ラノベ風に明治文明開化事情を読もう-クララの明治日記 超訳版

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クララ、音楽会に参加するのこと

ラノベ風に明治文明開化事情を読もう-クララの明治日記 超訳版第43回 クララ、音楽会に参加するのこと

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明治11年3月15日 金曜日
 二年前、私たちが冷え切ったワッフルをご馳走した松平定敬氏――あの痘痕面の貴族――のおうちに行くように高木氏に招待された。
 毎月の十五人黄昏時に、この日本式のお茶の会が始まるのである。
 そしてお茶やお酒が出て、夜半の十二時まで清国の楽器を演奏する。
 松平定敬氏は音楽・美術の愛好家で、古典音楽や古美術品の鑑賞を普及させるためにこの音楽会を催されるのだ。
 そのような気高い行為のできる方には正直見えないのだけれど、なかなか感心なことだ。
 私の経験をここに書き記せば、お茶の会の目的ははっきりするだろう。
 約束通り、私たちは加賀屋敷でウィリイと落ち合い、上野の池の湯島側、つまり中坂の方に歩いて行った。
 その坂の上に松平氏の屋敷があるのだけれど、坂に近づくと音楽が聞こえてきた。
 胡弓の音が特にはっきり聞こえており、あかあかと明かりがついているので、何か特別な行事が行われていることが分かる。
 丘を上るための石の段々を上って頂上に着くと、青い門があって「松平定次郎」という字を書いた板が下げてあった。
 美しい庭園を通り抜けていくと、高木氏が迎えに飛び出してて来られた。
 松平氏のお宅の居間まで靴のままで進み、ここでスリッパに替えた。
 第一夫人が出て来られて歓迎の言葉を述べられた。
 私たちが今日来ると聞いて、一日中楽しみにしていたと云われ、たびたび来て欲しいと云われた。
 第二夫人も来られたが、おれいちゃんの世話に気を取られ、それほど丁重に歓待なさらなかった。
 定次郎氏ご自身は平服で出て来られたが、その服装で見栄えがするということはなかった。
 居間の骨董品を見せて貰ってから、寝室も見せて貰った。
 西洋風の寝室で船の特等船室のような感じだった。
 全て大変品が良く、ベッドは白いカーテンの奥に隠れていたし、窓にも白いカーテンがかけてあった。化粧台は低く、鏡や洗面道具が綺麗に並べてあった。
 元の部屋に戻ると、まずお茶を一服と云うことで、茶室へ案内された。
 これが日本の慣習である。
 お茶には五人揃わないと形がつかない。お茶碗は常に五つで組になっている。
 高木氏を入れても四人なので、陽気なおじいさんが加わった。
 部屋は小さいが塵一つなく、何ともいえない良い香りが辺り一面に漂っていた。
 これは華奢なテーブルの上の香炉から立ち上っているのだった。
 このようなお茶席では、ごく古い高価な茶碗しか使わない。
 老人が五つの古い美しい茶碗と、縁が上向きに曲げてある銀の茶托を取り出した。
 こういう茶托は洗うことがない。
 お茶を点てる道具は、どれも今まで見たことのないような美しいものであった。
 小さい火鉢、小さい小さい急須、小さいやかん、茶壺、茶碗を拭く布巾を入れておく器。
 老人は急須を持ち上げ、茶の葉を少し入れてお湯を注いだ。
 しばらくおいてから急須を振り、それからお茶碗を一つ一つ持ち上げて小さい布巾で丁寧に拭いた。
 それからお茶を茶碗に注ぎ、皆に配った。
 そのお茶のおいしかったこと!
 強いお茶だが香りが強く、苦味は全くなかった。
 お茶は一度に飲んでしまってはいけないので、少しずつ飲み、飲み終えると、また注いで頂くようにお茶碗を差し出す。
 お茶は二杯飲むのが作法で、もういらないという時はお茶碗を伏せる。
 老人は近くの戸棚からお菓子ののったお皿を五枚取り出した。
 お皿は赤く塗った木でできており、金の紋様ががあって、縁には編んだ藤がついている。
 お菓子は緑色の皮に包まれた餡の塊で、その横にお菓子を食べる時に使う大理石の(!)楊枝が添えてあった。
 ウィリイと高木氏はお菓子を食べたけれど、母と私は紙に包んで持って帰った。
 見たところお薬を連想させるあまり魅力のないお菓子なのだけど、味はとてもよい。

 お茶を終えてから、室内の秘術品を鑑賞して、次の間に移った。
 そこには植木鉢に背の高い竹と水仙が植えてあった。
 それから植木鉢のような形の火鉢と、美しい屏風があり、そのまた次の間には琴が二つ隅に立てかけてあった。
 間もなく音楽が始まるということで二階に案内された。
 天井の高い広間には、ほぼ一杯に人が集まっていた。
 一尺ぐらいの高さの台に乗せられた丸いテーブルが中央にあって、その植えにさし当たり使わない楽器が並んでいた。
 ざっと数えて十九人ばかりの人がそれぞれの楽器を持っていた。
「月琴と笛が多すぎますね」
 松平氏はそう思われたようだ。
 床に丸くなって坐っている演奏者たちの後ろに私たちは坐った。
 私たちの前には銀座に骨董品に開いているハコダテ屋という奇妙な人物が坐っていた。
「あまりに極端に西洋かぶれしていましてね、日本人仲間でも笑いものになっているのですよ」
 高木氏がそう耳打ちしてくれた。
 他の人が皆床に坐っていても彼は洋服を着て椅子に坐り、煙草をふかしているのだ。
 大胆な図太い顔で、ピンと髭を跳ね上げている。
 ウィリイはこの人に紹介されたが、何を尋ねても、帰ってくる英語……というか答えは決まってこれだけ。
「さよう、銀座尾張町七番地」
 この変人はやがて嫌気が差したらしく、隅の椅子を離れて退場し、みんなの笑いを誘った。

 これからの方が私には面白かった。
 楽器は月琴に笛、バイオリン、拍子木、それから奇妙な木琴と呼ばれるものなどであった。
 私は木琴が気に入って、一曲終わった後、その楽器を見せて貰った。
 ちょっと弾いてみて音階を試した。
 次に私はオルガンを弾いて欲しいということで私は喜んで弾き、ウィリイと「ジュアニタ」を歌った。
 女の子たちは笑ったが、男性には大変うけた。
 しかし実のところ、前の沢山の楽器による音楽に比べると、本格的なオーケストラと「ヤンキー・ドドール」を弾く手風琴ほどの違いがあって、私のオルガンは如何にも貧相。
 オルガン自体がお粗末なもので、一生懸命踏んでもヒューヒューというような音が出て、さぞおかしかったことだろう。
 次に松平氏ご自身で日本の曲と外国の曲が弾かれ、その後でまた合奏が始まった。
 隣に坐っていた男の方が奇妙な小さい本の中に、今歌っている歌を見つけて下さったが、一生懸命ついていこうとしても、私はまだ一節を読み終えないうちに、歌の方は二節に進んでしまっていた。
 しばらくしてまた美術品を見せてもらいに階下に降りていった。
 それは一つ一つ丁寧に袋に入れてあって、向島に行かれる時に、お弁当やお茶碗を入れて行かれる大きな籠に入っていた。
 一つの宝物は華奢な美しい茶碗で、ある角度から見ると、鶴が飛んでいるのが浮き彫りのように見えるのだけれど、普通に見たのでは、それは全然見えない。
 日本の美術品はそういうところに本当に凝っているのだ。
 それから特に丁寧に袋に包んである五つのちょっと見たところ、なんの変哲もないお茶碗に見えた。しかし清国の明の時代に作られたもので、四百年も昔のものなのだそうだ。
 小さい銀と赤いビロードの針箱も素敵だった。
 それから清国の大理石でできた水筒のような形の花瓶、高さが五インチもないような小さい香炉、清国の石で作った大きな判が二つ、テーブルにもなる飾り棚など。
 最後に立派な箱に入った古い古い笛を戸棚から取り出して見せて下さった。
 この家は至るところにこういう美術品が置いてあり、如何に熱烈な愛好者であるかを示している。
 しかし中には、茶室で会った陽気なおじいさんが売り物として持ってきたものもあった。
 とにかく松平氏は花瓶でも銅像でも、陶器でも楽器でも古いものがお好きなのだ。
 これは大変よい趣味だし、他の人にもその研究の成果を分かつみとができるのだから有益だと思う。
「美術品を陳列するところが別にあって、そちらには百ドル以下の品は陳列していないのですよ。私もしばしば行くのですが、今度クララさんたちも連れて行ってさしあげましょう」
 高木氏がそう誘ってくださった。
「この子が月琴を欲しがっているのですが、良い品がありませんでしょうか?」
 母が申し上げると、松平氏は即座に月琴の制作者を呼んで下さった。今月末までに、私のために一つ作るよう交渉して下さった。
 胴は質素で音の良いのをと云われた。
「音楽を練習するのに飾りはいりません。習い覚えた後で、良い胴を買ったらよいでしょう」
 それが彼の意見であった。
 母もその考えに賛成だった。
 十時になったので私たちはお暇することにした。
 最後に松平氏は云われた。
「また是非お気軽に来て下さい。ああ、日本の楽器だけの音楽会があるので、そちらにも招待しましょう」
 玄関まで見送って頂いて、私たちは皓々と月の照らす表へ出た。
 帰り道は喋ることが沢山あって大変楽しく、あっという間に家に着いた。
 正直なことを云うと、松平定次郎氏の外見は気に入らないし、そのほかにも気に入らない点はある。しかし、趣味の良さには惹かれる。
 西洋の家具が沢山あるが、目障りにはならない。
 日本のたいていの家では西洋の家具が日本間の美しさを破壊しているけれど、松平邸ではすべてが上品に整理されていて感心した。
 それに大勢の人を集めて音楽をするのも良い考えだ。
 あの人たちにもお茶屋に出入りするよりずっとためになる。
 と云っても来ているのは概してお年寄りであったけれど。

【クララの明治日記  超訳版解説第43回】
「というわけで、前回の予告通り村田氏の結婚式の模様をお送りしましたー」
「明治初期の高級官僚の結婚式の模様としては、非常に貴重な記録ですわね」
「では、まずこの結婚式の主である村田一郎氏についての解説を。
 薩摩藩士である村田一郎氏は安政4年、つまり1857年生まれ。つまり結婚した時点で、まだ二十歳そこそこなのよね。
 クララの日記によると、これ以前にもアメリカ留学の経験がある村田氏は、どうやらこの後、もう一度アメリカ視察に訪れたみたい。その時の経験を生かして始めたのが製紙業」
「形式的には二台目社長ですけれど、実質的にこの村田氏が興した会社が富士製紙。
 直系でこそないものの、この会社が現在の王子製紙の前身の一つですわね。
 それにしても、僅かながら残る社長としての村田氏の業績を見ると、若い頃と全く変わっていませんのね。“会社の内外関係の事務処理を完璧の域に達するまで整備し、いかなる通信も忽にせず必ず自ら返信を出した”。なかなか出来るものではありませんわ」
「男爵となった村田氏が晩年になって建築した邸宅が鎌倉市指定景観重要建築物として指定され、現在も残っています。名前は「かいひん荘鎌倉』(http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keikan/ksfile/ks07.htm)」
「なんとこの建物、宿になっていますのね」
「この当時の建物はそれなりに残っているけれど、宿になっているのは珍しいよね。クララの家もこんな感じだったのかな?」
「さて、余談はさておき、本筋に戻りますわよ。この村田氏の結婚式の仲人を務めている“川路氏”というのは“大警視”である川路利良氏のことかしら?」
「確定できないけど、経歴と村田氏の出身からして多分ね。
 川路利良。欧米の近代警察組織の骨格を日本で初めて構築した日本警察の父。余談だけど山田風太郎先生の明治物小説ではレギュラーキャラとして結構登場するよね。
でも、本当にこの“川路氏”が川路利良氏だったとしたら、この年の3月、というと日本の歴史を大きく転換させて事件に関わっている筈なのよ」
「なんですの、そんな大仰に?」
「丁度この月、薩摩の高官である黒田清隆氏の妻が病死なさった際、黒田氏が酔って妻を殺したという噂が流れたの。その噂があまりに広まってしまったものだから、大警視たる川路氏が直々に墓を開けて検死して“病死であることを確認した”と発表したわけ」
「ああ、なるほど、同じ薩摩藩出身ですものね、当然の事ながら黒田氏を庇った、という悪評がたったわけね。事の真偽は兎も角、そんなこと、最初から分かり切っていることですに」
「それでも役目柄、川路氏にお鉢が回ってくるのは当然の成り行きなんだけどね。
で、この話の何が日本の歴史を大きく転換させたかと云えば、川路氏の庇護者が大久保利通氏であって、この年の5月に大久保氏が暗殺されたのも、直接的にはこの騒動の影響だったりするわけね」
「……とんだとばっちりで歴史って変わってしまいますのね」
「大久保利通氏の暗殺の翌年、川路氏は再びヨーロッパ視察に出かけますが、体調を崩して帰国。そのまま亡くなってしまいます。享年46歳」
「そういう背景を知ってこの結婚式の模様を読み直すと、その、めでたいというより、なんとも悲哀を感じてしまいますわね。最後にクララに伝えた言葉ですとか。
 仲人を務めて貰ったと云うことは、村田氏にとっては川路氏が後ろ盾でしたでしょうし」
「ま、まあ、とりあえず村田氏は将来成功することだし、気を取り直して本題に」
「そうですわね。とりあえず結婚式の模様は、あまり今日と変わらないのかしら?」
「うーん、席の作り方やら、杯の返礼の仕方なんかは、微妙に江戸期からの変遷過程、って感じだよね。でも、確かに雰囲気的には大体現在と変わらないかな?
 ともあれ、この結婚式は和気藹々としていいわね、村田氏も奥さんも嬉しそうだし」
「この村田氏の奥様は、後にクララと親友になりますわね。ただ彼女も……」
「ストップ! それはまた随分先に取り上げると云うことで。
 あと今回の日記の後半部分、松平定敬氏宅で開かれた音楽会の模様だけど」
「これはこれて貴重な記録なのですけれども……」
「……だね、その辺の細かい記述は、クララのこの一言で全部ぶっ飛んじゃうよね」
『松平定次郎氏の外見は気に入らないし、そのほかにも気に入らない点はある。しかし、趣味の良さには惹かれる』
「……我が親友ながら、容赦ないというか、率直すぎると云うべきか」
「人の好き嫌いについては、貴女も人のことを云えませんけれどね、お逸。
 ……やっぱりクララも貴女も似たもの同士なのですわ。その思いこみが激しいところとか」
「ところで、歌が上手く歌えずに泣き出すおやおさん、ってすごく萌えるよね♪」
「そういう意味でも同類ですわよ、貴女がたはっ!」
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