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散策
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ライラがハチたちと別れたのは翌朝だった。
宿にしている定食屋に帰ってきたのは、まだ太陽が地平線に顔を出した直後の薄暗い時刻だ。
このときのライラは、てっきり定食屋の夫婦はまだ寝ていると思っていた。
「……え、もしかしてもう仕込みをしているのかしら……?」
ライラが店の前に到着すると、食堂フロアに人の気配があった。
定食屋の営業は昼からだ。夜遅くまで営業しているので、定食屋の夫婦が目覚めるのはいつもならばもっと遅い時間だ。
こんな時間にもう起きているのかと不思議に思いながら、ライラは店の扉を開ける。
すると、そこにいたのはトゥールだった。
「あら、お帰りなさい。もしかして今朝早くに帰ってきたのかしら?」
トゥールは二か月ほど前から長距離の馬車の仕事で街を離れていた。
ライラはトゥール本人から三ケ月は戻らないと聞いていた。
そのトゥールがいるので、ライラは驚きながら声をかけようとする。
「――ええ、ちょっとトゥールさん! いったいどうしちゃったのよ?」
トゥールのそばに近付いて、ライラは彼の様子がおかしいことに気がついた。
彼はテーブルの上に突っ伏して肩を大きく震わせている。
ライラがその異変に驚愕しておもわず大きな声をあげてしまったとき、店の扉が勢いよく開いた。
「おや、おはよう。遅くなるとは聞いていたけど、まさかいま帰ってきたのかい?」
「……う、うん、そうなのよ。おはようルーディ。こんな時間にあなたが外出しているなんて珍しいわね」
「まあ、ね。いろいろと……」
ルーディは兄であるトゥールにちらちらと視線を送っている。
彼女はどう兄に声をかけたらいいのか迷っているようだ。
ルーディが言い淀んでいるうちに、トゥールが勢いよく顔をあげた。
彼の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたので、ライラは呆気に取られて目を丸くしてしまった。
「……すまねえな、ルーディ。これ以上は迷惑をかけられねえ」
俺は帰る、力なくそう言って、トゥールがよろよろと立ちあがった。
「何を言ってんのさ。家族なんだから当たりまえだろう! もう少しここにいていいよ」
「そういうわけにはいかねえよ。お前は今日も仕事があるだろうが」
「うちのことは気にしなくていいから、休んでおいきって!」
「いや、これ以上巻き込むわけには……」
「アヤだってやっと寝たんだ。このまま寝かせておいておやりよ!」
目の前で兄と妹の押し問答が始まってしまった。
ライラはただ突っ立っていることしかできず、黙って様子を見守っていた。
そこへ、ホールの奥にある二階へと続く扉がゆっくりと開いた。
姿を現したのはジークだった。
「おい、いい加減にしろ。静かにしていないとアヤが起きるだろう」
ジークは腕を組んで仁王立ちしながら、店内の兄と妹を睨みつけた。
そんなジークの後ろから、そっとアヤが顔を覗かせる。
意外な人物の登場にライラは内心おどろきながら、優しく声をかけた。
「おはようアヤちゃん。どうしたのよ、顔色が悪いじゃないの」
ライラが穏やかに笑っていると、ジークはびくりと肩を震わせた。
自分の背後にアヤがいたことに気が付いていなかったらしく、彼は慌てて振りかえった。
「――っお姉ちゃん!」
アヤはジークを押しのけて、ライラの元まで駆け寄ってくる。
彼女はそのまま勢いよくライラに飛びつくと、嗚咽を漏らしながら大泣きを始めてしまう。
「あらら、どうしたのアヤちゃんたら。レディが人前で泣くものじゃないわよ」
「うわああん、お姉ちゃん。お姉ちゃああん!」
ライラはアヤを抱きしめて背中を撫でる。
落ち着かせようとするが、アヤはますます泣き喚いてどうにもならない。
「……うんうん、そっかそっかあ」
ライラはそう言いながら背後のルーディとトゥールを振り返る。
すると、二人はライラに向かって拝むように目を伏せて手を合わせてきた。
どうやら、ライラにしばらくアヤの面倒をみていてほしいようだ。
「……えーっとね、お父さんたちは大事なお話があるみたい。お姉ちゃんのお部屋に行こうか?」
ライラはアヤを抱きかかえてジークの元へ歩み寄る。顎をしゃくって彼にこちらへついてくるように促した。
「……え、俺もそっちか?」
「一人で子守りは無理よ」
ライラが小声で訴えると、ジークは戸惑いながらルーディに視線を送る。
ルーディはジークにも手を合わせて頭を下げた。
ジークは納得していないようだったが、それでもライラに付いてきてくれた。
ライラは胸を撫でおろしながら階段を上がっていく。
宿にしている定食屋に帰ってきたのは、まだ太陽が地平線に顔を出した直後の薄暗い時刻だ。
このときのライラは、てっきり定食屋の夫婦はまだ寝ていると思っていた。
「……え、もしかしてもう仕込みをしているのかしら……?」
ライラが店の前に到着すると、食堂フロアに人の気配があった。
定食屋の営業は昼からだ。夜遅くまで営業しているので、定食屋の夫婦が目覚めるのはいつもならばもっと遅い時間だ。
こんな時間にもう起きているのかと不思議に思いながら、ライラは店の扉を開ける。
すると、そこにいたのはトゥールだった。
「あら、お帰りなさい。もしかして今朝早くに帰ってきたのかしら?」
トゥールは二か月ほど前から長距離の馬車の仕事で街を離れていた。
ライラはトゥール本人から三ケ月は戻らないと聞いていた。
そのトゥールがいるので、ライラは驚きながら声をかけようとする。
「――ええ、ちょっとトゥールさん! いったいどうしちゃったのよ?」
トゥールのそばに近付いて、ライラは彼の様子がおかしいことに気がついた。
彼はテーブルの上に突っ伏して肩を大きく震わせている。
ライラがその異変に驚愕しておもわず大きな声をあげてしまったとき、店の扉が勢いよく開いた。
「おや、おはよう。遅くなるとは聞いていたけど、まさかいま帰ってきたのかい?」
「……う、うん、そうなのよ。おはようルーディ。こんな時間にあなたが外出しているなんて珍しいわね」
「まあ、ね。いろいろと……」
ルーディは兄であるトゥールにちらちらと視線を送っている。
彼女はどう兄に声をかけたらいいのか迷っているようだ。
ルーディが言い淀んでいるうちに、トゥールが勢いよく顔をあげた。
彼の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたので、ライラは呆気に取られて目を丸くしてしまった。
「……すまねえな、ルーディ。これ以上は迷惑をかけられねえ」
俺は帰る、力なくそう言って、トゥールがよろよろと立ちあがった。
「何を言ってんのさ。家族なんだから当たりまえだろう! もう少しここにいていいよ」
「そういうわけにはいかねえよ。お前は今日も仕事があるだろうが」
「うちのことは気にしなくていいから、休んでおいきって!」
「いや、これ以上巻き込むわけには……」
「アヤだってやっと寝たんだ。このまま寝かせておいておやりよ!」
目の前で兄と妹の押し問答が始まってしまった。
ライラはただ突っ立っていることしかできず、黙って様子を見守っていた。
そこへ、ホールの奥にある二階へと続く扉がゆっくりと開いた。
姿を現したのはジークだった。
「おい、いい加減にしろ。静かにしていないとアヤが起きるだろう」
ジークは腕を組んで仁王立ちしながら、店内の兄と妹を睨みつけた。
そんなジークの後ろから、そっとアヤが顔を覗かせる。
意外な人物の登場にライラは内心おどろきながら、優しく声をかけた。
「おはようアヤちゃん。どうしたのよ、顔色が悪いじゃないの」
ライラが穏やかに笑っていると、ジークはびくりと肩を震わせた。
自分の背後にアヤがいたことに気が付いていなかったらしく、彼は慌てて振りかえった。
「――っお姉ちゃん!」
アヤはジークを押しのけて、ライラの元まで駆け寄ってくる。
彼女はそのまま勢いよくライラに飛びつくと、嗚咽を漏らしながら大泣きを始めてしまう。
「あらら、どうしたのアヤちゃんたら。レディが人前で泣くものじゃないわよ」
「うわああん、お姉ちゃん。お姉ちゃああん!」
ライラはアヤを抱きしめて背中を撫でる。
落ち着かせようとするが、アヤはますます泣き喚いてどうにもならない。
「……うんうん、そっかそっかあ」
ライラはそう言いながら背後のルーディとトゥールを振り返る。
すると、二人はライラに向かって拝むように目を伏せて手を合わせてきた。
どうやら、ライラにしばらくアヤの面倒をみていてほしいようだ。
「……えーっとね、お父さんたちは大事なお話があるみたい。お姉ちゃんのお部屋に行こうか?」
ライラはアヤを抱きかかえてジークの元へ歩み寄る。顎をしゃくって彼にこちらへついてくるように促した。
「……え、俺もそっちか?」
「一人で子守りは無理よ」
ライラが小声で訴えると、ジークは戸惑いながらルーディに視線を送る。
ルーディはジークにも手を合わせて頭を下げた。
ジークは納得していないようだったが、それでもライラに付いてきてくれた。
ライラは胸を撫でおろしながら階段を上がっていく。
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