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42.ちょっと待って、私も聞いてない
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「実は私、近々彼女と婚約を結ぶ予定なんです」
「は?」
ぽかんと口を開けて、目を丸くしている義弟さん。だが「は?」と言いたいのは私も同じだ。
そんなこと聞いてないし、結ぶ予定もない。一体何を言い出すのかとエドルドさんを横目で睨めば、彼は涼しい顔で言葉を続ける。
「彼女も学生になったばかりですし、時期を伺っていたのですが……」
「う、嘘だ! そんなことお父様は一言も……」
衝撃的な事実にガタガタと身を震わせる義弟さん。嘘だ、と言いつつもそれは真実から目を背けるための言葉であって、エドルドさんが嘘を吐いているなどみじんも疑っていないようだ。
「まだ話していませんから。このことを知っているのは私達の他にレオンとロザリアさん、そしてあなただけです」
「そんな。兄貴が婚約なんて……」
「結婚するのはまだまだ先ですし、彼女の負担になると困るので公にするつもりはありませんが」
「けっこん、けっこん、けっこん……」
その言葉だけを繰り返し、義弟さんは玄関方面へ歩いて行ってしまった。
不幸を背負ったような背中が不憫でたまらない。
だが私が何か言葉を投げたところで彼には胸を引き裂くナイフにしかならないのだろう。
顔色一つ変えずに義弟さんをここまで追い詰めたエドルドさんを見上げる。すると彼は少しだけすっきりした表情を浮かべている。まるで大きな仕事を一つ片付けたかのようだ。
「なに嘘、教えているんですか」
「これからも何かある度に来られると面倒だと思いまして。それに婚約を結んだことにすれば義母から見合い写真が送られてくることもなくなりますし、一石二鳥です」
私は利用されたのだ。
そしてこれから三年間、利用され続ける。
ーーお見合いを断るために。
次期当主の座を義弟さんに譲ったとはいえ、現在王都のギルド長を務める彼が女性陣にとっての優良物件であることは変わりないのだろう。それに加えてお孫さんの顔が見たい義母さん。
タッグを組んだ見合い責めはよほど辛かったのだろう。だからといって知り合いが養子に迎えた娘を婚約者として迎えるかと言う話だが、そこは私では窺い知ることの出来ない苦労があるーーと信じたい。
「この話、レオンさんは知っているんですか?」
「もちろん知りませんよ。つい先ほど浮かんがばかりですので」
「本当に一人で婚約話を作り出すとか、エドルドさん、日頃の疲れが溜まりすぎて気が狂ってるんじゃないですか……」
相手が私じゃなかったら、今頃騒いでいる所だ。
ふざけるな! と怒り出すか、玉の輿じゃ~! と喚起するか、ロリコン! と距離を置くかは人によるだろう。
いずれにしても冷静な判断ではないことだけは確かだ。
いつもは向けられる側の呆れ顔をエドルドさんに向ければ、彼ははぁと息を漏らした。
「失礼ですね。ちゃんと後のことも考えてますよ」
「本当に?」
「卒業したらあなたは継続的にメリンダになる必要性がなくなりますし、この屋敷に下宿を続ける理由もありません。ならメリンダの卒業と同時に、彼女の夢を応援したとか適当な理由を付けて婚約を破棄すればいいんです。そこから数年は見合いを拒否する理由が出来ます」
婚約を続けている期間も主に義弟さん関係の厄介事が舞い込んで来そうだが、破棄した後も面倒が続きそうだ。何が悲しくて逃げる相手を増やさなければならないのだ。
もう回避できないところまで来てしまっていても、せめて何かしらの旨みが欲しい。
「なるほど。それ、エドルドさんは良くても、私には何の利益もありませんよね」
「私の婚約者に価値はないと?」
「いや、別にそこまでは言ってませんけど……」
「ならレオンを丸め込む担当よろしくお願いします」
「肝心なところは私頼りなんですね」
「預かって数日で婚約したなんて話したら、レオンは必ず王都に戻ってきますので」
利益どころか面倒事しかないじゃない。
衣食住が完璧に揃っている代わりにいろいろと厄介事を抱え込んでいる気がしてならない。
これもエドルドさんの屋敷に下宿を決めてしまったからには避けられない宿命なのか……。嫌な運命だ。
はぁ……とため息を漏らせば、横からタルトが差し出される。
ああ、美味しい。
カスタードの甘みとイチゴの酸味が絶妙にマッチしている。
やっぱりヤコブさん最高……。
この味を手放したくない私が選ぶのは『残留』で。お茶のおかわりと共に弱音を飲み込むしかないのだ。
「三年の期間限定って話せばどうにか……なりませんね」
「あなたの説得に期待していますよ。婚約者さん」
「拒否権は?」
「ないです」
「ですよね」
なんて言えばいいんだろう。
とりあえず今日の夜にでも予定を聞く手紙を出して、都合のいい日に南方へ足を運ぼう。
事を荒立てないように『三年間』ということを強調していく作戦で。余裕をもって翌日の予定も開けておいた方が良さそうだ。
こうして私は三年間『レオンさんの養子』に加え、『エドルドさんの婚約者』役までこなすこととなったのだった。
「は?」
ぽかんと口を開けて、目を丸くしている義弟さん。だが「は?」と言いたいのは私も同じだ。
そんなこと聞いてないし、結ぶ予定もない。一体何を言い出すのかとエドルドさんを横目で睨めば、彼は涼しい顔で言葉を続ける。
「彼女も学生になったばかりですし、時期を伺っていたのですが……」
「う、嘘だ! そんなことお父様は一言も……」
衝撃的な事実にガタガタと身を震わせる義弟さん。嘘だ、と言いつつもそれは真実から目を背けるための言葉であって、エドルドさんが嘘を吐いているなどみじんも疑っていないようだ。
「まだ話していませんから。このことを知っているのは私達の他にレオンとロザリアさん、そしてあなただけです」
「そんな。兄貴が婚約なんて……」
「結婚するのはまだまだ先ですし、彼女の負担になると困るので公にするつもりはありませんが」
「けっこん、けっこん、けっこん……」
その言葉だけを繰り返し、義弟さんは玄関方面へ歩いて行ってしまった。
不幸を背負ったような背中が不憫でたまらない。
だが私が何か言葉を投げたところで彼には胸を引き裂くナイフにしかならないのだろう。
顔色一つ変えずに義弟さんをここまで追い詰めたエドルドさんを見上げる。すると彼は少しだけすっきりした表情を浮かべている。まるで大きな仕事を一つ片付けたかのようだ。
「なに嘘、教えているんですか」
「これからも何かある度に来られると面倒だと思いまして。それに婚約を結んだことにすれば義母から見合い写真が送られてくることもなくなりますし、一石二鳥です」
私は利用されたのだ。
そしてこれから三年間、利用され続ける。
ーーお見合いを断るために。
次期当主の座を義弟さんに譲ったとはいえ、現在王都のギルド長を務める彼が女性陣にとっての優良物件であることは変わりないのだろう。それに加えてお孫さんの顔が見たい義母さん。
タッグを組んだ見合い責めはよほど辛かったのだろう。だからといって知り合いが養子に迎えた娘を婚約者として迎えるかと言う話だが、そこは私では窺い知ることの出来ない苦労があるーーと信じたい。
「この話、レオンさんは知っているんですか?」
「もちろん知りませんよ。つい先ほど浮かんがばかりですので」
「本当に一人で婚約話を作り出すとか、エドルドさん、日頃の疲れが溜まりすぎて気が狂ってるんじゃないですか……」
相手が私じゃなかったら、今頃騒いでいる所だ。
ふざけるな! と怒り出すか、玉の輿じゃ~! と喚起するか、ロリコン! と距離を置くかは人によるだろう。
いずれにしても冷静な判断ではないことだけは確かだ。
いつもは向けられる側の呆れ顔をエドルドさんに向ければ、彼ははぁと息を漏らした。
「失礼ですね。ちゃんと後のことも考えてますよ」
「本当に?」
「卒業したらあなたは継続的にメリンダになる必要性がなくなりますし、この屋敷に下宿を続ける理由もありません。ならメリンダの卒業と同時に、彼女の夢を応援したとか適当な理由を付けて婚約を破棄すればいいんです。そこから数年は見合いを拒否する理由が出来ます」
婚約を続けている期間も主に義弟さん関係の厄介事が舞い込んで来そうだが、破棄した後も面倒が続きそうだ。何が悲しくて逃げる相手を増やさなければならないのだ。
もう回避できないところまで来てしまっていても、せめて何かしらの旨みが欲しい。
「なるほど。それ、エドルドさんは良くても、私には何の利益もありませんよね」
「私の婚約者に価値はないと?」
「いや、別にそこまでは言ってませんけど……」
「ならレオンを丸め込む担当よろしくお願いします」
「肝心なところは私頼りなんですね」
「預かって数日で婚約したなんて話したら、レオンは必ず王都に戻ってきますので」
利益どころか面倒事しかないじゃない。
衣食住が完璧に揃っている代わりにいろいろと厄介事を抱え込んでいる気がしてならない。
これもエドルドさんの屋敷に下宿を決めてしまったからには避けられない宿命なのか……。嫌な運命だ。
はぁ……とため息を漏らせば、横からタルトが差し出される。
ああ、美味しい。
カスタードの甘みとイチゴの酸味が絶妙にマッチしている。
やっぱりヤコブさん最高……。
この味を手放したくない私が選ぶのは『残留』で。お茶のおかわりと共に弱音を飲み込むしかないのだ。
「三年の期間限定って話せばどうにか……なりませんね」
「あなたの説得に期待していますよ。婚約者さん」
「拒否権は?」
「ないです」
「ですよね」
なんて言えばいいんだろう。
とりあえず今日の夜にでも予定を聞く手紙を出して、都合のいい日に南方へ足を運ぼう。
事を荒立てないように『三年間』ということを強調していく作戦で。余裕をもって翌日の予定も開けておいた方が良さそうだ。
こうして私は三年間『レオンさんの養子』に加え、『エドルドさんの婚約者』役までこなすこととなったのだった。
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