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10話「レイニーブルー」
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菊那が思い出したくない記憶の先。
それは忘れもしない中学の頃だった。
☆★☆
元々大人しい性格だった菊那は子どもの頃にある趣味を見つけた。それは縫い物や編み物などの裁縫だった。小学生の頃から好きになり、コツコツと作り技術を磨き、お小遣いやお年玉を貯めて、編み物セットやミシンを買ったりしていた。
特に刺繍にハマった菊那は、中学生の頃には本格的になっており、ハンカチに名前や花を刺繍したり手持ちのバックも刺繍したりしていた。すると一部の女の子から「私にもやって欲しい」と言われるようになり、菊那は「菊那裁縫店」と呼ばれてしまう事もあるほど人気になっていた。
けれど、それをよく思っていないメンバーもいたのだ。ある日から菊那の状況は一転する。
普段通りに学校に到着し、クラスに入って友達に「おはよう」と挨拶をした。けれど、誰も挨拶をせずに、こちらを一別した後にすぐに視線を外して、他の友達と話したり本を読んだりしている。
菊那は始めは「聞こえなかったのかな?」と思い、自分の準備が終わった後に特に仲が良かった友達のところに駆け寄った。
「おはよう!この間、頼まれたポーチ出来たよ。猫のマークを付けて、可愛く出来たと思うんだけど」
「…………」
仲良しの佳菜はこちらを見る事も一言も言葉を発する事なく視線を合わせてもくれなかった。
完璧に無視をされてしまった。
彼女が座っていた椅子の前に立ち、ポーチを差し出したのに、プイッと顔を背けられたのだ。菊那は何が起こったのかわからなかったが、鼓動が強く早くなるのがわかった。
「ねぇ、佳菜ちゃん。どうしたの?何かあった……?」
「………かけないで」
「え………?」
「話しかけないで。こんなのいらないっ!」
「………あっ………」
ずっと仲が良かった友達である佳菜の顔がひきつり、そして鋭い目の中に動揺が見られ、菊那はドキッとした。佳菜は何かに怯えているのではないか。そんな風に感じられたのた。菊那が彼女に差し出していた布のポーチは、佳菜の手によって弾かれて、近くの床に落ちた。「KANA」と刺繍でかかれた文字と猫がワンポイントになった、菊那のお気に入りのものだった。佳菜に喜んでもらえればと、宿題が終わった後に夜遅くまで作っていたものだ。きっと佳菜は喜んでくれる。そんな風に疑うこととなく思っていた。
それなのに現実はどうだろう。
友達には睨み付けられ、一生懸命作ったら刺繍のポーチは床に置かれている。
その状況を受け入れられなくて、菊那はただ呆然と落ちたポーチを見つめていた。
けれど、そのポーチを誰かが拾った。
「こんなだっさいポーチなんて、佳菜ちゃん使わないよねー!」
「たしかにー!こんなの使ってる奴なんて今時いなくない?手作りとかダサすぎる」
そう言って近づいてきたのはクラスで人気者の女の子集団だった。流行りのヘアスタイル、短いスカートにうっすらと化粧もしているだろう。そして、甘いコロンの香りもする。今時の女の子という感じだった。菊那は特に苦手意識はなかったが、好みは合わないかなとは感じていた。それでも挨拶はするし、他愛ない話もしてきたはずだった。それなのに、急に敵意を向けられてしまい、菊那は戸惑い動揺するしかなかった。
「菊那ちゃんさー、こんなの本当にみんなが欲しいと思う?友達だから一応「欲しい」って言うけど、本当は欲しくなんかないの察しなよー。こんなの誰も恥ずかしくてつかいたくないよー。ね、佳菜ちゃんもそうでしょー?」
「………う、うん……」
「ほらねー。菊那ちゃんの自慢にもならない自慢話にはみんな飽き飽きしてるんだよ。だから、みーんなに嫌われちゃうの。佳菜ちゃん、一緒に話そうよ」
そう言うと菊那の手作りポーチをポイッとゴミ箱に捨て、佳菜とクラスの女の子達は菊那から離れてクラスから出ていってしまった。
取り残された菊那と数人のクラスメイト。時が止まったように静まり返ってたけれど、菊那には誰にも近寄らず、触れないようにポツリポツリと話し始める。
菊那はゆっくりと自分の席に座り、顔を俯けた。
あぁ……これがいじめというものなんだ。
菊那は自分がクラスメイトから嫌われていた事を、そして友人である佳菜でさえ離れて行ってしまった事がショックで仕方がなかった。
涙が出てきそうになるのを必死で堪えた。何がわるかったんだろうか。何が気にさわったのだろうか。
考えても、菊那にはわからなかった。
ただただ1人で過ごす1日と、周りからのコソコソと聞こえる悪口と哀れみの視線から逃れられない時間がとても長かった。
次の日も、菊那にとっての悪夢のような時間が続いていた。
誰も話をかけてくれない休み時間。遠くから「一人なんてみじめー」などという自分に対する悪口。菊那は本を読んで過ごすフリをしていたが、周りの状況が怖く集中など出来るはずがなかった。
そんな時だった。
「あ、菊那ー!昨日、これ間違って捨てたのか?俺がゴミ捨て当番だった時見かけたぞ」
そう言って近づいてきた男の子が居た。
少し日に焼けた肌と茶色の短髪、そしてニコニコとした笑顔が印象的な日葵(ひなた)という名前のクラスメイトだった。
頭も運動神経も良いが何よりもすごいのは絵がとても上手い、クラスでも一目置かれる存在だった。
そんな彼が菊那に「昨日洗ってきたら綺麗だから安心して」と言って手渡したのだ。菊那は驚いて彼を見上げたけれど、周りの目が気になっている受けとれずにいた。すると、日葵は不思議そうに菊那の顔を覗き込んだ。
「日葵くん!それはダサいから、私が捨ててあげたの。こんな刺繍なんて今時持ってる人いないでしょ?」
そう言って近づいてきたのは昨日菊那のポーチを捨てた数人のクラスメイト達だった。顔をにやにやさせて日葵に近づいてきたのだ。
菊那はずっと避けてきた彼女達の顔が見れずに、つい俯いてしまう。けれど、自分の元に戻ってきたポーチを強く握りしめて、もう捨てられたくないという思いで、その場をやり過ごそうとした。
「このポーチ可愛いじゃん。どこがダサいんだよ」
「え………」
思わず小さく声がもれてしまい、菊那は日葵を見つめた。彼はまっすぐに彼女達を見て、当たり前の事のようにそう言ったのだ。
彼女達は少し動揺していたが、すぐに「今時、手作りなんてださいし、刺繍も可愛くないよ。日葵くんは男の子だから可愛いのわからないんじゃないかな?」と、言った。
だが、日葵は首を傾げて「そうかな?」と、菊那が持っていたポーチを見て、にっこりと笑った。
「俺はやっぱり可愛いと思う。佳菜がいらないなら俺がこれもらうよ………って、カナって名前書いてるか……これ名前変えられる?」
「え………あ、うん……」
「じゃあ、時間ある時に「ひなた」にしてくれないかな。楽しみにしてるから」
「…………うん、わかった」
「…………」
そう言うと、日葵は「よろしくな」と言って自分の席に戻ってしまった。そして、いつものようにスケッチブックを広げると、鉛筆を持って何か描き始めた。日葵はいつも何かを描いていた。クラスからみた外の景色でもあったし、外に出て中庭に座り込んだりして、没頭しているのだ。
始めは変わった子だと思われていたが、彼の人柄や勉強も運動も優れている事から、「かっこいい趣味」として、みんなに受け入れられていたのだ。
菊那は自分の元にポーチが戻ってきた事よりも、日葵が前と変わらずに話しかけてくれた事が何よりも嬉しかった。
悔しそうに顔を歪めて日葵を睨む彼女達の視線はとても気になったけれど、菊那は日葵にポーチをプレゼントする事が嬉しかった。佳菜の名前をほどいてしまうのは悲しかったので、1から作り直して新しいものをプレゼントしようと菊那は思った。ポーチを助けてくれたお礼をするためにも大切に仕上げようと心に決めた。
けれど、その日から少しずつ暗雲がさらに濃いものになっていったのだ。
いじめの標的が菊那から日葵に変わりつつあったのだ。
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