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第6章 転生隠者の望む暮らし
9.いつもの納品と予想外の邂逅と……
しおりを挟む白い森から帰宅して、1週間ほど経った。今日はバルガに来ている。いつもの日付の、昼下がりのいつもの時間だ。
今月のギルドへの納品を済ませる為にギルドに入ると、そこには意外な人達がいた。
「やった!会えたわ!」
「ダンさん、ナナリーさん、セタンタさん」
3人はどうやら注意深く私を待っていたようだ。こうなると、町歩き程度の認識阻害の術はあまり意味がない。私はフードを下ろした。
「リッカさん、お久しぶりです」
ダンさんの丁寧な言葉に私は一瞬面食らってしまった。
「お久しぶりです。皆さんお元気そうで良かった」
「ご挨拶が遅くなってすみません。俺、セタンタと言います。あの時はありがとうございました」
ダンさんの一歩後ろから進み出て来たセタンタさんが手を差し出して来たので、私もその手を握った。
「いいえ。助けることが出来たのは、ダンさんが間に合ったからですよ」
思っていたより少し背の高いセタンタさんの、優しそうな笑顔を見ながら、ふと思い出した。
「そう言えば、あの後ご結婚されたそうですね。おめでとうございます」
「あ、いや……」
セタンタさんの顔がポッと赤くなった。
「ナナリーさん、セタンタさん、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう、リッカさん」
ナナリーさんとも握手した。ナナリーさんも、実は耳が赤い。可愛いなと思っていたら、気づいたのかこっそり髪の毛で耳を隠していた。
「私の方こそ、立派な本をいただきました。ありがとうございます」
以前、ギルドの有志からのお礼だと渡された世界魔法全集なのだが、実はものすごく高額だった。慎ましく暮らせば、バルガで庶民が1年暮らしていけるくらいのお値段だと知った時には驚愕した。そして、その直前に渡された褒賞金はもっと高額で……後から知ったのだが、本を渡せばその高額な褒賞金を有耶無耶のうちに私が受け取るだろうと目論んだ、ということだったらしいのだ。
そもそもあの褒賞金が凄い金額だと気付いたのは家に帰った後で、受け取ったお手紙の中に実はもう1通褒賞金の目録があり、あのお金の一部は、国王陛下と王妃陛下からの「空間収納の石のお礼が追加されてるから受け取ってね」という意味のことが書いてあった。すごい金額になったので、私が受け取らないだろうと予想したギルマス達は、ダンさん達、それにアーバンさんとミリィさんからも「治癒のお礼がしたい」という話があった時に、本を渡せば良いんじゃないかと思いついたのだそうで……
『いやいや、周りの食堂や酒場の連中も、話を聞きつけて一枚噛んでくれたっていうかさ…』
久しぶりに見た立派な本に浮かれて、何も考えずに受け取った自分の醜態に、なんとも言えない気分になっている私に、あの3人からいい笑顔で『返品不可だ』と言われたのを思い出した。
「ううん……私達こそ、あんなのじゃ足りないの」
ナナリーさんは、私の手をギュッと握ってモジモジしている。
「と、とにかく!」
セタンタさんが私のもう片方の手を握って、口を開いた。
「あの、良かったらこれから昼飯食べませんか? 近所にいい店があるんですよ。ぜひご馳走させてください」
「お礼にもならんが、良かったら」
「と言うよりも……報告もあるから、お願い!」
必死なダンさんとセタンタさん、トドメにナナリーさんに上目遣いで「お願い!」されてしまったので、その勢いに疑問を感じない訳ではなかったが、私は承諾することにした。
「……ありがとうございます。納品してからでいいですか?」
アーバンさんとメリルさんは一連の話を聞いていたようで…と言うよりも、今回のお誘いに関してはアーバンさんも事前に知っていたようで、納品処理はやっておくから早く行ってこい、と背負子ごと預かってくれた。
連れて行かれたお店はギルドの近くの冒険者御用達のお店で、頼めば大盛りにしてくれることで有名だそうだ。私が行ったことが無いのは、アーバンさん達に聞いて知っていたようだ。
そこで、治癒のお礼が遅れたことをまず謝られたのだが、私が基本的には人を避けているせいなので、それは私にも原因があるので、心から気にしないで欲しいと伝えた。
最初は何となくぎこちなかったさんに3人も、料理が運ばれて来て、何故か給仕の女の子から「店からの奢りです」とお酒が運ばれて来た後は、少しずつ打ち解けてくれたように見えた。料理はとてもシンプルな物が多かったが、素材と火の通し方に拘っているとの言葉通り、素材の味や旨味がしっかり感じられる物ばかりだった。
「あの、あのね…」
私が自分にとりわけられた大きすぎる肉串をどうしようかと眺めていると、隣の席に座っていたナナリーさんが口を開いた。
「……はい」
私が彼女に顔を向けると、ナナリーさんは口をパクパクさせて、何かを伝えようとしていた。
「あのね、私……こんなところで話すことでも無いんだけど…子供の頃にスネークに襲われたことがあったのよね」
(……そう言えば…)
大怪我を治癒術で治して意識が戻った時、そんな事を言っていた気がする。
「その時1週間くらい高熱が出て、村には解毒剤も少なくって…意識は戻ったんだけど、その……子供は出来ないだろうって……その後、月の物も無かったし…」
ナナリーさんの声は、内容が内容だけに小声になり、私への耳打ちに近くなっていた。
「それで、あの…子供も産めないからって村でも居心地が悪くって。この人たちが冒険者になるって言ってたからついて来たのよ。ある程度の魔法は使えたし」
(あれ? 私が最後に診た時……そんな症状は無かったような……?)
ふとナナリーさんの顔を見た。緑がかったヘイゼルの瞳と目が合った。その途端、顔がぼふっと音を立てそうなほど赤くなる。
「えええと、その……貴女に治してもらってから、つつつ月のアレも来たのよ。それで、そのあの……」
ふと見ると、ナナリーさんの手元の飲み物は、多分果実汁のジュースだ。
「あ……」
ナナリーさんは、笑顔になった。目尻には何故か涙も浮かんでいる。
「おめでとうございます。良かったですね」
「うん…えへへ……」
そんな泣き笑いのナナリーさんを、セタンタさんは立ち上がると椅子の後ろから抱きしめた。わずかにいた他の客や店員から歓声が上がる。
「楽しみですね」
ダンさんの方が、うるうると目を潤ませているように見える。
「おう、おうよ!」
ダンさんに強引にジョッキをぶつけられたので、私もエールを飲んだ。
(良かったですね、主様)
耳元でカルラの声がした。
(うん。幸せそう)
おそらく、あの時は腹部の重傷に気を取られて、多分それごと何かの病気か後遺症を治してしまったのだろうなぁ、とぼんやり思いつつも、みんなに祝福される若い2人を見て、私も胸の奥に温かい物が灯るような気がした。
(お守り作らないの?主様)
(そうねぇ……)
ファイの声に、少しだけ悩む。子供の名前がわからないと作れないのだが、次に会えるのがいつなのか……お守りを渡す、そのためだけに約束を取り付けるのも…迷惑になったら申し訳ないし、そもそもお祝いとして渡すのに、困らせたら本末転倒だ。
(……あ!あのね……)
思いついたことがあったので念話で相談してみたところ、おそらく可能だろうということだった。後でギルドで作業をさせてもらえるのなら作らせてもらおう。
(出来上がったらそのまま預けておけばいいよね)
周囲の客達の中には、多分顔見知りも多いのだろう。ひっきりなしにやってくる者たちの中には、もらい泣きしている人もいる。
(やっぱり、子供を産むとか産まないとかは、色々と複雑な問題になるのね)
ナナリーさんが生まれ育った村を出なければならなくなった理由に複雑な気持ちになったが、もしかしたらこれで何か良い方に進むのなら、それはそれで喜ばしいことだろう。
(主様は、赤ちゃんとか、家族とか……欲しいですか?)
どうやら、念話で話してしまっていたらしい。
(精霊たち以外の家族ねぇ……)
肩の上のカルラが、私の顔を覗き込んでいる。
(考えた事もなかったよ。貴女たちもいてくれるから楽しいし)
(私達も楽しいです!)
不意に隣の人に乾杯を求められ、ジョッキを合わせた。
「お前さんだろ、貴族のボンボンをぶっ倒したのって」
男性は隣の冒険者向けの品を扱う商店の店主だと言う。ダンさん達とは親しいらしい。
「ほんとありがとうな。ウチの娘も誰に似たのか別嬪な上に頭もよくてさ…一度奴らに連れていかれそうになってな。幸いなことに大事になる前に逃げ出して来れたんだが…あんなに負けん気強くて明るい娘だったのに、しばらく落ち込んでたんだよな」
「大変でしたね…」
「でも、捕まったって聞いて、やっと笑ってくれたんだよ。今はもういつも通り店に立ってる」
「あの…もしかして、あの本の件は……」
「なんでぇ、ちょっとだけだよ!魔法使いにとってはかなり良い本なんだろ?」
「ありがとうございました。大切に読ませていただいています」
「それ読んでもっと強くなってくれよ!」
「はい」
「あと、何かあったら買いに来てくれ!」
「勿論です」
人の良さそうな笑顔で、もう一度お互いジョッキを掲げると、男性は離れていった。
「リッカさん」
セタンタさんが、すとんと私の前に座った。
「俺たちを助けてくれて、ありがとう」
まっすぐな目が、私を見ている。決意に満ち溢れた目だった。
「……どういたしまして。間に合って本当に良かった」
私は意識のないセタンタさんしか知らなかったのだが、改めて見るとダンさんとは雰囲気こそ違うが、目鼻立ちが似ているなと思う。
「目が覚めてすぐ、ナナリーからプロポーズされたんですよ、俺。ナナリーも兄貴も、生きてて良かったってメチャクチャ泣いてて」
給仕の女性が冷えたエールを2つ運んできてくれた。セタンタさんはひとつを私に勧めてくれたので、受け取る。
「正直、俺は自分でも死んだと思ってました。サイクロプスから岩をぶつけられたのは覚えているんです」
そう言えば彼の頭には陥没するくらいの傷があったな、と思い返す。
「アイツらに下の層まで突き落とされて、何もする暇もなくナナリーがやられて、自分が注意をひいてる隙に兄貴にナナリーを頼んで逃がしたんですけど……正直、めちゃくちゃ怖かった…今でも思い出すと色んな意味で怖い」
ぐいっとジョッキを傾けるセタンタさんの話を、私はただ聞いていた。
「目が覚めた時、生きてるって分かった時、すごく嬉しかったんだ」
ちょっと困ったように、セタンタさんが笑った。
「前よりも死ぬのが怖くなったけど……本当に、生きてるのが嬉しいなって思うようになって……」
よく見ると、セタンタさんの顔は少し赤いし、目はとろんとしているように見える。あまりお酒に強くないのかもしれない。
「本当に、ありがとう。俺、この命大事にします。ナナリーも、子供の命も」
もしかしたら、セタンタさんはあまり話が得意な人ではないのかもしれない。
その一生懸命な話ぶりと、言い終えた時の笑顔は、うまく言えないが、とても良い男の笑顔だった。
「それを、どうしても伝えたくて」
私は、ゆっくりと頷いた。
「ありがとう。気持ちは、しっかり受け取りましたよ」
「あら、2人きりで何してるの?」
私の隣に、今度はナナリーさんが座った。
「浮気は許さないからね~?」
「そうだそうだ!いまのうちに尻に敷くんだよ!」
「敷かれるのも男の甲斐性よね?」
揶揄うような明るい口調に、聞いていた周囲がどっと笑った。
(この街の雰囲気が、ずっと続くと良いな……)
しばらく昼のちょっとした宴会は続き、私がギルドへ戻ったのはもう夕方に近くなった時間だった。
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