望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ

文字の大きさ
24 / 32

【23】封印結晶

しおりを挟む
――深夜。エデンは王城内への潜入に成功していた。

エデンは王都市街地の地理に精通しているらしい。
貴族街から下町へと駆け込むと、ひっそり佇む廃商店に忍び込み、複雑な暗号を打ち込んで地下倉庫の扉を開錠していた。

迷路のような分岐だらけの通路を通り、子供しか通れないくらいの細道を器用に抜けて、私が呆気に取られているうちに王城内に入り込んでいた。……王城につながる隠し通路があるなんて、私はまったく知らなかった。

「ヴィオラ様、隠し通路の存在を知るのは国王が認めた者だけです。俺は竜伐隊の特級騎士という扱いだったので、有事に備えて知らされていました」

王城内の見張り番の目を潜り抜け、エデンは宮殿を目指して進んでいく。月明りを避け、器用に壁をよじ登ったり梁から梁へ飛び移ったりしながら、あっという間に最上階のバルコニーへとたどり着いた。
バルコニーの向こうは誰かの私室のようだ。宮殿の最上階は、王族の居住空間のはず……。

そのとき、部屋のガラス戸が勢いよく開いた。
「ヴィオラ夫人!?」
出てきたのは、レオカディオ第三王子殿下だった。
「こんな夜分にどうした!? いや、そもそもどうやって王城内に――」
エデンは自分の口元にひとさし指を当て、声をひそめるようと身振りで示した。
「レオ、危急の件だ」
エデンの口から出た鋭い声に、殿下は息を呑んでいた。

「ここまでは東街区89番通り廃商店の地下倉庫に通じる通路を利用してきた。ともかく、俺の話を聞いてくれ」
「89番通りだと? なぜヴィオラ夫人がそれを知っている」

「俺がエデン・アーヴィスだからだ。……と答えたら、お前は信じてくれるのか? 俺だって、どうしてこうなったかいまだによく分からないんだが……」

殿下は大きく目を見開いて、エデンのことを凝視している。

「俺は本当にエデンなんだ。自分の肉体を失ったあと、ヴィオラ様の体に憑依してしまった。今はヴィオラ様に許可をもらって、体を借りている」

殿下は、唇を薄く開いて絶句していた。その瞳は驚愕に染まっているが、こちらを疑う様子ではない。むしろ、信じたがっているような表情に見えた。

殿下の返答を待たず、エデンは続けた。
「王城内の林の中で、災禍の竜の気配を感じた。だからお前に確認しに来た」
「っ……」
「レオ。竜はまだ生きているんだな? しかも、この王城内で」

レオカディオ殿下が、気まずそうな顔で声を詰まらせる。

どれほどの沈黙が続いただろうか、やがて殿下は口を開いた。

「どういうカラクリだか知らないが、ヴィオラ夫人の中身は本当にエデンらしい。……あれの気配を感じたのなら、魔法の使い手なのは明らかだしな」
これ以上ないくらい困惑しきった顔で、殿下はエデンを見つめていた。

「お前の言う通りだよ、エデン。竜はまだ、死んでいない。結晶ごと林の奥に安置して、んだ」


   ***



「分かっているとは思うが、エデン。災禍の竜が生きていることを口外するなよ? 混乱を避けるために、公然の情報としては『すでに死んだ』ことになっている。当事者のお前だから、特別に見せてやるんだ」

レオカディオ殿下はエデンを伴って、王城中枢の天然林の方向へ歩いていった。

「感謝するよ、レオ。竜は結晶の中でとっくに死んだものと思っていたが、まさかまだ生きているとはな……」
「さすがに伝説級の厄災は、生命力が凄まじいらしい。普通の魔獣なら、結晶の中で1年も封じておけば確実に死ぬんだがな」

エデンはルームドレス姿では目立ちそうだから、殿下が用意して下さった騎士服と外套で変装している。髪を結って男装風にしてあるから、遠目には護衛の騎士に見えるだろうか。

「……それにしてもまさか、現世でエデンに再会するとは思わなかった。世の中、不思議なことがあるものだ」
「俺はむしろ、レオがこんなにあっさり信じてくれたのが驚きだ」

「疑ってほしいのか? 信じてもらえると思ったから、夜中に押し掛けてきたんだろう? お前って奴は生真面目なくせに、たまに無謀なことをするんだ。昔から」

殿下はぞんざいな口調だったが、エデンとの会話を楽しんでいるようにも見える。

「竜とお前が安置されているのは、林の奥の地下霊廟だよ」
「地下霊廟だと? なぜそんな場所に……代々の王と王妃だけが埋葬される場所のはずだ」

「ちょうどいい置き場が他になかったんだよ。迂闊な所に放置して盗まれたり割られたりしたら大変だろ? それに地下霊廟内は古代樹の魔力で清浄化されているから、邪悪な竜の生命力を削ぐ効果が期待されている。霊廟には古い魔法通路が繋がっていて、バカでかい結晶でも搬入可能だった。……まぁ、浮遊魔法で運び込むだけで数か月掛かりだったんだが」

