悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

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70.脳筋な変態

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「なるほど。じゃあこう来たらこうして」
「んで、俺はこう」
「兄さん、角度が甘い。隣から落とされるぞ、っと」
「ああああ」
「すぐ立てなおさないと私からの追撃が行くぞ!」

 たった数時間で彼らはメキメキと成長を遂げていった。
 ガイナスさんの兄二人もまた騎士として城で働いているらしい。兵士学校を主席・次席でワンツートップを決めた彼らの剣筋は公爵よりも見本に近い。明るい脳筋だと思ったが、公爵とガイナスさんと同じくらい真面目だ。そろそろ私の中の『脳筋』イメージが揺らぎつつある。
 私が水分補給を行っている間も4人はカンカンと剣を交える。グルッドベルグ家には通常の模擬剣、大剣の模擬剣の他に短いもの、そして剣先を丸めたナイフ、はたまたウッドハンマーまで多くの武器が取りそろえられていた。良い鍛冶師を抱えているのだろう。どれもしっかりと手入れされており、保管庫から出してすぐに振るっても使いにくさを感じることはない。
 私もブンブンと振り回させてもらったが、ウッドハンマーなんかは普段でも十分武器として使えそうだ。大きい割に軽いが面積が広く、魔法と組み合わせれば戦略の幅が広くなりそうだ。

「じゃあ最後に各々好きなものを持って、打ち合って終わりましょう」

 私が立ち上がれば、各々好きな武器を手に取る。
 双子は揃って大剣を、ガイナスさんはショートソード、公爵はナイフだった。
 意外なセレクトだが、4人とも今日の成果を試そうと目を輝かせている。おとぎ話の騎士様みたいなお高い感じは一切ない。猛禽類のようなギラギラとした瞳だ。冒険者を前にした魔物達よりもずっと野生味がある。けれど私も同じ瞳をしていることだろう。
 自然と1対4の陣形が組まれる。
 大剣の模擬剣を手に、4人と向き合う。

「行きますよっ」

 構えの姿勢を取る彼らに突っ込み、剣を捌いていく。
 好きな武器を選択したためか、4人共、今日一番のキレがある。

 ーーけれどまだまだ。
 これで一本取られてはチート転生者の称号が泣く。

 ぶっ壊れステータスを最大限生かし、思い切り地を蹴り、上空へと飛ぶ。そこまで高くはない。けれど足を蹴った時に立つ土埃とイレギュラーな動きは相手の目を惑わす。気を引き締めると同時に固まった身体にポンポンと剣を当てていく。

「ああ~、当たっちゃった」
「飛ぶのはマジで予想外なんだけど~」
「師匠との手合わせは良い経験になるな」
「段差を生かす相手も今後現れないとは限らないからな」

 4人とも、負かされたというのに晴れ晴れとした表情だ。すでに剣を持ち直し、脳内イメージをフル稼働させながら剣を振るって調整をし始める。

「そうすると下から潜り込まれるぞ」
「やっば」
「下に視線を落としすぎるなよ! 今度は首を狙われる」
「師匠は容赦ないからな」
「加減はしてますよ」
「男4人を相手に加減をするのは普通ではないと思うのだが」
「そうですかね? って誰!?」

 グルッドベルグ親子と笑い合っていれば、知らぬ声が一つ混ざった。振り向いた先に立つ男性はやはり初対面の人。けれど相手は構わず私の腕を持ち上げた。

「線は細いですし、手も大きくはない。筋力が特別発達しているようにも見えない。なのに大きな武器を構えたままトリッキーな動きを連続して繰り出せるとは……。パトリシアを下したという情報は嘘ではないようですね」
 目の前の男性は私の手や腕を弄りながら、シンキングタイムに突入してしまう。
 ここがグルッドベルグ屋敷でもなければ「変態!」と声をあげているところだ。いや、今も無遠慮な手を振り払いたい。けれどグルッドベッルグ家がただの変態の侵入を許すとは思えない。だから目の前の男と視線が交わるのを避けて、他の4人へと視線を向ける。

「えっと……どなたですか?」
「メリンダちゃんが困っているから手、離してあげて」
「まだまだ観察したりないのだが……やはりあのレオンが認めるだけの実力はあるということですかね。っと申し遅れました。私、ゴーランド=アスカルド。パトリシアの兄で、アスカルド家の当主を務めています」
「はぁ……」

 対応こそ真面目だが、渋々離した手は寂しげに彷徨っている。やばい。この人、変態だ。

「ごめんな、メリンダちゃん。ゴーランド叔父様はレオンさんのファンなんだ」
「ファン……」
「はい。あなたとあなたの姉の存在は以前から存じ上げておりました。けれどまさかパトリシアよりも強いとは……。私、あなたに興味が沸いてきました。結婚しましょう」
「は?」

 いきなり結婚しようとか絶対正気じゃない。
 勝手に婚約者に据えるエドルドさんよりも何倍も頭がおかしい。
 いや、了承を求めている辺りはまともなのか?
 だがロマンス小説のような一目惚れではないことは確かだ。ロマンチックなプロポーズなどはなから求めていないが、興味本位で結婚を求められてもノーサンキューなのだ。
 一歩後ろに引けば、双子が揃って私を守るようにガードしてくれる。

「メリンダちゃんはエドルドの婚約者だ。ちょっかい出すと怒られるぞ」
「ですが彼女と結婚すれば、我が家系に強者が増え、そして合法的にレオンの家族になれます! あなたたちも親戚になりたいとは思いませんか?」

 そんな一石二鳥! いや、一石三鳥! みたいなノリで言われても……。

「なりたい、けど……でも横取りは良くないじゃん!」

 レオンさんと完全にセット扱いされていることにうれしさを感じつつも、やはり滅茶苦茶だ。けれどなぜか双子の風向きが悪い。
 前世のラノベでは貴族は血を重んじるのが一般的だったのだが、この世界、というかグルッドベルグ家とアスカルド家が重んじる血は戦闘力のようだ。

『強者』を家系に追加したいというのは脳筋の本能なのか。呆れて遠くを見れば、先ほどまで姿を見なかったパトリシアさんが遠くで小さく拳を突き上げている。彼女は完全にゴーランドさんサイドの人だ。
 そもそもゴーランドさんを呼んだのはパトリシアさんなのかもしれない。
 完全なアウェー空間。

 私はここから一人でどうにかしなければいけないのか。
 お腹はぐうっと空腹の合図と共に弱音を吐く。
 すると背後から伸びた手が私の腰を抱き寄せた。


「彼女は私の婚約者です。あげませんよ」
「エドルドさん!」
「遅いので迎えに来てみれば、アスカルド公爵が来ているとは……」
「大事な妹を負かした相手が来ていると聞いてね。スカウトしに来たのだよ」
「だから会わせたくなかったんですよ……」

 頭を抱えるエドルドさんに、ああこの人が厄介事の正体かと理解した。
 細める目は蛇のようで、巻き付くような視線が気持ち悪い。だがいやらしい感じはしない。利用しようという下心も感じない。清々しいほどに私の力を求めている。ある意味、グルッドベルグ親子とよく似ている。

 悪い人ではないのだろう。
 変態で、厄介なことに変わりはないが。
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