社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

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第六話「新しい窯、広がる夢」

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「ただいま!」
 村に戻ると、リーゼとエミリアが真っ先に駆け寄ってきた。
「おかえり、ケン!」
「ケンさん、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま。みんな、良い知らせだよ」
 俺は、革袋を掲げた。
「契約が取れた。蒼銀商会と、正式に取引が決まったんだ」
「本当!?」
 リーゼの顔が、パッと明るくなる。
「やった、やった! ケン、すごい!」
「これで、村は救われます……!」
 エミリアも、嬉しそうに目を潤ませている。
「まだ始まったばかりだ。これから本番だよ」
「でも、第一歩だよね! ね、父さんに報告しに行こう!」
 リーゼに手を引かれ、村長の家へ。

「……本当か、ケン君」
 ハインリヒ村長は、信じられないという顔をしていた。
「月に金貨四枚の収入が、この村に……?」
「はい。ただし、週五百個のパンを納品する必要があります」
「五百個……」
 ハインリヒは、顎に手を当てて考え込んだ。
「今の共同炉だけでは、無理だな」
「ええ。だから、新しい石窯を建てたいんです。それと、作業場も」
「資金は?」
「アレクさんが前借りしてくれました。これを使って、設備を整えます」
 革袋を差し出す。
 ハインリヒは、中を確認して――深く息を吐いた。
「君は、本当に奇跡を起こすんだな」
「奇跡じゃありません。ただ、やるべきことをやっただけです」
「……リーゼ」
 ハインリヒは、娘を見た。
「お前の婚約は、白紙だ」
「父さん……!」
「ケン君が、約束を果たしてくれた。だから、もう心配するな」
 リーゼの目から、涙があふれる。
「ありがとう、父さん……ケン……」
「泣くなよ、リーゼ。まだ喜ぶのは早い」
 グスタフが、腕を組んだ。
「問題は、隣村の地主だ。あいつ、すんなり引き下がるタイプじゃねえぞ」
「引き下がってもらうしかありません。リーゼの人生は、リーゼのものです」
「その通りだ」
 ハインリヒが頷く。
「では、早速準備に取り掛かろう。村人たちを集めてくれ」

 その日の夕方。
 村の中央広場に、村人全員が集まった。
「みんな、聞いてくれ!」
 ハインリヒが、壇上で声を張り上げる。
「ケン君が、素晴らしい契約を取ってきてくれた。蒼銀商会と、正式な取引が決まったんだ!」
 どよめきが広がる。
「本当か!?」
「蒼銀商会って、あの大商会の?」
「ああ。これで、村に定期的な収入が入る。みんなの生活も、少しずつ良くなるはずだ」
 村人たちの顔が、明るくなっていく。
「ただし、条件がある。週五百個のパンを作らなければならない」
「五百個……」
「一人じゃ無理だ」
「そこで、みんなに協力してもらいたい」
 ハインリヒは、俺に目配せした。
 俺は前に出て、深く頭を下げる。
「お願いします。パン作りを、手伝ってください」
 沈黙。
 しばらくして、一人の老人が口を開いた。
「わしらで、役に立つのか?」
「もちろんです。小麦を挽く人、生地をこねる人、窯に火を入れる人。みんなの力が必要なんです」
「でも、わしら、パンなんて作ったことないぞ」
「大丈夫。教えます。一から、丁寧に」
 すると、若い男が手を挙げた。
「俺、やる! 村のために、何かしたかったんだ!」
「俺もやる!」
「私も手伝うわ!」
 次々と手が挙がる。
 その光景に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます……! みんなで、最高のパンを作りましょう!」
 村人たちの顔に、希望が戻ってきた。
 それは、長い冬の後に訪れる、春の兆しのようだった。

