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散策
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ライラは部屋に着くと、抱えていたアヤをおろしてベッドに座らせた。
アヤはぐしぐしと強く目元を拭っているので、その手を掴んでやんわりと止めさせる。
「こらこら駄目よ。目元が腫れちゃうから、強くこすっちゃいけないの」
ライラはそう言ってから、部屋の隅に置いてあるトランクケースの元へ向かった。
ケースを開けて中からハンカチを取り出すと、アヤに差し出した。
「ほら、これをあげるわ。お姉ちゃんが刺繍をしたのよ。すごいでしょ?」
アヤは大人しくハンカチを受け取った。
涙をこぼしながら、物珍しそうにハンカチを見つめている。
「これでね、そっと目元を押さえるのよ。もうこすっちゃ駄目だからね」
ライラはハンカチを持ったアヤの手を握ると、涙の流れる目元をそっと押さえさせる。
ライラは侯爵家の屋敷の中に籠りきりだったころ、よく刺繍をして過ごしていた。そうしていると、落ち着いていられたのだ。
王都を出る前にほとんどの物は処分してしまったが、これだけは自分なりに出来が良いと思ったので持ってきていた。
アヤは涙を押さえたあと、頬を赤らめながらハンカチをじっと見つめていた。
大人っぽいものに憧れる時期だ。どうやらライラの刺繍が施されたハンカチを気に入ってくれたらしい。
アヤはすっかり大人しくなっていた。
「少し横になりなさい。顔色が悪いから寝た方がいいわ」
「……うん、わかった。アヤが寝るまでお姉ちゃんはそばにいてくれる?」
「もちろん。ちゃんとそばにいるから、ゆっくり眠りなさい」
ライラはアヤの肩を押して、そっとベッドに寝かせる。
「さあ、ゆっくりとお休みなさい。身体の疲れがすっかりとれるまで、眠り続けなさい」
ライラはベッドの端に座ると、目を閉じたアヤの顔の上に手をかざす。
すると、ライラの手を横に小さな精霊が姿を見せる。
現れた精霊はアヤの額にキスを落として姿を消した。すぐにアヤは小さな寝息を立てはじめる。
「なんだ、子供の扱いは手慣れているじゃないか」
「……………………………………………………」
ジークが安堵の息をもらす。アヤの寝顔を見つめながら穏やかに微笑んだ。
「一人で子守りは無理だなんて言っていたが、そんなこと」
「――これでアヤちゃんはしばらくの間どんなに騒いでも起きないわ。食堂の方に戻りましょう」
ライラはジークの言葉をさえぎるようにそう言って、勢いよく立ちあがる。
ジークは少し驚いていたようだが、気がつかなかったふりをしてさっさと階下に戻った。
ライラとジークが食堂フロアに戻ってくると、ルーディが事のあらましを説明してくれた。
どうやらトゥールの妻が浮気をしていたことが発覚したらしい。
トゥールは仕事で家を空けることが多い。
彼の妻は夫が不在の間に、よりにもよって自宅に間男を連れ込んでいた。
たまたま仕事が早く終わって帰宅したトゥールは、自宅で浮気中の妻と遭遇してしまった。
昨日は夫婦で大喧嘩になってしまい、アヤが叔母であるルーディに助けを求めて店にやってきたということらしい。
アヤの様子からただ事ではないと察したルーディは、すぐに兄の家へと駆けつけた。
ルーディは大喧嘩している兄夫婦を何とか引き離して、互いに頭を冷やすべきだと主張し兄だけを自宅である定食屋まで連れ帰ってきた。
「兄さんとアヤにはしばらくこの家にいてもらうから。幸いと言うか、余っている部屋はまだあるしね」
「私もそれがいいと思うわ」
ルーディが話をしている間、トゥールは目を潤ませて肩を落としていた。
配偶者に裏切られる気持ちは理解できる。しかし、どう声をかけるべきかはわからない。
ライラはルーディの話を聞き終えて、何とも言えない複雑な気持ちになっていた。
――あの馬鹿な連中、さすがに小さな子供にまで手を出したりしないわよね?
ふと、そんな不安がライラを襲う。
「どうかしたかい?」
「……なんでもないわ。浮気だなんて許せないと思って、憤慨していただけよ」
不安が顔に出ていたのか、ルーディがどうしたのかと尋ねてくる。
ただでさえ家族が大変な状況なのに、彼女に心配をかけたくない。
――口先だけの連中だもの。さすがに子供に手は出さないわよね。
トゥールには恩がある。
親しくさせてもらっているが、遠くの街に行っていると思っていたので、あいつらが狙うとは想定していなかった。
今までアヤとはトゥールを介してしか交流がなかった。しかし、この家にいるのであれば狙われる可能性がないとはいえない。
――…………もしも、あいつらが子供相手に手を出すような屑だったら?
