花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

文字の大きさ
14 / 36

13話「スターリング シルバー」

しおりを挟む





   13話「スターリング シルバー」



 菊那が樹に自分の過去を打ち明けてから数日が経った。
 彼にお願いすれば大丈夫。そう思っているけれど、考えれば考えるほどに不安になってしまうものだった。


 まず向日葵の種を植える時期だが、本来ならば5月なのだ。今は春になったばかりで寒い日もある。種を植えるには早かった。けれど、彼には不思議な庭園がある。そこで育てれば大丈夫なのだろうか。

 それにあの向日葵の種を調べるとしても、種を割ってしまい中身がなかった場合はすぐに芽は出てこないとわかってしまうのだ。それは怖かったからこそ、自分では試せなかったのだ。「もう日葵の向日葵は咲かない」という現実を突きつけられるのが怖いのだ。


 毎日のように樹からの連絡を待っていた。彼からの連絡が来るのを待っていつつも、来ない事にもホッとしてしまう。




 いつもと変わらない日を過ごしていたが、最後に樹に会ってから5日後の事だった。
 菊那が仕事を終えて帰宅したと同時にスマホが鳴った。画面には「樹さん」と書かれている。
 菊那は通話ボタンを押すのに少し躊躇ってしまう。大きく深呼吸をした後に、ゆっくりとボタンを押した。


 『こんばんは、菊那さん。樹です。今、お時間よろしいですか?』
 「こんばんは。今、帰宅したので大丈夫です」
 『それはよかった。菊那さん、明日明後日はお休みでしたよね?』
 「はい。そうですが………向日葵の事ですか?」
 『はい。明日お会いしたいのですが…………宿泊の準備をしていらしてくれませんか?』
 「……………え…………」


 予想外の言葉に菊那は、固まってしまったが頭でその意味を理解した途端に、体温が一気に上昇するのを感じ、鏡を見ずとも今の自分の顔が酷い事になっているのがわかった。電話でよかったと菊那は思ってしまう。


 『何か予定はありましたか?』
 「い、いえ……樹さん……えっと、その………どうして泊まりなんですか?」
 『それは………秘密です』


 クスクスと楽しそうに笑いながらそう言う樹の声が耳に入ってきて、菊那はドキドキが増してしまう。


 『それでは、明日の10時に迎えに行きます』
 「え、あ………はい」
 『では、明日。おやすみなさい』
 「………おやすみなさい」


 いつもの挨拶をして電話を切った後、菊那はその場に座り込んでしまった。
 あの樹に泊まりをお願いされたのだ。ドキドキしてしまうのは当たり前の事だろう。


 「な……何で泊まりなの!?向日葵の芽が出るのを夜通し見守る………なんて事はないよね?」


 気が動転してしまっているのか、思考がおかしくなっている。
 頭がぐるぐるして正常に頭が働かないのかもしれない。


 「……けど、あの紳士な樹さんがお付き合いもしてない人に手を出すなんてないだろうし………。で、でも樹さんだって男の人だけど。もしそうだとしても、樹さんならちゃんと段階を踏んでくれるだろうし……え、樹さんって……私の事どう思ってるんだろう?」


 おろおろとしながら、不安定な思考回路のままいろいろな事を考えてしまうが、結局、菊那は樹の事などわからないのだ。
 名前と職業、花屋敷の主人であるという事と、花の名前に憧れる、花にも紅茶にも詳しい紳士。そんな事しか知らないのだ。
 その事実を思い出した途端に、上がっていた熱が急激に下がっていくのを感じた。



 「………何、期待してるんだろう。それに私の目的は日葵くんの向日葵なのに………最低だな」


 向日葵を咲かせるために頑張ってくれている樹にも、そして種をプレゼントしてくれた日葵にも失礼だと思い、菊那は一人ため息をついた。


 「………明日の準備を急いでして、向日葵の事確認しようっ!」


 頬を両手でパンパンッと叩き、気合いを入れた後に菊那は勢いよく立ち上がった。

 樹の事を考えるのはやめよう。
 今は、向日葵の種を咲かせる事を考えるのだ。ずっとずっと悩んできた事。
 もし咲かせることが出来たら、日葵がどこに眠っているのかを探して、育てた日葵の持って挨拶に行くのだ。
 そして、「助けられなくて、ごめんね」と伝えたかった。


 菊那は明日無事に向日葵の種のいい話が出来ますよう。芽が出ますように。
 そう祈りながら、夜を過ごしたのだった。









 「おはようございます、菊那さん。今日はいいお天気ですね。すっかり春になりました」


 待ち合わせの時間より早めにマンションの玄関に向かうと、すでに菊那は車を停めて待っていてくれた。
 この日は英国の雰囲気が感じられるチェック柄のスーツだった。だが、そのチェックもとても落ち着いているグレーのスーツで、樹はとても上品に着こなしていた。スーツのモデルをしたら、きっとその商品は売れに売れるのではないか。そんな風に思えるほどだった。


 「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 高級車の助手席に乗り、そう挨拶をするとゆっくりと車がゆっくりと動き出す。
 

 「昨日は驚きましたよね。突然あんなお誘いをしてしまって」
 「え、えぇ………まぁ、驚きました」
 「でも、菊那さんが了承してくださって良かったです」
 「………まだ、教えてくれないのですか?」
 「えぇ………秘密です」


 真っ直ぐ前を向いて運転する彼の横顔を盗み見ると、とてもニコニコしていた。
 全くもって楽しそうだ。
 菊那はそんな表情をみると、クスッと笑ってしまう。きっと、樹がこんなにも楽しそうなのだから良いことなのだろう。そう思えて、緊張していた体が少しだけ軽くなった気がした。

 が、それも束の間の事だった。
 菊那はある事に気づいたのだ。


 「………あの………樹さん。この道って花屋敷と逆方向ですよね?」
 「えぇ。そうですね」
 「………どこに向かってるのですか?」
 「秘密です」
 「……………」


 てっきりいつものように彼の自宅に招かれると思ったが、それは違ったようだ。
 始めから菊那の想像していた事は無駄だったとわかる。
 

 「樹さん、目的地だけでも教えてくれませんか?」
 「もうすぐ着きますので安心してください。20分ぐらいで到着しますよ」
 「…………(全然すぐじゃないです!)」


 菊那はおろおろとしながら町の景色を見つめながら、必死に行く先を考える事しか出来なかった。そんな菊那をよそに、樹だけがご機嫌にドライブを楽しんでいた。


 そして、20分後。
 菊那の予想を遥かにこえる場所に到着していた。広い敷地にたくさんの車が駐車されており、目の前には大きな建物がある。そこにはたくさんの人達が行き来しており、皆大きな荷物を手にしていた。そして、時折空から轟音が響いてくる場所。


 「空港…………」
 「はい、到着しました。そして、菊那さんにプレゼントです」
 「え………」


 樹と菊那は手に大きな荷物を持ち、空港に到着した。樹はとても目立っており、先程からチラチラと女性だけではく男性も彼を見ては驚いた目で見つめたり、惚れ惚れとした表情で見入っているようだった。
 けれど、樹は慣れているのかそれらの視線には全く気にせずに、1度足を止めて菊那の方を向いた。

 そして、菊那にある物を手渡したのだ。

 空港の入り口で樹にプレゼントされたもの。
 それは九州行きの航空チケットだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

処理中です...