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第8章「秘密の書庫」
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三日が過ぎた。
マリーが町から戻ってきたのは、昼過ぎだった。
「お嬢様、錬金術師から」
マリーは封筒を差し出した。
セリーヌは部屋の扉を閉め、封を切った。
中には、羊皮紙が一枚。几帳面な字で、分析結果が記されている。
セリーヌは息を呑んだ。
「鉱物粉末の成分分析結果。主成分は鉄、カルシウム、マグネシウム。いずれも一般的な鉱物由来。しかし、微量の毒性物質を検出。ヒ素系化合物と思われる。量は極めて少量だが、長期摂取により健康被害を引き起こす可能性がある」
毒だ。
本当に、毒が入っていた。
セリーヌの手が震えた。
父が毎日飲んでいる薬に、毒が混入されている。
ゆっくりと、確実に、父の命を蝕んでいく。
「お嬢様?」
マリーが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。ありがとう、マリー」
セリーヌは報告書を引き出しにしまった。
証拠だ。
だが、まだ足りない。
この報告書だけでは、誰が毒を混入したか証明できない。
マルセル商会か。東国商人リーか。それとも、バルドか。
供給経路を特定する必要がある。
そして、ロベルトとの繋がりを証明する必要がある。
セリーヌは立ち上がった。
「マリー、今夜、私は外出します」
「外出、ですか」
「王宮の中です。ただ、誰にも見られてはいけない場所に行きます」
マリーは不安そうな顔をした。
「危険では」
「大丈夫。レオンに護衛を頼みます」
「わかりました」
夜が来た。
セリーヌは黒いマントを羽織り、部屋を出た。
廊下は静かだ。松明の明かりだけが揺れている。
約束の場所で、レオンが待っていた。
「殿下」
「ありがとう、来てくれて」
「どちらへ」
「地下です」
レオンは眉をひそめた。
「地下、ですか」
「秘密の書庫があります。そこに、過去の記録が保管されている」
「何の記録です」
「裁判記録です」
セリーヌは歩き出した。
「王家に関わる、公にされていない裁判の記録」
二人は階段を降りた。
地下へ続く石の階段。冷たく、湿っている。
松明を持って進む。
やがて、鉄の扉にたどり着いた。
「ここです」
「鍵は」
セリーヌは懐から鍵を取り出した。
「母が遺してくれました」
実際には、前の時間軸でセリーヌがこの場所を知ったのは、処刑の直前だった。
弁護士が教えてくれた。だが、その時にはもう遅かった。
今は違う。
鍵を差し込み、回す。
重い音を立てて、扉が開いた。
中は小さな部屋だった。
棚が一つ。古い巻物と帳簿が並んでいる。
埃の匂い。長い間、誰も入っていない。
「何を探すのです」
「ロベルト伯父の記録です」
セリーヌは棚を調べ始めた。
日付順に並んでいる。
二十年前、十五年前、十年前。
その中に、一つの巻物があった。
「王弟ロベルトによる王位簒奪未遂事件。秘密裁判記録」
セリーヌは巻物を広げた。
レオンが松明を近づける。
羊皮紙に記された文字。
「先王陛下の治世、第十八年。王弟ロベルトが密かに軍の一部と結託し、クーデターを企図した疑いが浮上。調査の結果、複数の証人と証拠書類が発見されたが、王弟は全てを否定。先王陛下は、王家の名誉を守るため、公開裁判を行わず、秘密裁判により処理することを決定。評議会の承認のもと、王弟に対し以下の処分を下す。一、王位継承権の放棄。二、十年間の謹慎。三、いかなる軍事行動への関与の禁止」
セリーヌは息を呑んだ。
ロベルトは、過去にもクーデターを企てていた。
父の代ではない。祖父の代に。
そして、それは秘密裏に処理された。
「これは」
レオンが驚いた声を上げた。
「本当なのですか」
「記録があります。嘘ではありません」
セリーヌは読み進めた。
「ただし、先王陛下は王弟を完全には罰しなかった。血を流すことを避け、謹慎という形で決着をつけた。これは慈悲であり、同時に判断の誤りであった可能性がある」
記録の最後に、一文が添えられていた。
「もし将来、ロベルトが再び野心を抱いた時、この記録を証拠として用いることができる」
セリーヌは巻物を閉じた。
「父は知っていたのでしょうか」
「おそらく」
レオンが答えた。
「だからこそ、ロベルト殿下を完全には信用していなかったのでは」
セリーヌは頷いた。
父は知っていた。だが、何もしなかった。
兄弟を信じようとしたのか。それとも、証拠が不十分だったのか。
どちらにしても、それが間違いだった。
ロベルトは変わっていなかった。
野心は消えていなかった。
ただ、隠していただけだ。
「この記録を持ち出します」
「よろしいのですか」
「証拠です。必要な時に使います」
セリーヌは巻物を懐にしまった。
他にも調べたい記録があった。
バルドの任命記録。マルセル商会との契約記録。東国との通商記録。
一つ一つ確認していく。
時間が過ぎていく。
やがて、レオンが言った。
「殿下、もうすぐ夜明けです」
窓のない部屋だが、レオンの感覚は正確だった。
「わかりました。戻りましょう」
セリーヌは必要な記録を数点持ち、部屋を出た。
扉に鍵をかけ、階段を登る。
廊下に出た時、遠くで足音が聞こえた。
「誰か来ます」
レオンが囁いた。
二人は物陰に隠れた。
足音が近づく。
松明の光。
現れたのは、バルドだった。
宰相が、深夜に地下へ向かっている。
セリーヌとレオンは息を殺した。
バルドは気づかず、階段を降りていった。
彼も、秘密書庫に向かっているのか。
それとも、別の場所か。
セリーヌは記録を抱きしめた。
間に合った。
もし今夜来なければ、バルドに記録を消されていたかもしれない。
二人は急いで上階へ戻った。
セリーヌの部屋に入り、扉を閉める。
「ありがとう、レオン」
「いえ、当然のことです」
レオンは真剣な顔をした。
「殿下、あの記録が本当なら」
「ロベルト伯父は、昔から危険人物だったということです」
「なぜ父王陛下は、彼を宮廷に置いているのですか」
「兄弟だからです」
セリーヌは疲れた顔をした。
「父は優しい人です。だからこそ、裏切られる」
レオンは何も言わなかった。
セリーヌは窓の外を見た。
空が白み始めている。
新しい一日が始まる。
証拠は揃い始めた。
毒の分析結果。ロベルトの過去の陰謀。密会の目撃記録。
だが、まだ足りない。
これらを繋ぐ決定的な証拠が必要だ。
ロベルトが毒を命じたという証拠。
バルドが実行したという証拠。
それを掴むまで、セリーヌは止まらない。
「レオン、これから忙しくなります」
「覚悟しています」
「信じてくれて、ありがとう」
レオンは微笑んだ。
「私は殿下を信じています。それだけです」
その言葉が、セリーヌの心を温めた。
一人ではない。
味方がいる。
それだけで、戦える。
マリーが町から戻ってきたのは、昼過ぎだった。
「お嬢様、錬金術師から」
マリーは封筒を差し出した。
セリーヌは部屋の扉を閉め、封を切った。
中には、羊皮紙が一枚。几帳面な字で、分析結果が記されている。
セリーヌは息を呑んだ。
「鉱物粉末の成分分析結果。主成分は鉄、カルシウム、マグネシウム。いずれも一般的な鉱物由来。しかし、微量の毒性物質を検出。ヒ素系化合物と思われる。量は極めて少量だが、長期摂取により健康被害を引き起こす可能性がある」
毒だ。
本当に、毒が入っていた。
セリーヌの手が震えた。
父が毎日飲んでいる薬に、毒が混入されている。
ゆっくりと、確実に、父の命を蝕んでいく。
「お嬢様?」
マリーが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。ありがとう、マリー」
セリーヌは報告書を引き出しにしまった。
証拠だ。
だが、まだ足りない。
この報告書だけでは、誰が毒を混入したか証明できない。
マルセル商会か。東国商人リーか。それとも、バルドか。
供給経路を特定する必要がある。
そして、ロベルトとの繋がりを証明する必要がある。
セリーヌは立ち上がった。
「マリー、今夜、私は外出します」
「外出、ですか」
「王宮の中です。ただ、誰にも見られてはいけない場所に行きます」
マリーは不安そうな顔をした。
「危険では」
「大丈夫。レオンに護衛を頼みます」
「わかりました」
夜が来た。
セリーヌは黒いマントを羽織り、部屋を出た。
廊下は静かだ。松明の明かりだけが揺れている。
約束の場所で、レオンが待っていた。
「殿下」
「ありがとう、来てくれて」
「どちらへ」
「地下です」
レオンは眉をひそめた。
「地下、ですか」
「秘密の書庫があります。そこに、過去の記録が保管されている」
「何の記録です」
「裁判記録です」
セリーヌは歩き出した。
「王家に関わる、公にされていない裁判の記録」
二人は階段を降りた。
地下へ続く石の階段。冷たく、湿っている。
松明を持って進む。
やがて、鉄の扉にたどり着いた。
「ここです」
「鍵は」
セリーヌは懐から鍵を取り出した。
「母が遺してくれました」
実際には、前の時間軸でセリーヌがこの場所を知ったのは、処刑の直前だった。
弁護士が教えてくれた。だが、その時にはもう遅かった。
今は違う。
鍵を差し込み、回す。
重い音を立てて、扉が開いた。
中は小さな部屋だった。
棚が一つ。古い巻物と帳簿が並んでいる。
埃の匂い。長い間、誰も入っていない。
「何を探すのです」
「ロベルト伯父の記録です」
セリーヌは棚を調べ始めた。
日付順に並んでいる。
二十年前、十五年前、十年前。
その中に、一つの巻物があった。
「王弟ロベルトによる王位簒奪未遂事件。秘密裁判記録」
セリーヌは巻物を広げた。
レオンが松明を近づける。
羊皮紙に記された文字。
「先王陛下の治世、第十八年。王弟ロベルトが密かに軍の一部と結託し、クーデターを企図した疑いが浮上。調査の結果、複数の証人と証拠書類が発見されたが、王弟は全てを否定。先王陛下は、王家の名誉を守るため、公開裁判を行わず、秘密裁判により処理することを決定。評議会の承認のもと、王弟に対し以下の処分を下す。一、王位継承権の放棄。二、十年間の謹慎。三、いかなる軍事行動への関与の禁止」
セリーヌは息を呑んだ。
ロベルトは、過去にもクーデターを企てていた。
父の代ではない。祖父の代に。
そして、それは秘密裏に処理された。
「これは」
レオンが驚いた声を上げた。
「本当なのですか」
「記録があります。嘘ではありません」
セリーヌは読み進めた。
「ただし、先王陛下は王弟を完全には罰しなかった。血を流すことを避け、謹慎という形で決着をつけた。これは慈悲であり、同時に判断の誤りであった可能性がある」
記録の最後に、一文が添えられていた。
「もし将来、ロベルトが再び野心を抱いた時、この記録を証拠として用いることができる」
セリーヌは巻物を閉じた。
「父は知っていたのでしょうか」
「おそらく」
レオンが答えた。
「だからこそ、ロベルト殿下を完全には信用していなかったのでは」
セリーヌは頷いた。
父は知っていた。だが、何もしなかった。
兄弟を信じようとしたのか。それとも、証拠が不十分だったのか。
どちらにしても、それが間違いだった。
ロベルトは変わっていなかった。
野心は消えていなかった。
ただ、隠していただけだ。
「この記録を持ち出します」
「よろしいのですか」
「証拠です。必要な時に使います」
セリーヌは巻物を懐にしまった。
他にも調べたい記録があった。
バルドの任命記録。マルセル商会との契約記録。東国との通商記録。
一つ一つ確認していく。
時間が過ぎていく。
やがて、レオンが言った。
「殿下、もうすぐ夜明けです」
窓のない部屋だが、レオンの感覚は正確だった。
「わかりました。戻りましょう」
セリーヌは必要な記録を数点持ち、部屋を出た。
扉に鍵をかけ、階段を登る。
廊下に出た時、遠くで足音が聞こえた。
「誰か来ます」
レオンが囁いた。
二人は物陰に隠れた。
足音が近づく。
松明の光。
現れたのは、バルドだった。
宰相が、深夜に地下へ向かっている。
セリーヌとレオンは息を殺した。
バルドは気づかず、階段を降りていった。
彼も、秘密書庫に向かっているのか。
それとも、別の場所か。
セリーヌは記録を抱きしめた。
間に合った。
もし今夜来なければ、バルドに記録を消されていたかもしれない。
二人は急いで上階へ戻った。
セリーヌの部屋に入り、扉を閉める。
「ありがとう、レオン」
「いえ、当然のことです」
レオンは真剣な顔をした。
「殿下、あの記録が本当なら」
「ロベルト伯父は、昔から危険人物だったということです」
「なぜ父王陛下は、彼を宮廷に置いているのですか」
「兄弟だからです」
セリーヌは疲れた顔をした。
「父は優しい人です。だからこそ、裏切られる」
レオンは何も言わなかった。
セリーヌは窓の外を見た。
空が白み始めている。
新しい一日が始まる。
証拠は揃い始めた。
毒の分析結果。ロベルトの過去の陰謀。密会の目撃記録。
だが、まだ足りない。
これらを繋ぐ決定的な証拠が必要だ。
ロベルトが毒を命じたという証拠。
バルドが実行したという証拠。
それを掴むまで、セリーヌは止まらない。
「レオン、これから忙しくなります」
「覚悟しています」
「信じてくれて、ありがとう」
レオンは微笑んだ。
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