悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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14.揺らぐお嬢ちゃんポジション!?

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「ところでこれから一体何があるんですか?」
「人と会ってもらいます」
「人、ってざっくりしすぎてません? もうちょっと情報ないんですか?」
「Sランク冒険者です」
「Sランクって国に数人しかいないっていうレアリティ高い人達のことですか? そんな人が一体何の用事ですか?」
「あなたが戦っているところを見たそうで。スカウトに来るそうです」
「あ~ちょっと私、急な用事を思い出しまして」

 いつだ!?
 クエスト中はアイテム倉庫もポイント交換も頻繁に行っている。
 戦闘に入る前は結構念入りに周りを確認したつもりだったのに、まさか見られていたなんて……。

 つい先ほどのエドルドさんの反応からすると、私が単身で無双しているという情報は彼に回っていないと判断してもいいだろう。大事な場面は見られていない、と思いたいけどガッツリ『戦っているところを見た』って言われちゃってるしなぁ。

 エドルドさんに詳しい情報を伝えていないだけという可能性が非常に高い。

 ああ、もうお腹痛い。
 なんで私、ケーキでオッケーしちゃったんだろう?

 とりあえず状況を立て直して、場合によってはこの過ごしやすい王都を去ることも視野に入れなければならない。

 あのホテルから離れるのも、この過ごしやすい場所から移動するのも正直避けたい。
 それでも悪目立ちたくはしたくないのだ。

 金で人を雇っていると思われているからか、仕事をバリバリこなしていても、金使いが荒くとも、他の冒険者さん達が私を特別気にする様子もない。あの町から遠く離れているからか、私の鑑定結果を知った誰かがやって来ることもなければ噂だけが風に乗ってくることもない。舐めてかかってくる相手もいない。
 今みたいな『バックに超強い人がいて、その人のおかげで成り上がっているだけのお嬢ちゃん』的ポジションがなんだかんだで一番楽なのだ。

 ぬるま湯に浸かって居続けたい私にとってイレギュラーなど危険以外の何者でもない。

 腰を上げ、ドアの方向へ足を向ける。
 早速離脱スタイルに入る私の手をエドルドさんは掴んだ。

「参考までにお伝えすると今食べたお菓子ですが、お相手からの差し入れです」
「ハメましたね!?」
「私、ちゃんと忠告しましたよね? 詳細を聞かずに食いつくあなたが悪いんです。お茶のおかわり淹れてあげるので、良い子に待機してください」
「ぐっ……」

 確かに聞いた。
 つい数十分前に聞いた。
 ちゃんと忠告してくれたのに、エドルドさんが私を貶めることはないと安心しきっていたのは私だ。
 まさかこんなに早く痛い目見ることになるなんて……。

 毒盛られなかっただけいいのかな?
 いや、毒耐性を持つ私にとっては毒を盛られるよりも悪い。
 しかも離脱も困難だからタチが悪い。
 ならばせめて少しでも気を紛らわせるべきだろう。

「ならばケーキの追加を要求します」
「予約待ちのもののため、二つしか手に入らなかったそうで、もうありません」
「なんでそんな貴重なものエドルドさんも食べちゃったんですか!」
「あなたを捕まえておくための労力を払うには対価が必要だと伝えたら、彼が用意してくれたからですよ」
「正当な対価ですか……」
「いえ、彼からの要望だったので妥協しただけで、本来私クラスの人間をケーキ一つで拘束出来ることなどあり得ません」

 私クラスって、エドルドさんってただのギルド職員じゃないの?
 職員さんって案外高い地位の職業なのかな?
 それとも王都のギルドは特殊で、国家公務員みたいな役職なのかな?

 いつ行ってもエドルドさんの受付はガラガラで、私が来たら結構どうでもいい会話ばかりしている。正直暇な仕事なんだろうと思ってたんだけど、偉い人だっていうなら考えを改めた方がいいのかもしれない。まぁあくまで認識を少し改めるだけだから、対応は今まで通りなのだが。

「なら残しておいてくれれば……」
「私がもらったものですので」
「……食べたかったんですね?」
「甘いものが得意ではなかったはずの知り合いが自慢してきたもので、どんなものか気になっただけです」

 速攻で食べていたのは私に取られないためだったのか。
 さすがエドルドさん、私の性格をよく理解していらっしゃる。

「ちなみに感想は?」
「非常に美味しかったです。王子が贈ったモンブラン以外のケーキやお菓子も予約が入るのも納得です」
「今、予約待ちどれくらいなんでしょうね?」
「ケーキ類が最短で1年、焼き菓子が半年ですね」
「結構待ちますね」
「焼き菓子なら待たずに食べる方法があるぞ?」
「なんですか!?」
「俺のパーティーに加入してくれ」
「パーティーって何言って……」

 エドルドさんの声じゃないことに気づいて、顔を上げればエドルドさんの隣には見慣れぬ男が座っていた。
 燃えさかる炎のような深紅の髪と、太陽を燦々と浴びて育ったオレンジのような瞳を持つ若い男性だ。年は20代後半といったところだろうか。

 物音は全くなかったのに、いつの間に入ってきたんだろう?

 目を見開く私とは対象的に、呑気に紅茶をすするエドルドさん。だがその視線は男性の脇にある紙袋に固定されている。

 おそらくそこに焼き菓子が入っているのだろう。
 よほどモンブランが気に入ったと見た。
 元々甘いものを携帯していることの多いエドルドさんにとって、新たなお菓子、それも美味しいことがほぼ確定していれば気にするなというのが無理な話だ。けれど甘いものが好きなのは私も同じこと。

「おい、二人とも無視しないでくれるか?」
 謎の男性のことは二の次で、思い切り紙袋をガン見してしまう。

「話を進行させたくばそのお菓子を寄越しなさい」
「いや、これは仲間になってくれた時に渡そうと……」
「時間は有限です。遅れてきた者の意見が聞き入れられるとでも?」
「……俺が悪かった」
「分かればよろしい」
 新しいお茶を淹れてきますと告げて一度部屋を出て行くエドルドさんの背中を、謎の男性は肩を落としながら見つめていた。

 十中八九、彼がSランク冒険者なのだろう。
 国に数人しかいないくらいだから、相当な実力者であるはずなのだが、主人に叱られた大型犬にしか見えない。
 どうやって逃げようと考えていたのが途端に馬鹿らしくなって、私は残りわずかのほどよく冷めたお茶を飲み干すのだった。

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