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番外編
番外編2 伝説は、ふいにやってくる
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バルガの冒険者ギルドの2階、ギルマス室の扉が静かに開いた。
「いやはや、今年もよくぞお越しくださいました、伝説の隠者様」
言葉とは裏腹に、マウロの笑みはいつもの調子だ。調子が良く、どこか軽いが、敬意を欠かすことはない。
ソファの向かいに腰かけるフードの人物――リッカは、穏やかに微笑んだ。
「伝説は少し言い過ぎではありませんか? 毎年来ているのですし」
「それが逆に伝説なんですよ。存在するかもわからないのに、なぜか記録には残っていて、実際には見た人がほとんどいないっていう……おかげさまで若いのには信用されませんでした」
「まあ……隠蔽魔法は欠かしませんから。
マウロさんこそ、皆さんに慕われているようですね。お元気そうで何よりです」
「いやいや。隠者伝説発祥の地が、これから自分の領地になるって聞いたときには、もう笑っちゃいましたよ」
笑いながら、マウロは茶を注ぐ。
「でも、いい話を聞きました。隠者伝説の里って、名目で整備費も申請できるかもしれませんし」
「それは好きに使ってくださって構いません。ただ……あまり人の出入りはありませんし、家も、もう古くて」
「でも、馴染みがある家があるって、いいもんでしょう?」
「……ええ。帰る場所、というほどではありませんけれど、知っている場所があるのは、やはり……安心します」
その声に、ほんのわずか、遠い記憶の匂いが混じる。マウロはふと、その表情を見た。
リッカは年を取っていなかった。少なくとも、外見は。20歳程度の若者にしか見えない。
けれどその目だけは、どこか深い、外見の年齢にそぐわない色をしていた。
マウロは以前その長寿の理由ををきいたことがあるのだが、本人も『魔力量ではないかと思う』くらいでよくわからないのだそうだ。
「……そういや、前王と謁見されたとき、ご一緒したのって、もう十年くらい前ですか」
「はい。ルドヴィッグさんと、メリーベルさんと。懐かしいですね」
「緊張してましたよね、あのとき。隠者様も緊張するんだって、私の緊張が解れましたから」
「ええ。エンリケ王は優秀な方で……けれど、ちょっと近寄りがたいところもありました」
「……新王のランティス王に会ったの———去年ですかね。そっちのほうが、底が知れないって顔してましたよ」
「それは……まあ、否定はしません」
ふたりで少し笑った。思い出話は、それほど長くは続かない。
話す相手が、いまはもういないからだ。
ジェイガン、アーバン、ルドヴィッグ――皆、今は亡く。
メリーベルやアーバンの息子のリッカとその家族とは細く交流が残っているらしいのだが、過去はすでに過ぎ去ったのだ。
それでも、リッカは来てくれる。
「……しかしまあ、リッカさん。変わりませんね、ほんと」
「変わってませんか?」
「ええ。見た目も、雰囲気も。ずっとあの頃のまま。……俺なんか、もう髭に白いの混じってますよ?」
冗談めかして言うと、リッカは小さく笑った。
「……ありがたいことに、長く生きられているようですから」
「ようですって、そんな」
「ああ、そうだ。奥様が好きだと言うメルクの実、持ってきたんですよ」
「ありがとうございます!カミさんもよろこびますよ。
これ,女性はみんな好きですけど…ジェイガンさんの奥様もお好きでしたよね……」
ジェイガンの後妻となったメリルは、ジェイガンよりも一年前に亡くなっている。
「みんな、先に行ってしまいますね」
その言葉には、重さも、軽さもなかった。ただ事実として、静かに置かれたような響きだった。
「……でも、精霊たちは一緒です」
マウロには見えないが、部屋の空気がわずかに揺れたような気がした。
「何人かは姿を変えましたけど。カルラという子が今は……火の王の一部になっています」
「おお、それは。あの、金平糖好きな子ですか」
「はい。よく覚えていらっしゃいますね」
「だって、初対面でいきなりポケットに金平糖押し込まれましたからね……しかも『主様をよろしく』って。でしたよね?」
リッカが少しだけ目を細めた。笑っているような、懐かしんでいるような顔だった。
やがて、リッカ専用のピンクのカップの茶が空になった頃、リッカは立ち上がった。
◼︎◻︎ ◼︎◻︎ ◼︎◻︎ ◼︎◻︎
夜の風が、ギルドの階段を撫でていく。
リッカはフードをかぶり直し、扉の前に立っていた。
「それでは、また来年」
「お気をつけて。……道中、あんまり盗賊とかを華麗にやっつけすぎないでくださいよ。伝説が加速します」
「気をつけます。できる限りは」
あいまいに笑って、リッカは静かに歩き始めた。
その後ろ姿は、夜の空気に溶けるように遠ざかっていく。
風がふわりと吹いて、ギルドの看板を揺らした。
「……ふう」
マウロは夜空を見上げた。星が静かに、いつも通り瞬いている。
(——俺は、伝説を知ってる。実在する、それを)
記録には残らず、語られることも少なく、それでも確かに存在してきた人。
その人が、自分を『知っている』という事実が、妙に誇らしかった。
「……俺、悪くない生き方してるなあ」
誰に言うでもなくつぶやいて、彼は扉を閉めた。
そのとき、窓の隙間から入り込んだ風が、彼の髪をそっと揺らした。
まるで、どこかの誰かが、くすくすと笑ったような、そんな気がした。
「いやはや、今年もよくぞお越しくださいました、伝説の隠者様」
言葉とは裏腹に、マウロの笑みはいつもの調子だ。調子が良く、どこか軽いが、敬意を欠かすことはない。
ソファの向かいに腰かけるフードの人物――リッカは、穏やかに微笑んだ。
「伝説は少し言い過ぎではありませんか? 毎年来ているのですし」
「それが逆に伝説なんですよ。存在するかもわからないのに、なぜか記録には残っていて、実際には見た人がほとんどいないっていう……おかげさまで若いのには信用されませんでした」
「まあ……隠蔽魔法は欠かしませんから。
マウロさんこそ、皆さんに慕われているようですね。お元気そうで何よりです」
「いやいや。隠者伝説発祥の地が、これから自分の領地になるって聞いたときには、もう笑っちゃいましたよ」
笑いながら、マウロは茶を注ぐ。
「でも、いい話を聞きました。隠者伝説の里って、名目で整備費も申請できるかもしれませんし」
「それは好きに使ってくださって構いません。ただ……あまり人の出入りはありませんし、家も、もう古くて」
「でも、馴染みがある家があるって、いいもんでしょう?」
「……ええ。帰る場所、というほどではありませんけれど、知っている場所があるのは、やはり……安心します」
その声に、ほんのわずか、遠い記憶の匂いが混じる。マウロはふと、その表情を見た。
リッカは年を取っていなかった。少なくとも、外見は。20歳程度の若者にしか見えない。
けれどその目だけは、どこか深い、外見の年齢にそぐわない色をしていた。
マウロは以前その長寿の理由ををきいたことがあるのだが、本人も『魔力量ではないかと思う』くらいでよくわからないのだそうだ。
「……そういや、前王と謁見されたとき、ご一緒したのって、もう十年くらい前ですか」
「はい。ルドヴィッグさんと、メリーベルさんと。懐かしいですね」
「緊張してましたよね、あのとき。隠者様も緊張するんだって、私の緊張が解れましたから」
「ええ。エンリケ王は優秀な方で……けれど、ちょっと近寄りがたいところもありました」
「……新王のランティス王に会ったの———去年ですかね。そっちのほうが、底が知れないって顔してましたよ」
「それは……まあ、否定はしません」
ふたりで少し笑った。思い出話は、それほど長くは続かない。
話す相手が、いまはもういないからだ。
ジェイガン、アーバン、ルドヴィッグ――皆、今は亡く。
メリーベルやアーバンの息子のリッカとその家族とは細く交流が残っているらしいのだが、過去はすでに過ぎ去ったのだ。
それでも、リッカは来てくれる。
「……しかしまあ、リッカさん。変わりませんね、ほんと」
「変わってませんか?」
「ええ。見た目も、雰囲気も。ずっとあの頃のまま。……俺なんか、もう髭に白いの混じってますよ?」
冗談めかして言うと、リッカは小さく笑った。
「……ありがたいことに、長く生きられているようですから」
「ようですって、そんな」
「ああ、そうだ。奥様が好きだと言うメルクの実、持ってきたんですよ」
「ありがとうございます!カミさんもよろこびますよ。
これ,女性はみんな好きですけど…ジェイガンさんの奥様もお好きでしたよね……」
ジェイガンの後妻となったメリルは、ジェイガンよりも一年前に亡くなっている。
「みんな、先に行ってしまいますね」
その言葉には、重さも、軽さもなかった。ただ事実として、静かに置かれたような響きだった。
「……でも、精霊たちは一緒です」
マウロには見えないが、部屋の空気がわずかに揺れたような気がした。
「何人かは姿を変えましたけど。カルラという子が今は……火の王の一部になっています」
「おお、それは。あの、金平糖好きな子ですか」
「はい。よく覚えていらっしゃいますね」
「だって、初対面でいきなりポケットに金平糖押し込まれましたからね……しかも『主様をよろしく』って。でしたよね?」
リッカが少しだけ目を細めた。笑っているような、懐かしんでいるような顔だった。
やがて、リッカ専用のピンクのカップの茶が空になった頃、リッカは立ち上がった。
◼︎◻︎ ◼︎◻︎ ◼︎◻︎ ◼︎◻︎
夜の風が、ギルドの階段を撫でていく。
リッカはフードをかぶり直し、扉の前に立っていた。
「それでは、また来年」
「お気をつけて。……道中、あんまり盗賊とかを華麗にやっつけすぎないでくださいよ。伝説が加速します」
「気をつけます。できる限りは」
あいまいに笑って、リッカは静かに歩き始めた。
その後ろ姿は、夜の空気に溶けるように遠ざかっていく。
風がふわりと吹いて、ギルドの看板を揺らした。
「……ふう」
マウロは夜空を見上げた。星が静かに、いつも通り瞬いている。
(——俺は、伝説を知ってる。実在する、それを)
記録には残らず、語られることも少なく、それでも確かに存在してきた人。
その人が、自分を『知っている』という事実が、妙に誇らしかった。
「……俺、悪くない生き方してるなあ」
誰に言うでもなくつぶやいて、彼は扉を閉めた。
そのとき、窓の隙間から入り込んだ風が、彼の髪をそっと揺らした。
まるで、どこかの誰かが、くすくすと笑ったような、そんな気がした。
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