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107.思春期真っただ中
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半熟目玉焼きの真ん中に穴を開け、そこに塩を落としてぐるっと丸める。
たまに塩を醤油に変えたり、こしょうを追加してみたり。とにかく目玉焼きを大量に摂取する。用意されたバケットは一本まるまるもらって、合間合間で食いちぎる。喉が乾いたら牛乳を流し込むーーこれがここ数日の私の朝食だ。
ヤコブさんがサボっている訳ではない。実際、目の前で食事をしているエドルドさんの朝食はコーンスープやサラダ、トーストサンドにヨーグルトと至極まともである。それでも私がこれがいいと頼んだのだ。正しくは生卵とバケットを100ずつ用意してくれと頼んだ。首を傾げたヤコブさんだがちゃんと用意してくれた。けれどコップの中に落とした生卵100個を一気に飲み込んで、バケットの入った籠を背負いながらむさぼり食っていたら、さすがに止められた。そして話し合いの結果、ゆで卵は目玉焼きに変わり、水分として牛乳が追加された。私はこれ以上の譲歩はしないと伝えたし、ヤコブさんはそれでいいと頷いてくれた。
けれどエドルドさんは我慢出来なかったらしい。
こちら側にスープとサラダを押し出して、食えとの圧力をかけてくる。目の前で動物みたいな食事をされ続けるのも限界だったのだろう。目玉焼きは半分ほど残っているが、これ以上、家主の気を悪くする訳にはいかない。バケットの籠だけ背負って、席を立ち上がる。
「今日は歩いて登校します」
「グルッドベルグ家で何があったんですか?」
私の手首をがっしりと掴み、顔を覗き込む。
真剣な眼差しは保護者としての責任感が見える。レオンさんからバランスの取れた食事を与えろなんて指示が出ているなんてことはないだろうに。真面目な人だ。真面目で、大人。そんな彼を見ていると、物理的な力しか持っていない自分が嫌でたまらなくなる。
腕をブンっと振り、エドルドさんを振り落とす。けれど簡単に逃がしてはくれないだろう。時計に視線を投げれば、出発までたっぷりと余裕がある。ある程度納得させた状態でなければこの部屋を離脱することは出来まい。エドルドさんの方に身体を向ける。
「何がです?」
話を聞くように見せかけて、適当に流す気満々だ。
そろそろレオンさんの家に逃げ込むのもありだな、なんて考えながら。
「ここ数日ずっと機嫌が悪いでしょう」
「別に何もありませんよ」
「何もない訳ないでしょう。ガイナスとでも喧嘩したんですか?」
「関係は良好です」
ガイナスさんとはいつも通り。
グルメマスターの話や授業内容、戦闘方法で話を弾ませている。まぁ少し気を使わせてしまっているだろうけれど。それでも仲が悪いという訳ではない。
「……そうですか」
「じゃあ私、もう行きますね」
ガイナスさんと顔を合わせるまでに少しは頭を冷やそう。
いっそ今日はサボってしまおうか。
一年生で真面目に取得したおかげで単位には困っていない。初回参加なしで適当に決めた授業が合わなくても支障を来すことはないだろう。
エドルドさんに背を向け、ドアノブに手をかければ背後からは呟き声が聞こえてくる。
「私には話せないということですか……」
「そんなんじゃないですよ」
「そうじゃないですか。私はどうせ信用に足る人間ではないのでしょう?」
エドルドさんらしくもない。情けない声。
「何か言いたいなら言ったらどうですか?」
「別に」
「思春期の女子か!」
「それはあなたでしょうに……」
「仕事振りづらいとか思っているなら遠慮なく振ってくれて構いませんからね! 放課後とか休みにガンガンこなしますし」
「本当に何があったんですか?」
「週末には受講予定一覧渡しますし、交友関係だって問題ないです。仕事もちゃんとします。なら、エドルドさんが口出すようなことはありませんよ」
「心配なんです」
「心配してもらうようなことなんてありません」
そう、心配してもらうようなことではない。
例の貴族との間に何があったかなんて、エドルドさんには関係のないこと。だって彼は赤の他人だから。迷惑をかけたくない。汚いところを見せたくない。失望されたくない。私がしでかしたことなら、どんなに呆れられても構わない。あきれ顔でため息を吐かれるのなんていつものこと。けれど産まれる前のことなんて私にはどうしようもないのだ。過去のことを変える力なんて持ち合わせていない。知られて、ガラガラと崩れてしまうのが、私は怖くてたまらない。
レオンさんはきっと私が隠せば見ないでくれるだろう。彼は、平民だから。私の出生が汚れていても、私を見てくれる。
けれどエドルドさんはあの人達と同じ貴族社会を生きているのだ。
彼自身が気にせずとも周りが黙っていないだろう。下手にメリンダを婚約者役になんて据えたせいで他人から白い目で見られるかもしれない。エドルドさんにはなにも関係ないのに。
手紙を受け取った時点で、ここを出て行けば良かったのかもしれない。
けれど出て行くことが出来なかった。もう、潮時だ。逃げる場所はレオンさんが確保してくれている。本当に嫌だったら、彼に手紙を出して学園からも逃げ出してしまえばいい。ユリアスさんとガイナスさんに会えなくなるのは寂しいが、事情があると言えば二人なら頷いてくれそうな気がした。二人はとても優しいから。
優しさに甘えて、逃げ出したい。
なのにエドルドさんは私の背後に立ち、逃亡を妨げるための言葉を紡ぐのだ。
「そうですね。私が勝手にしているだけです。だから無理に言えとは言えませんし、他に愚痴を言えるような相手がいるならそれで構いません」
「……」
「もう一度問います。グルッドベルグ家で何があったんですか?」
その声に揺らぎはない。
地獄の沙汰を決める閻魔様のように堂々としている。
振り返ってしまえば、私の行いを見定めるように真っ直ぐと伸びた視線に身体が固まってしまうだろう。だから私はドアノブから手を離し、そのままの状態で彼の様子を窺うしかない。
「怒りません?」
ぽろっと口から漏れたのは本性とは少し違う。本当は『嫌いにならないでくれますか?』と聞きたい。けれど恥ずかしくて、いたずらをした子どものような問いが漏れた。
「内容によります」
「……そこは普通、怒らないって言う所じゃないですか?」
「怒る必要がある時に、私が怒らずに誰が怒るんですか?」
「保護者その2め……」
「婚約者です」
「(仮)ですけどね」
エドルドさんには、どっちでも同じことでしょう?
政略なんてみじんもなく、契約もない。メリットとデメリットの天秤すらも片方に傾いている。それでもエドルドさんが手を伸ばしてくれる理由が私には分からない。レオンさん絡みなのだろうか。分からないことだらけ。
「それで、あなたはなにをしたんですか?」
世間知らずは学園に入学しても簡単に治らないらしい。前世の経験なんてあんまり役立たないや。深く考えることを止め、私は耳元で囁かれる言葉を受け入れることにした。
「手紙を燃やしました」
まだ目を見ることは出来ないけれど、正直に。
「手紙? まさかガイナス宛ての恋文を……」
「渡してくれと頼まれても、絶対燃やしませんよ!」
もしもガイナスさんが想いを寄せる女性がいたら、友人としてはそちらを優先してしまうだろう。けれどわざわざ邪魔なんてしない。ちゃんと渡すし、彼が悩んでいるようだったら相談にも乗る。判断するのは私ではなく、彼だ。私は人の決断を奪うようなことはしたくないのだ。
馬鹿にするな! と振り向くと、エドルドさんはきょとんとした顔で首を傾げた。
