悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

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49.最初の話題はもちろん

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「今日のグルメマスターのご様子はどうでしたか?」
学園生活が始まってから、帰宅後の会話のスタートはこれと決まっている。
エドルドさんもまたグルメマスター信者なのだろう。
入学式に出席したのはグルメマスターの姿を拝みたかったからだろうと踏んでいる。
この世界にはビデオカメラがないため持参することはなかったが、あったら確実に私の隣の席を映していたことだろう。
文化祭や体育祭によく似たイベント事は入学式のような光景を目にすることになるのだろうか。イベント事はなるべく欠席しようと心に決めて、いつも通りの言葉を返す。

「相変わらずです。今日も選択する授業がことこどく満員になってました」
「そうですか」
納得するように小さく頷いてから、二つ目の話題へと移る。

「あなたの方はどうです?」
ついでのように聞かれるこれもお馴染みとなりつつある。
興味もないだろうに、わざわざ聞いてくれるのは優しさだろうか。とはいえ、私も毎日変わったことがある訳でもない。ここ数日返す言葉は同じものだ。

「今日もいくつか席にあぶれて科目を変更しました」
「そうですか」
いつも通りにそう答えて、そういえば今日は変わったことがあったな、と思い出す。

「ああ、そうそう。義弟さんに会いましたよ」
「義弟に?」
「はい。6限で遭遇しました。授業終了後に空き教室に連れ込まれまして」
「あ?」
あに濁点が付いたような声に思わず、食事の手を止めてしまう。
本当にエドルドさんから出た声だろうかと視線を上げた時にはすでにエドルドさんは普段通りの涼しい表情を浮かべていた。

「何かされたんですか?」
「わざわざ教室の鍵を締めて何をするのかと思えば」
「食事中にすみません。用事を思い出しました。ロザリアさんはそのまま食事を取って、食べ終わったら部屋に帰って構いませんので」
「え? あ、はい」
ナプキンで口を拭い、エドルドさんは早足で出て行ってしまった。ガットさんを呼ぶ声がここまで聞こえてきたということは外に出る用事があるのだろう。
食事を中断してまで済ませなければいけない用事とは大事に違いない。

それにしても今日の出来事の報告中に思い出す用事ってなんだろう。

家の仕事か何かだろうか?
ロザリアを紹介してくれと頼まれた、と続けて義弟さんの名前が『ジェラール=シャトレッド』なのか確認しようと思ったのに……。

エドルドさんが立ち上がったことで、一緒に食事をしていたマリアさんやユーガストさんも立ち上がってしまった。
私だけが食事を続けている状態だ。
下宿という名の居候の分際で、先に食事を済ませるのはどうなのかとも思うが家主が許可してくれたのだ。
ここで食事を中断して待っているというのも作ってくれたヤコブさんに申し訳が立たない。

ーーということで、私は静まりかえった部屋で一人ステーキを突く。


結局、食事が終わってもエドルドさん達が帰宅することはなかったので部屋へと戻って寝転がる。
名前の確認は出来なかったが、暇なので学園編ガイドブック? を収納から出して『ジェラール=シャトレッド』の項目を開く。やはりイラストの少年は昨日と変わらず、どこか自信なさげの表情を浮かべている。右腕を左手で押さえるなんて、義弟さんなら絶対にしなさそうなポーズを取っているが、改めて顔はよく似ていると思う。

この本に選ばれる基準ってなんなんだろう?
せめてめくることの出来ないページに書かれたものが読めるだけでも得られる情報は段違いなのに……。
錠前のマークさえ付いていれば、スキルのように解錠することが可能だが、お馴染みのマークはなかった。特定のイベントとやらを発生させることで解放していくしかないのだろう。

「袋とじになっていれば、ナイフで開けられるんだけどな~」
せめて特定のイベントの発生条件でも書いてくれればいいのに。無駄な抵抗だと分かっていても、どこかに小さく書かれていないかとイラストのページを念入りに捜索する。

すると発生条件ではないが、見覚えのない文字が一つ。

『ジェラール=シャトレッド 【chapter.1】が解放されました』

ページ数付近に小さく書かれたその文字は確かに昨日はなかった。しかも文字の横には矢印が書かれている。
次に進めということだろうか?
だがあいにくと次のページはイベントを起こさねば開けないのだ。

「特殊なイベントなんて起こした記憶もないし、そう簡単に……って開いた!」
昨日は開かなかったはずのページが簡単に開くではないか。
ということはジェラール=シャトレッドの項目が全て読めるようになったかと言えば、そうではない。
4ページ進めばページ数の横には矢印と共に『ジェラール=シャトレッド 【chapter.2】未解放』の文字がある。これ以降を読むためにはまた特殊なイベントとやらを発生させなければならないのだろう。

だが一体何が『イベント』になったのだろうか?
取得する授業か、それとも学園で顔を合わせたからなのか。きっかけになりうるものの特定が出来ないため、他の人物の項目もよく調べる。けれど解放されていないどころか、ジェラール以外の人物の項目には【chapter.1】の文字すらないのだ。おそらく【chapter.1】を解放することによって続く、2・3・4の矢印が発生するのだろう。

ややこしいな。
どこかに説明を書いておいてくれればいいのに! と文句を垂れつつ、ジェラールのページを開く。

好感度上昇選択肢や分岐ポイントが何を意味するのかは分からないが、chapter1では学園内で出会うことが重要視されるらしい。ロザリアから見たジェラールは~みたいなことが書かれていたが、勝手に決めないで欲しい。
どこか怯えたような彼を、とか思うならそれ以上話しかけるなよ! と誰が書いたか分からない文章に思わず突っ込みをいれてしまう。
実際の彼は私を見て盛大に顔を歪めることはあっても怯えることはないが、いっそのこと怯えてくれれば関わらずに済んだのにとは思う。
chapter.1の時と同様に解放条件は書かれていないが、おそらくここに書かれた行動を実際に試してみれば案外簡単に解放されるのかもしれない。
裏を返せば、その行動を回避さえしてしまえば『イベント』とやらを回避することが出来る可能性があるということだ。『イベント』や『chapter』が何を指しているのかは不明だが、私の脳内ではすでに『義弟さんが関わること=面倒事』になりつつある。
関わらなくて良いならそれに越したことはない。

記載されていた日時は来週の植物学の時間。
第2回の授業を欠席するということはその授業の取得を諦めるということでもあるが、仕方ない。
あの授業に出席していた生徒達には、義弟さんに手を引かれて教室を後にする姿を目撃されているのだ。
良からぬ噂が立っても困るし、どうせ6限の授業なのだ。
その曜日は毎週早く帰れるとプラスに考えることにしよう。
時間割表から『植物学』の文字を消す。
週の半分が経過した時点で、当初の予定からかなり変わってしまった。
思いのほかグルメマスターの出席率が高いのは、3年から王子の婚約者のお役目でも始まるからだろうか。
なにはともあれ、多めに考えておいて正解だった。
明後日で確定する時間割を眺めながら、明日以降も何事もありませんようにと願うのだった。
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