花屋敷の主人は蛍に恋をする

蝶野ともえ

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15話「光輝」

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   15話「光輝」




 菊那はゆっくりと沢山の向日葵が咲いているビニールハウスを見ながらゆっくりと近づいた。小振りの向日葵が並んでいる。ビニール越しにしか見れないが、違う品種のものがいくつかあるようだった。
 すると、興味津々に見ていた菊那に樹が向日葵の事を説明してくれた。


 「ここには、サンリッチシリーズの向日葵が多いですね。ブーケやアレンジなどよく使用されるものです。色の濃さによって名前が変えられていまして、サンリッチバレンシアや、サンリッチオレンジ、サンリッチマンゴーなど果物の名前が付けられています。ここにはないですが、向日葵の名前は面白いものが多くて画家シリーズと呼ばれるものもあるんですよ」
 「画家………もしかして、有名なモネの向日葵とか、ですか?」
 「正解です。絵に使われている向日葵で名前がついています。モネのヒマワリやゴッホのヴインセントシリーズがあります」
 「本当に面白いですね」


 向日葵の品種を知ると同時に、樹の草花の知識の深さに改めて関心しながら、また向日葵に視線を向けた。


 「あの奥にある黄色ではない花びらも向日葵なんですよね?」


 ビニールハウスの奥の方に咲いていた花を指差して菊那がそう言うと、樹はゆっくりと頷いた。よくぞ聞いてくれたという風に、満面の笑顔だった。


 「あそこに咲いているのはプロカットシリーズと呼ばれるものですね。あのように赤みのあるものの他にもクリーム色やホワイトに近い色のものもあります。最近では向日葵と言っても多種多様な種類があるのは、他の花と一緒ですね」


 楽しそうに話をする菊那を見て、つられて笑顔になってしまう。
 彼はきっとこの向日葵畑に来て、最後の1つになってしまった日葵の種を調べてもらおうとしているのだろうと菊那にもわかった。どんな品種なのか、どんな育て方をすればいいのかを。少し聞いただけでもかなりの数の向日葵の種類があるとわかったのだ。普通の向日葵ではないのかもしれない。
 樹自身も植物学の教授だが、向日葵のプロ聞いた方がより詳しい話が聞けると思ったのだろうか。

 樹が信頼している人ならば、尚更期待できるのではないか。菊那は思った。

 そんな時だった。




 「そんなに詳しく話されてしまうの僕が話す事がなくなってしまいますよ、史陀さん」



 土を踏む、ゆったりとし足音と共に明るい声が菊那の後方から聞こえた。樹の知り合いという事は、ここの向日葵畑の関係者なのだろう。樹も声のした方に視線を向けて小さく会釈をしている。菊那は、後ろを向き挨拶をしようとその男性を見た。


 「お邪魔しています。私は……………え…………」


 けれど、その挨拶は途中で止まってしまった。菊那の視線はその男性に釘付けになり、瞳は揺れ、体は小さく震え始めた。ドクンドクンッと、心臓の音も大きくなって耳から入ってくる音は心音だけのようにさえ感じてしまう。


 「………嘘………どうして………」
 「ごめん。ビックリさせたみたい、だね」


 眉を下げで謝るその男性。
 茶色の髪と焼けた肌は変わらない。いや、もしかしたら今の方が黒くなっているかもしれない。動揺する菊那を安心させようと、微笑んで近づいてくる彼の表情は、とても優しくて眩しい。太陽のような彼。



 「…………日葵くん……なの?」
 「うん。………久しぶり、菊那。いや、菊那さんって呼んだ方がいいかな。遠いところまで来てくれてありがとう。」


 
 菊那の目の前に居たのは、笑顔が変わらない日葵だった。
 本当に彼なのだろうか。確認していたかったけれど、次第に視界がボヤけ始めてきた。そこで始めて自分が涙を流していると気づいた菊那は、手で涙を拭おうとしたけれど次々に涙がこぼれ落ちてきて追いつかなくなってしまう。