「じゃあ誰宛の手紙を燃やしたんです?」
意図せず至近距離で向かい合うことになってしまったが、今さら顔を背けるというのも変な話だ。少し恥ずかしさはあるものの、エドルドさんを見つめ返す。
「ロザリア宛の手紙です」
「?」
「リリエンタール夫人からもらったんです」
「っ! 接触を取ったんですか!?」
「メリンダとして、ですけどね。ロザリアに手紙を渡して欲しいって、それだけ言って帰りましたよ」
「それでその手紙、読まずに燃やしたんですか?」
「いえ、読みましたよ。読んだから燃やしたんです」
「わざわざ燃やすなんて一体何が書かれていたんですか?」
「胸くそ悪い言葉ですよ」
私の言葉にエドルドさんは眉を寄せた。エドルドさんのことだ。手紙の内容を元に何かしら行動を起こそうと考えても不思議ではない。冷静になってみれば、公爵自身がコンタクトを取ってきた際の有力なカードになるだろう。けれど今少しだけ時間を巻き戻された所で、私は再び手紙を燃やすことだろう。今度は封を開くことすらなく灰にする。感情に任せた行動だが、私にとってはそれが正解なのだ。後悔はない。
「…………今後、接触を取ってくる様子は?」
「少なくとも夫人は今後私たちの前に姿を現すことはないでしょうね」
「夫人は、というと公爵の方はあると?」
「分かりません。けど、多分諦めてはいないでしょうね」
どのようにしてロザリア・メリンダ姉妹に辿り着いたかはさておきとして、わざわざメリンダを経由してまで手紙を渡そうとしたくらいだ。今までよりも捜索を活発化させる可能性がある。そして、夫人は公爵の動きを止められない。いや、悪いのはロザリアだとでも思い込んでいるのだろうか。
拳を固めれば、手のひらに爪が食い込む。痛みはない。悔しさと気持ち悪さを抱える私の頭に手が伸びた。優しく撫でられ、頭上に言葉が降り注ぐ。
「よく話してくれましたね」
まるで小さい子を褒めるかのよう。
けれどその言葉に私の心は少しだけ軽くなった。
「少し、調整します」
しばらく撫でた後、エドルドさんはそれだけ告げて部屋を出て行った。
何を調整するのか、は聞かなかった。だがそれが私に関するものであることだけはなんとなく分かった。
時刻はすでに屋敷を出なければいけない時間を過ぎていた。
一限には間に合わないだろう。
それでも今から向かうことは可能で、真面目な学生を目指すのならば鞄を手に、馬車に乗り込むべきなのだろう。
けれど私は自室に向かい、制服のままベッドへとダイブした。
ゆっくりとまぶたを閉じれば、すぐに眠りの世界へと落ちていった。
起きた時には外は暗闇に染まっていたが、心も身体も随分と軽くなっていた。ふわぁと大きめのあくびをしながらベッドから出る。ボサボサになった髪を手ぐしで直せばぐう~と腹の音が響いた。お腹は少し空いている。頼めば用意してくれるだろうか。それに明日から朝食は普通に戻して欲しいって頼まないと。
だがその前にやるべきことがある。
明日はグルッドベルグ公爵の特別授業があるのだ。
さすがに制服のままでは動きづらいだろうと、動きやすい服を用意してくるようにと手紙が送られてきた。ポイント交換で適当な服を出すなり、エドルドさんに頼むなりすればちょうど良い服が用意されることだろう。だが私はとある服を運動着にすると決めている。綺麗に畳んで鞄に詰めた。女子更衣室はないため、トイレで着替えることになるだろう。前世の学校のトイレの数倍の広さがある個室で、なぜか用意されている台を使用する機会が来るとは……。ずっと使わないと思っていたが、存在するということは何かしらの用途があるものだ。
後はクシとピンをポーチに入れて。運動シューズはポイント交換で、前世で愛用していたメーカーのものを出した。これで準備は万端。
