がいっぱいになって幸せに浸れる。
理由はもちろん佐野先生。わたしから会いにいく術がなくて、悶々とした日々だった。
わたしは今日に賭けていた。なぜならサイジさんにもらった美術館の無料招待券の期限があさっての日曜日までだったからだ。どうしても佐野先生と一緒に行きたかった。
誘うなんてとんでもないと最初は思っていた。そんな考えを持っている自分を何度も叱咤《しった》した。だけど、どうしても無理だった。自分の欲のほうが勝ってしまい、“最初で最後だから”とか、“気持ちを押しつけることはしないから”と自分に言い訳をして今日に至っている。
午後六時四十五分。
ファミレスの店内はディナータイムに突入し、大変な混雑ぶり。制服に着替え終わり、更衣室を出ると、気持ちがそわそわしてくる。
今週、佐野先生は来てくれるのだろうか。先週、帰り際にかけた言葉が聞こえていたのかわからない。聞こえていたとしても……。
「……来るとは限らないんだよね」
「なに、ぶつくさ言ってんだよ?」
「ギャッ──」
鬼……じゃなかった、渋谷店長が現れた。背後から声をかけられ、驚いて叫び声をあげそうになるが、なんとか途中まででこらえた。
「急に現れないでください」
「俺の店に俺がいてなにが悪いんだよ?」
「そういうことじゃなくてですね、気配を消さないでほしいんです」
「ボーッとしてるのが悪いんだろう。今日はしっかり仕事しろよ」
「わかってます」
考えごとをしているのがバレている。渋谷店長は相変わらず厳しかった。
でも人を指導するためには、自分がお手本にならなくてはならない。渋谷店長は長年ずっとそんな立場だ。激務なのに絶対に疲れを見せない。いつも涼しい顔して完璧な接客をする。気配りもさすがだと思う。だから多少厳しくても嫌いになれない。厳しさも含めて尊敬できる。
「日曜日はごちそうさまでした」
車で自宅まで送ってくれた帰り際にもお礼を言ったが、改めてもう一度言うと、渋谷店長も「どういたしまして」と律儀に返してきた。
「みんなには内緒にしておきますね」
「ほかのやつに言ったって、誰もなんとも思わないよ」
「どうしてですか?」
「俺、ぜんぜんモテないから。まあ、別にモテたくもないけど。本命以外には」
なぜか怖い顔になる。
最近、失恋でもしたんだろうか。だけど、聞くと怒られそうなのでやめておいた。
渋谷店長は、「今日も頼むぞ」と言って、キッチンに入っていった。
ささ、仕事仕事!
わたしも自分に気合を入れ、佐野先生のことも含めて雑念を払いのける。だけどそこへ由紀乃がやって来て、嫌な予感を覚えたら、案の定さぐりを入れてきた。
「渋谷店長になに言われてたの?」
「由紀乃には言ってなかったけど。先週、あのあと渋谷店長に怒られたの。そのことでちょっとね」
「佐野先生だっけ? あれ、見られてたんだ」
「そうなの。怖かったあ」
「そのわりには仲睦まじい感じだったけど」
「どこが!? あの顔、見たでしょう? 今日だって鬼の形相でわたしを睨んでたんだよ」
仲よくしたつもりは一切ない。渋谷店長だってそう。いつも通りの接し方だったと思う。
「まあ、そういうことにしておいてあげる。でも渋谷店長ってよく見るとイケメンだし、仕事できるし、格好いいよね」
「仕事できるのは認めるけど、言うほど格好いいかな?」
「輝は佐野先生一筋だからそう思うだけで、わたしはけっこうタイプだな。大部分の女の子は怖がってるけど、みんな見る目ないなあって思ってる。あっ、でも昼間のシフトに入ってる主婦層には人気があるんだよ。やっぱりわたしとか、経験豊富な人には魅力的に見えるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
渋谷店長って、そんなに人気あるのか。昼間に働いている既婚者のパートさんたちとはほとんど交流がないから知らなかった。なんだ、ぜんぜんモテないって言ってたけど、そんなことないじゃん。
それから間もなくのことだった。
「佐野先生、今日は早いんですね」
やったあ! と、飛びあがりそうになる気持ちを隠すのが大変だった。
佐野先生は仕事帰りのまま直接来店したのか、ワイシャツにネクタイ姿だった。
「外部での研修だったんだ」
わたしの表情を読み取ったらしい。佐野先生がネクタイの結び目をきゅっとゆるめた。
「ちょっと苦しくてな」
「普段、ネクタイなんて締めませんもんね」
教室では、夏はたいていTシャツかポロシャツ、冬はジャージだったような気がする。スーツを着るのは授業参観のときぐらいだ。
「格好いいです」
「大人をからかうんじゃない」
本音だったのに、冗談だと思われてしまった。
今のセリフ、けっこう勇気がいったのに。
「今日もカウンター席にしますか? 喫煙席もいまのところは空いてますけど」
いまの時間はディナータイムのピークで家族連れも多く、すでに禁煙席は満席。喫煙席もすぐに埋まってしまうだろう。
「カウンター席でいいよ」
佐野先生がにっこりと答えた。
さっそく席に案内し、テーブルにメニューを置く。カウンター席には先客がひとりいて、二十代くらいの若い男性がスマホを眺めながら、黙々とパスタを食べていた。
「お決まりになりましたら、こちらのボタンを押してください」
「今日は輝のおすすめを頼むよ」
「おすすめ?」
「この間のカレーがおいしかったから、ほかの“おすすめ”を食べてみたいんだ」
うわぁ……。
あまりにもかわいいことを言うので、わたしの心は一瞬で打ち抜かれた。
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