君に捧げる紅の衣

高穂もか

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光の結界と闇の衣

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 窓から差し込む光が、赤みがかるころ――

「できた! できました」

 僕の歓声が、工房に響いた。

「ええっ、もうですか!?」

 職人さん達が驚き、どよどよと駆け寄ってこられた。

「はい! 駄目になっちゃったところ、思ったより少なかったので良かったです」

 僕は言いながら、修繕を終えたてほやほやの結界旗を、作業台に大きく広げて見せた。
 玄家の結界旗は、風火水土の呪力の結界を重ねがけした、強力なものだったんだ。目が痛くなるほどに細かい結界式を綿密に噛み合わせ、「四呪」を作り上げてたの。
 元々が強力だったからか、破けても式自体が壊れてる部分はほとんどなくて。

「ええと、こんな感じで……」

 結界式が壊れてしまった部分を取り除き、僕が新しく刺繍を施した部分を指さす。――玄家を表す玄武の、蛇頭を水の呪力を込めて刺繍したところ。熟練の職人さんたちが改めていらっしゃるのを、僕はドキドキしながら待っていた。

「これは……鱗の一枚までに水紋が揺らぐような……なんと美しい結界式だ」
「しかし、蛇の顔は子供の絵巻物のような……ゴホン、可愛いらしいですね」
「本当ですか? よかったぁ!」

 職人さん達に褒めてもらって、僕はぱあと頬を赤らめた。もとの図案がおおざっぱで、よく分かんなかったから僕の想像が入っちゃったんだ。

 ――蛇さんの顔、出来る限り怖くしてよかったぁ。

 僕は少し自信をもって、他に手を入れた部分も報告する。

「それで、他の……ほつれていた部分にも、四つの呪力を重ね縫いして、補強しました。ここと、ここ……これで、大丈夫だと思うんですけど……!」

 皆さんに窺うように尋ねると、壮年のお頭さんは厳めしい顔で頷いた。

「おお……それでは、試しても構いませんか」
 
 歩み出た職人頭さんが小刀を額に当て、何事か呟く。刃先に赤い光が点ったと思うと、

「えいやっ!」
 
 お頭さんは気合の声を発し、小刀を旗に突きたてた。――パリン、と陶器の壊れるような音が響く。結界旗が、眩むような白銀の光を発していたんだ。

「おお!」
「四呪の光――成功だ!」

 わっと歓声が上がる。

 ――四属性が拮抗しなければ、四呪は発動しない。よかった、大成功!

 お頭さんの攻撃意志を感じ取り、発言した四呪の光が「害するもの」を消失させたんだ。お頭さんは、刃が”消失”し、柄だけになった刀を振り、厳めしい顔に笑みを浮かべた。

「羅華様、お見事にございます」
「お頭さん……ありがとうございます!」

 嬉しくって、ぺこりと頭を下げると、長い髪が肩を滑る。すると、職人さん達がわっと集まってきてくださった。

「素晴らしい……!」
「お話にたがわぬ才、この目で拝見し勉強になりました!」
「そ、そんな! 僕のせりふです、それ……!」

 すごく褒めて貰えて、慌てて両手を振った。


 僕、あんまり他の方とお仕事しないから、今日はすごく刺激を受けたんだ。

 ――むしろ、一人でずっとやってて……井の中の蛙、だったかも……

 あの結界旗、百人くらいの呪力がこもっていたのに、四つのすべてが均一の呪力量だったんだよ。誰かと力の大きさを合わせるのって難しいから、それってすごいんだ!

「皆さん、すごいです! 僕も、もっと上手になりたいです」

 大きな刺激を受けて、メラメラ燃えていると、職人さん達が顔を見合わせている。

「むしろ、この呪力量をひとりでできないんだが……?」
「玄家の方々はバケモンか?」

 旗を改めながら、こそこそと言う職人さんたちに、ぼくはハッとした。

「あっ、おかしいところがあったら、ごめんなさい。さけちゃったところも縫い合わせちゃったんですけど、力が弱かったですか……?」

 張り切って縫っちゃったけど、熟練の方からすると拙い修繕だと思う。上目にうかがうと、職人さんたちは真っ赤な顔をぶんぶんと振った。

「いえいいえ!完璧です」
「ほんと? 良かったですー!」

 僕はホッと胸をなでおろす。お手伝いに来て、手間を増やしちゃったら大変だもんね。
 その後、細かい調整をすると言って、職人さんたちは一度休憩に行かれた。久しぶりにゆっくりごはんが食べられるって、喜んでくださったんだ。

「僕、お役に立てたのかな?」

 ちょっぴり誇らしく、晴れやかな気持ちで呟くと、文徳さんが恭しく礼をとった。

「もちろんにございます、羅華様。まさに、玄家の至宝とはまさにあなた様のこと!」
「もー、文徳さんったら。おだてても何も出ませんよーっ」

 文徳さんの大げさな口上に、僕は笑ってしまった。すると、部屋の隅からも笑い声が聞こえてきた。

「いえ、文徳殿の仰ることはごもっとも」

 そちらを見れば、出て行ったはずの職人さんがひとり座っていた。若い男性で、にこにこと話し続けてる。

「結界旗は屋敷の守りのかなめ。それを修繕するには、職人たちもかなりの骨が折れたでしょうから。文徳殿の思い切ったご決断のおかげです」
「そうだろう!」

 文徳さんは、職人さんの言葉に嬉し気に頷く。

「ええ。若君の掌中の珠を、独断で引っ張り出すなど、大したものですね」

 職人さんは含みのある口ぶりで言った。文徳さんがむっとする。

「……なんだか、棘のある物言いではないか。こういうのは、ファインプレーと言うのだ。若君もわかってくださる。だいたい、きみは先からなんだその態度――」
「……?」

 ぼくは、指を振り回し抗議する文徳さんと、彼に詰め寄られている笑顔の若者をじーっと見る。

 ――なんだか、既視感でじゃぶ……?

 若者の黒髪に、窓から差し込む夕日が照らしている。光が翳った途端に、その黒髪が深みを増したのに気づく。
 こてん、と首を傾げた。

「お兄様?」

 僕がそう呼ばうと、文徳さまが固まった。
 職人さんはにっこりした。その笑顔がゆらりと陽炎のように揺らめいたと思うと――漆黒の袖が翻る。

「ふふ――よくぞ見破った。さすがは、我が弟だ」

 深い艶のある長い黒髪が、ふわりと舞い、広い背に落ちる。職人さんの姿はこつぜんと消え、”絶世の”と形容するにふさわしい美貌の若者が、悠然と作業台に腰かけていた。
 その身にまとうのは、夜闇を手繰ったような漆黒の長衣――玄家の正装。

景岳ジンユエさま!?」

 文徳さんが、ひっくり返った声で叫ぶ。
 僕のお兄様――玄家の跡取りである、玄景岳シュエン・ジンユエがそこにいた。
 
 


「お兄様っ」

 ぱたぱたと近づいていくと、真黒いお袖にふわりと攫われる。幼い子供にするように高く抱き上げられて、僕は笑み崩れた。

「ごきげんよう、お兄様。どうして、僕がここにいるってわかったの?」
「ふふ。兄様は、愛する弟をいつも見ているからさ」

 お兄様は凛々しいお顔をとろとろに緩めて、僕に頬ずりなさった。漆黒の長衣に焚きしめられた伽羅が、かぐわしく匂う。僕の人生で、いちばん嗅いでいる香りだなぁ、って心が和んだ。

 ――景岳お兄様は、玄家の跡取りにして、当代一の術者。

 まだ二十二歳なのに、皇太子さまからも信頼される凄い人。でもね、僕やお姉様にとっては頼れるお兄様なんだ。

「かわいい羅華、もっと顔を良く見せておくれ」
「はい、お兄様」

 大きな手に両頬を包まれ、にっこり笑い返す。お兄様の漆黒の髪が頬に落ちかかり、くすぐったかった。

「……いつもながら、すごい猫だよ……」

 文徳さんが何事か呟いたけど、大きな手に両耳を塞がれていて、聞き取れない。お兄様は白い歯を見せてお笑いになる。

「羅華、私の執務室に来たんだって。ちょうど呼び出しがあったもので、すまなかったな」
「いいえ、お仕事中だもの! あのね、びわを差し入れに持って…………来たん、だけど……」

 空の籠を持ち上げて、だんだん声が小さくなる。さっき、職人さん達に配っちゃったんだった。すると、お兄様はぷっとふきだした。

「皆を労ったんだね。そんな大人らしい気遣いが出来るなんて、何よりだ」
「ほんとう?」

 大きな手で頭を撫でて下さり、嬉しくなる。

「どれ、頑張った羅華には、兄様がご馳走してあげよう。――文徳」
「はいっ、若君!」

 名指しされ、文徳さんがぴんと背筋を伸ばす。お兄様は僕を腕に閉じ込めたまま、やわらかい声で言う。

「私の弟に心づくしの夕餉の膳を。頑張って疲れているのだから、食後の菓子も忘れるなよ」
「はいッ!!」

 文徳さんは部屋中に響き渡る声でお返事をする。満足気に頷いているお兄様の袖を、僕はつんと引いた。

「ねえ、お兄様も一緒に召し上がる? 最近、ずっとお忙しそうで、寂しかったです」
「うぐっ……!」

 じっと見上げるとお兄様は胸を押さえて呻いた。お姉様いわく、「いつものご病気」らしいので、大きな背をよしよしと擦って差し上げる。
 お兄様は復活し、コホンと咳払いした。

「すまない、羅華。兄様は、これから任務なんだ」
「そうなのですか?!さっき帰ってこられたばかりなのに……」

 さみしくて、しょんぼりしてしまう。お兄様はすまなそうに微笑んだ。

「近頃、都が不穏でな……殿下も不安がっておられるのか、お召しが多いのだよ」

 お兄様は僕の頬を撫でると、修繕した結界旗に目をやった。

「……結界旗も破られた。我が家も他人ごとではいられぬしな」

 その横顔がひどく静かなことに、僕は不安になる。

「お兄様……?」
「ああ、不安そうな顔をしなくていい」

 お兄様はすぐに笑顔になり、僕を抱きしめた。伽羅の香りに包まれてしまう。

「玄家のみなは、私や麗瑶リーヤオが守るとも。もちろん、可愛いお前のことは一番にな」

 お兄様は、明るい声で仰った。
 僕は頷きながら、胸の奥がしんしんとさわいでいたんだ。
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