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クララ、梅太郎の出生の秘密を知るのこと
ラノベ風に明治文明開化事情を読もう-クララの明治日記 超訳版第80回 クララ、梅太郎の出生の秘密を知るのこと
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今回分は「一泊しての横浜旅行の模様」「同人社女学生との一日」、そして「梅太郎の出生の秘密」な話がメインとなります。
今回は勝家の家庭の事情についての解説があります!
明治12年5月24日 土曜
昨日の昼に、田中を共に横浜へ行った。
一番良い席はうるさい清国人の一行に占領されてしまったので、汽車の旅はつまらなかった。
田中が居留地に来たのは初めてのことだ。
「この大きな建物は何でございますか、お嬢様?」
そんなことを絶えず聞いているうちに、山手に着いた頃には云う言葉が出尽くしていた。
ヘップバン夫人の素晴らしい応接間を見ても、ただ「ナルホド!」と云うだけ。
着いた時、夫人は薔薇の手入れをなさっていてとても楽しそうだった。
一晩泊まってミス・リードと一緒に寝た。
バッサー大学出身で、昔の級友のミナ・グラントを知っているという。
女子大生の羽目を外した行動、悪戯の仕合といったバッサーの生活を話してくれて面白かった。
ただ彼女は、アメリカの女子学生の生活をひどくけなしていた。
ミ ス・リードは部屋を真っ暗にして寝るので、薄明かり<アンドンが最上だと思う>をつけていないと眠れない私は困った。
夜私たちはとても楽しく歌を歌った。
「ジュアニタ」の美しいメロディーや「三人の漁師」の物悲しい音に誘われ、ヘップバン先生が書斎から出て来られた。
そして一緒に古今賛美歌集の中で好きな曲はじきに全部歌ってしまった。
リーナ、つまりミス・リートが歌わないので、先生はご自分の素晴らしいテノールに合わせられる人がいて喜んでおられたし、私の方も聞き飽きた自分の声に合わせて下さる方がいて嬉しかった。
私も楽しかったが、他の方々も楽しかったと思う。
気がついた時にはもう夜の十時だった。
今日母とアディが来たので一緒に帰った。
横浜で愉快に一日過ごしたが、疲れていたので、自分の家のベット、お風呂、それにアンドンに戻ってほっとした。
明治12年5月25日 日曜
あいにく、教会に少し遅れたが、イギリス人のエッジ氏の説教には間に合った。
バラムの「我これを見ん然れど今にあらず――」について、短いが含蓄のある話だった。
今夜の祈祷会は盛会だった。
いつものメンバーの他、工部大学校の学生二人、津田氏のところから新しい人たち、それにお向かいの藤島氏が新たに加わった。
ディクソン氏がマタイ伝六章から「天の父は私たちの必要とするものを知り給う故に、生活に思い煩うなかれ」について話し、これを津田氏の生徒の杉田さんが訳した。
この会が大いに役立ちますように。
ディクソン氏はフードのついた変なガウンを着て、便箋のように平らなおかしな帽子を被った大きなキャビネ判の自分の写真を下さった。
明治12年5月26日 月曜
五月にふさわしい晴々とした朝!
母は「苺を食べにくるよう」と同人社の生徒たちを招待したので、津田氏の農園に二十ポンド注文し、その他にもおいしいものを用意した。
二時に黒い肌、赤い頬、汗と髪油の匂いをさせた丸々した女の子たちがやってきた。
引率の年配の男の人は、ハーレムの虫干しをしているトルコ人みたい。
中村若夫人と女学校の主事の若い佐藤氏も一緒だった。
女生徒は大部分私が知らない人たちなので、初めはしっくりしなかった。
しかし、どんなことにも物怖じしないミス・矢沢は、他の人たちが見守っているのを尻目に、アルバムやゲーム等々を独占してしまった。
その出しゃばりぶりは、明らかに中村夫人の癇にさわっていた。
イービー氏が教えていたので「イービー・ガール」と呼ばれている娘は、イービー氏と同じように「不当な取扱いを受けた」というような喋り方をし、黄色いドレスに赤いサッシュ、緑の髪飾りをして、とても憂鬱な顔つきをしていた。
ミス・服部は、顔に四角い膏薬をいくつもつけているので、膏薬さんと呼ばれている。
相変わらず人は良さそうだが、ぎこちなく、大儀そうに動いていた。
二人の美しい先生はよくクスクス笑ったが、頭が良さそうだった。
残りはじっと黙っていて、苺を取りに行く時か、みんなと一緒にクスクス笑う時以外は存在の証しも示さなかった。
十五人の赤、黄、青の女の子たちは、表情のない丸顔につり目の典型的な庶民顔。
だが、この十五の不滅の魂のために私たちは働き、祈っているのだ。
賑やかなゲームをいくつかしたが、ミス・矢沢は「よく分かりました」と云っては必ず間違えた。
それから歌になったが、ミス・矢沢はまた性懲りもなく大声でみんなをリードした。
それがすむと、皆とても喜んで帰って行った。
富田夫人、三浦夫人、お逸も女学生を見に来た。
「ほんとに師範学校出の子らしいわ」
富田夫人は出しゃばりのミス・矢沢をこう評した。
私はこの三人と女学生たちとがあまり対照的なのに打たれていた。
安い派手なものを着、図太い態度で大声に喋り、ギクシャクしたマナーの人たち。
その一方、優雅な装いに謙虚な態度、控え目なマナー、量産されたものとは違うはっきりした目鼻立ちの本当に素晴らしい顔をしたレディたち。
だがこの人たちをこき下ろしてはならない。
私たちがここにいる目的はこういう人に善をなすべく努力することなのだ。
明治12年5月27日 火曜
今日は、人の一生にもよくあるように、はじめは素晴らしいといってもよかったのだが、だんだん崩れてしまい風雨のひどい嵐になってしまった。
それで昼以降、家に閉じこめられ、物を書いたり、本を読んだりして時間を過ごしている。
この東洋の地は怠けやすい気候のところだ。
おタケは夫であるシュウのことで困っている。
シュウはとてもよい使用人なのだが、隣の通りの美人の料理人を見る目が、おタケには気に入らないのだ。
可哀想に私のところに来て、苦労を面々と訴えた。
「うちの旦那は若いし、いい男だからと辛抱はしています。
でも正統な妻である自分の方が、こんなハンサムな夫には釣り合わないほどやつれて、老けてしまったのも、旦那が悪いからです!」
気の毒に!
後生の望みも、困っている者を哀れみ下さる良き羊飼いのキリストのことも知らず、どうして生きていられるのか。
日本の女の人にとって、キリスト教はどんなに素晴らしい贈り物になるだろう。
ヨーロッパ人の道徳観念にとってはショッキングなことだが、厚化粧の女郎を買ったりするのは下級階級の男に限らず、夫の不実に苦しむのは、おタケのような階級の女の人ばかりではない。
本当に悲しいことだ。
特に女の人たちは一般に当然のこととして、主人がすることはなんでも大人しく我慢する。
国の柱である人々が自分で自分に恥辱を加えるような行為をするとは何としたことだろう。
だが、私たちの分限は裁くことではない。
最善を尽くして、しかる後に「私たちのなすべき義務は果たしましたが、役に立たないしもべです」と謙虚に認めることなのだ。
明治12年5月28日 水曜
朝起きると外は雨。
だが母は苦労を厭わず、学校へ出かけた。
私は勿論家にいたが、午後久し振りにユウメイに会いに。
青いショールにシャツとベストを着て、浅黒くほっそりと見えた。
ユウメイはこの新しい洋服をとても得意にしているが、素敵によく似合うからもっともだ。
薄いグレーの綺麗なキルトの揃いに、素敵な絹袖のダスターも持っている。
五時までお喋りをし、面白かった。
母は『マーティン・チャズルウィット』を夢中で読んでいて、こんなことを云った。
「この本の登場人物であるペックスニッフはサイル博士と驚くほど性格が似ているわ」
明治12年5月29日 木曜
今朝、梅太郎が私に自分の身の上について打ち明けてくれた。
こんな若い少年がこんなことを知っているかと思うと、私はショックを受けた。
「叔母に会いに六月に長崎に行くつもりですが、このことは他の方には内緒にして下さい」
追々分かったことは、梅太郎の実母である梶くまという方は、1866年1月に二十五歳で亡くなられたのだそうだ。
肥前出身の、よくできた美しい婦人だったらしい。
梅太郎はそんな母親と三歳の時に死別し、その後東京に送られて育てられた。
梅太郎の云う“叔母様”というのは、亡母の妹で、母の死後撮った写真を持っているという。
「母の実家を見てきたいのです」
梅太郎はそう力を籠めて云う。幼い頃に故郷を離れていれば、その思いはひとしおだろう。
それから、梅太郎の下の弟である七郎の話になった。
七郎は使用人の小西かねの子なのだという。
梅太郎は七郎を「ひどく怒りっぽい」と馬鹿にしている。
こういうことは考えただけでショックだ!
天皇陛下まで奨励しておられるが、こんなやり方は帝国の土台を崩すものなのに!
梅太郎はひどく赤裸々に話しはしたが、父、つまり勝安房守の行動を少し恥じているのを見て、私は嬉しかった。
日本にいる外国人で、私たちのように日本人の家の内情まで知るようになった者は他にいないと思う。
決して自分たちから無理に聞き出したのではないのに、何事についても信頼されている。
これは別に私たちが他の人たちより優れているからというわけではない。
神が私たちにそのような立場をお与えになったためなのだ。
この有利さを悪用することがありませんように。
ずっと前から行くと約束してあったので、午後ユウメイと大鳥嬢に会いに行った。
途中、村田夫人に出会い、一緒に行った。
大鳥閣下はまだ帰っていらっしゃらなかったが、子供たちは皆家にいた。
三女のおゆきさんは大変危険な肝臓の病気でとても悪そうだ。
青白く痩せてもう長いとは思えない。
メイはおゆきさんの相手を、村田夫人は閣下の三男でいま4歳の六三君の世話、私は閣下の長男である富士太郎、次女のおきくと遊んだ。
「皆さんのご機嫌は如何ですか?」
おきくにそう聞くと「ハイ ミンナ ゴジョーブ デス。尤モ ジョーブ」との返事が。
津田氏のうちの近くで村田夫人と別れ、上機嫌でうちに帰った。
だがこの日はこれで終わらなかった。
うちの小路に差しかかると、ターリング氏が、どこが私のうちかと探していた。
私を見ると、人力車の支払いを済ませ、私に着いてきた。
時間は五時過ぎぐらいで、母は出かけていた。
幸い母がじきに帰ってきてくれたので、長い間一人で相手をせずにすんでほっとした。
丁度お茶の時間だったが、ターリング氏は一向に帰る気配を見せない。
「丁度お茶の時間ですから、御一緒に如何です?」
母がそう水を向けると、それが目当てだったらしく間髪入れず「はい」の返事が。
ターリング氏は日本女性が大好きで、お茶の間ずっと、私たちにあれこれと情報を聞き出した。
本当にいやな人。
お茶の後、YMCAに一緒に行ったが、どうして別れ別れになったのか、別の道を行ったのか、私たちの方が先に着いた。
今日の催しはとてもよかった。
特にディクソン氏が活躍した音楽がよかった。
みんな上機嫌で、一つ終わるたびに大きな拍手が沸いた。
ミス・ホルブルックがウィル・カールトンの「丘を越え貧しき家に」をとても上手に朗読し、大きな拍手を受けた。
確かに素晴らしかったが、ただ私だったらこんな大勢の人の前で、恥をさらすような真似はしない。
津田氏がYMCAに贈呈した苺は素晴らしくおいしく、添えられたクリーム、粉砂糖、ケーキ、レモネードも、その味を台無しにするどころか、かえっておいしくしていた。
このあと、ディクソン氏がスピーチをした。
「違った国籍の人々がこのように集まるのを見るのは如何に素晴らしいことでしょうか!
津田氏が苺を提供して下さったことは、全ての人々が兄弟となる日のことを思わます」
云々のようなことを述べた。
そして拍手に中断されながら、美しい声で盛り上げてくれたばかりでなく、会に華を添えてくれた女性の賛美をしはじめた。
最後には「女性はただそこにいるだけで妙なる音楽なのです」とすら云った。
男の人たちにもお礼を云い、終わりに津田氏の「貴重なおいしい贈り物」に対し、感謝の決議をした。
私たちはそれからじきに外に出たが、人力車の後ろから足音がして、今夜の立役者が「送らせて下さい」と熱心に云った。
彼は本当に兄妹のようになっている。
五月の澄んだ月明かりの中を、気持ちよく帰宅した。
【クララの明治日記 超訳版解説第80回】
「遂に明かされた我が勝家の秘密! 梅太郎と七郎は正妻たみの子ではなかった!」
「貴女もそうでしょうが!」
「それはそうなんだけど、クララ、この時に同時に私のことまで知ったのかどうか微妙なんだよね。
事前に“私の事情”まで知っていたのか考えると、梅太郎に対するこの驚き方からして、答えはノーだし。
少なくともこの時までは、父様の子供は全部たみ義母様の子供だと思っていたんだろうね。
別段武家の家では珍しい話でもないから、私の方もわざわざ説明しなかったし」
「ただこの後の日記にも、この件に関する記述は全然ありませんわ。
クララとお逸の関係からして、当然この件に関しての話題があって然るべき筈ですのに。
ということは、この時に一緒に貴女の事情についても知ったのではないかしら?」
「これに関しては何処までも推論の域を越えないのでこの辺にして。
今回は我が勝家の家庭環境についての解説を!
ちょっとだけ待ってね、いま参考資料を読み直しているから。
少し時間が掛かるだろうから、お茶でも飲んで待っててよ」
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…………………………(2時間経過)……………………………
「いい加減になさい! いつまで参考資料を捲っていますの!?」
「もうちょっと待って。いまようやく次女である小太郎姉様、いえ、孝子姉様が生まれたところだから。
それにしてもなんで孝子お姉様だけ、男名前で呼ばれていたのかしら?」
「そんなこと、わたくしが知る筈が……って、貴女、一体どんな資料を読んでいますの!?」
「松浦玲著の『勝海舟(http://www.amazon.co.jp/%E5%8B%9D%E6%B5%B7%E8%88%9F-%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E7%8E%B2/dp/4480885277/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1277545210&sr=1-1)』。久し振りに一冊五千円超の本、買ったわ」
「……なんですの? その、凶悪そうな“鈍器”は?」
「京極夏彦の『どすこい(仮)』より、ぶっといよね。
しかも、あれは表紙の厚さで稼いでいたけど、こっちは中身もぎっしりで、全900頁超。
専門書以外の勝海舟研究本としては最厚だろうね」
「専門書でなくなった代償に、注釈だけで300項目を超えていますわよ、この本。。。」
「父様、本当に大量の資料を書き殴っているのに対して、日記は物凄く簡潔にしか書き記してないことが多いからね。
父様の周りの人間関係を全て把握していれば何の話か分かるんだけど、如何せん、それを本当の意味で理解しているのは、書いた当人である父様だけだし」
「だからですのね、ほら、ここ。クララが勝家関係で日記を書いているところが、やたらピックアップされて、勝氏の日記の補強資料にされているのは」
「クララが日本にいなかったり、別件で日記を書く暇がなかったところなんて、この本の筆者の無念さが行間から滲み出てくるもの。
『なんで肝心なことを書いてないんだ!?』って感じで」
「そう考えると、クララの日記も侮れませんわね」
「さて、そんな前振りはさておき、本題の我が勝家の家庭の事情なんだけど。
家庭の事情……というより、父様の女性関係の話になっちゃうような」
「確かに、随分ハンサムですものね、貴女のお父様は。さぞ、もてたことでしょうね」
「正妻であるたみ母様の子供は、長女の夢子姉様、次女の孝子姉様、長男の小鹿兄様、次男の四郎兄様。
但し、前にクララの日記でもほんの少し触れられたけど、四郎兄様はすぐ亡くなってしまうのだけど。
で、ぶっちゃけ妾さんの子供としては、三女であるわたし、逸子が最初ね。
多分この頃には父様も出世したお陰で、若い頃の極貧生活から抜け出し、妾さんを持つ余裕が出来てきたのかな?
で、三男の梅太郎は今回の日記にあるように、父様が長崎に派遣されていた当時の妾さんの子供。
同じく日記にある通り、七郎は小西かねさんの子供。
更に下の妹として、私と同じ、増田いとの子供である四女の八重、最後に香川とよさんの子供である五女たへ。
ちなみに、やえが生まれた時に、父様はもう六十代だったり」
「六十代……って、え!? まだこのクララの日記の時系列では生まれていませんの!?」
「しかも父様、その妾さんの大半をほぼ全員自宅に住まわせていてね。
実際サラリとクララの日記にも、七郎の母親であるおかねさんも出てきているし。
クララ的には勝家の使用人として映っていて、まさか妾さんだとは夢にも思ってなかったでしょうね。
だって、たみ義母さまや夢姉様たちと一緒に仲良く外出しているのですもの」
「……なんというか、正直云って“女の敵”としか映らなくなりましたわよ、勝氏の事が」
「たみ義母様の有名な遺言である『勝とは同じ墓には入りたくありません!』という発言はこういう事情があるわけ」
「なるほど、本当に苦労させられたのですわね、たみ夫人は。
それにしてはお逸、貴女とたみ夫人、クララの日記を読む限り、随分と仲がよいですわね」
「仲がよい……のかな? 一緒によく遊びに行ったりするけど」
「なるほど。仲がよいといっても、母娘の仲の良さと云うより、年齢の離れた友達みたいな仲の良さ、という気は確かに致しますわね」
「我が勝家の事情を書き出すとキリがないので、今回のところはとりあえずこの辺で。
この本を全部読み終えた頃にまた特集させて頂く予定ですので」
「しかし全部精査しながら読み切るのに、いつまでかかりますのやら……」
今回は勝家の家庭の事情についての解説があります!
明治12年5月24日 土曜
昨日の昼に、田中を共に横浜へ行った。
一番良い席はうるさい清国人の一行に占領されてしまったので、汽車の旅はつまらなかった。
田中が居留地に来たのは初めてのことだ。
「この大きな建物は何でございますか、お嬢様?」
そんなことを絶えず聞いているうちに、山手に着いた頃には云う言葉が出尽くしていた。
ヘップバン夫人の素晴らしい応接間を見ても、ただ「ナルホド!」と云うだけ。
着いた時、夫人は薔薇の手入れをなさっていてとても楽しそうだった。
一晩泊まってミス・リードと一緒に寝た。
バッサー大学出身で、昔の級友のミナ・グラントを知っているという。
女子大生の羽目を外した行動、悪戯の仕合といったバッサーの生活を話してくれて面白かった。
ただ彼女は、アメリカの女子学生の生活をひどくけなしていた。
ミ ス・リードは部屋を真っ暗にして寝るので、薄明かり<アンドンが最上だと思う>をつけていないと眠れない私は困った。
夜私たちはとても楽しく歌を歌った。
「ジュアニタ」の美しいメロディーや「三人の漁師」の物悲しい音に誘われ、ヘップバン先生が書斎から出て来られた。
そして一緒に古今賛美歌集の中で好きな曲はじきに全部歌ってしまった。
リーナ、つまりミス・リートが歌わないので、先生はご自分の素晴らしいテノールに合わせられる人がいて喜んでおられたし、私の方も聞き飽きた自分の声に合わせて下さる方がいて嬉しかった。
私も楽しかったが、他の方々も楽しかったと思う。
気がついた時にはもう夜の十時だった。
今日母とアディが来たので一緒に帰った。
横浜で愉快に一日過ごしたが、疲れていたので、自分の家のベット、お風呂、それにアンドンに戻ってほっとした。
明治12年5月25日 日曜
あいにく、教会に少し遅れたが、イギリス人のエッジ氏の説教には間に合った。
バラムの「我これを見ん然れど今にあらず――」について、短いが含蓄のある話だった。
今夜の祈祷会は盛会だった。
いつものメンバーの他、工部大学校の学生二人、津田氏のところから新しい人たち、それにお向かいの藤島氏が新たに加わった。
ディクソン氏がマタイ伝六章から「天の父は私たちの必要とするものを知り給う故に、生活に思い煩うなかれ」について話し、これを津田氏の生徒の杉田さんが訳した。
この会が大いに役立ちますように。
ディクソン氏はフードのついた変なガウンを着て、便箋のように平らなおかしな帽子を被った大きなキャビネ判の自分の写真を下さった。
明治12年5月26日 月曜
五月にふさわしい晴々とした朝!
母は「苺を食べにくるよう」と同人社の生徒たちを招待したので、津田氏の農園に二十ポンド注文し、その他にもおいしいものを用意した。
二時に黒い肌、赤い頬、汗と髪油の匂いをさせた丸々した女の子たちがやってきた。
引率の年配の男の人は、ハーレムの虫干しをしているトルコ人みたい。
中村若夫人と女学校の主事の若い佐藤氏も一緒だった。
女生徒は大部分私が知らない人たちなので、初めはしっくりしなかった。
しかし、どんなことにも物怖じしないミス・矢沢は、他の人たちが見守っているのを尻目に、アルバムやゲーム等々を独占してしまった。
その出しゃばりぶりは、明らかに中村夫人の癇にさわっていた。
イービー氏が教えていたので「イービー・ガール」と呼ばれている娘は、イービー氏と同じように「不当な取扱いを受けた」というような喋り方をし、黄色いドレスに赤いサッシュ、緑の髪飾りをして、とても憂鬱な顔つきをしていた。
ミス・服部は、顔に四角い膏薬をいくつもつけているので、膏薬さんと呼ばれている。
相変わらず人は良さそうだが、ぎこちなく、大儀そうに動いていた。
二人の美しい先生はよくクスクス笑ったが、頭が良さそうだった。
残りはじっと黙っていて、苺を取りに行く時か、みんなと一緒にクスクス笑う時以外は存在の証しも示さなかった。
十五人の赤、黄、青の女の子たちは、表情のない丸顔につり目の典型的な庶民顔。
だが、この十五の不滅の魂のために私たちは働き、祈っているのだ。
賑やかなゲームをいくつかしたが、ミス・矢沢は「よく分かりました」と云っては必ず間違えた。
それから歌になったが、ミス・矢沢はまた性懲りもなく大声でみんなをリードした。
それがすむと、皆とても喜んで帰って行った。
富田夫人、三浦夫人、お逸も女学生を見に来た。
「ほんとに師範学校出の子らしいわ」
富田夫人は出しゃばりのミス・矢沢をこう評した。
私はこの三人と女学生たちとがあまり対照的なのに打たれていた。
安い派手なものを着、図太い態度で大声に喋り、ギクシャクしたマナーの人たち。
その一方、優雅な装いに謙虚な態度、控え目なマナー、量産されたものとは違うはっきりした目鼻立ちの本当に素晴らしい顔をしたレディたち。
だがこの人たちをこき下ろしてはならない。
私たちがここにいる目的はこういう人に善をなすべく努力することなのだ。
明治12年5月27日 火曜
今日は、人の一生にもよくあるように、はじめは素晴らしいといってもよかったのだが、だんだん崩れてしまい風雨のひどい嵐になってしまった。
それで昼以降、家に閉じこめられ、物を書いたり、本を読んだりして時間を過ごしている。
この東洋の地は怠けやすい気候のところだ。
おタケは夫であるシュウのことで困っている。
シュウはとてもよい使用人なのだが、隣の通りの美人の料理人を見る目が、おタケには気に入らないのだ。
可哀想に私のところに来て、苦労を面々と訴えた。
「うちの旦那は若いし、いい男だからと辛抱はしています。
でも正統な妻である自分の方が、こんなハンサムな夫には釣り合わないほどやつれて、老けてしまったのも、旦那が悪いからです!」
気の毒に!
後生の望みも、困っている者を哀れみ下さる良き羊飼いのキリストのことも知らず、どうして生きていられるのか。
日本の女の人にとって、キリスト教はどんなに素晴らしい贈り物になるだろう。
ヨーロッパ人の道徳観念にとってはショッキングなことだが、厚化粧の女郎を買ったりするのは下級階級の男に限らず、夫の不実に苦しむのは、おタケのような階級の女の人ばかりではない。
本当に悲しいことだ。
特に女の人たちは一般に当然のこととして、主人がすることはなんでも大人しく我慢する。
国の柱である人々が自分で自分に恥辱を加えるような行為をするとは何としたことだろう。
だが、私たちの分限は裁くことではない。
最善を尽くして、しかる後に「私たちのなすべき義務は果たしましたが、役に立たないしもべです」と謙虚に認めることなのだ。
明治12年5月28日 水曜
朝起きると外は雨。
だが母は苦労を厭わず、学校へ出かけた。
私は勿論家にいたが、午後久し振りにユウメイに会いに。
青いショールにシャツとベストを着て、浅黒くほっそりと見えた。
ユウメイはこの新しい洋服をとても得意にしているが、素敵によく似合うからもっともだ。
薄いグレーの綺麗なキルトの揃いに、素敵な絹袖のダスターも持っている。
五時までお喋りをし、面白かった。
母は『マーティン・チャズルウィット』を夢中で読んでいて、こんなことを云った。
「この本の登場人物であるペックスニッフはサイル博士と驚くほど性格が似ているわ」
明治12年5月29日 木曜
今朝、梅太郎が私に自分の身の上について打ち明けてくれた。
こんな若い少年がこんなことを知っているかと思うと、私はショックを受けた。
「叔母に会いに六月に長崎に行くつもりですが、このことは他の方には内緒にして下さい」
追々分かったことは、梅太郎の実母である梶くまという方は、1866年1月に二十五歳で亡くなられたのだそうだ。
肥前出身の、よくできた美しい婦人だったらしい。
梅太郎はそんな母親と三歳の時に死別し、その後東京に送られて育てられた。
梅太郎の云う“叔母様”というのは、亡母の妹で、母の死後撮った写真を持っているという。
「母の実家を見てきたいのです」
梅太郎はそう力を籠めて云う。幼い頃に故郷を離れていれば、その思いはひとしおだろう。
それから、梅太郎の下の弟である七郎の話になった。
七郎は使用人の小西かねの子なのだという。
梅太郎は七郎を「ひどく怒りっぽい」と馬鹿にしている。
こういうことは考えただけでショックだ!
天皇陛下まで奨励しておられるが、こんなやり方は帝国の土台を崩すものなのに!
梅太郎はひどく赤裸々に話しはしたが、父、つまり勝安房守の行動を少し恥じているのを見て、私は嬉しかった。
日本にいる外国人で、私たちのように日本人の家の内情まで知るようになった者は他にいないと思う。
決して自分たちから無理に聞き出したのではないのに、何事についても信頼されている。
これは別に私たちが他の人たちより優れているからというわけではない。
神が私たちにそのような立場をお与えになったためなのだ。
この有利さを悪用することがありませんように。
ずっと前から行くと約束してあったので、午後ユウメイと大鳥嬢に会いに行った。
途中、村田夫人に出会い、一緒に行った。
大鳥閣下はまだ帰っていらっしゃらなかったが、子供たちは皆家にいた。
三女のおゆきさんは大変危険な肝臓の病気でとても悪そうだ。
青白く痩せてもう長いとは思えない。
メイはおゆきさんの相手を、村田夫人は閣下の三男でいま4歳の六三君の世話、私は閣下の長男である富士太郎、次女のおきくと遊んだ。
「皆さんのご機嫌は如何ですか?」
おきくにそう聞くと「ハイ ミンナ ゴジョーブ デス。尤モ ジョーブ」との返事が。
津田氏のうちの近くで村田夫人と別れ、上機嫌でうちに帰った。
だがこの日はこれで終わらなかった。
うちの小路に差しかかると、ターリング氏が、どこが私のうちかと探していた。
私を見ると、人力車の支払いを済ませ、私に着いてきた。
時間は五時過ぎぐらいで、母は出かけていた。
幸い母がじきに帰ってきてくれたので、長い間一人で相手をせずにすんでほっとした。
丁度お茶の時間だったが、ターリング氏は一向に帰る気配を見せない。
「丁度お茶の時間ですから、御一緒に如何です?」
母がそう水を向けると、それが目当てだったらしく間髪入れず「はい」の返事が。
ターリング氏は日本女性が大好きで、お茶の間ずっと、私たちにあれこれと情報を聞き出した。
本当にいやな人。
お茶の後、YMCAに一緒に行ったが、どうして別れ別れになったのか、別の道を行ったのか、私たちの方が先に着いた。
今日の催しはとてもよかった。
特にディクソン氏が活躍した音楽がよかった。
みんな上機嫌で、一つ終わるたびに大きな拍手が沸いた。
ミス・ホルブルックがウィル・カールトンの「丘を越え貧しき家に」をとても上手に朗読し、大きな拍手を受けた。
確かに素晴らしかったが、ただ私だったらこんな大勢の人の前で、恥をさらすような真似はしない。
津田氏がYMCAに贈呈した苺は素晴らしくおいしく、添えられたクリーム、粉砂糖、ケーキ、レモネードも、その味を台無しにするどころか、かえっておいしくしていた。
このあと、ディクソン氏がスピーチをした。
「違った国籍の人々がこのように集まるのを見るのは如何に素晴らしいことでしょうか!
津田氏が苺を提供して下さったことは、全ての人々が兄弟となる日のことを思わます」
云々のようなことを述べた。
そして拍手に中断されながら、美しい声で盛り上げてくれたばかりでなく、会に華を添えてくれた女性の賛美をしはじめた。
最後には「女性はただそこにいるだけで妙なる音楽なのです」とすら云った。
男の人たちにもお礼を云い、終わりに津田氏の「貴重なおいしい贈り物」に対し、感謝の決議をした。
私たちはそれからじきに外に出たが、人力車の後ろから足音がして、今夜の立役者が「送らせて下さい」と熱心に云った。
彼は本当に兄妹のようになっている。
五月の澄んだ月明かりの中を、気持ちよく帰宅した。
【クララの明治日記 超訳版解説第80回】
「遂に明かされた我が勝家の秘密! 梅太郎と七郎は正妻たみの子ではなかった!」
「貴女もそうでしょうが!」
「それはそうなんだけど、クララ、この時に同時に私のことまで知ったのかどうか微妙なんだよね。
事前に“私の事情”まで知っていたのか考えると、梅太郎に対するこの驚き方からして、答えはノーだし。
少なくともこの時までは、父様の子供は全部たみ義母様の子供だと思っていたんだろうね。
別段武家の家では珍しい話でもないから、私の方もわざわざ説明しなかったし」
「ただこの後の日記にも、この件に関する記述は全然ありませんわ。
クララとお逸の関係からして、当然この件に関しての話題があって然るべき筈ですのに。
ということは、この時に一緒に貴女の事情についても知ったのではないかしら?」
「これに関しては何処までも推論の域を越えないのでこの辺にして。
今回は我が勝家の家庭環境についての解説を!
