17 / 151
旅立ち・出会い
9
しおりを挟む
いつの頃からだったのか、ライラはもう覚えてはいない。
気が付いたときには、何を口にしても味を感じなくなってしまっていた。
せっかく身内の食堂を勧めてくれたトゥールには悪いが、味がしないとどうしても食が進まない。
目の前に並ぶいろどり豊かな料理が、ライラにはどんどんと色褪せて見えていく。
ライラは頭を振って気持ちを切り替えた。覚悟を決めるとスープ皿の取っ手を掴み上げて、一気に中身を飲み干そうとする。
喉を伝っていく生温かい液体の感触が気持ち悪い。
ライラは吐きそうになるのをなんとか耐えた。やっとのことでスープ皿を空にするが、これ以上は無理だと音を上げた。
「――っごちそうさま! 本当にとってもおいしい料理なのだけれど、もうお腹がいっぱいだわ」
味を感じなくなってから、ライラは食事というものに一切の興味を失った。
食に関心がなくなると、不思議と腹が減るという感覚を忘れてしまうものらしい。ライラはめっきり小食になってしまった。
それでも、結婚していたときは時間になれば使用人が食事を用意してくれた。
それを無碍にするのは心が痛んだので、たとえ少量であっても食べ物を口にしないという日はなかった。
しかし、今は一人だ。
そうなると当然ながら、旅をしている間のライラの食事を世話する者などいなかった。
だが、ある日を境に変化が起こる。
御者であるトゥールに呼び止められて指摘されたのだ。
トゥールに言われて、ライラは馬車に乗ってから食べ物を一切口にしていないことに気づかされた。
その日が王都を出てどれくらいの日数が経っていたのかはわからない。
トゥールは何も食べなければ死ぬぞと言って、ライラに食事を与えてくるようになった。
自分以外の人間に食べ物を用意されると、ライラはその好意を断れなかった。馬車旅の間はずっとトゥールに食事の世話をされていた。
今になって思えば、なんて迷惑な客だろうと恥ずかしくなってくる。
「……そうかい。んじゃ残りは頂こうかね」
ライラの残した料理を見て、トゥールは悲しそうに笑っていた。
その表情を見て、ライラは安易に彼に付いてきてしまったことを後悔する。馬車を降りても、こうして食事の世話をされてしまっているのだからタチが悪い面倒な客だ。
知らない街で顔見知りに声をかけられたことで安堵していた。馬車に乗っていたときに優しくされたからと、また彼に頼ろうとしてしまったのだと反省した。
ライラは目を閉じてその場で俯いた。
これからは一人で生きていかなくてはいけないのだ。むやみやたらに人に頼って迷惑をかけては駄目だと心の中で言い聞かせる。
ライラはひとしきり心の中で反省すると、ゆっくりと目を開いて顔を上げた。
すると、目の前のトゥールはとっくに食事を終えていて、いつの間にか店内も静かになっている。
壁にかけられている時計を見上げると、そろそろ昼食の時間も終わるという頃合いだった。
「ごちそうさん。んじゃ、俺は仕事に戻るから。後はよろしくな」
トゥールは手を軽く上げてルーディに明るく声をかけながら、店の外へ行こうとする。
「あいよー。お仕事がんばってね」
トゥールの言葉に、客の少なくなったフロアでテーブルに残った空の皿を集めていたルーディが淡々と答えた。
「……え、トゥールさん行っちゃうのですか?」
「おう。あとはルーディに任せるからじゃんじゃん頼ってくれ。俺もまた顔は出すからさ」
「ええ? 任せるって何よ。ちょっと待って!」
ライラは慌てて立ち上がり、トゥールを引き留めようと声を上げて手を伸ばすが、彼は駆け足で店を出て行ってしまった。
昼時の終わりかけの店内には、まばらではあるが客が滞在している。いきなり立ちあがって大声を上げたライラに、その客たちの視線が突き刺さった。
ライラは何とも言えない居心地の悪さを覚えて、ゆっくりと椅子に座り直してしまう。
