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離婚
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しばらく口を閉じたまま待っていると、ようやく女はライラへの罵詈雑言を一通り吐き出し終えたらしい。
彼女は感情のおもむくままに叫び続けていたからだろう。肩で息をしながら忌々しそうにライラを睨みつけ、口元を引き結んで黙りこんでしまった。
ライラはこちらを見つめてくる女の目をじっと見据える。ほんのわずかな時間だったが、女と見つめ合う形になった。
女はライラの返答を待っているのだろう。それは伝わってくるのだが、なかなか言葉が出てこない。
ライラは女にかける言葉を、頭の中で慎重に選んでいた。しかし、女はライラの発言を待つことができなかったらしい。大きく舌打ちをすると、黙ったままのライラをもう一度ぎろりと力強く睨みつけてきた。
「昨晩クロードさまがこちらにいらっしゃったでしょう?」
不愛想に言い放った女の言葉に、ライラは首を傾げた。訳が分からないという顔をすると、女は顔を歪めて舌打ちをした。
「あなた、昨日の夜はクロードさまと過ごしたのよね? 私のところにはいらっしゃらなかったもの。あなたのところに行ったとしか思えないじゃない!」
「…………昨夜、ですか? 私は旦那さまとはお会いしていないはずですけれど……」
それどころか、数週間は姿すら見ていない。だが、そんなことはわざわざ口に出さなかった。
クロードは、この女を離れに滞在させてからの一年ほど、妻であるライラのいる本宅で寝泊まりしたことなどない。周知の事実なので、あえて言葉に表すことではないのだ。
「嘘おっしゃい! 今まではずっと私のところに帰ってきてくれていたというのに……。愛想の尽かされた妻が今さらでしゃばってくるなんて、みっともないったらないわね!」
ライラが素直にクロードに会っていないことを告げると、女は不愉快そうに拳を握って震え出し、再び大きな声で叫んだ。
この一年の間、妻であるはずのライラは夫のクロードと共に夜を過ごしたことなどない。ろくに顔を合わせていないのだから、これ以上何を言えばよいのだろうか。
「……あの奥さま、実は……」
女がどうしてライラとクロードが昨晩一緒にいたと思い込んでいるのか、まったく理解できない。
ライラが首を傾げたまま困惑していると、執事がそっと近付いてきて耳元でささやいた。
「旦那さまは昨夜いちどお屋敷にお戻りになられたのです。お急ぎのご用事のようでしたから、奥さまには朝食のときにお知らせしようと思っていたのです。奥さまはすでにお休みでしたので……」
どうやら昨日の夜遅くに、クロードは屋敷に戻ってきていたらしい。
クロードはここひと月ほど仕事が立て込んでいて職場で寝泊まりしていると、ライラは使用人から聞いていた。昨日はどうしても仕事で必要な資料が本宅の書斎にあり、それを取りに一時帰宅をしたそうだ。
「…………はあ。資料くらい誰か使いを出せばよいものを。余計なことをするからこんな面倒なことになるのよ」
小さな声でぼやきながら、ライラは頭を抱える。
クロードは目的の資料を手にすると、すぐさま屋敷を出て行ったらしい。
それを聞いて、ライラは呆れかえって盛大に溜息をついた。
女がどんなことを考えてこんな行動を起こしているのか想像がついてしまったのだ。
ここ最近、我が国は隣国と緊張関係にある。
外交情勢が非常に悪化しており、いつ開戦してもおかしくないというひっ迫した状態だ。
クロードは軍で要職についている。そのため、万が一に備えて王城で寝泊まりをしているのだ。
きっと女は、ろくに自宅に帰ることのできないクロードの身を案じていたのだろう。
毎日いじらしく、今か今かと彼の帰りを離れで一人寂しく待ちわびているのだ。
そんな風にクロードの帰宅を待ち続けている中、夜中に屋敷の門が開いた。
待ち焦がれた思い人と久しぶりに会えるのだと、女は喜びを感じたに違いない。
女は嬉々としてクロードを迎え入れる準備をしたが、いつまで経っても離れに姿を見せない。
そこで女は、屋敷の門を潜ったクロードが向かった先が、ライラの元だと考えたのだ。
忙しい仕事の合間を縫って、クロードがわざわざ妻に会いに帰宅したと思い込んだ。
