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第4話 ゴブリンの洞窟
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『豚の寝床亭』の宿主に別れの挨拶もせず、僕は裏路地から表通りへと出た。早朝の王都はまだ眠りから覚めきっていない。昇り始めた太陽の光が、高い建物の屋根を金色に染めていた。行き交う人の数もまばらで、空気がひんやりと澄んでいる。
僕は大きく息を吸い込んだ。カビ臭い宿の空気とは違う、新鮮な朝の匂いだ。心なしか、体も軽くなったように感じる。
目的地は冒険者ギルド。王都の中央広場に面して建つ、この街で最も活気のある場所の一つだ。石造りの重厚な建物は、夜明け前から活動を始める冒険者たちのために、いつでも門戸を開いている。
中に入ると、外の静けさが嘘のような熱気が体を包んだ。掲示板に群がる冒-険者たち。カウンターで依頼の受注や報告をする者。酒場で朝から景気づけに一杯やっている連中。様々な人種の怒声と笑い声が混じり合い、巨大な生き物のように蠢いている。
僕はその喧騒を抜け、まっすぐにカウンターへ向かった。受付嬢の一人が、僕の姿に気づいて声をかける。
「おはようございます。ご依頼ですか?」
まだ年若い、そばかすの可愛い少女だ。僕が『サンクチュアリ』の一員だった頃、何度か顔を合わせたことがある。彼女は僕のことなど覚えていないだろうが。
「いや、ダンジョンの情報を少し。初心者向けの『ゴブリンの洞窟』について」
僕の言葉に、受付嬢は少し意外そうな顔をした。無理もない。僕の風体は、荷物持ちをしていた頃の使い古された服のままだ。お世辞にも新米冒険者には見えないだろう。そんな男が、今更ゴブリンの洞窟について尋ねているのだ。
「ゴブリンの洞窟、ですか。王都から東へ半日ほど歩いた先の丘陵地帯にあります。推奨ランクはF。特に危険な報告も上がっていません。最近は素材の価格も安く、あまり潜る人はいないようですね」
彼女は手元の資料に視線を落としながら、淡々と説明してくれた。周囲から「ゴブリンだってよ」「金に困ってんのかね」という囁きが聞こえてくる。僕は意に介さず、礼を言ってカウンターを離れた。
必要な情報は手に入った。次は装備の調達だ。
ギルドを出て、僕は再び裏通りへと足を向けた。そこには、表通りのきらびやかな武具屋とは対照的な、古びた店が並んでいる。その中の一軒、煤けた看板に『鉄屑屋』とだけ書かれた店の扉を押した。
店内にいたのは、片眼鏡をかけた人の良さそうな老人だった。彼は黙々と金床に向かって槌を振るっていたが、僕が入ってくると動きを止め、じろりと品定めするような視線を向けた。
「いらっしゃい。見てのとおり、ろくなもんはねえぞ」
「構わない。一番安い短剣と、水を入れる革袋を。あとは松明を数本と、火をつける道具も頼む」
僕の注文に、老人は片眉を上げた。
「ほう。ずいぶんと質素なもんだな。そんなもんでダンジョンにでも行く気かい。死ぬぜ」
「護身用だ。戦うつもりはない」
「戦わずにどうする。ゴブリンに命乞いでもするのか」
老人は呆れたように笑った。僕は答えず、店内に並べられた商品に目をやる。ほとんどが使い古されたり、少し欠けたりしている武具ばかりだ。だが、その分値段は安い。
僕は棚の隅にあった、鞘がボロボロになった短剣を手に取った。刃は少し錆びているが、研げば最低限の役には立つだろう。革袋も、少し水漏れしそうな見た目だが、布で補強すれば問題ない。松明五本と火口箱、それから干し肉を数枚選ぶ。
「これで全部だ。いくらになる」
「……銀貨二枚と銅貨十五枚だ。おまけしてやる」
老人はぶっきらぼうに言った。僕の全財産が、これでほとんど消える。僕は黙って代金を支払った。
「忠告だ、小僧。ダンジョンはな、準備を怠った奴から死んでいく。その貧相な装備じゃ、ゴブリン一体にも勝てんぞ」
