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【Epilogue】29歳のいばら姫
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「わぁ……! エルダ様、綺麗です!」
「おとぎ話のお姫様みたいで、本当にすてき……!」
ここは王都にあるアルシュバーン侯爵家のタウンハウス。フィッティングルームで花嫁衣裳を纏った私は、侍女やお針子たちの歓声を浴びていた。
「――ありがとう」
鏡に映る純白のドレスを見つめて、私も笑みをこぼしていた。白銀のビジューと刺繍糸が胸元で清らかに輝き、レースと銀刺繍が咲き誇る花々のように連なる様は息を呑むほど美しい。
「本当に素敵なドレスね。……これで仮縫いだなんて信じられないわ」
結婚式を4か月後に控え、ウェディングドレスは着々と完成に向かっている。
――キャロラインによる『拉致未遂事件』から、早2か月。
レイの求婚を受け入れた私は今、彼と一緒に挙式の準備を進めている。「まさか私が侯爵夫人に……?」という驚きはあったけれど、あの事件後は平穏無事な日々が続いており特に困りごとはない。
……いや。
そういえば一つだけ、私には深刻な『困りごと』があった。それは――。
「エルダ!」
ドアのほうから彼の声が響いたので、私はそちらをふり返った。フィッティングルームに通されたレイが、うっとりした表情で私を見ている。早足で目の前まで来ると私を抱き上げた。
「きゃ」
「私の花嫁は、なんて美しいんだ!」
私の深刻な困りごと――それは、レイが前にも増して甘々な態度を取るようになってしまったことだ。事あるごとに「愛している」と囁いて、私を恥ずかしがらせようとしてくる。
「愛しています、エルダ」
「あの、ラファエル様。光栄ですけど、人前でそういうことをおっしゃるのはですね……」
私が抗議しようとすると、レイは
「結婚式の夜まで待てる自信がありません」
「!」
私の耳に唇を寄せ、周囲に聞こえないように囁いてきた。
(………………もう!)
たぶんこの人はわざと私をうろたえさせて、反応を楽しんでいるんだと思う。本当に困った人だ。
*
ウェディングドレスのフィッティングを済ませたあと、私とレイは書斎に移動した。今行っているのは、招待客リストの確認作業だ。私は招待客リストを見ながらメモを取り、参列する貴族ひとりひとりの情報を頭に入れていった。
そしてふと、気づいたことを口にする。
「……レイ。デヴォン侯爵家の名前が見当たらないけれど、やっぱりキャロラインの一件が関係しているの?」
「はい。あの家は大失態を侵しましたので。つい先日の貴族議会でも、1年間の社交場出入り禁止が言い渡されたんです」
「そうだったの……」
キャロラインには実刑判決が下って、財産の没収と国外追放刑が執行された。愛人の管理責任を問われたデヴォン侯爵は、アルシュバーン侯爵家に莫大な賠償金を支払うことになっている。社会的な信頼を大きく落とし、政治的にも深刻なダメージになっているようだ。
ちなみにキャロラインの罪状は『アルシュバーン侯爵家の家令への恐喝、ならびに侯爵夫人拉致未遂』だった。
「キャロラインは今頃どうしているかしら。とても身一つで生きられるとは思えないけれど」
「さぁ。修道院に入るなり娼館に身を寄せるなり、エルダにさせようとした生き方を自分で選べばいいのではありませんか?」
彼女の悲惨な末期がリアルに想像できてしまうけれど、ふしぎと『かわいそう』とは思わなかった。何らかの気づきを得てまっとうな人生を歩んでくれたらと良いけれど、たぶん彼女は変われない気がする。
「それにしても、キャロライン第九夫人がエルダの境遇を理解していなかったのは驚きでした。私がエルダを妻にしたことは、社交界に周知させていたはずなのに。9番目の愛人という微妙な立場ゆえに、得られる情報が少なかったようですね」
「まあ、当事者の私も全然知らなかったけれどね……」
私が侯爵夫人だという事実をキャロラインは知らなかったが、貴族の間では知れ渡っていたらしい。最近、レイと一緒に何度か夜会に参加したけれど、行く先々で羨望や好奇の視線を感じた。
「私、知らない間に有名人にされていたのね。通り名まで付いていて、びっくりしたわ」
「ああ、『いばら姫』ですか」
いばら病の生還者である私は、『いばら姫』という通り名で呼ばれていた。確かにおとぎ話のいばら姫のように眠り続けて、目覚めさせてくれた王子様と結ばれるのだから、私はいばら姫なのかもしれない。
「エルダ。これからもあなたに好奇の目を向けてくる者達は現れるでしょう。しかし私が守ります。どんな者からも、絶対に」
私は没落したオルドー子爵家の出身で、ずっと眠っていたのに侯爵閣下の心を射止めた元修道女。……かなり個性的な経歴だから興味本位で私に近づいてくる貴族も多いのだけれど、そのたびにレイが守ってくれる。――レイは本当にすてきな人だ。
こんなすてきな人の妻が、私で良かったのだろうか……? と、ふとした瞬間思ってしまうことはある。
(世間的には、私は相当な晩婚だもの……その事実だけは、どうしようもないわ。レイはもっと相応しい身分の、若いご令嬢と結婚するべきだったんじゃないかしら)
「ねぇ、レイ。…………あなたは本当に私で――」
「黙って」
「んっ」
本当に私で良かったの? ――と言い終わる前に、強引に唇を奪われてしまった。息ができずに重なり合って、長いキスの末にようやく解放される。
ぷはっ。と息をついていると、レイが少し怖い顔をして私を見つめた。
「言わせませんよ、そんなことは。欲しいのはエルダだけだと、いつも言っているはずです」
「なんで言う前に分かるの……」
「分かるに決まっているでしょう、何年一緒にいると思っているんですか? エルダにとっては3年程度かもしれませんが、私には13年です」
そう言って、レイは彼はじっと私を見つめた。
「エルダ。世間ではなく、私を見てください」
「どういうこと?」
「あなたは決して人生を諦めるような年齢ではありません。エルダは幸せになることも、望みを叶えることもできます。私が証明してみせます」
真摯な言葉が、嬉しかった。
「ありがとう。……でも、10年もつらい思いをさせてしまってごめんね。せめてもう少し早く目覚めていたら――」
そう言うと、レイは力の抜けた笑みをこぼした。
「いいえ、たったの10年です。あなたが目覚めてくれるまで20年でも30年でも待つ覚悟でしたし、何歳のあなたでも愛する自信がありますよ」
「……おばあちゃんでも?」
「もちろんです。あなたに似合うおじいちゃんになって、あなたの目覚めを待っていたはずです。そしてときを迎えたら、一緒に天に昇りましょう」
……さらりと重たいことを言う人だ。
でも、これがレイの偽らざる本心なんだと思った。レイは私を抱きしめると、額にそっと口付けた。
「必ず幸せにします。だからエルダ、どうか私と生きてください」
「――喜んで」
これは10年の眠りから醒めた元修道女と、侯爵になった元孤児の物語。嬉しいことも大変なことも、きっとこの先の人生にはたくさんあるはずだ――そしてあなたと一緒なら、どんな試練も乗り越えられる。必ず、幸せになれる。
だって甘い恋のおとぎ話は、いつだってこう結ばれるのだから。
――お姫様は愛する王子様とともに、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
fin.
「おとぎ話のお姫様みたいで、本当にすてき……!」
ここは王都にあるアルシュバーン侯爵家のタウンハウス。フィッティングルームで花嫁衣裳を纏った私は、侍女やお針子たちの歓声を浴びていた。
「――ありがとう」
鏡に映る純白のドレスを見つめて、私も笑みをこぼしていた。白銀のビジューと刺繍糸が胸元で清らかに輝き、レースと銀刺繍が咲き誇る花々のように連なる様は息を呑むほど美しい。
「本当に素敵なドレスね。……これで仮縫いだなんて信じられないわ」
結婚式を4か月後に控え、ウェディングドレスは着々と完成に向かっている。
――キャロラインによる『拉致未遂事件』から、早2か月。
レイの求婚を受け入れた私は今、彼と一緒に挙式の準備を進めている。「まさか私が侯爵夫人に……?」という驚きはあったけれど、あの事件後は平穏無事な日々が続いており特に困りごとはない。
……いや。
そういえば一つだけ、私には深刻な『困りごと』があった。それは――。
「エルダ!」
ドアのほうから彼の声が響いたので、私はそちらをふり返った。フィッティングルームに通されたレイが、うっとりした表情で私を見ている。早足で目の前まで来ると私を抱き上げた。
「きゃ」
「私の花嫁は、なんて美しいんだ!」
私の深刻な困りごと――それは、レイが前にも増して甘々な態度を取るようになってしまったことだ。事あるごとに「愛している」と囁いて、私を恥ずかしがらせようとしてくる。
「愛しています、エルダ」
「あの、ラファエル様。光栄ですけど、人前でそういうことをおっしゃるのはですね……」
私が抗議しようとすると、レイは
「結婚式の夜まで待てる自信がありません」
「!」
私の耳に唇を寄せ、周囲に聞こえないように囁いてきた。
(………………もう!)
たぶんこの人はわざと私をうろたえさせて、反応を楽しんでいるんだと思う。本当に困った人だ。
*
ウェディングドレスのフィッティングを済ませたあと、私とレイは書斎に移動した。今行っているのは、招待客リストの確認作業だ。私は招待客リストを見ながらメモを取り、参列する貴族ひとりひとりの情報を頭に入れていった。
そしてふと、気づいたことを口にする。
「……レイ。デヴォン侯爵家の名前が見当たらないけれど、やっぱりキャロラインの一件が関係しているの?」
「はい。あの家は大失態を侵しましたので。つい先日の貴族議会でも、1年間の社交場出入り禁止が言い渡されたんです」
「そうだったの……」
キャロラインには実刑判決が下って、財産の没収と国外追放刑が執行された。愛人の管理責任を問われたデヴォン侯爵は、アルシュバーン侯爵家に莫大な賠償金を支払うことになっている。社会的な信頼を大きく落とし、政治的にも深刻なダメージになっているようだ。
ちなみにキャロラインの罪状は『アルシュバーン侯爵家の家令への恐喝、ならびに侯爵夫人拉致未遂』だった。
「キャロラインは今頃どうしているかしら。とても身一つで生きられるとは思えないけれど」
「さぁ。修道院に入るなり娼館に身を寄せるなり、エルダにさせようとした生き方を自分で選べばいいのではありませんか?」
彼女の悲惨な末期がリアルに想像できてしまうけれど、ふしぎと『かわいそう』とは思わなかった。何らかの気づきを得てまっとうな人生を歩んでくれたらと良いけれど、たぶん彼女は変われない気がする。
「それにしても、キャロライン第九夫人がエルダの境遇を理解していなかったのは驚きでした。私がエルダを妻にしたことは、社交界に周知させていたはずなのに。9番目の愛人という微妙な立場ゆえに、得られる情報が少なかったようですね」
「まあ、当事者の私も全然知らなかったけれどね……」
私が侯爵夫人だという事実をキャロラインは知らなかったが、貴族の間では知れ渡っていたらしい。最近、レイと一緒に何度か夜会に参加したけれど、行く先々で羨望や好奇の視線を感じた。
「私、知らない間に有名人にされていたのね。通り名まで付いていて、びっくりしたわ」
「ああ、『いばら姫』ですか」
いばら病の生還者である私は、『いばら姫』という通り名で呼ばれていた。確かにおとぎ話のいばら姫のように眠り続けて、目覚めさせてくれた王子様と結ばれるのだから、私はいばら姫なのかもしれない。
「エルダ。これからもあなたに好奇の目を向けてくる者達は現れるでしょう。しかし私が守ります。どんな者からも、絶対に」
私は没落したオルドー子爵家の出身で、ずっと眠っていたのに侯爵閣下の心を射止めた元修道女。……かなり個性的な経歴だから興味本位で私に近づいてくる貴族も多いのだけれど、そのたびにレイが守ってくれる。――レイは本当にすてきな人だ。
こんなすてきな人の妻が、私で良かったのだろうか……? と、ふとした瞬間思ってしまうことはある。
(世間的には、私は相当な晩婚だもの……その事実だけは、どうしようもないわ。レイはもっと相応しい身分の、若いご令嬢と結婚するべきだったんじゃないかしら)
「ねぇ、レイ。…………あなたは本当に私で――」
「黙って」
「んっ」
本当に私で良かったの? ――と言い終わる前に、強引に唇を奪われてしまった。息ができずに重なり合って、長いキスの末にようやく解放される。
ぷはっ。と息をついていると、レイが少し怖い顔をして私を見つめた。
「言わせませんよ、そんなことは。欲しいのはエルダだけだと、いつも言っているはずです」
「なんで言う前に分かるの……」
「分かるに決まっているでしょう、何年一緒にいると思っているんですか? エルダにとっては3年程度かもしれませんが、私には13年です」
そう言って、レイは彼はじっと私を見つめた。
「エルダ。世間ではなく、私を見てください」
「どういうこと?」
「あなたは決して人生を諦めるような年齢ではありません。エルダは幸せになることも、望みを叶えることもできます。私が証明してみせます」
真摯な言葉が、嬉しかった。
「ありがとう。……でも、10年もつらい思いをさせてしまってごめんね。せめてもう少し早く目覚めていたら――」
そう言うと、レイは力の抜けた笑みをこぼした。
「いいえ、たったの10年です。あなたが目覚めてくれるまで20年でも30年でも待つ覚悟でしたし、何歳のあなたでも愛する自信がありますよ」
「……おばあちゃんでも?」
「もちろんです。あなたに似合うおじいちゃんになって、あなたの目覚めを待っていたはずです。そしてときを迎えたら、一緒に天に昇りましょう」
……さらりと重たいことを言う人だ。
でも、これがレイの偽らざる本心なんだと思った。レイは私を抱きしめると、額にそっと口付けた。
「必ず幸せにします。だからエルダ、どうか私と生きてください」
「――喜んで」
これは10年の眠りから醒めた元修道女と、侯爵になった元孤児の物語。嬉しいことも大変なことも、きっとこの先の人生にはたくさんあるはずだ――そしてあなたと一緒なら、どんな試練も乗り越えられる。必ず、幸せになれる。
だって甘い恋のおとぎ話は、いつだってこう結ばれるのだから。
――お姫様は愛する王子様とともに、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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