えぞのあやめ

とりみ ししょう

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一の段 あやめも知らぬ  破約(六)

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 春になってから、あわただしい中を、二度会った。
 いまとなっては懐かしく感じずにいられない、暗い倉の中で睦みあった。あやめが置いてやった新しい大きな火桶が、まだ役に立った。
「夫婦にならないのであれば……。」
と、あやめは、ふたりきりでこの場にいるのに、十四郎の唇を最初は拒んでみせた。
「そのようなことはいけませぬ。」
 十四郎は無言で、こわい顔をして、あやめを固く抱きしめる。頤に手をやり、近づけようとする。
「友達(ともどち)、友達でございましょう? もうそれに戻ったのでございましょう?」
口を吸われる。舌が入ってくると、あやめもそれには抵抗しないで、受け入れた。
「……そう、いわれたのに……。」
「あやめ殿。すまぬ。許しては貰えぬだろう。」
「許さへんわ。」
 あやめは笑った。
「そやよって、別れたらへんわ。」
「別れぬ。」十四郎はあやめの躰を倒した。
 薄い敷物だけの硬い床の感触は、あやめの背中が馴染まされたものだ。
 あやめは全てを忘れたかった。十四郎の愛撫に必死でこたえ、懊悩の極みで忘我の一瞬がおとずれるのを望んで、 ひたすらに受け止め、みずからも動いた。
「あやめ殿。いとおしい。」
「あ、あ、あ。」
「待っていた。そなたを待っていたのだ。」
「十四郎さま、十四郎さま。」
「なんと、かわいい……」
「来て、……来てくださいませっ。」
 十四郎の重い打ち込みに息も絶え絶えになったあやめが、何度目か背中をのけぞらせたとき、躰の中から肉が引き出された。十四郎はあやめの柔らかい腹に放ち、あやめは引き抜かれた衝撃に耐えながら、温かく匂う液体が、空しく降り注がれるのを肌に感じていた。

 そのあと、話をした。昔話ばかりになっているのに気づき、あやめは悲しい。
「庫裏をお暇するときは、もう夜で、寒くて、……」
「そうであったな。そなたは帰ってしまわれる。」
「帰れ、とあなた様がおっしゃったからでございますよ。」
「そうだったか?」
「笠の下で、顔が凍りついてしまって。」
 笑った。
「気の毒なことをした。」
 十四郎の声も、笑っている。
 ふたりで声をひそめて笑った。
 そのあと、あやめは急にこみあげてくるものがある。
「どうして、一緒になれませんのでしょうか?」
「すまぬ。すべてわたしが悪い。」
「その通りにございますよ。……嘘、うそ。……まこと、ご縁とは難しいものでございますね。か、かくも、かくも難しい……。」
「泣かないでくだされ。」
「いとおしい、いとおしい、憎い……。」
「憎んでくだされ。それがいい。」
「これが、最後の……」
 あやめは自分から十四郎の唇に口を寄せた。
 苦い。さきほどまで、あれほど甘かった口吸いが、ひどく乾いて苦い。十四郎もそうなのだろう。驚いた表情があるのは、そのせいか。

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