「ご飯のお願いにいかないと!」
ヤコブさんの顔を見たら、反抗期モードの恥ずかしさが一気に押し寄せた。
けれど彼は「美味しいご飯いっぱい作りますね」とにっこりと笑って、私の好物ばかりを出してくれた。
たまに塩を醤油に変えたり、こしょうを追加してみたり。とにかく目玉焼きを大量に摂取する。用意されたバケットは一本まるまるもらって、合間合間で食いちぎる。喉が乾いたら牛乳を流し込むーーこれがここ数日の私の朝食だ。
ヤコブさんがサボっている訳ではない。実際、目の前で食事をしているエドルドさんの朝食はコーンスープやサラダ、トーストサンドにヨーグルトと至極まともである。それでも私がこれがいいと頼んだのだ。正しくは生卵とバケットを100ずつ用意してくれと頼んだ。首を傾げたヤコブさんだがちゃんと用意してくれた。けれどコップの中に落とした生卵100個を一気に飲み込んで、バケットの入った籠を背負いながらむさぼり食っていたら、さすがに止められた。そして話し合いの結果、ゆで卵は目玉焼きに変わり、水分として牛乳が追加された。私はこれ以上の譲歩はしないと伝えたし、ヤコブさんはそれでいいと頷いてくれた。
けれどエドルドさんは我慢出来なかったらしい。
こちら側にスープとサラダを押し出して、食えとの圧力をかけてくる。目の前で動物みたいな食事をされ続けるのも限界だったのだろう。目玉焼きは半分ほど残っているが、これ以上、家主の気を悪くする訳にはいかない。バケットの籠だけ背負って、席を立ち上がる。
「今日は歩いて登校します」
「グルッドベルグ家で何があったんですか?」
私の手首をがっしりと掴み、顔を覗き込む。
真剣な眼差しは保護者としての責任感が見える。レオンさんからバランスの取れた食事を与えろなんて指示が出ているなんてことはないだろうに。真面目な人だ。真面目で、大人。そんな彼を見ていると、物理的な力しか持っていない自分が嫌でたまらなくなる。
腕をブンっと振り、エドルドさんを振り落とす。けれど簡単に逃がしてはくれないだろう。時計に視線を投げれば、出発までたっぷりと余裕がある。ある程度納得させた状態でなければこの部屋を離脱することは出来まい。エドルドさんの方に身体を向ける。
「何がです?」
話を聞くように見せかけて、適当に流す気満々だ。
そろそろレオンさんの家に逃げ込むのもありだな、なんて考えながら。
「ここ数日ずっと機嫌が悪いでしょう」
「別に何もありませんよ」
「何もない訳ないでしょう。ガイナスとでも喧嘩したんですか?」
「関係は良好です」
ガイナスさんとはいつも通り。
グルメマスターの話や授業内容、戦闘方法で話を弾ませている。まぁ少し気を使わせてしまっているだろうけれど。それでも仲が悪いという訳ではない。
「……そうですか」
「じゃあ私、もう行きますね」
ガイナスさんと顔を合わせるまでに少しは頭を冷やそう。
いっそ今日はサボってしまおうか。
一年生で真面目に取得したおかげで単位には困っていない。初回参加なしで適当に決めた授業が合わなくても支障を来すことはないだろう。
エドルドさんに背を向け、ドアノブに手をかければ背後からは呟き声が聞こえてくる。
「私には話せないということですか……」
「そんなんじゃないですよ」
「そうじゃないですか。私はどうせ信用に足る人間ではないのでしょう?」
エドルドさんらしくもない。情けない声。
「何か言いたいなら言ったらどうですか?」
「別に」
「思春期の女子か!」
「それはあなたでしょうに……」
「仕事振りづらいとか思っているなら遠慮なく振ってくれて構いませんからね! 放課後とか休みにガンガンこなしますし」
「本当に何があったんですか?」
「週末には受講予定一覧渡しますし、交友関係だって問題ないです。仕事もちゃんとします。なら、エドルドさんが口出すようなことはありませんよ」
「心配なんです」
「心配してもらうようなことなんてありません」
そう、心配してもらうようなことではない。
例の貴族との間に何があったかなんて、エドルドさんには関係のないこと。だって彼は赤の他人だから。迷惑をかけたくない。汚いところを見せたくない。失望されたくない。私がしでかしたことなら、どんなに呆れられても構わない。あきれ顔でため息を吐かれるのなんていつものこと。けれど産まれる前のことなんて私にはどうしようもないのだ。過去のことを変える力なんて持ち合わせていない。知られて、ガラガラと崩れてしまうのが、私は怖くてたまらない。
レオンさんはきっと私が隠せば見ないでくれるだろう。彼は、平民だから。私の出生が汚れていても、私を見てくれる。
けれどエドルドさんはあの人達と同じ貴族社会を生きているのだ。
彼自身が気にせずとも周りが黙っていないだろう。下手にメリンダを婚約者役になんて据えたせいで他人から白い目で見られるかもしれない。エドルドさんにはなにも関係ないのに。
手紙を受け取った時点で、ここを出て行けば良かったのかもしれない。
けれど出て行くことが出来なかった。もう、潮時だ。逃げる場所はレオンさんが確保してくれている。本当に嫌だったら、彼に手紙を出して学園からも逃げ出してしまえばいい。ユリアスさんとガイナスさんに会えなくなるのは寂しいが、事情があると言えば二人なら頷いてくれそうな気がした。二人はとても優しいから。
優しさに甘えて、逃げ出したい。
なのにエドルドさんは私の背後に立ち、逃亡を妨げるための言葉を紡ぐのだ。
「そうですね。私が勝手にしているだけです。だから無理に言えとは言えませんし、他に愚痴を言えるような相手がいるならそれで構いません」
「……」
「もう一度問います。グルッドベルグ家で何があったんですか?」
その声に揺らぎはない。
地獄の沙汰を決める閻魔様のように堂々としている。
振り返ってしまえば、私の行いを見定めるように真っ直ぐと伸びた視線に身体が固まってしまうだろう。だから私はドアノブから手を離し、そのままの状態で彼の様子を窺うしかない。
「怒りません?」
ぽろっと口から漏れたのは本性とは少し違う。本当は『嫌いにならないでくれますか?』と聞きたい。けれど恥ずかしくて、いたずらをした子どものような問いが漏れた。
「内容によります」
「……そこは普通、怒らないって言う所じゃないですか?」
「怒る必要がある時に、私が怒らずに誰が怒るんですか?」
「保護者その2め……」
「婚約者です」
「(仮)ですけどね」
エドルドさんには、どっちでも同じことでしょう?
政略なんてみじんもなく、契約もない。メリットとデメリットの天秤すらも片方に傾いている。それでもエドルドさんが手を伸ばしてくれる理由が私には分からない。レオンさん絡みなのだろうか。分からないことだらけ。
「それで、あなたはなにをしたんですか?」
世間知らずは学園に入学しても簡単に治らないらしい。前世の経験なんてあんまり役立たないや。深く考えることを止め、私は耳元で囁かれる言葉を受け入れることにした。
「手紙を燃やしました」
まだ目を見ることは出来ないけれど、正直に。
「手紙? まさかガイナス宛ての恋文を……」
「渡してくれと頼まれても、絶対燃やしませんよ!」
もしもガイナスさんが想いを寄せる女性がいたら、友人としてはそちらを優先してしまうだろう。けれどわざわざ邪魔なんてしない。ちゃんと渡すし、彼が悩んでいるようだったら相談にも乗る。判断するのは私ではなく、彼だ。私は人の決断を奪うようなことはしたくないのだ。
馬鹿にするな! と振り向くと、エドルドさんはきょとんとした顔で首を傾げた。
「じゃあ誰宛の手紙を燃やしたんです?」
意図せず至近距離で向かい合うことになってしまったが、今さら顔を背けるというのも変な話だ。少し恥ずかしさはあるものの、エドルドさんを見つめ返す。
「ロザリア宛の手紙です」
「?」
「リリエンタール夫人からもらったんです」
「っ! 接触を取ったんですか!?」
「メリンダとして、ですけどね。ロザリアに手紙を渡して欲しいって、それだけ言って帰りましたよ」
「それでその手紙、読まずに燃やしたんですか?」
「いえ、読みましたよ。読んだから燃やしたんです」
「わざわざ燃やすなんて一体何が書かれていたんですか?」
「胸くそ悪い言葉ですよ」
私の言葉にエドルドさんは眉を寄せた。エドルドさんのことだ。手紙の内容を元に何かしら行動を起こそうと考えても不思議ではない。冷静になってみれば、公爵自身がコンタクトを取ってきた際の有力なカードになるだろう。けれど今少しだけ時間を巻き戻された所で、私は再び手紙を燃やすことだろう。今度は封を開くことすらなく灰にする。感情に任せた行動だが、私にとってはそれが正解なのだ。後悔はない。
「…………今後、接触を取ってくる様子は?」
「少なくとも夫人は今後私たちの前に姿を現すことはないでしょうね」
「夫人は、というと公爵の方はあると?」
「分かりません。けど、多分諦めてはいないでしょうね」
どのようにしてロザリア・メリンダ姉妹に辿り着いたかはさておきとして、わざわざメリンダを経由してまで手紙を渡そうとしたくらいだ。今までよりも捜索を活発化させる可能性がある。そして、夫人は公爵の動きを止められない。いや、悪いのはロザリアだとでも思い込んでいるのだろうか。
拳を固めれば、手のひらに爪が食い込む。痛みはない。悔しさと気持ち悪さを抱える私の頭に手が伸びた。優しく撫でられ、頭上に言葉が降り注ぐ。
「よく話してくれましたね」
まるで小さい子を褒めるかのよう。
けれどその言葉に私の心は少しだけ軽くなった。
「少し、調整します」
しばらく撫でた後、エドルドさんはそれだけ告げて部屋を出て行った。
何を調整するのか、は聞かなかった。だがそれが私に関するものであることだけはなんとなく分かった。
時刻はすでに屋敷を出なければいけない時間を過ぎていた。
一限には間に合わないだろう。
それでも今から向かうことは可能で、真面目な学生を目指すのならば鞄を手に、馬車に乗り込むべきなのだろう。
けれど私は自室に向かい、制服のままベッドへとダイブした。
ゆっくりとまぶたを閉じれば、すぐに眠りの世界へと落ちていった。
起きた時には外は暗闇に染まっていたが、心も身体も随分と軽くなっていた。ふわぁと大きめのあくびをしながらベッドから出る。ボサボサになった髪を手ぐしで直せばぐう~と腹の音が響いた。お腹は少し空いている。頼めば用意してくれるだろうか。それに明日から朝食は普通に戻して欲しいって頼まないと。
だがその前にやるべきことがある。
明日はグルッドベルグ公爵の特別授業があるのだ。
さすがに制服のままでは動きづらいだろうと、動きやすい服を用意してくるようにと手紙が送られてきた。ポイント交換で適当な服を出すなり、エドルドさんに頼むなりすればちょうど良い服が用意されることだろう。だが私はとある服を運動着にすると決めている。綺麗に畳んで鞄に詰めた。女子更衣室はないため、トイレで着替えることになるだろう。前世の学校のトイレの数倍の広さがある個室で、なぜか用意されている台を使用する機会が来るとは……。ずっと使わないと思っていたが、存在するということは何かしらの用途があるものだ。
後はクシとピンをポーチに入れて。運動シューズはポイント交換で、前世で愛用していたメーカーのものを出した。これで準備は万端。
「ご飯のお願いにいかないと!」
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