「忠告感謝する」
僕はそれだけ言うと、購入した品々を布袋に詰め、店を出た。老人の言うことは正しい。普通の冒険者なら、この装備は自殺行為に等しいだろう。
だが、僕は普通ではない。僕には、どんな名剣や鎧にも勝る最強の武器がある。
王都の東門を抜け、丘陵地帯を目指して歩き始めた。かつて、この道をアレクサンダーたちと何度も通った。新しいダンジョンへ向かう時の高揚感。攻略を終えた後の疲労と達成感。それらの記憶が蘇りそうになるのを、僕は首を振って振り払った。もう過去は振り返らない。
半日ほど歩くと、目的の丘が見えてきた。その中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。あれが『ゴブリンの洞窟』だ。入り口の周りには、ねじくれた木々がまばらに生えているだけで、生き物の気配はない。不気味なほど静かだった。
僕は入り口の手前で立ち止まり、最後の準備を整えた。革袋に近くの小川で水を満たし、松明の一本に火口箱で火を灯す。揺らめく炎が、洞窟の暗い入り口をぼんやりと照らし出した。
そして、静かに目を閉じる。
スキル【地図化】、発動。
意識を深く、深く沈めていく。脳裏に広がる三次元マップ。その中心点は、今僕が立っているこの場所だ。
僕はゆっくりと一歩、洞窟の中へ足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。松明の炎がパチパチと音を立てる以外、何も聞こえない。
だが、僕の脳内のマップは、雄弁にこの洞窟の情報を語り始めていた。
一歩進むごとに、ワイヤーフレームの線が前方に伸びていく。洞窟の壁の形状、天井の高さ、地面の緩やかな傾斜。全ての情報がリアルタイムで構築されていく。まるで未知の大陸を自分の手で描き出していくような、不思議な高揚感があった。
そして、マップ上に最初の光点が灯った。
淡い、赤い光。ゴブリンだ。
位置は、前方二十メートルの通路の角を曲がった先。一体だけ。シンボルは静止している。おそらく、壁に寄りかかって居眠りでもしているのだろう。
僕は息を殺し、足音を立てないようにゆっくりと進んだ。心臓が少しだけ早く鼓動する。初めてのソロでのダンジョン探索だ。緊張しないと言えば嘘になる。
角の手前で立ち止まり、壁に背をつけた。松明の光が届かないように、体を隠す。
脳内のマップをさらに拡大し、ゴブリンのシンボルに意識を集中させた。すると、シンボルから淡い扇状の光が伸びているのが見えた。
「……これは、視界か」
ゴブリンの顔が向いている方向、その視界の範囲が可視化されている。これなら、死角を正確に見抜くことができる。
それだけではない。シンボルの周りには、さらに薄い円形の光が広がっていた。おそらく、聴覚の範囲だろう。この円の中では、大きな物音を立てれば気づかれる。
潜入に特化した、あまりにも完璧な情報だ。
僕はゴブリンが背を向けているのを確認すると、音を立てないようにゆっくりと角を曲がり、その横を通り過ぎた。腐ったような獣の臭いが鼻をつく。振り返りたい衝動を抑え、そのまま闇の奥へと進んだ。
最初の関門を、戦闘することなく突破した。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。右の通路の奥には、赤いシンボルが三つ固まっている。左の通路には、一つだけ。
パーティを組んでいるなら、数の少ない左へ進むのがセオリーだろう。だが、僕の目的は戦闘ではない。
【地図化】のマップは、さらに先の構造まで映し出していた。二つの通路は、五十メートルほど先で再び合流している。そして、その合流地点のすぐ近くには、五体のゴブリンがひしめく広間があった。
どちらの道を進んでも、結局はその広間を通過しなければならない。
いや、待て。
僕はマップをさらに詳細に観察した。右の通路、ゴブリンが三体いる場所の壁。その構造が、僅かに歪んでいる。壁の厚みが、他の場所よりも不自然に薄いのだ。
これは、ただの壁じゃない。
僕は迷わず右の通路を選んだ。三体のゴブリンは、何かを囲んで騒いでいるようだった。彼らの視線は中央に集中している。聴覚の範囲にさえ入らなければ、気づかれることはない。
僕は壁際を這うように進み、マップが示す不自然な地点にたどり着いた。壁に手を触れると、ひんやりとした岩肌の感触。ところどころに、不自然な切れ込みのようなものが入っている。
隠し扉だ。間違いない。
おそらく、ゴブリンが作ったものではない。もっと昔、この洞窟が別の目的で使われていた頃の名残だろう。
僕は扉の隙間に指をかけ、ゆっくりと力を込めた。ギギ、と錆び付いた蝶番が悲鳴を上げる。その音に、ゴブリンたちが一斉にこちらを向いた。
まずい、と思った瞬間には、僕は扉の向こう側へと体を滑り込ませ、背中で扉を閉じていた。
真っ暗な闇と、静寂。
ゴブリンたちの怒鳴り声が、分厚い石の扉の向こうでくぐもって聞こえる。やがて、それも遠ざかっていった。どうやら諦めて持ち場に戻ったらしい。
僕は荒い息を整え、改めて松明で周囲を照らした。
そこは、洞窟の壁をくり抜いて作られた、狭い通路だった。埃っぽく、蜘蛛の巣が張っている。だが、僕の脳内のマップは、この通路がまっすぐに、洞窟のさらに深部へと続いていることを示していた。
しかも、この通路には、赤いシンボルが一つも表示されていない。
「……見つけた」
完璧な、安全ルート。
ゴブリンの群れがいる広間を完全に迂回し、誰にも知られずに最深部へと到達できる道だ。
口元が自然と綻ぶのを止められなかった。
これだ。これが、僕の戦い方だ。
力も魔法も必要ない。ただ、「知っている」という事実だけで、あらゆる困難を無に帰す。
僕は誇らしい気持ちで、未知の通路へと足を踏み出した。この先に何が待っているのか。脳内のマップはまだそれを映し出してはいない。だが、僕の心には確信があった。
この道の先には、このダンジョンで最も価値のあるものが眠っている。
アレクサンダーたちが一生気づくことのない、本当の宝が。
僕は大きく息を吸い込んだ。カビ臭い宿の空気とは違う、新鮮な朝の匂いだ。心なしか、体も軽くなったように感じる。
目的地は冒険者ギルド。王都の中央広場に面して建つ、この街で最も活気のある場所の一つだ。石造りの重厚な建物は、夜明け前から活動を始める冒険者たちのために、いつでも門戸を開いている。
中に入ると、外の静けさが嘘のような熱気が体を包んだ。掲示板に群がる冒-険者たち。カウンターで依頼の受注や報告をする者。酒場で朝から景気づけに一杯やっている連中。様々な人種の怒声と笑い声が混じり合い、巨大な生き物のように蠢いている。
僕はその喧騒を抜け、まっすぐにカウンターへ向かった。受付嬢の一人が、僕の姿に気づいて声をかける。
「おはようございます。ご依頼ですか?」
まだ年若い、そばかすの可愛い少女だ。僕が『サンクチュアリ』の一員だった頃、何度か顔を合わせたことがある。彼女は僕のことなど覚えていないだろうが。
「いや、ダンジョンの情報を少し。初心者向けの『ゴブリンの洞窟』について」
僕の言葉に、受付嬢は少し意外そうな顔をした。無理もない。僕の風体は、荷物持ちをしていた頃の使い古された服のままだ。お世辞にも新米冒険者には見えないだろう。そんな男が、今更ゴブリンの洞窟について尋ねているのだ。
「ゴブリンの洞窟、ですか。王都から東へ半日ほど歩いた先の丘陵地帯にあります。推奨ランクはF。特に危険な報告も上がっていません。最近は素材の価格も安く、あまり潜る人はいないようですね」
彼女は手元の資料に視線を落としながら、淡々と説明してくれた。周囲から「ゴブリンだってよ」「金に困ってんのかね」という囁きが聞こえてくる。僕は意に介さず、礼を言ってカウンターを離れた。
