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第7話 旅立ちの条件
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結論は、完全な拒否ではなく、条件付きの選択に落ち着いた。
私は王都の学園へ行く決意を固めた。
ただし、条件付きである。
・私は「正式な推薦枠」ではなく、領主家の「付き添い研修」という扱い
・学園の寮ではなく、王都にある領主家の別邸に滞在
・医療魔術の授業は受けるが、表舞台の行事には極力出ない
・そして何より、私の意思が変わった場合は、いつでも帰ることができる
領主さまは渋い顔をした。
父と母は安堵し、誇らしそうにしていた。
私は、まだ怖かった。
それでも、この条件を勝ち取れたのは、アッシュが交渉してくれたからだ。
「俺がしっかりと責任を持つ」
彼は領主さまにそう言った。
私は、その言葉の重さに、胸が温かくなった。
出発の日が近づくにつれ、町の人たちは私を祝うようになった。
「アンタは王都に行った方がいいと思ってたんだ」
「やっぱりうちの領主さまは見る目がある」
そんなふうに言いながら、お菓子をくれたり、花をくれたり。
私は曖昧に笑ってそれらを受け取りながら、心の中で何度も言った。
──私は特別じゃない。私はただの治癒師。
けれど、首元の青い石は、常に身に着けていた。
出発の朝、馬車の前で私は町の空気を深く吸い込んだ。
薬草の匂い、土の匂い。
診療所の木の匂い。
ここが、私の居場所。
帰ってきたい場所。
アッシュが馬車の横に立っていた。
外套の襟元が整っていて、すっかり領主の息子の顔つき。
けれど、私を見つけると柔らかく笑った。
「準備はできたか」
「……はい」
「不安か」
「……少し」
正直に答えると、アッシュはほんの一瞬だけ息を吐いた。
それから、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「少しならいい。俺も不安だ」
「え?」
「君が遠くに行くのが」
「どうして? 今から一緒に行くのに……」
彼は、周りに人がいるのを気にしてか、声を低くした。
「学園では……俺には俺の立場がある。君に無遠慮に近づけないかもしれない」
私は、言葉に詰まった。
彼が気にしているのは、私のことだ。
「だから」
アッシュが、そっと手を差し出した。
人目のある場所で、ぎりぎり許される距離。
「今、握ってもいいか」
私は、心臓の鼓動がうるさくなるのを感じた。
指先が震える。
でも私は、そっと自分から彼の手に触れた。
握るというより、重ねる。
その控えめな触れ方に、アッシュが息を吐いた。
「……ありがとう」
「もう、そうやってお礼を言うのは何回目なの?」
私が小さく言うと、彼は苦笑した。
「何回でも言う」
そして、耳元だけで囁く。
「……ルーシ。君が望むなら、いつでもここへ帰ってきていい。君の意思を、最優先にする」
その約束が、私を少しだけ強くした。
馬車に乗り込む直前、アッシュが私に小さな封筒を渡した。
封蠟が押されている。
「これは、手紙……?」
「王都に着く前に読むな」
「え、なんで」
「……恥ずかしいから」
その一言が、破壊力抜群だった。
私は、危うく笑ってしまう。
「分かりました」
馬車が動き出した。
町が遠ざかっていく。
私は窓から外を見ながら、封筒を胸に抱えた。
怖い。
でも、怖いだけじゃない。
首元の青い石が、柔らかく脈打つみたいに温かかった。
私は王都の学園へ行く決意を固めた。
ただし、条件付きである。
・私は「正式な推薦枠」ではなく、領主家の「付き添い研修」という扱い
・学園の寮ではなく、王都にある領主家の別邸に滞在
・医療魔術の授業は受けるが、表舞台の行事には極力出ない
・そして何より、私の意思が変わった場合は、いつでも帰ることができる
領主さまは渋い顔をした。
父と母は安堵し、誇らしそうにしていた。
私は、まだ怖かった。
それでも、この条件を勝ち取れたのは、アッシュが交渉してくれたからだ。
「俺がしっかりと責任を持つ」
彼は領主さまにそう言った。
私は、その言葉の重さに、胸が温かくなった。
出発の日が近づくにつれ、町の人たちは私を祝うようになった。
「アンタは王都に行った方がいいと思ってたんだ」
「やっぱりうちの領主さまは見る目がある」
そんなふうに言いながら、お菓子をくれたり、花をくれたり。
私は曖昧に笑ってそれらを受け取りながら、心の中で何度も言った。
──私は特別じゃない。私はただの治癒師。
けれど、首元の青い石は、常に身に着けていた。
出発の朝、馬車の前で私は町の空気を深く吸い込んだ。
薬草の匂い、土の匂い。
診療所の木の匂い。
ここが、私の居場所。
帰ってきたい場所。
アッシュが馬車の横に立っていた。
外套の襟元が整っていて、すっかり領主の息子の顔つき。
けれど、私を見つけると柔らかく笑った。
「準備はできたか」
「……はい」
「不安か」
「……少し」
正直に答えると、アッシュはほんの一瞬だけ息を吐いた。
それから、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「少しならいい。俺も不安だ」
「え?」
「君が遠くに行くのが」
「どうして? 今から一緒に行くのに……」
彼は、周りに人がいるのを気にしてか、声を低くした。
「学園では……俺には俺の立場がある。君に無遠慮に近づけないかもしれない」
私は、言葉に詰まった。
彼が気にしているのは、私のことだ。
「だから」
アッシュが、そっと手を差し出した。
人目のある場所で、ぎりぎり許される距離。
「今、握ってもいいか」
私は、心臓の鼓動がうるさくなるのを感じた。
指先が震える。
でも私は、そっと自分から彼の手に触れた。
握るというより、重ねる。
その控えめな触れ方に、アッシュが息を吐いた。
「……ありがとう」
「もう、そうやってお礼を言うのは何回目なの?」
私が小さく言うと、彼は苦笑した。
「何回でも言う」
そして、耳元だけで囁く。
「……ルーシ。君が望むなら、いつでもここへ帰ってきていい。君の意思を、最優先にする」
その約束が、私を少しだけ強くした。
馬車に乗り込む直前、アッシュが私に小さな封筒を渡した。
封蠟が押されている。
「これは、手紙……?」
「王都に着く前に読むな」
「え、なんで」
「……恥ずかしいから」
その一言が、破壊力抜群だった。
私は、危うく笑ってしまう。
「分かりました」
馬車が動き出した。
町が遠ざかっていく。
私は窓から外を見ながら、封筒を胸に抱えた。
怖い。
でも、怖いだけじゃない。
首元の青い石が、柔らかく脈打つみたいに温かかった。
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