 
 「大丈夫だよ。…………心配させてしまったみたいで、本当にごめん」


 日葵の声が近くなり、菊那はゆっくりと顔を上げ、涙を拭きながら日葵を見た。すると、菊那の顔を見てゆっくりと頷いた。
 まるで「本物だよ」と言っているようだった。

 そんな日葵の姿や言葉、表情を見て我慢など出来るはずもなかった。
 その後は子どものように声を上げて泣き続けてしまったのだった。

 そんな菊那を慰めるように、日葵は頭を撫で、樹はいつまでも隣に居てくれた。
 樹の顔など見なくても、彼は穏やかな表情で見守っていてくれているのを、菊那は感じられたのだった。




 向日葵は太陽の方を向いて咲くと言われているが、そのせいなのか日向の香りがするな、と菊那は思った。
 菊那が2人に見守られながら、少しずつ落ち着きを取り戻していった。ハンカチで涙を拭き、菊那はゆっくりと呼吸を繰り返した。泣きはらしてしまい目は腫れているし、化粧は落ちてしまい、酷い顔になっているはずだ。けれど、彼らはそんな事をバカにするような人ではないとわかっている。菊那はゆっくりと顔を上げながら、「………すみませんでした。気が動転してしまって……泣いてしまって」と、樹と日葵に謝罪した。
 すると、日葵はジーッと菊那を見つめた後、「……変わってないね」と、笑ったのだ。口を大きく開けて笑う豪快さ。日葵の方が変わっていないと菊那は思った。
 日葵が死んだと勘違いしてしまった事。いじめられていた時に助けてあげられなかった。そんな後ろめたさから、菊那は何から言葉にしていいのかわからずに、口を開けたり閉めたりを数回繰り返し、申し訳なさそうに彼を見ることしか出来ずにいた。すると、隣に居た樹がゆったりとした口調で「ゆっくりでいいんですよ」と言い、ポンッと肩に手を添えてくれる。


 「彼に聞きたいこと、話したいことがあるのでしょう?時間はたっぷりありますので、ゆっくり話してはいかがですか?」
 「そうだよ。まずは僕の家へどうぞ。美味しいアイスティーを準備してました。もちろん、お菓子も、ね」


 日葵は前を歩き、車内から見えたログハウスまで案内してくれた。
 部屋の中に入ると、とても天井が高い部屋があった。大きな木で作られている壁が続いており、中央は吹き抜けになっていた。2階も見えるがそこまで部屋数は多くないけれど、とても開放的な空間で、草木の香りを薫る、そんな家だった。
 そして何より印象的だったのは沢山の向日葵が飾ってあるのだ。向日葵畑をしている住人の家だからかもしれないが、沢山の向日葵が見られた。そして、本物の花だけではなかった。色々な形で向日葵が描かれた絵が飾れていた。油絵や水彩がなど様々だったが、色鮮やかな油絵が多かった。向日葵だけアップもあるが、夕焼けの向日葵畑、窓辺に飾られた一輪の向日葵や水辺に花びらを散らしながら流れる向日葵など、沢山のものがあった。



 「家もひまわり畑みたい、ですね」
 「それ、史陀さんにも同じ事を言われたよ」
 「向日葵が大好きなのだと伝わってきますよ」
 「史陀さんと仲良くなったのも向日葵がきっかけですからね」


 日葵は菊那と樹をリビングに案内してくれた。ふかふかのソファに座り、彼の入れてくれた紅茶を飲んだ。「これは史陀さんからプレゼントしてもらってから、お気に入りなんだ」と教えてくれた。


 「この間、史陀さんから電話があってね。菊那という女性を知っていますか?と突然言われて驚いたよ。世間は狭いというけれど……本当に偶然に感謝だね」


 日葵は再会の喜びを喜んでくれているようで、ニッコリと笑いながら2人の迎えに折り畳みの椅子を持ってきて座った。


 「けれど、史陀さんから菊那さんの話を聞いて驚いてしまったよ。……しっかりと説明させて欲しい。……けど、その前に。僕は菊那って呼んでもいいかな?昔のように」
 「もちろん」
 「ありがとう。だから、菊那も僕に敬語はなしにして欲しい」
 「………わかったわ」
 「うん。その方がしっくりくるよ。………じゃあ、少し昔の話をしよう。懐かしくも少し苦い思い出話を」



 そう言った日葵の表情は少し苦しそうなものへと変わっていた。
 きっと、それがその当時の彼の本当の気持ちを表しているのだと思うと、菊那の胸はギリギリと締め付けられ苦しくなるのだった。



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