悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
44 / 114

43.チャット機能と転生者、あと白滝

しおりを挟む
「レターセットです。足りないようでしたら追加で渡しますので、心ゆくままに書き綴ってください」

 部屋に戻ってすぐ、ドアを叩かれたと思ったらこれだ。

 日直を一人でこなしているのかと突っ込みたくなるほどの紙の量。これ、ほぼ全て便せんなのか。封筒の影が見えないのは最悪、ここには含まれていない場合もある。

 思わずうぇっと声が出てしまう。

 レオンさんを説得しろ、と自室から便せんという便せんをかき集めたのか、はたまた元より私用としてキープしていたのか。
 多分前者だ。
 私用ならもっと早くくれたはずだ。忘れてたにしてもこんなタイミングで渡すはずがない、と思う。



 言い切れないのはエドルドさんの感情が読めないから。
 標準装備の無表情はどうにかならないものだろうか。
 言いたいことは結構ズバッと言うタイプで、嘲笑する時は分かりやすくなる。その他にもお菓子が絡むと顔に出やすくはなるのだが、それ以外の面が不便だ。

 婚約者役になったからには少しでも察せられる能力を高めておいた方がいいだろう。

 心を読むスキルまでとは言わないが、その人の感情が額に見えるようになるスキルとかあったらいいのに……。

「ここ置いておきますね」
「あ、はい」
 私の胸のうちなど知らないエドルドさんはドアを広く開け、ツカツカと室内へと入っていく。バッグが下げられただけの机の上に乗せればドンッと何やら凄い音が響いた。
 明らかにレターセットが出す音ではないそれを奏でて、エドルドさんはさっさと部屋を後にする。


 ブラック企業勤めの社畜さん達のデスクに書類が積み上げられる音ってこんな音なんだろうな。


 電子化しろよ! とどこからか聞こえてくるのは気のせいだろう。私、ブラック回避してここにいるし。そんな声は聞こえないはずだ。


 この世界には電子メールを受信・送信する機械などない。
 唯一、私の持つチャット機能だけが電子メールと似た役割を果たすが、私以外に誰が所有しているのかは不明だ。

 そもそもこの世界の人は魔道具を介しなければ自らのステータスを見ることすら出来ないのだ。それはつまりステータス欄から飛ぶことが出来るチャット機能は使えないということでもある。


 チートの一つなのか。
 転生者に与えられた特典なのかもしれない。


 転生者って私以外にもいるのかな?
 転生者ーー別の世界から生まれ変わった者。記憶持ちかどうかはまた別枠になるのだろう。


 だが『私と同じ転生者』と考えて真っ先に浮かぶのは、アザラシのようなまん丸ボディを持ったグルメマスターの姿だった。もっちもちのふくふくな身体はさておき、注目したいのは彼女が考案したグルメだ。


 やはり数年前に王都で食した、白滝の入っていない肉じゃがが気になってしまう。


 こんにゃくが発見されていない世界で『白滝』なんてワードを思いつくだろうか。私には絶対無理だ。

 もしも私が知らないだけでこんにゃくが存在しているとして、糸状に加工したこんにゃくを『糸こんにゃく』ではなく『白滝』と命名する確立はどのくらいだろう?

 前世でもなぜ『白滝』と命名されたのかを全く知らないが、おそらく滝に似ていたとか言う理由なのだろう。地域によって呼び名が違ったくらいだからどちらかが後付けだ。
 どちらが先かはともかくとして、グルメマスターが白滝を命名した人と全く同じ感覚を持ち合わせていないとあの名前は出てこないだろう。


 他の店のこともある。
 シュタイナー家が運営する店は現在王都に7店舗あるらしい。
 そのどれもがこの世界でお目にかかるとは思っていなかった品ばかり。アイスクレープなどまだ良い方。エドルドさんの話によれば、最近では味噌田楽を出す店が出来たらしい。
 チョイスが渋い上に、アイスクレープからの差が凄いが、もしかしたら彼女も転生者では……という考えは真実味を帯びてくる。


 前世の知識を国中に披露する彼女の意図は掴めない。
 転生者ではなく、彼女の力でこれらの料理に辿り着いている可能性も否定は出来ない。

 それにあのステータス。
 私ほどではないが、現地人にしては高すぎる。取得しているスキルは変なものばかりで、ジョブは学生と踊り子の二重持ちであることも気になってしまう。


 もしも転生者だとすれば、敵視されないといいのだが……。
 グルメマスターは教祖であり、神だ。
 グルメは信仰。

 信者は多数。
 今日の入学式から察するに学園のほとんどが信者と考えていいだろう。おそらく講堂を埋めるどころか、立ち見保護者まで続出したのはグルメマスターの姿を拝みたかったから。

 未だに積極的に関わりたいと思える相手ではないが、情報収集を怠れば簡単に足下を掬われるような相手だと思う。


 同じ転生者で敵意がなければいろいろと聞いて状況を整理したいと言う気持ちもあるが、そもそも彼女が一人になる瞬間が存在するのか。
 婚約者の溺愛具合は今まで噂には聞いていたが、信者とのタッグを組まれれば私の入る隙間などない。

 やっぱり情報収集をしつつ、傍観者でいるのが無難ね。
 エドルドさんが築いた山から数枚の便せんを取り出して、早速ペンを走らせる。

 前世でもなかなか手紙なんて書く機会はなかったため、なんだか妙に緊張してしまう。
 こういう時って拝啓○○様って始めるんだっけ?
 そこからすぐに本題に入らず、時候の挨拶で相手への思いやりを~ってこんなに悩むくらいなら困ったらパソコンの予測変換に頼ればいい! と変な方向に割り切るんじゃなかった。

 そもそもこの世界の時候の挨拶って何?
 四季なんてざっくりしかないし、入学シーズンなのに梅も桜も咲いてませんけど!?
 思い浮かぶテンプレートは全滅だ。

 もういいや、適当で。
『南方に行ってから数週間が経過しましたが、一人でもしっかりとご飯を食べてますか』
 どうせレオンさん相手なんだから、そんなにかしこまっても無駄無駄。初回だしゆるくいこう。

 まともな手紙は、学園で手紙のマナーでも学んだ時にでも出すことにしよう。

 教養が身につくごとに進化する手紙ってことで。
 とりあえず今回は入学式の話と、明日から始まるオリエンテーションの話を書いて、そこからそれとなく用事があることを匂わせつつ、予定が合う日を探って……っと。

 うん、こんなものかな。
 ダラダラと書いていったせいで5枚も出来てしまったが、短すぎて心配されるよりはいいだろう。


 山をかき分けてやっと封筒を発見する。
 けれど当然のように両面テープなど付いていない。
 テープのりか液体のりないかな~と探したところでレターセット山の中にも、机の引き出しの中にも入っていない。

 急いでいたからのりまで用意するのを忘れてしまったのだろうか?
 どうせ書けた手紙はエドルドさんに頼んで送って貰わなければならないのだ。
 中身が順番に並んでいるかを確認して封筒に入れ直すと、エドルドさんの部屋へと向かった。

 エドルドさんの部屋は二階の端。
 下宿二日目に何かあったらここに来るようにと場所を教えて貰っていたのだが、大抵の用事は食事の際に話せば済むため、足を運ぶのは今日が初めてだ。



 コンコンコンとドアをノックすると、すぐに「はい」と短い返事が返ってくる。ドアを開けば、エドルドさんは何やら書類仕事を行っていた。

 初めて来た時も思ったがこの部屋は書斎のようだ。
 部屋の端にベッドが用意されており、ここで寝起きしているのだろうが、部屋にはいくつもの本と大量の書類が山を作っている。それも雑に置かれているのではなく、整理された山だというのだから引き出しもぎっちりと埋まってしまっているのだろう。この部屋を見てしまえばさっき運ばれてきたレターセットなんて小さく思えてしまう。

「どうしました?」
 部屋を見渡す私に、エドルドさんは一度手を止める。
 仕事の邪魔をするくらいならのりなんて明日の朝聞けば良かったかもしれない。だがもう来てしまったからにはこれ以上時間を取らせないように務めるだけだ。
 私は手に持っていた手紙を胸元に掲げながら用事を切り出す。


「手紙を書き終わったんですけど、封をするものがなくて……。のり貸してもらえますか?」
「のりはありませんが、封蝋ならありますよ」
「封蝋……」
「使い方分かりますか?」

 まさかの封蝋。
 洋画で目にしたことはあるが、実際に使ったことはない。
 家紋入りの焼き型に蝋を流し込んで使うんだっけ?
 ラノベでも西洋風ファンタジー世界が舞台だと使われていた気がする。だが詳しい描写はなかった。
 封蝋をする、で終わり。
 現代ものでものりして終わりだし、そんなものなのかもしれないと流していたが、まさかここで使用する機会があるとは……。

「分かりません」
「ならこちらで付けて送ります」
「お願いします」

 手紙の書き方どころか封の仕方も分からない私はぺこりと頭を下げて手紙を差し出すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

処理中です...