そうして女は激昂することになり、花瓶をライラに投げつけるに至ったのだ。
彼女は感情のおもむくままに叫び続けていたからだろう。肩で息をしながら忌々しそうにライラを睨みつけ、口元を引き結んで黙りこんでしまった。
ライラはこちらを見つめてくる女の目をじっと見据える。ほんのわずかな時間だったが、女と見つめ合う形になった。
女はライラの返答を待っているのだろう。それは伝わってくるのだが、なかなか言葉が出てこない。
ライラは女にかける言葉を、頭の中で慎重に選んでいた。しかし、女はライラの発言を待つことができなかったらしい。大きく舌打ちをすると、黙ったままのライラをもう一度ぎろりと力強く睨みつけてきた。
「昨晩クロードさまがこちらにいらっしゃったでしょう?」
不愛想に言い放った女の言葉に、ライラは首を傾げた。訳が分からないという顔をすると、女は顔を歪めて舌打ちをした。
「あなた、昨日の夜はクロードさまと過ごしたのよね? 私のところにはいらっしゃらなかったもの。あなたのところに行ったとしか思えないじゃない!」
「…………昨夜、ですか? 私は旦那さまとはお会いしていないはずですけれど……」
それどころか、数週間は姿すら見ていない。だが、そんなことはわざわざ口に出さなかった。
クロードは、この女を離れに滞在させてからの一年ほど、妻であるライラのいる本宅で寝泊まりしたことなどない。周知の事実なので、あえて言葉に表すことではないのだ。
「嘘おっしゃい! 今まではずっと私のところに帰ってきてくれていたというのに……。愛想の尽かされた妻が今さらでしゃばってくるなんて、みっともないったらないわね!」
ライラが素直にクロードに会っていないことを告げると、女は不愉快そうに拳を握って震え出し、再び大きな声で叫んだ。
この一年の間、妻であるはずのライラは夫のクロードと共に夜を過ごしたことなどない。ろくに顔を合わせていないのだから、これ以上何を言えばよいのだろうか。
「……あの奥さま、実は……」
女がどうしてライラとクロードが昨晩一緒にいたと思い込んでいるのか、まったく理解できない。
ライラが首を傾げたまま困惑していると、執事がそっと近付いてきて耳元でささやいた。
「旦那さまは昨夜いちどお屋敷にお戻りになられたのです。お急ぎのご用事のようでしたから、奥さまには朝食のときにお知らせしようと思っていたのです。奥さまはすでにお休みでしたので……」
どうやら昨日の夜遅くに、クロードは屋敷に戻ってきていたらしい。
クロードはここひと月ほど仕事が立て込んでいて職場で寝泊まりしていると、ライラは使用人から聞いていた。昨日はどうしても仕事で必要な資料が本宅の書斎にあり、それを取りに一時帰宅をしたそうだ。
「…………はあ。資料くらい誰か使いを出せばよいものを。余計なことをするからこんな面倒なことになるのよ」
小さな声でぼやきながら、ライラは頭を抱える。
クロードは目的の資料を手にすると、すぐさま屋敷を出て行ったらしい。
それを聞いて、ライラは呆れかえって盛大に溜息をついた。
女がどんなことを考えてこんな行動を起こしているのか想像がついてしまったのだ。
ここ最近、我が国は隣国と緊張関係にある。
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クロードは軍で要職についている。そのため、万が一に備えて王城で寝泊まりをしているのだ。
きっと女は、ろくに自宅に帰ることのできないクロードの身を案じていたのだろう。
毎日いじらしく、今か今かと彼の帰りを離れで一人寂しく待ちわびているのだ。
そんな風にクロードの帰宅を待ち続けている中、夜中に屋敷の門が開いた。
待ち焦がれた思い人と久しぶりに会えるのだと、女は喜びを感じたに違いない。
女は嬉々としてクロードを迎え入れる準備をしたが、いつまで経っても離れに姿を見せない。
そこで女は、屋敷の門を潜ったクロードが向かった先が、ライラの元だと考えたのだ。
忙しい仕事の合間を縫って、クロードがわざわざ妻に会いに帰宅したと思い込んだ。
そうして女は激昂することになり、花瓶をライラに投げつけるに至ったのだ。
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