そう考えてライラは全身から血の気が引いた。
――そうなったら容赦はしない。徹底的につぶしてやる。
喧嘩を売ったことを後悔してもしきれないようにしてやる。
ライラは落ち込んでいるトゥールを見つめながら、固く心に誓った。
アヤはぐしぐしと強く目元を拭っているので、その手を掴んでやんわりと止めさせる。
「こらこら駄目よ。目元が腫れちゃうから、強くこすっちゃいけないの」
ライラはそう言ってから、部屋の隅に置いてあるトランクケースの元へ向かった。
ケースを開けて中からハンカチを取り出すと、アヤに差し出した。
「ほら、これをあげるわ。お姉ちゃんが刺繍をしたのよ。すごいでしょ?」
アヤは大人しくハンカチを受け取った。
涙をこぼしながら、物珍しそうにハンカチを見つめている。
「これでね、そっと目元を押さえるのよ。もうこすっちゃ駄目だからね」
ライラはハンカチを持ったアヤの手を握ると、涙の流れる目元をそっと押さえさせる。
ライラは侯爵家の屋敷の中に籠りきりだったころ、よく刺繍をして過ごしていた。そうしていると、落ち着いていられたのだ。
王都を出る前にほとんどの物は処分してしまったが、これだけは自分なりに出来が良いと思ったので持ってきていた。
アヤは涙を押さえたあと、頬を赤らめながらハンカチをじっと見つめていた。
大人っぽいものに憧れる時期だ。どうやらライラの刺繍が施されたハンカチを気に入ってくれたらしい。
アヤはすっかり大人しくなっていた。
「少し横になりなさい。顔色が悪いから寝た方がいいわ」
「……うん、わかった。アヤが寝るまでお姉ちゃんはそばにいてくれる?」
「もちろん。ちゃんとそばにいるから、ゆっくり眠りなさい」
ライラはアヤの肩を押して、そっとベッドに寝かせる。
「さあ、ゆっくりとお休みなさい。身体の疲れがすっかりとれるまで、眠り続けなさい」
ライラはベッドの端に座ると、目を閉じたアヤの顔の上に手をかざす。
すると、ライラの手を横に小さな精霊が姿を見せる。
現れた精霊はアヤの額にキスを落として姿を消した。すぐにアヤは小さな寝息を立てはじめる。
「なんだ、子供の扱いは手慣れているじゃないか」
「……………………………………………………」
ジークが安堵の息をもらす。アヤの寝顔を見つめながら穏やかに微笑んだ。
「一人で子守りは無理だなんて言っていたが、そんなこと」
「――これでアヤちゃんはしばらくの間どんなに騒いでも起きないわ。食堂の方に戻りましょう」
ライラはジークの言葉をさえぎるようにそう言って、勢いよく立ちあがる。
ジークは少し驚いていたようだが、気がつかなかったふりをしてさっさと階下に戻った。
ライラとジークが食堂フロアに戻ってくると、ルーディが事のあらましを説明してくれた。
どうやらトゥールの妻が浮気をしていたことが発覚したらしい。
トゥールは仕事で家を空けることが多い。
彼の妻は夫が不在の間に、よりにもよって自宅に間男を連れ込んでいた。
たまたま仕事が早く終わって帰宅したトゥールは、自宅で浮気中の妻と遭遇してしまった。
昨日は夫婦で大喧嘩になってしまい、アヤが叔母であるルーディに助けを求めて店にやってきたということらしい。
アヤの様子からただ事ではないと察したルーディは、すぐに兄の家へと駆けつけた。
ルーディは大喧嘩している兄夫婦を何とか引き離して、互いに頭を冷やすべきだと主張し兄だけを自宅である定食屋まで連れ帰ってきた。
「兄さんとアヤにはしばらくこの家にいてもらうから。幸いと言うか、余っている部屋はまだあるしね」
「私もそれがいいと思うわ」
ルーディが話をしている間、トゥールは目を潤ませて肩を落としていた。
配偶者に裏切られる気持ちは理解できる。しかし、どう声をかけるべきかはわからない。
ライラはルーディの話を聞き終えて、何とも言えない複雑な気持ちになっていた。
――あの馬鹿な連中、さすがに小さな子供にまで手を出したりしないわよね?
ふと、そんな不安がライラを襲う。
「どうかしたかい?」
「……なんでもないわ。浮気だなんて許せないと思って、憤慨していただけよ」
不安が顔に出ていたのか、ルーディがどうしたのかと尋ねてくる。
ただでさえ家族が大変な状況なのに、彼女に心配をかけたくない。
――口先だけの連中だもの。さすがに子供に手は出さないわよね。
トゥールには恩がある。
親しくさせてもらっているが、遠くの街に行っていると思っていたので、あいつらが狙うとは想定していなかった。
今までアヤとはトゥールを介してしか交流がなかった。しかし、この家にいるのであれば狙われる可能性がないとはいえない。
――…………もしも、あいつらが子供相手に手を出すような屑だったら?
そう考えてライラは全身から血の気が引いた。
――そうなったら容赦はしない。徹底的につぶしてやる。
喧嘩を売ったことを後悔してもしきれないようにしてやる。
ライラは落ち込んでいるトゥールを見つめながら、固く心に誓った。
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