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第2章 繋がりは繋がっていく
16.隠者は冬の空に祈る
しおりを挟む「私は、基本的には生きている人を大切にしたい。でもあの赤ちゃん達は、何もわからずに父親に憑くように誘導されて、縛り付けられている状態です。片方は呪術師の手で、もう片方は…母親の手で。
そして、ハンス・トリルは妻の遺言で、妻の遺髪か何かを使って呪っているのでしょうね」
指先が冷たく感じて、マグカップを両手で持った。
「それで、呪3か。赤ん坊だけでも解いたらどうなる?」
「呪術は、解呪されたら術師に何倍にもなって返るように術式を組むはずなので…呪術師の方は対策をしているかどうか分かりませんが、伯爵令嬢の方はどうなるのか…」
「伯爵令嬢自身が呪ってるのは確定だろう?呪詛返しってのは確実なんだよな…?」
そうだ。相手を本気で呪うような状態の伯爵令嬢が、今どんな状態か分からない。
「ちょっとだけ、考えてみます。焦っても良くないと思いますから」
◇◇◇
翌日、私は王都にいた。
隠秘と認識阻害をフル活用して、ヤクドル侯爵家や、今回の関係者の周りを実際に見て、聞いてまわる。外見はとてつもなく美しい屋敷の中は、どの屋敷も、煌びやかだが、どことなく寒々しかった。
その翌日から、とにかく家にこもって調べた。どんな方法があるのか、ないのか。出来るのか、出来ないのか。出来る事で実験できる事は全て自分で試した。
(セカイさん、私は多分、自分で思う以上に、臆病でどうしようも無い身勝手な人間だと思います。貴方がくれたものがなければ、魔法も使えなかった。他人からすごいなんて言われる事も無かった。自分では何一つ出来ないのに)
自分の力なんて、ひとつもない。この魔法は、全てセカイさんのおかげだ。
(…誰にも関わらないと自分で言った事なのに、舌の根も乾かないうちに違う事をやっている自覚はあります)
それでも、それでも。
(あの赤ちゃん達の魂が、これ以上擦り減らされるのは見ていたくないの。目の前で誰かが理不尽に晒されるのも、やっぱり辛い)
あの子達は、ただ父親に愛されたいと願っていた。ただ父親を愛していた。
(これが正しいわけじゃない。だけど…)
山に初雪が舞い落ちた日。ギルマスに、
「長く悩むのが良い結果を生むわけじゃねぇんだな、コレが」
と言われて、何があっても必ずギルドに顔を出せと言われた日。
私は、精霊達にも手伝ってもらって、今回の全ての準備をして、ギルマスの部屋の転移点へ飛んだ。
◇◇◇
今回の作戦をギルマス達に相談し、色々と打ち合わせた。
「いいですね、何かあったら必ず止めますよ」
という言葉とともに案内されたのは、ランスロット達が監禁されている、ギルドの中の一室だった。
「こんにちは」
ランスロット達は、訝しげに私を見る。後ろにギルマス、サブマス、アーバンさんに、ギルドでも指折りの魔法使い数名に付き添われた私は、さぞかし奇妙に見えるだろう。
「私の名前はリッカ。隠者の称号を持つ者です」
「はあ?そんなハッタリが通用するとでも…」
従者の1人、パトリックが近づこうとしたので拘束魔法で動きを止める。
「な…」
もう1人、暗器を使おうとしたエドガーの方は、体表を鼻から下まで凍らせて動きを封じる。
「これくらいの魔法は使えますので、ご注意下さい」
そのままスタスタと歩いて、ランスロットの目の前に立つ。身長は彼の方が少し高いくらいか。
「な、何をするつもりだ?平民が俺に何かやったら…」
「大丈夫ですよ」
いつもの隠蔽と認識阻害を、ここで全て解く。
「大丈夫。死なせる事はしません」
ランスロットの足元に、紋様が浮かび上がる。
「な、な…」
「感覚共有…」
部屋全体に紋様が広がる。
「う、嘘だ…なんで…」
「…ひ…っ!」
「か、かあさ…ん…」
ランスロットにも、従者の2人にも、きちんと見せる。自分たちに向けられた呪いの術式と、その贄になった者達の目を。声は聞こえなくとも、多分心は見えるし、感じるはずだ。
「い、いやだ!やめ、やめてくれ!」
「あ、ああぁ…く、来るな!」
「そんな…いったい今まで、俺は…」
後ろにいたギルマスに合図して、私たちは部屋を出た。元通り、ギルマスの魔力で施錠してもらう。
「しばらく、このままで」
「大丈夫なのですか?」
「ええ。死ぬ事はありません。気が触れることも無いはずです。そのようなところまで来れば、この護石が…」
紫水晶で作った卵ほどの護石を取り出す。
「これが割れて身代わりになります。精神異常耐性の効果を持たせてありますので、多少の動揺はすぐに鎮静化するでしょう」
「…なるほど、ある程度呪いを達成させちまうのか…」
「はい。赤ちゃんの魂は、護石が完全に割れた時に解放されます。術者の方は…それでも相手が死んでいないので呪は完全には完成しません。多少のダメージが行くとは思いますが…」
「もう1人、あのランスロットの本当の母親だっけか?あれはどうなる?」
「おそらく、彼女も達成されたと認識すれば消えるでしょう。ただ、彼女の呪は現ヤクドル侯爵にもかけられているので…」
ギルマスの部屋で話をしていると、目の前にマグカップに入れられたミルクティーが置かれた。
「どうぞ」
サブマスに勧められるままに手を伸ばして、その手がカタカタと震えているのに気付いた。
「先程から震えていたので、こちらの方が持ちやすいかと」
「…す、すみません…」
ギルマスは、私のコップを持ち上げると、私の両手にしっかり持たせた。上から包み込むように手が重なる。
「お疲れさん。キツいことさせたな」
はっと顔を上げると、ギルマスはニカっと笑った。
「良くやったよ。あいつらは生きて罪を償わせる。赤ん坊の魂は解放されて、伯爵令嬢も死なないで済むだろう。トリル男爵のことは、それこそヤクドル侯爵との事だ。そこまでは、やらんで良いさ」
「そうです。お疲れ様でした。現状考え得る最良の結果でした。貴女の協力が無かったら、まだ解決する目処も立たなかったでしょう」
「おうよ。おかげで、俺は死なずに済んだ。ダン達も助かった。ガルダの奴らは誰も死なずに済んだ。もう彼奴らに悩む事はない。明日には彼奴らを王都まで護送するための兵が着く。街の店もやっと普通にやれるようになるんだ」
ギルマスは、もう一度私の手をコップごと握った。
「ありがとな」
コップの中身がジンワリと冷えた指先を温める。
「……はい」
ギルマスの手が離れる。私は濃いピンクのマグカップから、一口お茶を口に含んだ。
「…美味しい」
「王都で流行っているブレンドティーだそうですよ。受付長のメリルからです。顔色が優れなかったのを気にしていたようですから」
「ありがとうございます」
後でお礼を言っておこう、と心のメモに書く。
その時、部屋のドアがノックされた。
「アーバンか?」
「おうよ」
アーバンさんが扉を開けた。
「彼奴らが部屋で伸びてるみたいだぜ」
念のために一応彼らの健康チェックを済ませたころには、外はもう暗くなっていた。これから門に行っても、外に出るのを止められてしまうので、また転移点を使わせてもらうことにした。
浮遊感の後、無事に家の前の小道に着いて、思わず大きく息をする。
「帰ってきた…!」
空を見上げると、チラチラと白いものが降って来る。夕焼けから夕闇に変わる直前の色を写した雲から、雪が落ちてくるのは幻想的でもあり、少し怖いようにも感じて、身震いした。
ランスロット達に密かに持たせた護石は、全て粉々に割れていた。あの赤ちゃんの魂は今頃は解放されているはずだ。今頃は、この空の向こうに飛んでいったのだろうか?自分を愛してくれたことがないとは言え、父親と離れて、寂しくは無かっただろうか。
(この世界の魂は、みんなセカイさんの所に行くのかな…そうだといいな)
心の中で、二つの魂が安らかであるように、静かに祈った。
「あー!やっぱり主様だ!」
「雪ですよ、主様!」
「お帰りなさい、主様!」
「お風呂沸いてますよ」
「飲み物のお湯も沸かしましたよ」
「待ってましたよ、主様!」
今回はお留守番だった精霊達が、家の中から飛び出してきた。ふわふわとあたりが明るくなる。
「ただいま」
感覚共有で感じた悪寒がやっと最後まで暖かくほぐれていくのを感じながら、家に入った。
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