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第6話 大金と消耗
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王都への帰り道は、来た時とはまるで違う感覚だった。布袋の中でガチャガチャと鳴る金貨の音が、僕の足取りを軽くする。懐に入れた本の重みも心地良い。物理的には重くなっているはずなのに、精神的な高揚がそれを感じさせなかった。
僕はもう裏路地を歩く必要はない。胸を張って、王都の大通りをまっすぐに進んだ。行き交う人々が僕の薄汚れた格好を見て訝しげな視線を送ってくるが、気にならなかった。むしろ、彼らが僕の布袋の中身を知ったらどんな顔をするだろうかと想像すると、笑みさえこぼれてくる。
目的地は、再び冒険者ギルドだった。
先ほど訪れた時と同じように、ギルドの中は熱気に満ちていた。だが、僕の心持ちは全く違う。僕はもはや、情報を乞う落ちぶれた冒険者ではない。正当な対価を受け取りに来た、成功者だ。
僕は依頼の報告や素材の換金を行うカウンターへと直行した。ちょうど、朝に対応してくれたそばかすの受付嬢が空いていた。彼女は僕の顔を見ると、少しだけ目を見開いた。
「あら……。先ほどの方ですね。もう洞窟からお戻りですか? ご無事で何よりです」
その言葉には、憐れみと安堵が半分ずつ混じっているように聞こえた。僕の貧相な装備を見て、死んだかもしれないとでも思っていたのだろう。
「ああ。少しばかり、換金してもらいたいものがある」
僕はそう言うと、カウンターの上にずしりと重い布袋を置いた。そして、背負っていた袋から、取り出した低級ポーションの小瓶をずらりと並べていく。十本、二十本、三十本……。カウンターの上が、赤い小瓶で埋め尽くされていく。
受付嬢の目が、点になった。彼女だけでなく、周りでやり取りを見ていた冒険者たちも、何事かとこちらに注目し始める。
「こ、これは……」
「見ての通り、ポーションだ。それと、こっちも頼む」
僕は布袋の口を開け、中身をカウンターにぶちまけた。
ジャララララッ、と耳に心地よい金属音が響き渡る。黄金色の津波がカウンターの上に広がり、数枚が床に転がり落ちた。
ギルド内が一瞬、シンと静まり返った。
全ての視線が、僕がぶちまけた黄金の山に突き刺さっている。誰もが息を呑み、目の前で起きていることが信じられないといった顔をしていた。
「き、金貨……!? なんだこの量は!」
「おい、あれ全部本物かよ……」
「あいつ、ゴブリンの洞窟に行ったんじゃなかったのか!? ゴブリンが金貨の巣でも作ってたってのか!」
静寂はすぐに、どよめきと興奮の渦に変わった。カウンターの周りには、あっという間に人だかりができていた。
受付嬢は、完全に思考が停止しているようだった。彼女は震える指で金貨の一枚を摘み上げると、それを食い入るように見つめている。
「……嘘。間違いありません。王国発行の、正式な金貨です……。ですが、どうしてこんなものが、ゴブリンの洞窟から……」
「その質問に答える義務は、俺にはないはずだ。鑑定と換金を頼む」
僕は冷静に告げた。その態度が、逆に周囲の喧騒を煽っているようだった。僕を見る目が、憐れみや侮蔑から、畏怖と好奇へと変わっていくのが分かった。
受付嬢はハッと我に返ると、慌てて奥の部屋へ先輩らしき職員を呼びに行った。すぐに、恰幅のいいベテラン職員が二人現れ、鑑定作業が始まった。ポーションの品質チェック、金貨の真贋鑑定。ギルドのカウンターは、にわかに物々しい雰囲気に包まれた。
鑑定の結果はすぐに出た。
「ポーションは全て低級品ですが、品質に問題はありません。百二十本。一本あたり銀貨一枚で買い取りますので、合計で金貨十二枚。金貨は……三百五十四枚。全て本物です。手数料を差し引いて、合計で金貨三百六十枚のお支払いになります」
ベテラン職員が、信じられないという顔で僕に告げる。
金貨三百六十枚。
それは、Bランクパーティが一年間、命懸けで働いてようやく稼げるかどうかという大金だ。それを、僕がたった一人、半日足らずで稼ぎ出した。
周囲の冒険者たちが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「三百六十枚……だと……?」
「馬鹿な。あんなナリの男が、たった一人で……」
「一体何者なんだ、あいつは……」
僕は黙って頷き、差し出された金の入った革袋を受け取った。先ほどの布袋とは比べ物にならない、ずっしりとした重みだ。
僕はそれを無造雑作に腰に提げると、人だかりをかき分けてギルドを後にした。背中に突き刺さる視線が心地よかった。
その頃、勇者パーティ『サンクチュアリ』は、まさにその『ゴブリンの洞窟』で苦戦を強いられていた。
「くそっ、また行き止まりか!」
アレクサンダーが悪態をつく。彼らは洞窟に入ってから、すでに一時間以上も同じような景色の中を彷徨っていた。単純な構造のはずの洞窟は、彼らにとって無限に続く迷宮のように感じられた。
「アレクサンダー様、少し休みませんか? 水もそろそろ……」
聖女セシリアが、疲れた顔で進言する。彼女の水筒は、もう半分以上空になっていた。いつもなら、ユキナガがパーティ全員分の水量を完璧に管理し、適切なタイミングで休憩を提案してくれた。だが、今は誰もその役割を担っていなかった。
「弱音を吐くな、セシリア! たかがゴブリンの洞窟だぞ! こんな場所で時間を食っていること自体が恥だと思え!」
アレクサンダーは苛立ちを隠そうともしない。ユキナガを追放すれば、もっと効率よく攻略が進むはずだった。だが、現実はどうだ。斥候がいないだけで、これほどまでに歩みが遅くなるとは、思ってもみなかった。
「だが勇者よ。さすがに疲労が溜まっている。一度退くべきでは?」
賢者グレンが冷静に意見するが、アレクサンダーは聞く耳を持たなかった。
「黙れ! このまま進む! 前方に少し開けた場所がある。そこにいる奴らを殲滅して、今日こそ目標達成だ!」
彼の魔力感知が、広間に集まるゴブリンの気配を捉えていた。五体。一体ずつなら大したことはない。まとめて叩けば、すぐに終わるはずだ。
彼らは広間へと突入した。
「くらえ! 聖剣技、十字斬!」
アレクサンダーの剣が閃き、先頭のゴブリン二体を切り裂く。だが、それで終わりではなかった。
広間にいたゴブリンたちは、奇襲に驚きながらも、すぐに仲間を呼ぶ甲高い叫び声を上げた。すると、彼らが気づいていなかった横穴や通路の奥から、ワラワラと新たなゴブリンたちが現れたのだ。
「なっ……!? まだいたのか!」
数は瞬く間に膨れ上がり、十体を超えた。完全に包囲されている。
「ヴォルフ、前を固めろ! グレンは魔法で数を減らせ!」
アレクサンダーが叫ぶ。だが、パーティの連携は明らかにぎこちなかった。
戦士ヴォルフはまだ怪我が完治しておらず、動きに精彩を欠いている。数体のゴブリンの攻撃を防ぐのがやっとだ。
グレンは詠唱を始めるが、敵と味方が入り乱れる乱戦では、範囲魔法を撃つことができない。
「くそっ、これでは撃てん!」
「セシリア、回復を!」
「はいっ! ヒール!」
セシリアの回復魔法が飛ぶが、多方向からの攻撃に傷つく仲間全員を癒やすことは不可能だった。
結局、アレクサンダーが一人で奮闘する形になった。彼は聖剣を振るい、次々とゴブリンを屠っていく。だが、その顔には焦りの色が浮かんでいた。たかがゴブリン相手に、これほど消耗させられるとは。ポーションを使わなければ、切り抜けられそうにない。
ユキナガがいれば、こんなことにはならなかった。
彼は、敵の正確な数と配置を事前に把握していただろう。奇襲を受けることも、包囲されることもなかったはずだ。最適な侵入経路と、撤退のタイミングを的確に指示してくれたに違いない。
その考えが頭をよぎった瞬間、アレクサンダーは奥歯をギリリと噛みしめた。
(何を考えている! あんな無能がいなくても、俺たちだけでやれるはずだ!)
彼は己を鼓舞するように叫び、最後の力を振り絞って聖剣技を放った。
なんとかゴブリンの群れを殲滅した時、パーティは満身創痍だった。ヴォルフは肩口から血を流し、セシリアは魔力が尽きかけて青い顔をしている。グレンも、小競り合いの中でローブを切り裂かれていた。誰もが無言だった。
初心者向けダンジョンで、死にかけるほどの苦戦。この事実は、彼らのプライドを深く傷つけた。
「……ユキナガさんがいれば、きっと別の道を見つけてくれていました」
セシリアが、消え入りそうな声で呟いた。
その言葉が、とどめだった。
「黙れ!!」
アレクサンダーの怒声が、洞窟に響き渡った。「あいつは関係ない! 俺たちの力が、少し鈍っていただけだ! すぐに勘は取り戻せる!」
彼はそう吐き捨てると、パーティに背を向けた。その肩が、屈辱に小さく震えているのを、誰も指摘することはできなかった。
その夜。
僕は『豚の寝床亭』とは比べ物にならない、清潔で豪勢な宿の一室にいた。大通りに面した『白鹿亭』。一泊銀貨一枚の、中級冒険者向けの宿だ。
熱い湯で体の汚れを洗い流し、ギルドの近くで買った新しい服に着替えた。夕食には、柔らかいパンとジューシーな肉の煮込みを腹一杯食べた。硬い干し肉とは天と地ほどの差だ。
ふかふかのベッドに寝転がり、天井を眺める。
昨日の夜、同じように天井を見上げていた時とは、世界がまるで違って見えた。
あの時は、絶望と怒りしかなかった。だが今は、希望と、これから始まる壮大な計画への期待に満ちている。
僕は懐から、あの古びた本を取り出した。『スキル応用論序説』。
パラパラとページをめくる。今はまだ、この本に書かれていることの半分も理解できない。だが、いつか役立つ時が来るだろう。僕の【地図化】スキルも、まだ僕自身が気づいていない応用方法があるのかもしれない。
「次は、どうするか」
金は手に入った。当面の生活に困ることはない。
ならば、次のステップは仲間探しだ。
僕のスキルは、単体でも強力だ。だが、その真価は、他のスキルと組み合わせることで何倍にも跳ね上がる。僕の完璧なナビゲートに応えられる、優れたアタッカーと、堅実なタンク。
僕と同じように、強力なスキルを持ちながら、その価値を理解されずに燻っている人間。この広い王都には、きっとそんな冒-険者がいるはずだ。
僕の頭の中のマップに、新たな目標が設定された。
それは、最強のパーティを結成するという、新たなダンジョン攻略の始まりだった。
僕はもう裏路地を歩く必要はない。胸を張って、王都の大通りをまっすぐに進んだ。行き交う人々が僕の薄汚れた格好を見て訝しげな視線を送ってくるが、気にならなかった。むしろ、彼らが僕の布袋の中身を知ったらどんな顔をするだろうかと想像すると、笑みさえこぼれてくる。
目的地は、再び冒険者ギルドだった。
先ほど訪れた時と同じように、ギルドの中は熱気に満ちていた。だが、僕の心持ちは全く違う。僕はもはや、情報を乞う落ちぶれた冒険者ではない。正当な対価を受け取りに来た、成功者だ。
僕は依頼の報告や素材の換金を行うカウンターへと直行した。ちょうど、朝に対応してくれたそばかすの受付嬢が空いていた。彼女は僕の顔を見ると、少しだけ目を見開いた。
「あら……。先ほどの方ですね。もう洞窟からお戻りですか? ご無事で何よりです」
その言葉には、憐れみと安堵が半分ずつ混じっているように聞こえた。僕の貧相な装備を見て、死んだかもしれないとでも思っていたのだろう。
「ああ。少しばかり、換金してもらいたいものがある」
僕はそう言うと、カウンターの上にずしりと重い布袋を置いた。そして、背負っていた袋から、取り出した低級ポーションの小瓶をずらりと並べていく。十本、二十本、三十本……。カウンターの上が、赤い小瓶で埋め尽くされていく。