必要な情報は手に入った。次は装備の調達だ。
ギルドを出て、僕は再び裏通りへと足を向けた。そこには、表通りのきらびやかな武具屋とは対照的な、古びた店が並んでいる。その中の一軒、煤けた看板に『鉄屑屋』とだけ書かれた店の扉を押した。
店内にいたのは、片眼鏡をかけた人の良さそうな老人だった。彼は黙々と金床に向かって槌を振るっていたが、僕が入ってくると動きを止め、じろりと品定めするような視線を向けた。
「いらっしゃい。見てのとおり、ろくなもんはねえぞ」
「構わない。一番安い短剣と、水を入れる革袋を。あとは松明を数本と、火をつける道具も頼む」
僕の注文に、老人は片眉を上げた。
「ほう。ずいぶんと質素なもんだな。そんなもんでダンジョンにでも行く気かい。死ぬぜ」
「護身用だ。戦うつもりはない」
「戦わずにどうする。ゴブリンに命乞いでもするのか」
老人は呆れたように笑った。僕は答えず、店内に並べられた商品に目をやる。ほとんどが使い古されたり、少し欠けたりしている武具ばかりだ。だが、その分値段は安い。
僕は棚の隅にあった、鞘がボロボロになった短剣を手に取った。刃は少し錆びているが、研げば最低限の役には立つだろう。革袋も、少し水漏れしそうな見た目だが、布で補強すれば問題ない。松明五本と火口箱、それから干し肉を数枚選ぶ。
「これで全部だ。いくらになる」
「……銀貨二枚と銅貨十五枚だ。おまけしてやる」
老人はぶっきらぼうに言った。僕の全財産が、これでほとんど消える。僕は黙って代金を支払った。
「忠告だ、小僧。ダンジョンはな、準備を怠った奴から死んでいく。その貧相な装備じゃ、ゴブリン一体にも勝てんぞ」
「忠告感謝する」
僕はそれだけ言うと、購入した品々を布袋に詰め、店を出た。老人の言うことは正しい。普通の冒険者なら、この装備は自殺行為に等しいだろう。
だが、僕は普通ではない。僕には、どんな名剣や鎧にも勝る最強の武器がある。
王都の東門を抜け、丘陵地帯を目指して歩き始めた。かつて、この道をアレクサンダーたちと何度も通った。新しいダンジョンへ向かう時の高揚感。攻略を終えた後の疲労と達成感。それらの記憶が蘇りそうになるのを、僕は首を振って振り払った。もう過去は振り返らない。
半日ほど歩くと、目的の丘が見えてきた。その中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。あれが『ゴブリンの洞窟』だ。入り口の周りには、ねじくれた木々がまばらに生えているだけで、生き物の気配はない。不気味なほど静かだった。
僕は入り口の手前で立ち止まり、最後の準備を整えた。革袋に近くの小川で水を満たし、松明の一本に火口箱で火を灯す。揺らめく炎が、洞窟の暗い入り口をぼんやりと照らし出した。
そして、静かに目を閉じる。
スキル【地図化】、発動。
意識を深く、深く沈めていく。脳裏に広がる三次元マップ。その中心点は、今僕が立っているこの場所だ。
僕はゆっくりと一歩、洞窟の中へ足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。松明の炎がパチパチと音を立てる以外、何も聞こえない。
だが、僕の脳内のマップは、雄弁にこの洞窟の情報を語り始めていた。
一歩進むごとに、ワイヤーフレームの線が前方に伸びていく。洞窟の壁の形状、天井の高さ、地面の緩やかな傾斜。全ての情報がリアルタイムで構築されていく。まるで未知の大陸を自分の手で描き出していくような、不思議な高揚感があった。
そして、マップ上に最初の光点が灯った。
淡い、赤い光。ゴブリンだ。
位置は、前方二十メートルの通路の角を曲がった先。一体だけ。シンボルは静止している。おそらく、壁に寄りかかって居眠りでもしているのだろう。
僕は息を殺し、足音を立てないようにゆっくりと進んだ。心臓が少しだけ早く鼓動する。初めてのソロでのダンジョン探索だ。緊張しないと言えば嘘になる。
角の手前で立ち止まり、壁に背をつけた。松明の光が届かないように、体を隠す。
脳内のマップをさらに拡大し、ゴブリンのシンボルに意識を集中させた。すると、シンボルから淡い扇状の光が伸びているのが見えた。
「……これは、視界か」
ゴブリンの顔が向いている方向、その視界の範囲が可視化されている。これなら、死角を正確に見抜くことができる。
それだけではない。シンボルの周りには、さらに薄い円形の光が広がっていた。おそらく、聴覚の範囲だろう。この円の中では、大きな物音を立てれば気づかれる。
潜入に特化した、あまりにも完璧な情報だ。
僕はゴブリンが背を向けているのを確認すると、音を立てないようにゆっくりと角を曲がり、その横を通り過ぎた。腐ったような獣の臭いが鼻をつく。振り返りたい衝動を抑え、そのまま闇の奥へと進んだ。
最初の関門を、戦闘することなく突破した。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。右の通路の奥には、赤いシンボルが三つ固まっている。左の通路には、一つだけ。
パーティを組んでいるなら、数の少ない左へ進むのがセオリーだろう。だが、僕の目的は戦闘ではない。
【地図化】のマップは、さらに先の構造まで映し出していた。二つの通路は、五十メートルほど先で再び合流している。そして、その合流地点のすぐ近くには、五体のゴブリンがひしめく広間があった。
どちらの道を進んでも、結局はその広間を通過しなければならない。
いや、待て。
僕はマップをさらに詳細に観察した。右の通路、ゴブリンが三体いる場所の壁。その構造が、僅かに歪んでいる。壁の厚みが、他の場所よりも不自然に薄いのだ。
これは、ただの壁じゃない。
僕は迷わず右の通路を選んだ。三体のゴブリンは、何かを囲んで騒いでいるようだった。彼らの視線は中央に集中している。聴覚の範囲にさえ入らなければ、気づかれることはない。
僕は壁際を這うように進み、マップが示す不自然な地点にたどり着いた。壁に手を触れると、ひんやりとした岩肌の感触。ところどころに、不自然な切れ込みのようなものが入っている。
隠し扉だ。間違いない。
おそらく、ゴブリンが作ったものではない。もっと昔、この洞窟が別の目的で使われていた頃の名残だろう。
僕は扉の隙間に指をかけ、ゆっくりと力を込めた。ギギ、と錆び付いた蝶番が悲鳴を上げる。その音に、ゴブリンたちが一斉にこちらを向いた。
まずい、と思った瞬間には、僕は扉の向こう側へと体を滑り込ませ、背中で扉を閉じていた。
真っ暗な闇と、静寂。
ゴブリンたちの怒鳴り声が、分厚い石の扉の向こうでくぐもって聞こえる。やがて、それも遠ざかっていった。どうやら諦めて持ち場に戻ったらしい。
僕は荒い息を整え、改めて松明で周囲を照らした。
そこは、洞窟の壁をくり抜いて作られた、狭い通路だった。埃っぽく、蜘蛛の巣が張っている。だが、僕の脳内のマップは、この通路がまっすぐに、洞窟のさらに深部へと続いていることを示していた。
しかも、この通路には、赤いシンボルが一つも表示されていない。
「……見つけた」
完璧な、安全ルート。
ゴブリンの群れがいる広間を完全に迂回し、誰にも知られずに最深部へと到達できる道だ。
口元が自然と綻ぶのを止められなかった。
これだ。これが、僕の戦い方だ。
力も魔法も必要ない。ただ、「知っている」という事実だけで、あらゆる困難を無に帰す。
僕は誇らしい気持ちで、未知の通路へと足を踏み出した。この先に何が待っているのか。脳内のマップはまだそれを映し出してはいない。だが、僕の心には確信があった。
この道の先には、このダンジョンで最も価値のあるものが眠っている。
アレクサンダーたちが一生気づくことのない、本当の宝が。
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