ちょっとだけ待ってね、いま参考資料を読み直しているから。
少し時間が掛かるだろうから、お茶でも飲んで待っててよ」
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「いい加減になさい! いつまで参考資料を捲っていますの!?」
「もうちょっと待って。いまようやく次女である小太郎姉様、いえ、孝子姉様が生まれたところだから。
それにしてもなんで孝子お姉様だけ、男名前で呼ばれていたのかしら?」
「そんなこと、わたくしが知る筈が……って、貴女、一体どんな資料を読んでいますの!?」
「松浦玲著の『勝海舟(http://www.amazon.co.jp/%E5%8B%9D%E6%B5%B7%E8%88%9F-%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E7%8E%B2/dp/4480885277/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1277545210&sr=1-1)』。久し振りに一冊五千円超の本、買ったわ」
「……なんですの? その、凶悪そうな“鈍器”は?」
「京極夏彦の『どすこい(仮)』より、ぶっといよね。
しかも、あれは表紙の厚さで稼いでいたけど、こっちは中身もぎっしりで、全900頁超。
専門書以外の勝海舟研究本としては最厚だろうね」
「専門書でなくなった代償に、注釈だけで300項目を超えていますわよ、この本。。。」
「父様、本当に大量の資料を書き殴っているのに対して、日記は物凄く簡潔にしか書き記してないことが多いからね。
父様の周りの人間関係を全て把握していれば何の話か分かるんだけど、如何せん、それを本当の意味で理解しているのは、書いた当人である父様だけだし」
「だからですのね、ほら、ここ。クララが勝家関係で日記を書いているところが、やたらピックアップされて、勝氏の日記の補強資料にされているのは」
「クララが日本にいなかったり、別件で日記を書く暇がなかったところなんて、この本の筆者の無念さが行間から滲み出てくるもの。
『なんで肝心なことを書いてないんだ!?』って感じで」
「そう考えると、クララの日記も侮れませんわね」
「さて、そんな前振りはさておき、本題の我が勝家の家庭の事情なんだけど。
家庭の事情……というより、父様の女性関係の話になっちゃうような」
「確かに、随分ハンサムですものね、貴女のお父様は。さぞ、もてたことでしょうね」
「正妻であるたみ母様の子供は、長女の夢子姉様、次女の孝子姉様、長男の小鹿兄様、次男の四郎兄様。
但し、前にクララの日記でもほんの少し触れられたけど、四郎兄様はすぐ亡くなってしまうのだけど。
で、ぶっちゃけ妾さんの子供としては、三女であるわたし、逸子が最初ね。
多分この頃には父様も出世したお陰で、若い頃の極貧生活から抜け出し、妾さんを持つ余裕が出来てきたのかな?
で、三男の梅太郎は今回の日記にあるように、父様が長崎に派遣されていた当時の妾さんの子供。
同じく日記にある通り、七郎は小西かねさんの子供。
更に下の妹として、私と同じ、増田いとの子供である四女の八重、最後に香川とよさんの子供である五女たへ。
ちなみに、やえが生まれた時に、父様はもう六十代だったり」
「六十代……って、え!? まだこのクララの日記の時系列では生まれていませんの!?」
「しかも父様、その妾さんの大半をほぼ全員自宅に住まわせていてね。
実際サラリとクララの日記にも、七郎の母親であるおかねさんも出てきているし。
クララ的には勝家の使用人として映っていて、まさか妾さんだとは夢にも思ってなかったでしょうね。
だって、たみ義母さまや夢姉様たちと一緒に仲良く外出しているのですもの」
「……なんというか、正直云って“女の敵”としか映らなくなりましたわよ、勝氏の事が」
「たみ義母様の有名な遺言である『勝とは同じ墓には入りたくありません!』という発言はこういう事情があるわけ」
「なるほど、本当に苦労させられたのですわね、たみ夫人は。
それにしてはお逸、貴女とたみ夫人、クララの日記を読む限り、随分と仲がよいですわね」
「仲がよい……のかな? 一緒によく遊びに行ったりするけど」
「なるほど。仲がよいといっても、母娘の仲の良さと云うより、年齢の離れた友達みたいな仲の良さ、という気は確かに致しますわね」
「我が勝家の事情を書き出すとキリがないので、今回のところはとりあえずこの辺で。
この本を全部読み終えた頃にまた特集させて頂く予定ですので」
「しかし全部精査しながら読み切るのに、いつまでかかりますのやら……」
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