気が付いたときには、何を口にしても味を感じなくなってしまっていた。
せっかく身内の食堂を勧めてくれたトゥールには悪いが、味がしないとどうしても食が進まない。
目の前に並ぶいろどり豊かな料理が、ライラにはどんどんと色褪せて見えていく。
ライラは頭を振って気持ちを切り替えた。覚悟を決めるとスープ皿の取っ手を掴み上げて、一気に中身を飲み干そうとする。
喉を伝っていく生温かい液体の感触が気持ち悪い。
ライラは吐きそうになるのをなんとか耐えた。やっとのことでスープ皿を空にするが、これ以上は無理だと音を上げた。
「――っごちそうさま! 本当にとってもおいしい料理なのだけれど、もうお腹がいっぱいだわ」
味を感じなくなってから、ライラは食事というものに一切の興味を失った。
食に関心がなくなると、不思議と腹が減るという感覚を忘れてしまうものらしい。ライラはめっきり小食になってしまった。
それでも、結婚していたときは時間になれば使用人が食事を用意してくれた。
それを無碍にするのは心が痛んだので、たとえ少量であっても食べ物を口にしないという日はなかった。
しかし、今は一人だ。
そうなると当然ながら、旅をしている間のライラの食事を世話する者などいなかった。
だが、ある日を境に変化が起こる。
御者であるトゥールに呼び止められて指摘されたのだ。
トゥールに言われて、ライラは馬車に乗ってから食べ物を一切口にしていないことに気づかされた。
その日が王都を出てどれくらいの日数が経っていたのかはわからない。
トゥールは何も食べなければ死ぬぞと言って、ライラに食事を与えてくるようになった。
自分以外の人間に食べ物を用意されると、ライラはその好意を断れなかった。馬車旅の間はずっとトゥールに食事の世話をされていた。
今になって思えば、なんて迷惑な客だろうと恥ずかしくなってくる。
「……そうかい。んじゃ残りは頂こうかね」
ライラの残した料理を見て、トゥールは悲しそうに笑っていた。
その表情を見て、ライラは安易に彼に付いてきてしまったことを後悔する。馬車を降りても、こうして食事の世話をされてしまっているのだからタチが悪い面倒な客だ。
知らない街で顔見知りに声をかけられたことで安堵していた。馬車に乗っていたときに優しくされたからと、また彼に頼ろうとしてしまったのだと反省した。
ライラは目を閉じてその場で俯いた。
これからは一人で生きていかなくてはいけないのだ。むやみやたらに人に頼って迷惑をかけては駄目だと心の中で言い聞かせる。
ライラはひとしきり心の中で反省すると、ゆっくりと目を開いて顔を上げた。
すると、目の前のトゥールはとっくに食事を終えていて、いつの間にか店内も静かになっている。
壁にかけられている時計を見上げると、そろそろ昼食の時間も終わるという頃合いだった。
「ごちそうさん。んじゃ、俺は仕事に戻るから。後はよろしくな」
トゥールは手を軽く上げてルーディに明るく声をかけながら、店の外へ行こうとする。
「あいよー。お仕事がんばってね」
トゥールの言葉に、客の少なくなったフロアでテーブルに残った空の皿を集めていたルーディが淡々と答えた。
「……え、トゥールさん行っちゃうのですか?」
「おう。あとはルーディに任せるからじゃんじゃん頼ってくれ。俺もまた顔は出すからさ」
「ええ? 任せるって何よ。ちょっと待って!」
ライラは慌てて立ち上がり、トゥールを引き留めようと声を上げて手を伸ばすが、彼は駆け足で店を出て行ってしまった。
昼時の終わりかけの店内には、まばらではあるが客が滞在している。いきなり立ちあがって大声を上げたライラに、その客たちの視線が突き刺さった。
ライラは何とも言えない居心地の悪さを覚えて、ゆっくりと椅子に座り直してしまう。
63
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる