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10.スマイルはプライスレス
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やっと慣れた町を出て、進んだのは王都。
一気に都会に進みすぎた気もするが、この世界で強い冒険者が集まるのは王都のギルドだったのだ。
見られてしまった偽装スキルはそのままに、つい先日までいたギルドの何倍もの大きさを誇る入り口をくぐった。見慣れぬ人間がやってきたからかこちらに視線を寄越す者もいたが、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。依頼に来たのだと思ったのだろう。
軽く視線だけで周りを見てみたが、私くらいの年の冒険者はいない。いるのは戦い慣れている冒険者達だけだ。
初心者狩りをするようなレベルの低い者はこの場所に残ることはないのだろう。
早速依頼ボードを見上げれば、あの町に張られていた依頼とは物が全く違う。
そもそも低ランク依頼は常設のもの以外用意されていない。形だけ、といった感じだろう。ここに来るまでに山や森を通ってきたが、依頼にある薬草はこの辺りには生息していない。二日くらい歩けば見つかるだろうが、何かと平行して受けない限りかかるコストが報酬の何倍もいきそうだ。
これではランクを上げるまでに時間がかかりすぎる。いっそのこと少し離れた町や村にいってランクを上げてから戻ってきた方が効率的だろう。
魔石換金生活を送っていれば生活費に困ることはないだろうと安易に考えていたが、ボードに張られた報酬金額は驚くほどに高い。これは物価や宿代もそれなりと考えた方がいいかもしれない。
王都だし、ちゃんと冒険者業した方がいいかもな~と依頼内容の方まで目を通していく。
討伐依頼だと相手はゴブリンやコボルドのような前世でもメジャーな魔物ではなく、覚えるの面倒くさそうな名前の魔物が並んでいた。Bランクまで行くとガイドでしか知り得なかった砂漠地帯の討伐依頼もある。
ちょっと戦ってみたいかも……。
未遭遇の魔物の名前を見ていると、この世界に来てからすっかり戦闘に慣れてしまった私の心がくすぐられる。
特に気になるのはAランク依頼のデザートブルック。
デザートが砂漠って意味だろうと分かっているんだけど、気になってしまうのは私の中にまだ乙女心があるから。
乙女心を持つ者は総じてデザートに弱いのだ。異論は認める。だが『デザート=美味しい』という図式への反論は認めない。
だがこの依頼を受けるには最低でもBランクまでランクを上げる必要がある。勝手に倒そうにも依頼書に書かれているのはどうやら私有地らしい。
お貴族様の領地に大量発生しているから討伐して欲しいみたい。
そういえば砂漠地帯ってほとんどがどこかのお貴族様の領地だったかも?
危険が多いとかで、一般人の立ち入りを禁止しているって書いたあったような気がする。ギリギリのラインでやって来るのを待つのも一つの手段だが、先に全滅させられたら待っていても時間の無駄になってしまう。
身体強化しても昼間の照り返しは暑いだろうし、夜は一気に冷え込むだろう。
慣れない温度差で体調を崩すのは避けたい。
――となると、地道にランクを上げていくのが一番の近道かな。
まだまだランクは低いが、前の町でランク一つ上げていたのはせめてもの救いだろう。そのおかげで薬草狩りをしつづけるか、別の町でランク上げをしてから出直すかを選ばなくて済んだ。同じランクとはいえ他のギルドよりもレベルは高いのだろう。貢献度、つまりランクアップに必要な経験値が今まで滞在していた町よりも高い。
調子乗って初めから王都のギルドに来て命を落とす冒険者もいるのだろう。そのための『薬草狩り』クエストなのかもしれない。
だが私には関係ない。
自分のランクよりも一つ上のランクの依頼を何枚か剥がして、一か所だけなぜかガラガラなカウンターへと持っていく。
「すみません。この依頼受けたいのですが」
書類処理をしていた職員さんが顔をあげてから、ああ失敗したなと気付く。だがもう遅い。
私の声に応じて手を止めてくれた銀縁メガネと眉間の皺が特徴的な若い男性職員さんは端正な顔を歪めているのだから。
「……失礼ですが、ランクは?」
「Dランクです」
「他のメンバーは?」
「え?」
「Dランクならば4人以上のパーティーで行くのが一般的です。それも一度にいくつも受けるなんて」
「駄目ですか?」
前の町では一部の依頼を除いて最大5つまで受注可能だと説明を受けた。このギルドで依頼ボードを眺めている間も何人かの冒険者が複数枚の依頼書を持って行ったのは確認済みだ。
もしやソロ差別か? 幼いからって下に見るんじゃない!
相手の目を真っすぐに見据える。
この前のギルドでは幼いことがいい方向へ働いていた。だが実力主義者ばかりが集まるこの場所ではマイナスでしかないのだろう。それでも幼いからと言って皆が弱いとは限らない。見た目で判断され、舐められたら終わりだ。
しかも今回の相手はギルド職員さんだ。
ここで簡単に引いてしまえば、私の冒険者人生が大きく変わってしまう。わざわざ王都まで来て尻尾を巻いて帰るつもりなんてない。
就活で培った、マナーの一つである『人の目を見て話す』を生かしてじいっと見つめ続ける。もちろんプライスレスのスマイルを添えて。
これで好感度が上がったのかどうかはさておき、どうやら我慢できなくなったらしい相手がついっと視線を逸らした。
「自殺行為です」
「大丈夫ですよ。私、強いので」
「……登録されたギルドで聞いているとは思いますが、原則として特殊クエスト以外の依頼で負った冒険者の怪我や離脱に対してギルドからの保証はございません。そちらを了承して頂いた上での受注ということでよろしいですね?」
「はい」
了承の返事をすれば長いため息を吐いた。
わざとらしくダンダンと大きな音を立ててギルド印を押したのは嫌がらせなのだろう。
小さいからって舐めるんじゃない! と依頼書を奪いとれば、彼は小さく言葉を漏らす。
「……違約金はかかりますが依頼の取り消しも可能です。無理せず依頼の破棄をするのも優秀な冒険者の選択ですから」
どうやら心配してくれているらしい。
眉間に皺が何本も刻まれていて、すっごく分かりづらいけど、案外いい人なのかも?
非礼を詫びるためにご忠告ありがとうございます、と深めに頭を下げる。
「無理せず命大事に、ですね」
ハンコでの威嚇は大人げないと思うが、一度苦い体験をしている私としては、初めから優しくされるよりはこのくらいの方がちょうどいいスタートのように思える。
このギルドと、そして彼とは長い付き合いになれるといいのだが……。
「無理だと悟ったらパーティーを組むのも一つの手段ですので」
目線を逸らした彼の皺は少し、本当に気持ちばかり和らいだ気がした。
職員さんの心配をよそに、私は着々と魔物討伐に繰り出してナイフと魔法で魔物をなぎ倒していく。もちろん怪我はない。
王都での初仕事で困ったことを挙げるならば、魔物発生場所まで距離があり、移動時間が長いことくらいだろう。
そろそろ転移スキルを取得するか本腰を入れて検討すべきなのかもしれない。
だが『転移』といえばシュッといきなりどこからかやって来るものだ。魔空間とか4次元空間とかを経由して短時間で移動するのだろうが、仕組みはどうでもいい。
問題は他人から見ればどこかから湧いて出たように見えてしまうこと。
つまり目撃されたらめっちゃ目立つ。また転移した場所に誰かがいた場合はどうなるのかが説明に書かれていないことが不安材料でもある。
座標を決めて転移するタイプだった場合、高さの方の数値を間違えると上から落下して~なんてこともありそうだ。
壁と重なって抜け出せなくなったりとか前世のゲームでもあったような?
そこからスキル発動出来ればいいけど、使えなかったら親切な人が通りがかるのを待つしかない。
最悪、飢えか脱水で死ぬ。
一度目がトラックで、二度目が飢え・脱水とかシャレにならない。ネタにも出来ない。
そもそも次も記憶持ち転生出来るか、転生先の世界にトラックが存在するかは実際に転生してみないと知るよしもない。だがそんなことを積極的に試すつもりは毛頭ない。
そんなわけで『命大事に!』をスローガンに掲げつつ、私は今日もお尻が痛いのを我慢しながら、ガタガタと揺れる乗り合い馬車を利用して移動するのだった。
一気に都会に進みすぎた気もするが、この世界で強い冒険者が集まるのは王都のギルドだったのだ。
見られてしまった偽装スキルはそのままに、つい先日までいたギルドの何倍もの大きさを誇る入り口をくぐった。見慣れぬ人間がやってきたからかこちらに視線を寄越す者もいたが、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。依頼に来たのだと思ったのだろう。
軽く視線だけで周りを見てみたが、私くらいの年の冒険者はいない。いるのは戦い慣れている冒険者達だけだ。
初心者狩りをするようなレベルの低い者はこの場所に残ることはないのだろう。
早速依頼ボードを見上げれば、あの町に張られていた依頼とは物が全く違う。
そもそも低ランク依頼は常設のもの以外用意されていない。形だけ、といった感じだろう。ここに来るまでに山や森を通ってきたが、依頼にある薬草はこの辺りには生息していない。二日くらい歩けば見つかるだろうが、何かと平行して受けない限りかかるコストが報酬の何倍もいきそうだ。
これではランクを上げるまでに時間がかかりすぎる。いっそのこと少し離れた町や村にいってランクを上げてから戻ってきた方が効率的だろう。
魔石換金生活を送っていれば生活費に困ることはないだろうと安易に考えていたが、ボードに張られた報酬金額は驚くほどに高い。これは物価や宿代もそれなりと考えた方がいいかもしれない。
王都だし、ちゃんと冒険者業した方がいいかもな~と依頼内容の方まで目を通していく。
討伐依頼だと相手はゴブリンやコボルドのような前世でもメジャーな魔物ではなく、覚えるの面倒くさそうな名前の魔物が並んでいた。Bランクまで行くとガイドでしか知り得なかった砂漠地帯の討伐依頼もある。
ちょっと戦ってみたいかも……。
未遭遇の魔物の名前を見ていると、この世界に来てからすっかり戦闘に慣れてしまった私の心がくすぐられる。
特に気になるのはAランク依頼のデザートブルック。
デザートが砂漠って意味だろうと分かっているんだけど、気になってしまうのは私の中にまだ乙女心があるから。
乙女心を持つ者は総じてデザートに弱いのだ。異論は認める。だが『デザート=美味しい』という図式への反論は認めない。
だがこの依頼を受けるには最低でもBランクまでランクを上げる必要がある。勝手に倒そうにも依頼書に書かれているのはどうやら私有地らしい。
お貴族様の領地に大量発生しているから討伐して欲しいみたい。
そういえば砂漠地帯ってほとんどがどこかのお貴族様の領地だったかも?
危険が多いとかで、一般人の立ち入りを禁止しているって書いたあったような気がする。ギリギリのラインでやって来るのを待つのも一つの手段だが、先に全滅させられたら待っていても時間の無駄になってしまう。
身体強化しても昼間の照り返しは暑いだろうし、夜は一気に冷え込むだろう。
慣れない温度差で体調を崩すのは避けたい。
――となると、地道にランクを上げていくのが一番の近道かな。
まだまだランクは低いが、前の町でランク一つ上げていたのはせめてもの救いだろう。そのおかげで薬草狩りをしつづけるか、別の町でランク上げをしてから出直すかを選ばなくて済んだ。同じランクとはいえ他のギルドよりもレベルは高いのだろう。貢献度、つまりランクアップに必要な経験値が今まで滞在していた町よりも高い。
調子乗って初めから王都のギルドに来て命を落とす冒険者もいるのだろう。そのための『薬草狩り』クエストなのかもしれない。
だが私には関係ない。
自分のランクよりも一つ上のランクの依頼を何枚か剥がして、一か所だけなぜかガラガラなカウンターへと持っていく。
「すみません。この依頼受けたいのですが」
書類処理をしていた職員さんが顔をあげてから、ああ失敗したなと気付く。だがもう遅い。
私の声に応じて手を止めてくれた銀縁メガネと眉間の皺が特徴的な若い男性職員さんは端正な顔を歪めているのだから。
「……失礼ですが、ランクは?」
「Dランクです」
「他のメンバーは?」
「え?」
「Dランクならば4人以上のパーティーで行くのが一般的です。それも一度にいくつも受けるなんて」
「駄目ですか?」
前の町では一部の依頼を除いて最大5つまで受注可能だと説明を受けた。このギルドで依頼ボードを眺めている間も何人かの冒険者が複数枚の依頼書を持って行ったのは確認済みだ。
もしやソロ差別か? 幼いからって下に見るんじゃない!
