149 / 151
けじめ
14
しおりを挟む
クロードが口を大きく開けて、目をぱちくりとさせている。
いかにも、そんなことを言われるとは思っていなかった、という表情をしていた。
ライラはそんな態度を取られるのは心外だと、咎めるような視線をクロードに向けた。
「だってね、やっぱり私はどうしてもあなたとは一緒にはいられないって思うのよ。あなたのことをもう信用できないんだもの」
ライラはそう言ってため息をつくと、腕を組んだ。
いざ落ち着いて話そうとすると、妙に緊張してしまう。
ゆっくりと深呼吸をしてみるが、心臓の鼓動がどんどん早くなっている気がする。この音がクロードに聞こえてしまうのではないかと、不安になってしまうほどだ。
すると、ライラの様子がおかしいことに気が付いたのか、クロードが顔をしかめた。
「……どうかしたのか? 退院したばかりなのだろうから、あまり無理をするな」
「あ、ありがとう。でもね、体調はすっかり大丈夫だから、心配しないで」
ライラは訝し気な顔をしてこちらを覗き込んでくるクロードに向かって、大丈夫だと訴えるためにぶんぶんと大きく手を振った。
しかし、ライラらしくないその態度を不審に思ったのか、クロードは眉根を寄せる。
「あ、あなたに伝えたいことがまだあってね。それを口にしようとすると、ちょっと緊張してしまって……。なかなか言葉が出てこないだけなのよ」
「まだ何かあるのか? てっきり君はもう私には関心がないのかと思っていたがな」
訳が分からないと、クロードは不思議そうな顔をして言った。
「関心がないとか、そういうことじゃなくてね。……えっと」
30分も全速力で馬を走らせてここまで追いかけてきたのに、言葉が出てこない。
クロードから早くして欲しいという空気が醸し出されていることがわかる。
供回りの者たちを待たせているのだから当然だろう。ライラはようやく意を決して口を開いた。
「あのね、あなたはあの子の父親だし、私はあの子の母親なのよねって。それを改めて言っておきたくて、見送りに来たのよ」
クロードのことは、本当に心から愛していた。
だからこそ、それまでに築き上げてきた生活の全てを捨てる覚悟で一緒になった。
そうしてもいいと思うくらいには惚れ込んでいた。
それでも、その決断を下すにはずいぶんと長い時間をかけた。
たくさん悩んで、いろいろなことを考えた。
ライラとクロードでは、生まれも育ちもまったく違うのだから当たり前だ。
それでも、ライラがクロードと共に歩む道を選んだのは、信用できる人物だと思ったからだ。
この人となら幸せになれると信じていた。
ライラは家族というものに強い憧れを抱いていた。自分が早くに両親を亡くしたから、あたたかい家庭というものが欲しくてたまらなかった。
しかし、ライラはもうクロードのことが信用ができない。家庭を築こうとは思えなくなってしまった。
クロードが自分にしていた仕打ちについて、その行動に至る考えは理解できても、やはりどうにも受け入れられない。
心から愛して信頼していたからこそ、彼の判断が許せない。
「あなたとはもう一緒にいることはできない。でもね、あの子を弔う気持ちだけは一緒に持っていたいと思うのよ。……これからもずっとね」
一緒にいることができなくても、せめて弔いの気持ちだけは共通の認識として持っていたい。
親であった事実は絶対に変わらない。それだけは揺るぎのない真実なのだから。
――彼は何を当たり前のことを今さら言っているのだと思ってるかもしれないわね。だけど、きっと私に一番足りていなかったのは、これだと思うのよね。
「私は自分の悲しみや後悔ばかりが先立って、あなたを思いやれなった。お互いに大きな喪失感に襲われたはずなのに、あなたが受けた心の傷まで気遣えていなかったわ」
ライラがそう言うと、クロードの顔が悲痛に歪んだ。
彼はすぐに両手で顔を覆ってしまった。少し肩が震えている。彼の指の隙間から、頬を伝う光るものが見えた。
きっと泣いているのだろう。ライラはクロードが涙を流すところを初めて見た。
我が子が亡くなったときでさえ泣かずにいたクロードが涙を流している。ライラはその光景に衝撃を受けた。
――この人はこの人なりに、ずっと悲しみに耐えていたのよね。きっと泣いてしまったら、私のように感情が溢れ出てしまって落ち着いていられなくなると思ったのかもしれないわ。私ばっかり感情にまかせて好き勝手にしていたから、彼は自分だけでも冷静でいなくてはならないと、気負いすぎてしまったのかもしれないわね。
「……そうだな。あの子を想う気持ちだけは……」
クロードがそれだけ言って、ライラに背中を向けてしまった。彼の声がわずかに震えている。
クロードはそれ以上は言葉に詰まってしまったのか、何も言わなかった。
「……うん。私もあの子のことをずっと想っているわ。だからね、あなたにはどうかいつまでも元気で過ごしていてほしいと思ったの」
いかにも、そんなことを言われるとは思っていなかった、という表情をしていた。
ライラはそんな態度を取られるのは心外だと、咎めるような視線をクロードに向けた。
「だってね、やっぱり私はどうしてもあなたとは一緒にはいられないって思うのよ。あなたのことをもう信用できないんだもの」
ライラはそう言ってため息をつくと、腕を組んだ。
いざ落ち着いて話そうとすると、妙に緊張してしまう。
