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第5章 廻る世界
2.隠者と精霊王と精霊草
しおりを挟む目を大きく見開いたままの私と、うっとりと瞼を閉じて私の唇と口腔内を好き勝手に翻弄している精霊王。ふと唇が離れ、その喉がゴクリと動く。体を起こそうとしたが、思ったよりしっかりと抱きつかれていたようで、そのまま精霊王も起き上がる。ついでにそのまま精霊王も起き上がらせることにした。
瞼が開き、緑がかった青い瞳が私をぼんやり見つめている。
「おいしい…久しぶり…」
そのまま抱き寄せられる前に、私は精霊王の口の中に精霊草を押し込んだ。やつれて薄い頬がモゴモゴと動き、ごくりと精霊草を飲み下す。
(もしかして、ものすごく長い間魔力が枯渇していたのかな…?だから精霊草の匂いに我を忘れたとか?)
もう一つ、もう2つと口の中に入れてやると、やっと目の焦点が合うようになった気がした。当初の予定通り、自分の口にも精霊草を放り込む。
「あ……」
私が精霊草を口に入れた瞬間、精霊王の口からちょっと残念そうな声が出る。声代わりをしたくらいの、少年の声に似ている気がする。こうして聞いていても、本当に綺麗な声だ。
「まだあるから心配しないで。どうぞ」
私が掌に精霊草を乗せて差し出すとパッと笑顔になって手を出して、あっという間に口に入れた。
「お、美味しい…」
しみじみと呟く風の精霊王の紋様を鑑定しなおすと、疾患は「疲労」と「魔力減少」に変わっていた。とりあえず落ち着いたと思って良いだろう。
(みんな、そちらはどう?)
精霊達に念話を飛ばすと、弾んだ空気が伝わってくる。
(はい!御姿が戻られました!)
(世界樹の根っこから出られるようになりました!)
(お気がつかれました!)
(今起き上がられました!)
その中で、唯一少し緊迫したものがあった。
(主様、御姿は戻られましたが、お辛そうです。それに、少しづつまた悪くなっている気が…)
(わかった。転移でそっちに行く)
「悪いんだけど、ちょっと付き合ってね」
私は風の精霊王を抱え上げて転移を発動した。
(本当はみんなみたいに敬語を使ったほうが良いのかな…いや、後で考えよう)
いきなりこの身体のファーストキスを奪われて、少しだけモヤモヤする気持ちを心の奥に押し込めた。
「…え?ええっ?」
風の精霊王が悲鳴を上げ終わる前に、転移は終わった。
浮遊術をかけたまま呆然としている風の精霊王を座らせて、ちょうどそこにいたハルとイシュの風水の精霊ペアに見ていてあげてねとお願いして、横たわる黒い髪の長身の精霊王のそばに膝をつく。すぐに鑑定用の紋様と、持続型治癒術の紋を出す。
「確かに、治癒する側から悪くなっていくようね…」
人間なら20代後半くらいの男性のように見えるその人は、髪色のイメージのまま、闇の精霊王だった。
「あのっ!」
ふいに少年の声がしたので振り返ると、風の精霊王が毛布を体に巻きつけて立ち上がっている。
「ギリギリまで瘴気を変換する魔法をつかっていたから、もしかしたら…!」
「…分かった。ありがとう」
彼に向かって軽く頷いてみせて、私は紋様の解析を進める。確かに、魔力が継続的に使用されているようだ。
「この魔法を少しの間切ったらどうなるの?危なくなる?」
風の精霊王に向かって問いかけると、彼は首を振った。
「今更切っても、変わらないと思う…」
「了解」
身体に干渉して魔法を切ることも考えたが、とりあえず持続型治癒術ごと、魔力を遮断する結界で包んでみることにした。これならば外部に魔力で干渉することはできなくなる。すると、見る見るうちに顔色が良くなっていくのがわかった。
「わあ…良かった!良かった…‼︎」
闇の精霊王の目が開き、がばりと起き上がると風の精霊王が駆け寄って行く。そのまま首にかじりつくように抱きついていた。
「起きたばかりのところ、ごめんなさい」
私が話しかけると、闇の精霊王は風の精霊王を引き剥がして立ち上がろうとしたのでそれを制して屈んで目線を合わせた。
「少しの間、回復するまでの間で良いので、瘴気を変換するという魔法を切ってもらえませんか? あとこちらをどうぞ」
掌に懐紙とその上に並べた精霊草を出して勧めると、闇の精霊王は不思議そうな目で私と精霊達、風の精霊王を眺めてやっと口を開いた。
「ああ、すまない」
見た目通りの低音の男性の声だ。おずおずと差し出された手に精霊草を載せた懐紙を置く。
「主様ーーーーー!」
念話ではない、カルラの声がした。振り返ると、精霊達は4人の精霊王らしき人影と一緒にこちらに歩いてくるのが見えた。カルラがブンブンと手を振っていたので、私も大きく手を振った。
そんな私を、闇の精霊王は訝しむように、風の精霊王はニコニコと眺めていたらしい。
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