相手の目を真っすぐに見据える。
この前のギルドでは幼いことがいい方向へ働いていた。だが実力主義者ばかりが集まるこの場所ではマイナスでしかないのだろう。それでも幼いからと言って皆が弱いとは限らない。見た目で判断され、舐められたら終わりだ。
しかも今回の相手はギルド職員さんだ。
ここで簡単に引いてしまえば、私の冒険者人生が大きく変わってしまう。わざわざ王都まで来て尻尾を巻いて帰るつもりなんてない。
就活で培った、マナーの一つである『人の目を見て話す』を生かしてじいっと見つめ続ける。もちろんプライスレスのスマイルを添えて。
これで好感度が上がったのかどうかはさておき、どうやら我慢できなくなったらしい相手がついっと視線を逸らした。
「自殺行為です」
「大丈夫ですよ。私、強いので」
「……登録されたギルドで聞いているとは思いますが、原則として特殊クエスト以外の依頼で負った冒険者の怪我や離脱に対してギルドからの保証はございません。そちらを了承して頂いた上での受注ということでよろしいですね?」
「はい」
了承の返事をすれば長いため息を吐いた。
わざとらしくダンダンと大きな音を立ててギルド印を押したのは嫌がらせなのだろう。
小さいからって舐めるんじゃない! と依頼書を奪いとれば、彼は小さく言葉を漏らす。
「……違約金はかかりますが依頼の取り消しも可能です。無理せず依頼の破棄をするのも優秀な冒険者の選択ですから」
どうやら心配してくれているらしい。
眉間に皺が何本も刻まれていて、すっごく分かりづらいけど、案外いい人なのかも?
非礼を詫びるためにご忠告ありがとうございます、と深めに頭を下げる。
「無理せず命大事に、ですね」
ハンコでの威嚇は大人げないと思うが、一度苦い体験をしている私としては、初めから優しくされるよりはこのくらいの方がちょうどいいスタートのように思える。
このギルドと、そして彼とは長い付き合いになれるといいのだが……。
「無理だと悟ったらパーティーを組むのも一つの手段ですので」
目線を逸らした彼の皺は少し、本当に気持ちばかり和らいだ気がした。
職員さんの心配をよそに、私は着々と魔物討伐に繰り出してナイフと魔法で魔物をなぎ倒していく。もちろん怪我はない。
王都での初仕事で困ったことを挙げるならば、魔物発生場所まで距離があり、移動時間が長いことくらいだろう。
そろそろ転移スキルを取得するか本腰を入れて検討すべきなのかもしれない。
だが『転移』といえばシュッといきなりどこからかやって来るものだ。魔空間とか4次元空間とかを経由して短時間で移動するのだろうが、仕組みはどうでもいい。
問題は他人から見ればどこかから湧いて出たように見えてしまうこと。
つまり目撃されたらめっちゃ目立つ。また転移した場所に誰かがいた場合はどうなるのかが説明に書かれていないことが不安材料でもある。
座標を決めて転移するタイプだった場合、高さの方の数値を間違えると上から落下して~なんてこともありそうだ。
壁と重なって抜け出せなくなったりとか前世のゲームでもあったような?
そこからスキル発動出来ればいいけど、使えなかったら親切な人が通りがかるのを待つしかない。
最悪、飢えか脱水で死ぬ。
一度目がトラックで、二度目が飢え・脱水とかシャレにならない。ネタにも出来ない。
そもそも次も記憶持ち転生出来るか、転生先の世界にトラックが存在するかは実際に転生してみないと知るよしもない。だがそんなことを積極的に試すつもりは毛頭ない。
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