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21話「ファーストキス」
しおりを挟む21話「ファーストキス」
花枯病は先天性の人が多い。
突然発症してしまう事は稀だという。
だからこそ、幼い頃ほど草花の感触を知りたいと思って、手を伸ばしてしまう。
そして、触れた時は冷たくて、何故か安心する心地に笑みが浮かぶ。けれど、それも一瞬の事。まるで、草花の生気を吸い取るかのように、花はみるみる枯れていき鮮やかな緑だった草や綺麗な色をした花は茶色く、そしてカサカサに枯れてしまう。
それを見た周りの人たちは「こわいっ!」「化け物みたい!」と、怖がって逃げていく。
その言葉は子どもにとっては大きな傷を残すものだというが、菊那はその話しを聞くたびに心が痛くなる。
そして、花枯病の人の言葉で心に残っているものがあった。
「周りの人よりも自分が1番化け物だとわかっています」
菊那は、彼の表情を見つめながらそんな事を思い出してしまい、樹と同じように顔を歪めた。
けれど、せっかくの2人での食事なのだから、と菊那はすぐに笑顔を見せて樹に話しを掛けた。
2人きりでこんなところで食事など、とても贅沢な事だ。それに彼には笑っていて欲しい。
「ごめんなさい。その………何だか暗い話しになってしまいましたね。あの、樹さんにプレゼントするものに刺繍をするとしたら、どんな物がいいでしょうか?1番好きな花とかありますか?」
「…………そうですね。特に考えたことがなかったです。菊那さんが選んでくれたものでかまいません。私に似合う花を」
「………樹さんに似合う花なんて、沢山あるので迷いますね」
「………そうだといいのですが………」
樹はその後、ジッと何かを考えながらシャンパンの瓶を見つめていた。
そして、独り言のように言葉を溢した。
「菊那さんや紋芽さん、そして日葵さんと、私の元には沢山の花の人が来てくれた。……ですが、私は花が咲かないのです」
「…………ぇ………」
「………あぁ、すみません。私の名前には花がないという事ですよ。とても羨ましいい名前の方々ばかりに会って、少し嫉妬してしまいました」
そう言って笑うと、樹はグラスに入っていたシャンパンを飲み干して微笑んだ。そしてスタッフを呼び、お酒を注文すると「ここのお酒はおいしいので、菊那さんもぜひ」と、誘った。
それからというもの、ペースは早くないものの、樹に勧められるうちに、3杯ぐらい飲んでしまった。あまりお酒を飲まない菊那は、ほろよい以上になってしまった。
菊那より沢山飲んでいるはずの樹は全く酔った状態ではない。全く変わっていないと言ってよかった。
「菊那さん、少し飲み過ぎてしまいましたか?」
「だ、大丈夫です。少し頭がボーッして、体が熱いだけなので」
「………部屋にミネラルウォーターがありましたので、それを飲みましょう」
レストランから出る頃には、菊那は顔や首が赤くなってしまっていた。
最近お酒を飲む事がほとんどなくかったので、前にもまして弱くなってしまったようだ。菊那は「樹さんはお酒強いですね」と聞くと、「ほとんど酔ったことがないもので……」と、とても強い事が判明したのだ。普段と変わらないのは当たり前ようだ。
菊那が隣を歩く樹を見上げようとした時に、少しだけフラついてしまった。
すると、樹はさりげなく菊那の手を取り、「エレベーターはこちらですよ」と、手を繋いだままゆっくりと引いてくれた。
どうして、この人は期待してしまうような事をするのだろうか。
優しく笑いかけてくれて、悩みを打ち明ければ遠い地まで連れてきてくれて、最高のデートも準備してくれる。こんな事をされて、「もしかして……」と、思わない女性はいないはずだ。
それをわかっていて、こんな事をしているのならば、樹は意地悪だなと思う。
それでも、繋いだ手から伝わる体温を感じられるのが、とても嬉しい。
この時だけは、酔っていてよかったなと思った。そうでなければ、真っ赤になった顔で、自分の気持ちがバレてしまっていただろう。
部屋に戻ると樹は菊那をソファに座らせてから水を準備してくれた。冷たい水を飲むと次第に体の熱が落ち着き、ふんわりとした感覚もなくなってきた。
そんな様子を見て、樹は安心したようだった。
「少し顔色がよくなってきましたね。先にお風呂を使ってください。もう沸いている頃だと思うので」
「そんな訳にはいきません!樹さんが先に使ってください」
「いいんですよ。気にしないでください。レディーファーストです。それと、ベッドは菊那さんが使ってください。私はこのソファで十分なので」
「だめです。それは絶対にダメです!」
「女性をソファに寝せるはずありませんよ。気にせずに使ってください」
やはり、先ほど「勘違いしてしまう」と思ったのは、本当に勘違いなのだろうか。
菊那はてっきり2人でベットを使うと思っていたのだ。もちろん、何かある事を想像したわけではない。(………まぁ、少しはしてしまったけれど………)
樹の熱や吐息を感じながら、ドキドキして眠れないのだろうか。彼の寝顔を見れるのだろうか。少しは特別な存在になれるのではないか。
そんな期待があったのだ。
けれど、それは自分だけのものだったのだ。樹は始めからそのつもりはなかったのだろう。
彼の言葉を聞いて、菊那は心に何か小さいけれど鋭いものが刺さったような気がした。
そこからは、いつもの菊那ではありえない行動だったかもしれない。お酒の力を借りてしまったのだろう。
気づくと、菊那の口は勝手に動いていた。
「………一緒に寝てくれるんじゃないですか?私は樹さんと一緒に寝られると思って、同じ部屋でもいいと言ったんです。………樹さんは、違ったんですか?」
「………菊那さん」
ソファに座る菊那の前に立っていた樹は驚いた顔で菊那を見ていた。菊那は自分の言葉に驚いたものの、もう止める事はできないのだ。ペットボトルを強く握りしめたまま、顔を俯けてしまう。
自分からそんな事を言ってしまうなんて、とても恥ずかしかった。樹が気になる人だから、一緒に居たいと思う人だからそう思うのだと伝えなければ。誰でもそんな事をいう人だと勘違いされてしまうかもしれない。そう思うのに、もう菊那は自分から声が出せないぐらいに、緊張から体が硬直してしまっていた。
けれど、そんなカチカチになった体は意図も簡単に動いてしまう。
樹がゆっくりと動いてこちらに近づいてきたのがわかったが、その後の事は急すぎて何が起こったのかわからなかった。
「………え………」
気づけば、天井を背景にした樹の顔が目の前にあったのだ。そして、その彼の顔は今までみたものとは全く違う。見たこともないものだった。
瞳は鋭く、奥からギラギラとした熱を持った視線。吐息も近く、そして熱い。いつもは温厚で紳士的だが、今の雰囲気は男の男の色気が出ている。そんな彼に見つめられれば、菊那の体もお酒を飲んだ時以上に熱くなってしまう。
菊那は樹にソファに押し倒されており、樹はそのまま樹の体の上に跨がり、そしてゆっくりと頬に触れた。
「………前に言いましたよね。私も男だ、と」
「樹さん………」
「少しは考えませんでしたか?予約をした時に間違えではなく、わざとシングルの部屋ではなくダブルの部屋を予約したのでは……と」
「ぇ…………」
「そうでないと、部屋を1つと2つを間違えるなどなかなかないと思いませんか?」
フッと笑った微笑みは、どこまでも楽しそうで、菊那は背筋がぞくりとした。そのため、樹が話している内容を理解するのに時間がかかってしまった。
部屋を間違えてとったのではなく、意図的にその部屋をとった、と彼は言っているのだ。
「………私は、あなたを気になっています。それも、あなたにお伝えした事です」
その言葉が終わらないうちに、樹の顔はゆっくりと近づき、彼の熱っぽい唇が、菊那な唇へと落とされたのだった。
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