【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……

ひらえす

文字の大きさ
106 / 115
第6章 転生隠者の望む暮らし

閑話 辺境都市バルガにて〜それぞれの夜

しおりを挟む

「ふぃー………」
 ジェイガンはトントンと書類をまとめた。いつもならそれを手伝って自分以上に仕事をしてくれる相棒の1人は、今は居ない。夕方にギルドを出て、子爵邸で仕事があるそうだ。
「お疲れさん」
 そんな中だからこそ、アーバンがアーバンなりにわかる書類に目を通してくれていた。
「ルドのやつ、倒れないといいけどなぁ」
「リッカさんが何かしてたから、大丈夫だろ?」
「そうなのか?」
 アーバンは顎に手を当ててうーんと唸りながら口を開く。
「良く見えなかったけど、ルドの顔見た途端にギョッとして口が動いてたからさ。その後顔色が良くなってたから、もしかしたら……かな?」
「まあ、隠者様も弟子は見捨てないか」
「ルドが弟子かどうか微妙みたいだぜ?」
 その後できる限りの書類整理を手伝った後帰り際のアーバンを背を見ながら、後方で施錠をしていた受付長メリルは、ふとつぶやいた。
「あら?」
「どうした?」
 小走りに走っていくアーバンを見送りつつ、メリルは気のせいかもしれないけれど、と一言添えてからさらに口を開いた。
「アーバンが普通に走っているように見えて」
 ジェイガンは目を見開いて視線を左右に忙しなく彷徨わせた。
「たしかに、左足に体重をかけても崩れてないな」
 かつてクランの新入りを庇った時におった重傷がもとで、ジェイガンは冒険者の引退を決めたはずだった。今でも寒い時期は痛むと……
(前の冬は言ってない……少なくとも俺は聞いて無ぇな)
「もう良くなったのかねぇ?」
(もしかしたら、隠者様の仕業かもしれねぇなぁ)
「リッカさんのおかげかもしれませんね?」
 目を細めて微笑むメリルの肩に手を回し、2人は家路を急いだ。

◇◇◇◇◇

「ただいま……」
「あら、おかえり」
「あい!」
 愛息子を起こさないようにと声をひそめて帰宅したアーバンだったが、どうやらちょうど起きてしまったところだったようで、頬に涙が伝ったままの息子は、アーバンの顔を見て完全に覚醒したようだった。
「悪いな。完全に起きちまったかな」
「ううん。寝つきも悪かったし……父さんに会いたかったみたいね、リッカ」
 愛息子はアーバンの腕に抱かれてご満悦で、しばらくするとあくびを繰り返し、いつの間にかトロトロと眠り始める。
「可愛いなぁ」
 アーバンは腕の中の息子のふくふくとした頬を優しくつついた。もごもごと口が動くのを眺めては破顔する。
「そうね」
「マリスが生きてたら……」
「うん……」
 7年前、まだ1歳になるかならないかの時に流行病で無くした子供のことは、決して忘れることはない。マリスの護石は、今も暖炉の上に飾ったままだ。
「そうだ、道場を作る場所は決めたの?」
 マリスの護石を眺めたまま、ミリィが尋ねた。
「んー……まだ決められないんだよなぁ」
「ギルマスのお家の近くか、ちょっと狭いけどウチの近くか……まだ悩んでるの?」
 唇をうーんと尖らせて悩むアーバンの顔がなんだかおかしくて、ミリィはくすくすと笑ってしまった。
 確実に2年いなければならないジェイガンと違って、アーバンには特に役職の縛りは無い。道場を開くのは若い頃からのアーバンの夢のひとつではあったのだが、膝の怪我のこともあって今までは一歩踏み出せずにいた。
 しかし、10年経ってやっと以前のように基本の構えを取れるようになってきたことと、今回のルドウィッグの新しい門出を機に踏み出そうとしているのだ。ミリィはそれが嬉しい。
「今日のあんたが1番若いのよ!さっさと決めちゃいなさいよ。ギルドの仕事は時間を決めてやることもできるんだから」
 ギルドの受付と冒険者と、1番忙しい時は古着屋の経営までやっていたミリィは、こう言う時は容赦がない……とアーバンは思う。
「足のこともあるからなぁ……やっぱり近場がいいかもなぁ」
 近場の空き家を改造して小さな道場をやるか、ジェイガンの屋敷の隣りの土地を借り受けて余裕を持って道場を開くか、もうここ半年は悩み続けていた。

 足のことがあるからと言いつつ、その足がほぼ完治しているのを自覚したのは、その後リッカから「じわじわ元の良い状態に治るのを補助する治癒術」を習ってしばらく経った頃、どうやら『俊足』のスキルを保持しているらしい愛息子と本気のかけっこをした時のことなのだが、それはまた別の話である。

◇◇◇◇◇

「あぁ、起きていたんだね」
 そんなことを言いながら湯上りの髪を拭くのもそこそこに書類を読もうとしているルドウィッグから、エリーナは書類を取り上げて、代わりに銀盆の上の封書を差し出した。
「あぁ………」
 その封蝋を見て、ルドヴィックはあからさまにウンザリした顔になる。
 現国王エンリケとルドヴィッグは、学園時代に多少の付き合いがあった。その時に使われていた封蝋とサイン。これはどちらかと言うと面倒ごとの始まりになることが多い。

「お断りを、お断りされたのね?」
「おそらくね」
 ペーパーナイフを入れて便箋を取り出し、中身を確認すると、そのままエリーナに手渡した。
「このサインは……?」
「国王陛下の、私的なやり取りの時に使うものだよ」
「まあ」
「今すぐじゃないから準備をしておくように、だそうだ」
「まだ子爵位を継いでもいないのに」
「そうだな……」
「もし、そうなったら王宮勤めになるの……?」
「そうかもしれない。いや、そうするつもりだと思う」
 国王エンリケの言葉を要約すると、ルドウィッグが子爵位を引き継いでしばらくしたら色々な功績を讃えて伯爵に陞爵して王宮で仕事をしてもらうつもりだから、その時は王都に居住用の家がひつようになるから、そのつもりでいるように、と書かれている。ついでに目ぼしい家をいくつか見繕ってあるという念の入れようだった。こうなると、現在子爵家の後継でしかないルドウィッグには、もう断ることは出来ない。
「陞爵前にリッカさんの証明証を作っておいて正解でしたわね」
 もともとは伯爵令嬢のエリーナだ。伯爵夫人である実母も健在なのだし、可愛がってくれる辺境伯夫妻に教えを乞うことも可能だろう。だから特に怖いことはない、と自分自身に言い聞かせた。
「ありがとう、エリーナ。頼りにしているよ」
「貴方なら、子爵でも伯爵でも問題ありませんわ」
 疲れているだろう夫に、エリーナはにっこりと微笑んで見せた。
「ありがとう、私の奥さんは世界一だ」
 そんな世界一の妻は、今夜はこれ以上の書類仕事を許さなかった。

 バルガの夜は、暖かく、穏やかに更けてゆく。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜

月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。 ※この作品は、カクヨムでも掲載しています。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

処理中です...