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第1章 諸事情により冒険者になりました
閑話 辺境都市バルガ 神殿にて
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神殿の朝は早い。大麦の粥と薄い塩味のスープの朝食を音をしないように食べたら、新人神官や巫女は神殿中の掃除をする。中でも1番きついのは、一般の人々が出入りする礼拝堂の掃除だ。人が出入りする分汚れはつきやすいし、落ちにくい。魔法を使って落とすこともあるが、あまり使いすぎると魔力切れを起こしたり、そこまで行かなくても疲れて午後が辛くなるので、あまり全力で…というわけにも行かない。それでも、強めの水魔法と初級の風魔法、生活魔法と呼ばれる魔法は全てが使えるから、と孤児である彼…テスを重宝してくれる、満腹にはならないけれど3食家付きの職場はありがたいのだ。
テスは、先月仲間とともに見習い神官から神官に昇格した。とは言え後輩となる見習いは再来月にならないと入らないため、仕事内容は変わらない。
(掃除と祈りと雑用雑用雑用…あー腹減った)
テスは決して信心深いわけではない。この神殿に併設されている孤児院で育ったから、祈りの言葉や聖句本の内容はほぼ誦じているているが、それは彼にとっての日常だっただけであり、本気で神を信じてはいない。神がいるのなら、救いがあるのなら、彼の父は酒に溺れて暴力沙汰を起こして母を死なせた挙句にその時負った怪我が悪化して死んだりしなかった筈だ。テスが8歳の時のことだ。もう両親のことはぼんやりとしか覚えていない。
掃除が終わると朝の祈りが始まる。これが一番長い。神官たちが狭い階段のような場所に階級順に所定の位置に並ぶと神殿長が壇上に上がり、レイヴァーンの全ての神々への祈りが始まる。創造神に今日が始まることを感謝し、それぞれの神に祈り、最後には跪いて創造神にこの世界の平和を祈る。3時間ほどの間、一般の人々も出入りする。今日のテスは入り口で参拝者に挨拶をしたり、お布施を受け取る係だ。ちなみに、あまり信心深くないテスのような神官たちには、辺りを見て気分転換出来る人気の係りだったりする。
(どうせ立ってるのは同じだしな)
信心深くないとは言え、この世界の平和を祈る気持ちはある。そして、わざわざ祈りに来てくれる人々への感謝もある。よく朝の礼拝に来るおばあちゃんには、自然と笑顔になったりもする。そんないつもの朝だった。
(あれ?)
いつの間にか、誰かが自然に挨拶して目の前を通り過ぎた。
「おはよう御座います。神と礼拝者に感謝を…」
いつもの文言を返して、ふとその人の背中を目で追った。灰色のローブのフードが音もなく下され、茶色の髪を束ねた後ろ髪が見える。そのまま近くの席に腰掛けた。
なぜか目で追っていたくなったが、少ないとは言え人が入ってくるので、そちらに集中する。すると、何故か先程のローブの人間のことはあまり気にならなくなった。
しばらくして、またテスの前をローブの人影が通りかかる。テスの手前にあるお布施を入れる箱にお金を入れてくれたので、小さな紙に聖句を書いたものを手渡す。これを書くのも新人の仕事のひとつだ。偶然、手渡そうとした聖句紙はテスの癖のある字だった。もっと綺麗に書けと怒られるが、なかなか上手くいかない。
「ありがとうございます。本日の平和を祈念します」
「ありがとうございます」
ローブの人の声は、思っていたよりも柔らかい。女性だろうか?
手渡すときに、テスの指と相手の指先が軽く当たった。
「あ…」
その瞬間のことは、なんと表現すれば良いだろう。暴風のような閃光のような衝撃が体を駆け抜けた。鮮烈で、それでいて優しくも厳しくもある。まるで胸を締め付けるかのような感覚。恋に落ちるのにも似ているが、それとは全く違う感覚だった。頭の中のモヤが晴れたような…妙に体が軽く、視界が明るくなった気さえする。
それは本当に一瞬だった。次の人がやって来たのでまた聖句紙を渡す。
(一体なんだったんだろう)
ふと、神殿の一番奥を見る。そこには、創造神を意味するオブジェが置かれている。他の神と違い、創造神だけは像がない。他の神の像も、この神殿では人の姿に近いとは言え司る者の象徴的な形をとっており、顔は精緻に描かれないのが特徴だ。
(えっ………)
テスは、ふいにその意味を理解した気がした。言葉では上手く表せないが、神に形が無いことを本能が理解したと言うか…。
次の月、テスはまたそのローブの人を見かけた。今度は昼前の時間だった。次の月は昼下りだったり、次の月は昼前だったり、人があまり居なくなる時間帯が多い気がした。あの時のような鮮烈な感覚は無かったが、いつも穏やかな気持ちになれた。そのうち、一言二言だが会話をする機会が増えた。掃除を褒められたりなどのささやかなものだが、それが嬉しかった。それから、テスが明らかに変わったと神殿内さらにその上層部では密かな話題になった。一本芯が通ったように、お勤めにも他の雑用にも取り組むようになった。祈りの言葉は丁寧でやさしく人の耳に届くようになって行った。
数年して、テスは侯爵領にある神殿に呼ばれ、さらに数年して公爵領を経て王都の神殿に呼ばれることになる。
その祈りの言葉と声は美しく、人の心を打つのだと言う。人柄も敬虔で謙虚で、若い神官や巫女たちに丁寧に指導する姿は神官の鑑とまで言われるようになる。
テスは、先月仲間とともに見習い神官から神官に昇格した。とは言え後輩となる見習いは再来月にならないと入らないため、仕事内容は変わらない。
(掃除と祈りと雑用雑用雑用…あー腹減った)
テスは決して信心深いわけではない。この神殿に併設されている孤児院で育ったから、祈りの言葉や聖句本の内容はほぼ誦じているているが、それは彼にとっての日常だっただけであり、本気で神を信じてはいない。神がいるのなら、救いがあるのなら、彼の父は酒に溺れて暴力沙汰を起こして母を死なせた挙句にその時負った怪我が悪化して死んだりしなかった筈だ。テスが8歳の時のことだ。もう両親のことはぼんやりとしか覚えていない。
掃除が終わると朝の祈りが始まる。これが一番長い。神官たちが狭い階段のような場所に階級順に所定の位置に並ぶと神殿長が壇上に上がり、レイヴァーンの全ての神々への祈りが始まる。創造神に今日が始まることを感謝し、それぞれの神に祈り、最後には跪いて創造神にこの世界の平和を祈る。3時間ほどの間、一般の人々も出入りする。今日のテスは入り口で参拝者に挨拶をしたり、お布施を受け取る係だ。ちなみに、あまり信心深くないテスのような神官たちには、辺りを見て気分転換出来る人気の係りだったりする。
(どうせ立ってるのは同じだしな)
信心深くないとは言え、この世界の平和を祈る気持ちはある。そして、わざわざ祈りに来てくれる人々への感謝もある。よく朝の礼拝に来るおばあちゃんには、自然と笑顔になったりもする。そんないつもの朝だった。
(あれ?)
いつの間にか、誰かが自然に挨拶して目の前を通り過ぎた。
「おはよう御座います。神と礼拝者に感謝を…」
いつもの文言を返して、ふとその人の背中を目で追った。灰色のローブのフードが音もなく下され、茶色の髪を束ねた後ろ髪が見える。そのまま近くの席に腰掛けた。
なぜか目で追っていたくなったが、少ないとは言え人が入ってくるので、そちらに集中する。すると、何故か先程のローブの人間のことはあまり気にならなくなった。
しばらくして、またテスの前をローブの人影が通りかかる。テスの手前にあるお布施を入れる箱にお金を入れてくれたので、小さな紙に聖句を書いたものを手渡す。これを書くのも新人の仕事のひとつだ。偶然、手渡そうとした聖句紙はテスの癖のある字だった。もっと綺麗に書けと怒られるが、なかなか上手くいかない。
「ありがとうございます。本日の平和を祈念します」
「ありがとうございます」
ローブの人の声は、思っていたよりも柔らかい。女性だろうか?
手渡すときに、テスの指と相手の指先が軽く当たった。
「あ…」
その瞬間のことは、なんと表現すれば良いだろう。暴風のような閃光のような衝撃が体を駆け抜けた。鮮烈で、それでいて優しくも厳しくもある。まるで胸を締め付けるかのような感覚。恋に落ちるのにも似ているが、それとは全く違う感覚だった。頭の中のモヤが晴れたような…妙に体が軽く、視界が明るくなった気さえする。
それは本当に一瞬だった。次の人がやって来たのでまた聖句紙を渡す。
(一体なんだったんだろう)
ふと、神殿の一番奥を見る。そこには、創造神を意味するオブジェが置かれている。他の神と違い、創造神だけは像がない。他の神の像も、この神殿では人の姿に近いとは言え司る者の象徴的な形をとっており、顔は精緻に描かれないのが特徴だ。
(えっ………)
テスは、ふいにその意味を理解した気がした。言葉では上手く表せないが、神に形が無いことを本能が理解したと言うか…。
次の月、テスはまたそのローブの人を見かけた。今度は昼前の時間だった。次の月は昼下りだったり、次の月は昼前だったり、人があまり居なくなる時間帯が多い気がした。あの時のような鮮烈な感覚は無かったが、いつも穏やかな気持ちになれた。そのうち、一言二言だが会話をする機会が増えた。掃除を褒められたりなどのささやかなものだが、それが嬉しかった。それから、テスが明らかに変わったと神殿内さらにその上層部では密かな話題になった。一本芯が通ったように、お勤めにも他の雑用にも取り組むようになった。祈りの言葉は丁寧でやさしく人の耳に届くようになって行った。
数年して、テスは侯爵領にある神殿に呼ばれ、さらに数年して公爵領を経て王都の神殿に呼ばれることになる。
その祈りの言葉と声は美しく、人の心を打つのだと言う。人柄も敬虔で謙虚で、若い神官や巫女たちに丁寧に指導する姿は神官の鑑とまで言われるようになる。
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