 翌日から、村は大忙しだった。
 新しい石窯の建設が始まった。
 村の男たちが総出で、石を運び、積み上げていく。
「もっと左だ!」
「いや、右だろ!」
「お前ら、ちゃんと図面見ろ!」
 グスタフが現場監督を務めている。元騎士だけあって、指揮が的確だ。
「ケンさん、これでいいですか?」
 エミリアが、小麦粉の袋を運んでくる。
「ありがとう、エミリア。そこに置いといて」
「はい!」
 彼女は、本当によく働く。十歳とは思えない頑張りだ。
「ケン、生地のこね方、これで合ってる?」
 リーゼが、ボウルを抱えて聞いてくる。
「うん、完璧。その調子」
「やった! もっと上手くなりたいな」
「十分上手だよ。リーゼは才能ある」
「本当? えへへ」
 リーゼの笑顔が、眩しい。
 こうして、村全体が一つの目標に向かって動き始めた。

 一週間後。
 新しいパン工房が完成した。
 石窯が三基。作業台が五つ。材料を保管する倉庫。
 小さいながらも、本格的な工房だ。
「すげえ……」
 村人たちが、完成した工房を見て感嘆の声を上げる。
「これなら、五百個なんて余裕だな」
「よし、早速試運転だ!」
 初めての大量生産。
 村人十人が、それぞれの持ち場につく。
「小麦を挽く組!」
「生地をこねる組!」
「発酵管理組!」
「窯で焼く組!」
 まるで工場のようだ。
 だが、効率だけじゃない。
 みんな、楽しそうに働いている。
「こうか?」
「そうそう、いい感じ!」
「この香り、たまらんな!」
「早く食いたい!」
 笑い声が、工房に響く。
 そして――
「できた!」
 最初の百個が、焼き上がった。
 黄金色で、ふっくらとしたパン。
 完璧だ。
「みんな、試食しよう!」
 全員でパンを頬張る。
「うめえ!」
「自分で作ったパンは、格別だな!」
「これなら、自信を持って出せる!」
 村人たちの表情が、誇らしげだ。
 ああ、これだ。
 これが、俺がやりたかったこと。
 みんなで何かを作り上げる。
 その喜びを、分かち合う――
「ケン」
 グスタフが、肩を叩いてきた。
「お前、いい顔してるな」
「そうですか?」
「ああ。幸せそうだ」
「幸せですよ。こんなに充実した日々、初めてです」
 前世では味わえなかった感覚。
 働くことが、こんなにも楽しいなんて。
「さあ、明日からが本番だ。頑張ろうぜ、みんな!」
「おー!」
 村人たちの声が、空に響いた。

 その夜。
 村は祝祭ムードだった。
 広場で焚き火を囲み、焼きたてのパンと薄いスープを囲む。
「乾杯!」
「乾杯!」
 木のカップを掲げ合う。
 中身は水だが、気分は最高だ。
「ケン君、ありがとう」
 老婆が、俺の手を握ってきた。
「あんたのおかげで、この村に希望が戻ったよ」
「いえ、みんなのおかげです」
「謙虚だねえ。いい子だ」
 老婆は、優しく微笑んだ。
 その時――
 焚き火の向こうから、馬の蹄の音が聞こえた。
「……?」
 村人たちが、一斉に振り返る。
 暗闇の中から、豪華な馬車が現れた。
 黒塗りの車体に、金の装飾。
 明らかに、貴族か富裕層のものだ。
「誰だ……?」
 ハインリヒが、警戒した表情で立ち上がる。
 馬車が止まり、扉が開く。
 降りてきたのは――
 三十代くらいの、肥満体の男。
 高価な服を着ているが、下品な雰囲気。その顔には、傲慢さが滲み出ている。
「やあ、ハインリヒ。久しぶりだな」
「……バルトロメオ」
 ハインリヒの声が、低く沈む。
 バルトロメオ。
 隣村の地主――そして、リーゼの婚約者候補だった男。
「おや、随分と賑やかじゃないか。何かいいことでもあったのかな?」
「お前には関係ない。用があるなら、明日改めて来い」
「いやいや、そう冷たくするなよ」
 バルトロメオは、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「噂を聞いたんだ。この村が、大商会と契約したって?」
「……誰から聞いた」
「商人は情報が命だからね。で、本当なのかい?」
「ああ、本当だ」
「ほう。それは素晴らしい」
 バルトロメオの目が、ギラリと光る。
「ならば、話は早い。婚約を正式にしよう。リーゼを、私の妻に」
「断る」
 ハインリヒが、きっぱりと言った。
「もう約束は果たした。お前との話は、終わりだ」
「……は?」
 バルトロメオの表情が、変わる。
「何を言ってるんだ、ハインリヒ。約束しただろう? 村が苦しい時、私が助ける。その代わり、リーゼを嫁に出すと」
「それは、村に収入がない場合の話だ。今は違う」
「ふざけるな!」
 バルトロメオが、怒鳴った。
「私は、もう準備を進めている! 結婚式の日取りも決めた! 今さら反故にするつもりか!」
「約束は果たした。だが、娘を売る義理はない」
「売る? 失礼な! 私は、ちゃんと愛してやるつもりだったんだぞ!」
「愛? 笑わせるな」
 グスタフが、バルトロメオの前に立ちはだかった。
「お前、この一ヶ月、一度もリーゼに会いに来なかっただろ。それで愛だと?」
「黙れ、元騎士崩れが! お前に何がわかる!」
「わかるさ。お前が欲しいのは、リーゼじゃない。この村の利権だろ?」
「……!」
 バルトロメオの顔が、真っ赤になる。
「いいだろう。ならば、力ずくだ」
 馬車の後ろから、屈強な男たちが降りてくる。
 傭兵だ。
「この村を、私の所有地にする。法的手段を使ってな。そうなれば、お前たちは全員、私の小作人だ」
「それは……!」
「さあ、どうする? おとなしく従うか? それとも、村を失うか?」
 バルトロメオの目が、邪悪に光る。
 村人たちが、息を呑む。
 その時――
「待ってください」
 俺は、前に出た。
「あなたは、バルトロメオさんですね」
「……誰だ、お前は」
「ケン・サトウです。この村で、パン屋をやっています」
「パン屋? ああ、噂の。お前が、蒼銀商会と契約したのか」
「はい」
「ふん、若造が調子に乗って」
 バルトロメオが、鼻で笑う。
「いいか、坊や。この世界は、金と力が全てだ。お前のような甘ちゃんが、生き残れる場所じゃない」
「そうかもしれません」
 俺は、真っ直ぐ彼を見た。
「でも、一つだけ言わせてください」
「何だ?」
「リーゼは、あなたの所有物じゃない。一人の人間です。彼女の意思を無視して、自分のものにしようとするのは、間違ってる」
「はっ、綺麗事を」
「綺麗事じゃありません。当たり前のことです」
 俺は、一歩踏み出した。
「もし、あなたが本当にリーゼを愛しているなら、彼女の幸せを願うはずです。力ずくで奪うなんて、愛じゃない」
「……生意気な」
 バルトロメオの目が、冷たくなる。
「いいだろう。お前も、一緒に潰してやる」
 その瞬間――
「それ以上は、許さない」
 リーゼが、俺の隣に立った。
「バルトロメオさん。あたしは、あなたと結婚しません。どんな脅しをされても」
「リーゼ……!」
「あたしには、やりたいことがあります。ケンと一緒に、パンを作りたい。みんなを笑顔にしたい」
 リーゼの声は、震えていた。
 でも、その目は、真っ直ぐだった。
「だから……ごめんなさい」
 深く頭を下げる。
 バルトロメオは、しばらく黙っていた。
 やがて――
「……後悔するなよ」
 低い声で呟き、馬車に戻る。
「行くぞ」
 馬車は、轟音を立てて走り去っていった。

 静寂。
 やがて、村人たちが安堵の息を吐く。
「やった……追い返した……」
「リーゼお嬢、よく言った!」
「でも、これで終わりじゃないぞ」
 グスタフが、険しい顔で言った。
「あいつ、絶対に何か仕掛けてくる」
「……わかってる」
 ハインリヒも、表情を曇らせる。
「だが、後悔はしていない。娘の幸せが、一番大事だ」
「父さん……」
 リーゼが、父に抱きつく。
「ありがとう」
「礼を言うのは、私の方だ」
 ハインリヒは、娘の頭を撫でた。
「お前が、自分の意思を貫いてくれて、嬉しい」
 その光景を見ながら、俺は決意を新たにした。
 バルトロメオは、必ず妨害してくる。
 でも、負けない。
 この村を、仲間たちを、守ってみせる――
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