悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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エピローグ おもちつき

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 結婚届はすぐに役場に提出し、その足でレオンさんに報告に向かう。夜勤空けのレオンさんは「同居は絶対な」とだけ告げて、さっさとベッドへと入っていった。意外とあっさりしたものだ。レオンさんの生活も私の立場も特に変化がないから、こんなものなのかもしれない。それこそあの日のエドルドさんが言った通り、気の知れた仲だし。
 なんだか拍子抜けしてしまう。
 一方でシャトレッド家はご両親とジェラールさんは揃って「良かった、良かった」と繰り返して大泣きするし、グルッドベルグ家は「祝・結婚」と大騒ぎをして喜んでくれた。

 一番意外な反応をしてくれたのはユリアスさんだった。
『ご報告したいことがあるので、お時間いいですか?』
 カッパさんを預けた? 日からすでに3日が経過しているというのに、すぐに返事を返してくれた。
『良い報告?』
『はい!』
『なら餅つきしましょう! お祝いといえばお餅よ、お餅!』

 まさかの餅つき。
 おそらくユリアスさんにとってのお餅付きは私にとってのたこパなのだろう。
 慰め目的かお祝いかは異なるが、それでも相手を想う気持ちは一緒だ。

 チャット越しにも喜んでくれていることがよく伝わってくる。早速今からもち米用意するから明日の昼に来て欲しいとのことだ。
 その後も何度かチャットを交わし、臼と杵を持って向かうと約束した。
 そして翌日城に向かう私の足は、数日前の重さが嘘のように軽い。歌と舞が終わるのを確認してからドアをノックする。

「ユリアスさん、こんにちは」
 乾いた喉は少しだけ詰まったような声を出したが、ユリアスさんは満面の笑みで迎えてくれた。

「いらっしゃい」
 私は何も大切なことを話していないのに、彼女はいつだって私を受け入れてくれるのだ。

 同じ転生者で、今度は私が背中を押してもらったのに思えば私、隠し事ばっかりだな~。
 彼女が今さらひかないことくらい分かっているのに……。

「ロザリアさん、そんなところにいないで入って。入って」
「ねぇユリアスさん」
「何?」
「私が今この場で麦茶を出せるって言ったらどうします?」

 よりによって打ち明けるのがポイント交換で、その中でもピンポイントに『麦茶』を挙げたのはまだ私の脳内は麦茶に侵略されていたから。

 一度彼女の前に出したことはあるし、もっと他にこの世界になさそうな物を挙げれば良かったかもしれない。
 私の突然の問いにユリアスさんは顎に手を当て、真面目な表情で答えた。

「ベストタイミングだなって思う。正直、今、超飲みたい」
「私もです。では用意しますね」
 ステータス画面からポイント交換を開き、ペットボトルの麦茶を手渡す。その行動を目にしたユリアスさんはまん丸い目をさらに丸く見開いた。そしてゆっくりと口を開いた。
「ラベルまで完全再現とかヤバくない? え、これもスキル? 錬金術で作ったの?」
「いえ、これはまた別のもので。スキル、かどうかは分からないんですけど、転生した時から使える『ポイント交換』というシステムで出したものです」
「ポイント交換って、なんかアンケート調査のやつみたいね。何で貯めるの?」
「えっと、魔物を倒したり、ご飯を食べたり。寝て起きたら貯まっていることもあります」
「つまりこの世界をエンジョイすると貯まるものなのね……。餅つき体験で麦茶分のポイント返せるかしら……」
「へ?」
「だってロザリアさんが貯めたポイントでしょう? 本当はポイントってやつで返せればいいのかもだけど、私それ持ってないし……」
 ユリアスさんはむうううと声をあげて悩み出す。なんというか、想定外だ。引かないどころか予想以上のスピードで受け入れ、ポイントを稼ぐ方法まで思考し始めている……。正直、転生した頃の私よりも理解が早い。というか、早すぎる。


「ユリアスさんは私がこんな変な能力持ってって何にも思わないんですか?」
「便利だな~って思う」
「それだけ?」
「うん」
「この能力、麦茶以外にも前世のお菓子とか飲み物とか、この世界の武器や書物も出せるんですよ!?」
 あまりの反応の薄さにこちらが戸惑ってしまう。
 出てきた声はひょろひょろと揺らいでいて、あまりに恰好悪い。
 そんな私のみっともなさを気に掛けることなく、ユリアスさんは続けて言葉を紡ぐ。

「私、カタログって見て満足しちゃう派なのよね~。それに私にはラッセルがいるから」
「ラッセル、さん?」
「うん。私ね、チートは何も持っていないけど、凄腕の天才料理人なら近くにいるの。食べたいものを伝えるとね、魔法みたいにすぐ作ってくれるし、栄養バランスだって考えてくれる。それに私の好みを的確に理解していて。ラッセルのご飯はお腹と胸をいっぱいに満たしてくれるの! だから武器とかはいいかな~」

 目の付け所が完全に『食』に定まっているところはなんとも言えないが、グルメマスターと呼ばれた彼女にとって、料理人の存在がいかに大きなものかは理解出来る。
 グルメマスターの活躍の影には必ずシュタイナー家の料理人がいた。
 今、この国で広がっているグルメの大半は、彼女付きの料理人が再現したものだ。

 チートを使わず、耳にした情報と、ユリアスさんの評価だけを頼りに作り出されたもの。

 ある意味、私の全てのチートを駆使したとしても手に入れることの出来ない『経験』と『才能』、そして『探究心』の塊だ。
 教祖にまで成り上がったユリアスさんの隣に、一番長く居続けているその料理人は、転生者でも何でもないだろうに。

 縁の下の力持ちが現地人なんて――チート転生者も大したことはないらしい。

 変に強張っていた身体から少しずつ力が抜けていく。
 ユリアスさんと一緒にいると、自分が化け物でも何でもなくて、ただ沢山のスキルを手に入れる機会を手にしただけの凡人に思えてくる。

「あ、でも」
「でも?」
「コーラがあるなら飲みたい」
 なんでコーラ?
 前世で気に入っていた飲み物なのだろうか?
 首を傾げつつ、カタログに並ぶコーラのうち、一つをタップする。

「これでいいですか?」
 前世でも有名だったメーカーで、細い瓶に入っているタイプのもの。キンキンに冷えた瓶から王冠を外し、一緒に出したグラスと共に差し出せば、ユリアスさんの瞳はみるみるうちに輝いていく。

「念願のコーラ! しかも瓶入りのやつ! え、もらっちゃっていいの?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう! では早速」
 シュワシュワと炭酸の音を響かせながら、グラスに注ぐ。そしてユリアスさんは小さく泡の弾けるそれを呷った。

 見事なまでの一気からの「ぷはぁ」と幸せそうな声を漏らす。

「喉に染み渡るわ~」
 お風呂上がりのいっぱいのような台詞を吐いたユリアスさんは、それはもう満面の笑み。まさかコーラ一杯でここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。私はとりあえずカタログから同じような瓶ジュースを数本取り出す。

「ジンジャーエールにオレンジジュース、ウーロン茶もありますよ?」
「飲む!」
「どうぞどうぞ」
 空になったグラスにトクトクと注ぎ、自分用に出したグラスにも同じように満たしていく。
 なんだろう、この緩さ。
 自販機で買ってきたジュースに、お金払うよ! みたいな感覚で、ユリアスさんは受け入れてくれて、その気軽さが心地良い。

「ポテチでも出しますか?」
「ポテチまであるの!? なら、のり塩! のり塩がいい!」
「はいは~い」
「前世ぶりののり塩だあああ」

 ユリアスさんは両手を上げ、ゆらゆらと喜びの舞を踊り出す。
 もっと早く伝えていれば……なんて後悔すら沸かない。多分遅いも早いもなくて。もしも私が在学中に打ち明けていても、数年後に打ち明けたとしても、多分今みたいなことになっていたのだろう。

 次から次へと前世のグルメを出して、飲んで食べて――お腹を撫でたユリアスさんはおもむろにハッと顔をあげた。
 何かを思い出したようだ。

「他に何か食べたいものありました?」
「今日はロザリアさんの報告を祝う会なのに、すっかり私が堪能しちゃった! おもち! おもちつかないと!」
「じゃあつきながら話しますね」
「分かった! つく係とひっくり返す係は交代制でいい?」
「はい!」
「熱いから先に私がひっくり返す係やるね」

 ユリアスさんの指示で部屋の真ん中に臼を置き、杵を担ぐ。蒸らしたお餅を臼の中に投下し、杵で練るようにつく。少しお米を潰した後でユリアスさんがあちちっと声を漏らしながら形を整えてくれる。そこからはぺったらぺたらこぺったんこ、と杵を振り下ろしながらついていく。

「それでロザリアさん、報告というのはなんでしょう!」
 わくわくを隠そうともせず、爛々と目を輝かせるユリアスさん。そんなに期待されると少し恥ずかしいというか、申し訳なさがある。
 なにせ私とエドルドさんの婚姻は大恋愛の末に! とか障害を乗り越えて! なんてロマンチックなものではないのだ。ただの家族になる契約を結んだだけ。
 がっかりされたら嫌だな……。
 どう伝えたものかと視線を彷徨わせたが、そのまま告げることにした。
「私、結婚したんです」
「結婚! おめでたいわね! 相手はどんな人?」
「冒険者になってからしばらくして出会った人です。私の保護者の一人みたいな人で、今回、書面上でも正式に家族になりまして」
「おめでとう!」
 私の不安なんて吹き飛ばすように、祝福の言葉を振らせる。目線はしゃがんだ彼女の方が低いのだが、頭の上から包まれるような優しさを感じた。
 ユリアスさんは目を輝かせたまま。
 多分、彼女はおめでたいと感じたからそのまま言ってくれただけなのだろう。
 私がまだどこか悩んでいて、心のどこかで婚約者と恋愛結婚をしたユリアスさんと比べてしまっていただけ。

 私だってエドルドさんを大事に思っているのに。勝手に後ろ暗さなんて感じる必要ないのにね。

 どうも私は素直に幸せを受け入れることが出来ない質らしい。『ロザリア=リリエンタール』の出生と私の中にある記憶は、この先も何度となく、私を悩みの森に誘うことだろう。

 けれど私にはユリアスさんがいて、レオンさんがいて、そしてエドルドさんがいる。
 何度だって彼らは私を救いあげてくれることだろう。

 ガイナスさんを含めグルッドベルグの人達だって、私を受け入れてくれることだろう。こちらはお悩み相談というよりも、身体を疲れさせたり、一旦思考をリフレッシュさせようと勧めてくるだろうが。

 みんながそれぞれの方法で助けてくれる姿が容易に想像出来る。
 自然と頬が緩んだ。

「ロザリアさん、どうかした?」
「私、幸せだなぁと思って」
「そっか」
「はい」
「あ、そうだ。お相手さんにもおもち持ってく?」
「いいんですか?」
「うん。容器はどうしよう……ちょっと聞いてくるわ」
「私、プラスチック容器と輪ゴム出せますよ?」
 ポイント交換で大量のプラスチック容器と輪ゴムを取り出せば、ユリアスさんは両手を口元に当て、ふるふると身を揺らす。
「最高すぎる……。それさえあればお世話になった人に配り放題じゃない」
「配りますか?」
「いいの?」
「はい。気合いいれてつきましょう」
「良い運動になりそうね! 明日筋肉痛かも」

 ユリアスさんはカラカラと笑い、私にタオルを差し出した。自分の分は首にかけ、軽くあせを拭った。
 やる気は十分といったところだろう。
 私も彼女にならってタオルを首から下げ、机の上には新しい麦茶を設置した。


 かつてこの世に絶望した少女はもういない。

 だって私は今、最高に幸せなのだから。

 完

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