林の中に踏み入った私達は、月明りと手元の灯りを頼りに最奥部へと進んでいった。やはり、進むにつれて異質な気配を強く感じるようになる。

地下霊廟の入り口には番兵がおり、レオカディオ殿下の姿を認めるや驚いた様子で背筋を伸ばしていた。番兵は殿下に命じられるままに、地下霊廟への門扉を開く。

殿下とエデンは、地下に通じる長い階段を下りていく。進むほどに、空気がひんやりとして、じめじめと湿り気を帯びていった。

「俺が、竜とお前の結晶漬けを見たのは3年前に一度きりだ。……あまり見たいものではないからな。以後は地下霊廟の管理官たちに、定期的に状態を報告させている」

二人分の靴音が、延々と響いていく。
最深部にたどり着いた。
仰ぎ見るほど巨大な石の扉が行く手を遮っている。扉に刻まれた魔法陣を、殿下は複雑な筆順でなぞっていった――暗号になっているようだ。指が進むほどに、魔法陣は青白く発光していった。

「――開くぞ」

軋んだ音を残響させながら、巨大な扉が開いていく。
眼前に広がるのは広大な墓室だ。上流貴族の邸宅を丸々収容できるのでは、と思えるほどの大きな空間が目の前にある。……王城の地下がこんなふうになっていたなんて。

壁面に寄せて整然と並んだ大理石の棺は、歴代の王と王妃のものなのだろう。壁や天井には魔光灯と呼ばれる照明器具が無数に配置され、墓室内にゆらゆらとした青白い影を落としている。

そして空間の中央に、巨大な氷塊のような結晶が鎮座している。

山のように大きな結晶――という表現は大げさではないはずだ。息を呑むほど透明で、氷のような冷気を放つ結晶だ。そしてその内部には、長大な赤黒い『竜』の姿が。

災禍の竜には翼がなく、まるで蛇のようだった。蛇と異なる点は、胴の途中で首から先が8つに分岐しているところ。尾の先から胴体の途中までは、巨木を数本束ねたように太い。

結晶の中の災禍の竜は、8つの首のうち7つが途中で切断されていた。最後に残ったひとつの頭部は、憎々しげな表情のまま結晶に飲み込まれている。そして結晶の中にはもう一人、決死の表情で竜と対峙する騎士の姿が――。

(……エデン!!)

エデンの肉体が、災禍の竜とともに結晶の中に閉ざされていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ポンコツ娘は初恋を諦める代わりに彼の子どもを所望する

キムラましゅろう
恋愛
辺境の田舎から聖騎士となった大好きな幼馴染フェイト(20)を追って聖女教会のメイドとして働くルゥカ(20)。 叱られながらもフェイトの側にいられるならとポンコツなりに頑張ってきた。 だけど王都で暮らして四年。そろそろこの先のない初恋にルゥカはケリをつける事にした。 初恋を諦める。諦めるけど彼の子供が欲しい。 そうしたらきっと一生ハッピーに生きてゆけるから。 そう決心したその日から、フェイトの“コダネ”を狙うルゥカだが……。 「でも子供ってどうやって作るのかしら?」 ……果たしてルゥカの願いは叶うのか。 表紙は読者様CさんがAIにて作成してくださいました。 完全ご都合主義、作者独自の世界観、ノーリアリティノークオリティのお話です。 そして作者は元サヤハピエン至上主義者でございます。 ハピエンはともかく元サヤはなぁ…という方は見なかった事にしていただけますと助かります。 不治の誤字脱字病患者が書くお話です。ところどころこうかな?とご自分で脳内変換しながら読むというスキルを必要とします。 そこのところをご了承くださいませ。 性描写はありませんが、それを連想させるワードがいくつか出てまいります。 地雷の方は自衛をお願いいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

氷狼陛下のお茶会と溺愛は比例しない!フェンリル様と会話できるようになったらオプションがついてました!

屋月 トム伽
恋愛
ディティーリア国の末王女のフィリ―ネは、社交なども出させてもらえず、王宮の離れで軟禁同様にひっそりと育っていた。そして、18歳になると大国フェンヴィルム国の陛下に嫁ぐことになった。 どこにいても変わらない。それどころかやっと外に出られるのだと思い、フェンヴィルム国の陛下フェリクスのもとへと行くと、彼はフィリ―ネを「よく来てくれた」と迎え入れてくれた。 そんなフィリ―ネに、フェリクスは毎日一緒にお茶をして欲しいと頼んでくる。 そんなある日フェリクスの幻獣フェンリルに出会う。話相手のいないフィリ―ネはフェンリルと話がしたくて「心を通わせたい」とフェンリルに願う。 望んだとおりフェンリルと言葉が通じるようになったが、フェンリルの幻獣士フェリクスにまで異変が起きてしまい……お互いの心の声が聞こえるようになってしまった。 心の声が聞こえるのは、フェンリル様だけで十分なのですが! ※あらすじは時々書き直します!

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽
恋愛
「セレスティア、今度こそ君を幸せに…―――」 自身の執着により、妻を不遇の死に追いやった後悔を抱える伯爵・ウィリアム。 妻の死を嘆き悲しんだその翌日、目覚めた先に若い頃――名実ともに夫婦だった頃――の妻がいて…――。 本編完結。 完結後、妻視点投稿中。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしております。 ご投票頂けたら励みになります。 ムーンライトさんにも投稿しています。 (表紙:@roukoworks)

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

処理中です...