ゆっくりと深呼吸をしてみるが、心臓の鼓動がどんどん早くなっている気がする。この音がクロードに聞こえてしまうのではないかと、不安になってしまうほどだ。
すると、ライラの様子がおかしいことに気が付いたのか、クロードが顔をしかめた。
「……どうかしたのか? 退院したばかりなのだろうから、あまり無理をするな」
「あ、ありがとう。でもね、体調はすっかり大丈夫だから、心配しないで」
ライラは訝し気な顔をしてこちらを覗き込んでくるクロードに向かって、大丈夫だと訴えるためにぶんぶんと大きく手を振った。
しかし、ライラらしくないその態度を不審に思ったのか、クロードは眉根を寄せる。
「あ、あなたに伝えたいことがまだあってね。それを口にしようとすると、ちょっと緊張してしまって……。なかなか言葉が出てこないだけなのよ」
「まだ何かあるのか? てっきり君はもう私には関心がないのかと思っていたがな」
訳が分からないと、クロードは不思議そうな顔をして言った。
「関心がないとか、そういうことじゃなくてね。……えっと」
30分も全速力で馬を走らせてここまで追いかけてきたのに、言葉が出てこない。
クロードから早くして欲しいという空気が醸し出されていることがわかる。
供回りの者たちを待たせているのだから当然だろう。ライラはようやく意を決して口を開いた。
「あのね、あなたはあの子の父親だし、私はあの子の母親なのよねって。それを改めて言っておきたくて、見送りに来たのよ」
クロードのことは、本当に心から愛していた。
だからこそ、それまでに築き上げてきた生活の全てを捨てる覚悟で一緒になった。
そうしてもいいと思うくらいには惚れ込んでいた。
それでも、その決断を下すにはずいぶんと長い時間をかけた。
たくさん悩んで、いろいろなことを考えた。
ライラとクロードでは、生まれも育ちもまったく違うのだから当たり前だ。
それでも、ライラがクロードと共に歩む道を選んだのは、信用できる人物だと思ったからだ。
この人となら幸せになれると信じていた。
ライラは家族というものに強い憧れを抱いていた。自分が早くに両親を亡くしたから、あたたかい家庭というものが欲しくてたまらなかった。
しかし、ライラはもうクロードのことが信用ができない。家庭を築こうとは思えなくなってしまった。
クロードが自分にしていた仕打ちについて、その行動に至る考えは理解できても、やはりどうにも受け入れられない。
心から愛して信頼していたからこそ、彼の判断が許せない。
「あなたとはもう一緒にいることはできない。でもね、あの子を弔う気持ちだけは一緒に持っていたいと思うのよ。……これからもずっとね」
一緒にいることができなくても、せめて弔いの気持ちだけは共通の認識として持っていたい。
親であった事実は絶対に変わらない。それだけは揺るぎのない真実なのだから。
――彼は何を当たり前のことを今さら言っているのだと思ってるかもしれないわね。だけど、きっと私に一番足りていなかったのは、これだと思うのよね。
「私は自分の悲しみや後悔ばかりが先立って、あなたを思いやれなった。お互いに大きな喪失感に襲われたはずなのに、あなたが受けた心の傷まで気遣えていなかったわ」
ライラがそう言うと、クロードの顔が悲痛に歪んだ。
彼はすぐに両手で顔を覆ってしまった。少し肩が震えている。彼の指の隙間から、頬を伝う光るものが見えた。
きっと泣いているのだろう。ライラはクロードが涙を流すところを初めて見た。
我が子が亡くなったときでさえ泣かずにいたクロードが涙を流している。ライラはその光景に衝撃を受けた。
――この人はこの人なりに、ずっと悲しみに耐えていたのよね。きっと泣いてしまったら、私のように感情が溢れ出てしまって落ち着いていられなくなると思ったのかもしれないわ。私ばっかり感情にまかせて好き勝手にしていたから、彼は自分だけでも冷静でいなくてはならないと、気負いすぎてしまったのかもしれないわね。
「……そうだな。あの子を想う気持ちだけは……」
クロードがそれだけ言って、ライラに背中を向けてしまった。彼の声がわずかに震えている。
クロードはそれ以上は言葉に詰まってしまったのか、何も言わなかった。
「……うん。私もあの子のことをずっと想っているわ。だからね、あなたにはどうかいつまでも元気で過ごしていてほしいと思ったの」
39
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。
木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。
その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。
本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。
リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。
しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。
なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。
竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる