初恋の人

凛子

文字の大きさ
3 / 8

三話

しおりを挟む
 悪いことは続くものなのだろうか。
 その年の暮れに、春樹が事故でこの世を去った。
 その夜、康史が高岡家を弔問に訪れた。憔悴していた美智子は気丈に振る舞い、「遠いところからよく来てくれたわね」と康史を迎え入れた。

 遺体の枕元に座った美智子が白布をとると、「春樹さん……」と康史は遺体にすがって嗚咽した。美智子は康史のそばに寄り「ありがとうね」と背中を擦った。
 その様子を、結愛は黙って後ろで見ていた。

「お茶淹れるわね」

 美智子は康史の背中をぽんと叩くと、キッチンへと姿を消した。
 康史が徐に立ち上がり、振り返った。

「結愛――」

 顔を上げると、覆い被さるように抱き締められ、結愛は康史の腕の中で啜り泣いた。


 通夜と葬儀は滞りなく執り行われた。

「俺、大阪に戻らないといけないのでこれで失礼します」

 葬儀が終わると、康史は美智子に声を掛けた。

「康ちゃん、本当にありがとうね。体に気を付けて仕事頑張ってね」

「俺に何か出来ることがあれば、いつでも連絡してください」

 そう言って、康史が胸ポケットから取り出したメモを美智子に手渡す様子を眺めていた。
 康史と目が合い、近付いてきたと思えば、腕の中に包み込まれていた。

「一番辛い時にそばにいてやれなくてごめんな」

 康史はそう言って、葬儀場を後にした。

 帰らないでほしい、本当はそう言いたかったが、康史の泣き腫らした目を見た結愛は言葉を呑み込んだ。

 その夜、康史からメールが届いた。

『何かあったら、いつでも連絡しておいで』

 再び結愛の頬を涙が伝った。

 数日間、結愛は美智子と色々な話をし、そして二人で涙を流した。泣いても泣いても泣ききれず、止めどなく涙が溢れ出た。


 一月程経ったある日の夜、ベッドに入った結愛は康史に電話をかけた。
 一度のコールで繋がった。

「どうした? 何かあった?」

 結愛は口籠った。
 ただ康史の声が聞きたかっただけだった。

「明日、そっちに行くよ」

「え?」

 結愛はまだ何も話していない。

「明日行くから、今日はもう寝ろ」

 電話をかけたのは結愛だが、一方的に康史にそう言われ電話を切った。
 だがその夜、結愛は久しぶりに安心して眠れた。


 翌日昼前にインターホンが鳴り、結愛がドアを開けると康史が立っていた。

「――あら、康ちゃん!?」

 結愛の後ろを着いてきていた美智子が驚いている。

「こんにちは。突然すみません」

「康ちゃんが来ることわかってたら、お昼用意しといたのに……」

 美智子が申し訳なさそうに言った。

「いえ、あの……結愛、お借りしてもいいですか? ちょっと出かけてきます」

「ええ、どうぞ。気分転換になると思うわ。ありがとうね」

 康史は手土産を美智子に渡すと、「行こうか」と笑顔を見せた。

「康ちゃんごめんね。せっかくの休みなのに」

「せっかくの休みだから来たんだよ。結愛、ちゃんと食べてるかい?」

「うん。食べてるよ」

「学校は?」

「ちゃんと行ってるよ」

「美智子さんはどう?」

「ママは……」

 結愛は少し言い淀んでから続けた。

「少し落ち着いたかな。ママ、本当に毎日泣いてばっかりだったの。私まで泣いちゃうと、ママがもっと悲しんじゃうと思うから、なるべくママの前では泣かないようにしてるよ。早く立ち直らないとね」

 結愛は小さく笑い、気丈に振る舞った。

「結愛? 悲しい時は泣けばいいんだよ。我慢してたら、結愛の悲しみはなくなるのかい?」

 結愛は言葉を詰まらせた。

「美智子さんは結愛の母親なんだから、気を遣うことなんてないんだよ。二人で思いっきり泣けばいい。悲しみの感情を表に出すことで、少しずつ心が軽くなっていくんだと思うよ。悲しみが癒えるには時間がかかって当然なんだから。泣きたいだけ泣いてゆっくり受け入れていけばいいんだよ」

 堰を切ったように、結愛の目から次々と涙が溢れ、それを見つめる康史の目からも、涙がこぼれ落ちた。


 そうして結愛は徐々に春樹の死を受け入れ、日常を取り戻していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋愛の醍醐味

凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。 あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……

Love Story

凛子
恋愛
読者の恋心と作品に込められた思い ※ページごとに視点が入れかわります。

その林檎を齧ったら

チャイムン
恋愛
それはあなたとわたくしの秘密の約束。 いつかあなたが捧げるその林檎を齧ったら、わたくしはあなただけのもの。 侯爵家の長女グリセルダは十三歳の年、第一王子の婚約者に内定した。 しかしグリセルダには、幼い頃から思いを寄せる人がいた。 そして第一王子セルシアは幼い頃にグリセルダの妹のアデライードと言い交わした仲だった。 それが叶った時、グリセルダは自分の願いを王家が聞き届けてくれる約束をとりつけた。 妹にかけられた邪悪な呪いを解き、王子とアデライードを結ばせるためのグリセルダの奮闘。

君の名を

凛子
恋愛
隙間風は嵐となる予感がした――

ポインセチア

凛子
恋愛
クリスマスフラワーに込めた想い

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ
恋愛
18歳の近衛兵士アツリュウは、恋する王女の兄の命を救ったことで、兄王子の護衛官になる。王女を遠くから見られるだけで幸せだと思っていた。けれど王女は幼い頃から館に閉じ込められ、精神を病んだ祖父の世話を押し付けられて自由に外に出れない身だと知る。彼女の優しさを知るごとに想いは募る。そんなアツリュウの王女への想いを利用して、兄王子はアツリュウに命がけの戦をさせる。勝ったら王女の婚約者にしてやろうと約束するも、兄王子はアツリュウの秘密を知っていた。彼は王女に触れることができないことを。婚約者になっても王女を自分では幸せにできない秘密を抱え、遠くから見るだけでいいと諦めるアツリュウ。自信がなく、自分には価値がないと思い込んでいる王女は、アツリュウの命を守りたい、その思いだけを胸に1人で離宮を抜け出して、アツリュウに会いに行く。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

処理中です...