2 / 67
2.娘の疑問
しおりを挟む
この国で最も有名な本を娘に読んで聞かせると、娘は心底不思議そうな顔で訊ねてきました。
「……お母様、それが王太子殿下と側妃様の物語?」
「ええ、そうよ」
「どうしてお話の中の側妃様は『お妃様』と表現されているのですか?これではまるで『王太子妃殿下』だと勘違いされてしまいます。側妃様は飽く迄も一妃に過ぎません。決して『正妃』ではありませんのに……。何故、王家はこのような嘘を訂正しないのですか?」
娘の疑問に私は苦笑しました。
今年、五歳になる娘ですら疑問を持つ物語の内容に疑問を持たない民は多いからです。いいえ、国民だけではありません。下位貴族の大半がコレを真実だと信じているのですから。かと言って幼い娘に虚偽を教える訳にもいきませんし……こればかりは仕方ありませんね。
「エレノア、『側妃』もまた『妃』よ。物語は『お妃様』と表現されているだけで『正妃』か『側妃』かは関係ないわ。この物語を読んだ者達がどう判断するかは別にしてね。それに、王太子殿下は現時点で『妃』と呼ばれる女性は一人しかいないわ。だから間違いではないわね」
私の説明に娘は納得した表情で更に質問をしてきました。
「つまり、王太子殿下に『妃』と呼べる方が他にいれば物語の修正がなされるのですね」
「……通常はそうなるでしょうね。さぁ、もう、おやすみなさい」
私は本を閉じると、娘に眠る事を促したのです。
「は~い。おやすみなさい。お母様」
「おやすみなさい。エレノア」
パタン。
ゆっくりと娘の寝室のドアを閉めると、そこには夫が立っていました。
「エレノアは眠ったかい?」
「今、寝ようとしているところだわ」
夫は私の持っている本に気が付くと一瞬眉を顰める瞬間を見ました。彼はこの物語を嫌悪していますからそれも仕方ありません。
「あの子にその話を聞かせたのかい?」
「ええ、この国で一番有名な物語ですもの。知らないと色々と困るでしょう?」
「……あんなものが人気とは世も末だ」
「御伽噺に文句を言わないでくださいな」
王太子と側妃のアレなストーリーが描かれた御伽噺は王国内で大人気で、劇や人形芝居の演目の一つになっている程です。
しかも吟遊詩人が鼻唄にして流す事が一番多いのも、この御伽噺でした。現実と物語にどれほどの違いがあるかを国民の大半が疑問視しないのです。それが現実であると錯覚する程の人気ぶりだといえば、私の娘が疑問に思うのも無理はありません。淑女教育が始まったばかりの娘が物語の不自然さに違和感を覚えているというのに……。国民や一部の貴族達が「おかしい」と判断できるのは何時になるのでしょう?
現実は御伽噺のように美しくはありませんのに。
「何時まで王太子でいられるか見ものだな」
「お口の悪いこと」
「本当の事だろう?」
否定は致しません。
ですが、夫は一つ忘れていますわ。
「何時までも王太子のままかもしれませんわよ?」
「ん?」
「国王陛下が御健在のうちは王太子の座に居続けるでしょうね。その後は知りませんが……」
「陛下も甘い」
「一人息子ですからね。仕方ありませんわ。それに、殿下が王位を継がない事は既に決められていますもの。後継者をゆっくり吟味するのも必要ですわ。王太子殿下のようになっては困りますからね」
「自業自得だ」
吐き捨てるように言う夫に、私は微笑む事で同意を表しました。中継ぎの王にすらなれない可哀想な殿下。本人が未だにそれを知らない事は良い事なのか、それとも悪い事なのか……。知ればきっと騒ぎ立てるでしょうね。
あら?
もしかすると、それを見越して誰も当人たちに知らせないのかしら?
私の旧姓は、アリエノール・ラヌルフ。
ラヌルフ公爵令嬢であった私は、御伽噺に出てくる『王太子の元婚約者』。
夫と結婚して、アリエノール・ラヌルフ・ギレム公爵夫人になっているものの、嘗ての婚約者に思うところがないと言えば嘘になりますわ。
「……お母様、それが王太子殿下と側妃様の物語?」
「ええ、そうよ」
「どうしてお話の中の側妃様は『お妃様』と表現されているのですか?これではまるで『王太子妃殿下』だと勘違いされてしまいます。側妃様は飽く迄も一妃に過ぎません。決して『正妃』ではありませんのに……。何故、王家はこのような嘘を訂正しないのですか?」
娘の疑問に私は苦笑しました。
今年、五歳になる娘ですら疑問を持つ物語の内容に疑問を持たない民は多いからです。いいえ、国民だけではありません。下位貴族の大半がコレを真実だと信じているのですから。かと言って幼い娘に虚偽を教える訳にもいきませんし……こればかりは仕方ありませんね。
「エレノア、『側妃』もまた『妃』よ。物語は『お妃様』と表現されているだけで『正妃』か『側妃』かは関係ないわ。この物語を読んだ者達がどう判断するかは別にしてね。それに、王太子殿下は現時点で『妃』と呼ばれる女性は一人しかいないわ。だから間違いではないわね」
私の説明に娘は納得した表情で更に質問をしてきました。
「つまり、王太子殿下に『妃』と呼べる方が他にいれば物語の修正がなされるのですね」
「……通常はそうなるでしょうね。さぁ、もう、おやすみなさい」
私は本を閉じると、娘に眠る事を促したのです。
「は~い。おやすみなさい。お母様」
「おやすみなさい。エレノア」
パタン。
ゆっくりと娘の寝室のドアを閉めると、そこには夫が立っていました。
「エレノアは眠ったかい?」
「今、寝ようとしているところだわ」
夫は私の持っている本に気が付くと一瞬眉を顰める瞬間を見ました。彼はこの物語を嫌悪していますからそれも仕方ありません。
「あの子にその話を聞かせたのかい?」
「ええ、この国で一番有名な物語ですもの。知らないと色々と困るでしょう?」
「……あんなものが人気とは世も末だ」
「御伽噺に文句を言わないでくださいな」
王太子と側妃のアレなストーリーが描かれた御伽噺は王国内で大人気で、劇や人形芝居の演目の一つになっている程です。
しかも吟遊詩人が鼻唄にして流す事が一番多いのも、この御伽噺でした。現実と物語にどれほどの違いがあるかを国民の大半が疑問視しないのです。それが現実であると錯覚する程の人気ぶりだといえば、私の娘が疑問に思うのも無理はありません。淑女教育が始まったばかりの娘が物語の不自然さに違和感を覚えているというのに……。国民や一部の貴族達が「おかしい」と判断できるのは何時になるのでしょう?
現実は御伽噺のように美しくはありませんのに。
「何時まで王太子でいられるか見ものだな」
「お口の悪いこと」
「本当の事だろう?」
否定は致しません。
ですが、夫は一つ忘れていますわ。
「何時までも王太子のままかもしれませんわよ?」
「ん?」
「国王陛下が御健在のうちは王太子の座に居続けるでしょうね。その後は知りませんが……」
「陛下も甘い」
「一人息子ですからね。仕方ありませんわ。それに、殿下が王位を継がない事は既に決められていますもの。後継者をゆっくり吟味するのも必要ですわ。王太子殿下のようになっては困りますからね」
「自業自得だ」
吐き捨てるように言う夫に、私は微笑む事で同意を表しました。中継ぎの王にすらなれない可哀想な殿下。本人が未だにそれを知らない事は良い事なのか、それとも悪い事なのか……。知ればきっと騒ぎ立てるでしょうね。
あら?
もしかすると、それを見越して誰も当人たちに知らせないのかしら?
私の旧姓は、アリエノール・ラヌルフ。
ラヌルフ公爵令嬢であった私は、御伽噺に出てくる『王太子の元婚約者』。
夫と結婚して、アリエノール・ラヌルフ・ギレム公爵夫人になっているものの、嘗ての婚約者に思うところがないと言えば嘘になりますわ。
587
あなたにおすすめの小説
あなたが捨てた花冠と后の愛
小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。
順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。
そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。
リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。
そのためにリリィが取った行動とは何なのか。
リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。
2人の未来はいかに···
【完結】偽者扱いされた令嬢は、元婚約者たちがどうなろうと知ったことではない
風見ゆうみ
恋愛
クックルー伯爵家の長女ファリミナは、家族とはうまくいっていないものの、婚約者であり、若き侯爵のメイフとはうまくいっていると思っていた。
メイフとの結婚が近づいてきたある日、彼がファリミナの前に一人の女性を連れてきた。メイフに寄り添う可憐な女性は、こう名乗った。
「わたくし、クックルー伯爵家の長女、ファリミナと申します」
この女性は平民だが、メイフの命の恩人だった。メイフは自分との結婚を望む彼女のためにファリミナの身分を与えるという暴挙に出たのだ。
家族や友人たちは買収されており、本当のファリミナを偽者だと訴える。
メイフが用意したボロ家に追いやられたファリミナだったが、メイフの世話にはならず、平民のファリとして新しい生活を送ることに決める。
ファリとして新しい生活の基盤を整えた頃、元家族はファリミナがいたことにより、自分たちの生活が楽だったことを知る。そして、メイフは自分が馬鹿だったと後悔し始め、自分を愛しているはずのファリミナに会いに行くのだが――。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる