悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
90 / 114

89.影を背負った男は自称しおれたもやし

しおりを挟む
あれから数日、毎日温室に通ってみたが、グルメマスターを見つけたのは最初の一日だけ。
それ以降は普通に食堂での食事会を開催しているか、婚約者である王子様との昼食を楽しんでいる。
グルメマスターは普段通りだが、一緒にご飯を食べている王子の顔と言ったら少し表情が和らいでいるように見える。些細な違いで、じっくりと見なければ分からないほどだが、端から見てもやはり彼がグルメマスターに思いを寄せているのは明らかだった。

けれどそれ以外の収穫は特になく、帰ってきたガイナスさんからお土産と土産話を気かせてもらった後で早速切り出した。

「ねぇ、学園の温室って知ってる?」
「学園七不思議の?」

他国の話題からいきなり学園七不思議に話題転換されたことに目を瞬かせるガイナスさん。

確かに気になるからとはいえ、いきなりすぎた。
少しガイナスさんの不在期間中の話題を挟んだ後で切り出すべきだったかもしれない。

やってしまったか……。
反省しつつも、ここから巻き戻しても怪しいだけなので、このまま続行させてもらうことにする。

「うん。選ばれし者しか入れない温室ってどんなのか気になって」
「師匠が温室に興味を持つなんて意外だな。俺がいない間に何かあったのか?」

首を傾げながらも、鋭い指摘を飛ばしてくる。
けれどここで温室でグルメマスターに会ってね~なんて素直に話しても信じてもらえないだろう。

それにガイナスさんもグルメマスター信者。
気軽に持ち出すべき名前ではないのだ。

「そう? 私、これでも薬草系には詳しいのよ? ポーション作りとか得意だし」
「それは薬代が浮きそうだな」
「めっちゃ浮く。浮いた分はご飯に回せる」

私自身あまり回復することがないので、薬代を気にすることはない。
けれど薬草系に詳しいのは嘘ではない。
疑われて話が進まないのも困るので、拳を握りしめながら全力で話に乗っかることにする。

「そう言われると師匠らしいな。だが俺もあんまり詳しくないんだ。こういうのはラングが……明後日屋敷に行く約束しているから一緒に行くか?」

ラングさんが?
オカルト系の話題に詳しいとはちょっと意外だ。
ただ在校歴が長いから知っている情報が多いというだけかもしれないが、今は鮮度の高い情報なら何でも欲しい。身を乗り出して「行く!」と返事したい所だが、相手はまだ一度しか会ったことのない、知り合い程度の仲。さすがに明後日いきなりガイナスさんに付いて……なんて迷惑ではないだろうか。浮き上がった腰を一度下ろして、冷静になる。

「私もお邪魔しちゃっていいの?」
「直接聞いた方がいいだろう? 一応今日聞いておくが、どうせ俺も本渡すだけだし断らないだろう」
「無理だったら遠慮なく言ってね?」
「気にしすぎだ」

呆れたように笑ったガイナスさんの言う通り、すんなりとアッカド家訪問は決定した。
授業終わりにグルッドベッルグ家の馬車に乗せてもらってガタガタと揺られること数十分ーー私達を出迎えてくれたのは影を背負ったラングさんの姿だった。

「えっと、今日は出直した方がいいかしら?」
あまりの暗さに思わず一歩退いて、ガイナスさんに助けを乞うように見上げてしまう。
けれどガイナスさんはケロッとした顔で「ほら頼まれていた本」とラングさんに本を突き出した。
幼なじみとして冷たすぎやしないか。
若干引き気味な視線へとシフトチェンジを決め込むと、しばらく不思議そうな視線で見つめ返された。

純粋な視線が怖いんだけど……。
これが男同士の付き合いというものなのだろうか?

前世も今世も連続で女に生まれ変わったから、男同士の友情に詳しくはないのだ。
ここは私もスルーするべきなのだろうか?
脳内を高速で疑問符が周回していると、ガイナスさんはぽんっと手を打った。

「ああ、これならいつものことだ」
「いつものことって……」
「いつものことじゃない! 今日は30分だ、30分!」
「計ってたのか?」
「分かるくらいに短時間だったんだ……。やはりそろそろどうにかしなければ婚約を……」

ここまで聞いて、私もようやく『例の婚約者さん絡み』かと理解する。
前回の話で彼が婚約者へ片思いをしていることは十分理解したが、まさかいつもこの世の終わりのような影を背負っているとは思わなかった。想像を遙かに超えるほどの重症だ。年を増すごとに深刻化しているのだろう。
私とは違って、すっかり慣れているガイナスさんは躊躇なく疑問を投げつけた。

「この前師匠から教えて貰った話はどうしたんだ?」
「それが、なぜか話し出してすぐに機嫌を悪くしてしまって……。何が悪かったんだろうか」

しょんぼりとうなだれるラングさん。
つい少し前に『いい話が聞けた! ありがとう!』と喜んでいた姿を見ていただけに、心が痛む。
けれどそんな幼なじみにガイナスさんが投げた言葉は辛辣だった。

「俺に女心が分かる訳ないだろう」
そこは誇る所じゃないだろう……。
それにラングさんだってはなから正解を教えて欲しかった訳ではないのだろう。

「ああ、もう駄目だ。レオンの話を禁じられれば俺みたいなしおれたもやしは捨てられるんだ……」
悲しみのループに突き落とされたラングさんは頭を抱えて、泣き言を繰り返す。

婚約者さんのことをよく知らない上、憶測にすぎないので伝えることははばかられるが、体格云々以前に頼りないところが良くないのではないだろうか?

男らしく! とは言わないが、すぐにネガティブモードに突入する所は改善した方がいいだろう。

でも改善と言ってもどうするべきか。
婚約者さん相手に話を聞くのが一番なのだろうけど、30分で婚約者宅を出て行ってしまう令嬢に話を聞く機会なんて早々あるはずが……。


「なら今から俺達が聞いてきてやろう」
「え?」
「だからリーリアに、ラングをどう思っているのか聞いてきてやる。師匠と一緒に」
「私も!?」
「他人や、同性だからこそ打ち明けられる話もあるかもしれないだろう?」
「まぁそうだけど……」

占い師相手でもあるまいし、いきなり初対面の相手に婚約者をどう思っているか話せとかハードル高すぎない?

「せめて約束を取り付けて後日……」なんて私の抵抗も虚しく、温室の情報を聞き出せないまま、私達はラングさんの婚約者、リーリアさんのお屋敷へと向かうのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

処理中です...