姉の婚約者と結婚しました。

黒蜜きな粉

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 屋敷に帰るためソフィアが馬車に乗り込もうとしたとき、野営地の隅に何かを見つけた。

「今朝がた巡回中モンスターに襲われた者です」

 ソフィアの視線に気がついたエラの夫がそう教えてくれた。ここへ来たときには、そこに人が寝かされていることにまったく気づくことができなかった。

「イーサン様はひどく憤っておられて……。それで飛び出して行ってしまったのですよ」

「大怪我に見えるのだけど、あの方はあんなところに寝かせたままで大丈夫なのですか?」

「ここで出来る治療は終えております」

 諦めたのか、とは口にしなかった。
 地面に横たわる兵士は包帯でぐるぐる巻きにされている。包帯には血がにじみ、呼吸は浅い。

「イーサン様に万が一などあっては困りますし、医療魔術の使える魔術師をこちらへ手配しております。……が、到着が遅れているようですね」

 ソフィアはエラの夫の言葉を聞いて深くため息をついた。言いたいことは山ほどあるが、ひとまずは胸に秘めておく。

「ねえルイース。私はね、今日ここへ来て良かったと思うの」

 深い深いため息のあと、たっぷりと息を吸ってから話し出したソフィアに、ルイースが怪訝な顔をする。

「それはどう言うことでしょうか?」

「旦那さまや領民たちが、私のことをどう思っているのかがはっきりと分かったからよ」

 そう言ってソフィアは馬車に背を向けた。そのまま地面に横たわる包帯男に早足で近づいていく。
 ルイースは前のめりになりながら慌ててソフィアについてきた。

「――っソフィア様、どうなさるおつもりですか?」

「私は姉の代わりに無理やり嫁がされた哀れな女。一流の魔術師として有名な姉とは違って何の役にも立たないお飾り妻。……まったく期待されていないの。すっごく舐められてるのよ」

 ソフィアは包帯男の元までやってくると地面に跪いた。

「べつに愛想よくお菓子を配るだけの奥さまじゃないってところを見せつけたいわけじゃないわ。旦那さまに対するあてつけじゃないのですからね!」

 ソフィアは包帯男の胸の上に手を置いて、魔術を発動させた。
 次の瞬間、包帯男が勢いよく飛び起きた。

「――――っ!?」

「急に動かない方がよいですわ。傷は治しましたが、流れた血は元通りにはなりませんから」

 それだけ言ってソフィアはすっと立ちあがった。
 包帯男は何が起きたのか理解できないようで、自分の身体に触れながら辺りを見回している。

「もう命の危険はないわ。だから、もう少しちゃんとしたところで寝かせてあげてちょうだい」

 ソフィアはエラの夫に向かって声をかける。しかし、彼は呆気にとられた様子で固まっていた。

「聞こえないのかしら。傷は塞いだとはいえ命に関わる大怪我だったのよ」

 もう一度声をかけると、エラの夫は周囲の兵士に命じて包帯男を野営地にあるテントの中へ運ばせた。
 ソフィアは包帯男がきちんとベッドに寝かされたことを確認してから、エラの夫に向かって堂々と胸を張って言った。

「旦那さまの意に沿わないことをいたしました。ですが、反省はいたしませんよ」

「……い、いえ。ありがとうございます。まさか医療魔術の使える方だったなんて……」

「たしかに結婚前の私は正式な社交デビューもしていない無名な学生でしたけれど、我が一族は魔術の大家たいかですよ。だからこそ婚姻関係を結んだというのに何を仰いますか」

 魔術師の中でも医療系の魔術を扱える者はごくわずかで貴重な存在だ。それなのにこの言い方は意地悪かもしれないが、こちらも散々な扱いを受けたのだからこれくらいは許されるだろう。

「旦那さまが何もかもをご自分の手でどうにかしたいという気持ちは十分に理解できました。ですが、大切な民の命に関わることは見過ごせません。私は領主の妻なのですよ」

 そう言い終えると、ソフィアは穏やかに微笑んだ。

「魔術師が不足しているなら私に仰いなさい。父に手紙くらい書けるのですからね」

 イーサンのことは怒らせてしまったが、ここへ来てよかったと思う。
 ソフィアがこの土地にとって有益な存在なのだと示せれば、少しは興味を持ってもらえるかもしれないと知ることができた。

 ソフィアは屋敷に帰る前に、さっそく野営地の兵士たちに参考になることはないかと話を聞いて回った。
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