受付嬢の目が、点になった。彼女だけでなく、周りでやり取りを見ていた冒険者たちも、何事かとこちらに注目し始める。
「こ、これは……」
「見ての通り、ポーションだ。それと、こっちも頼む」
僕は布袋の口を開け、中身をカウンターにぶちまけた。
ジャララララッ、と耳に心地よい金属音が響き渡る。黄金色の津波がカウンターの上に広がり、数枚が床に転がり落ちた。
ギルド内が一瞬、シンと静まり返った。
全ての視線が、僕がぶちまけた黄金の山に突き刺さっている。誰もが息を呑み、目の前で起きていることが信じられないといった顔をしていた。
「き、金貨……!? なんだこの量は!」
「おい、あれ全部本物かよ……」
「あいつ、ゴブリンの洞窟に行ったんじゃなかったのか!? ゴブリンが金貨の巣でも作ってたってのか!」
静寂はすぐに、どよめきと興奮の渦に変わった。カウンターの周りには、あっという間に人だかりができていた。
受付嬢は、完全に思考が停止しているようだった。彼女は震える指で金貨の一枚を摘み上げると、それを食い入るように見つめている。
「……嘘。間違いありません。王国発行の、正式な金貨です……。ですが、どうしてこんなものが、ゴブリンの洞窟から……」
「その質問に答える義務は、俺にはないはずだ。鑑定と換金を頼む」
僕は冷静に告げた。その態度が、逆に周囲の喧騒を煽っているようだった。僕を見る目が、憐れみや侮蔑から、畏怖と好奇へと変わっていくのが分かった。
受付嬢はハッと我に返ると、慌てて奥の部屋へ先輩らしき職員を呼びに行った。すぐに、恰幅のいいベテラン職員が二人現れ、鑑定作業が始まった。ポーションの品質チェック、金貨の真贋鑑定。ギルドのカウンターは、にわかに物々しい雰囲気に包まれた。
鑑定の結果はすぐに出た。
「ポーションは全て低級品ですが、品質に問題はありません。百二十本。一本あたり銀貨一枚で買い取りますので、合計で金貨十二枚。金貨は……三百五十四枚。全て本物です。手数料を差し引いて、合計で金貨三百六十枚のお支払いになります」
ベテラン職員が、信じられないという顔で僕に告げる。
金貨三百六十枚。
それは、Bランクパーティが一年間、命懸けで働いてようやく稼げるかどうかという大金だ。それを、僕がたった一人、半日足らずで稼ぎ出した。
周囲の冒険者たちが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
「三百六十枚……だと……?」
「馬鹿な。あんなナリの男が、たった一人で……」
「一体何者なんだ、あいつは……」
僕は黙って頷き、差し出された金の入った革袋を受け取った。先ほどの布袋とは比べ物にならない、ずっしりとした重みだ。
僕はそれを無造雑作に腰に提げると、人だかりをかき分けてギルドを後にした。背中に突き刺さる視線が心地よかった。
その頃、勇者パーティ『サンクチュアリ』は、まさにその『ゴブリンの洞窟』で苦戦を強いられていた。
「くそっ、また行き止まりか!」
アレクサンダーが悪態をつく。彼らは洞窟に入ってから、すでに一時間以上も同じような景色の中を彷徨っていた。単純な構造のはずの洞窟は、彼らにとって無限に続く迷宮のように感じられた。
「アレクサンダー様、少し休みませんか? 水もそろそろ……」
聖女セシリアが、疲れた顔で進言する。彼女の水筒は、もう半分以上空になっていた。いつもなら、ユキナガがパーティ全員分の水量を完璧に管理し、適切なタイミングで休憩を提案してくれた。だが、今は誰もその役割を担っていなかった。
「弱音を吐くな、セシリア! たかがゴブリンの洞窟だぞ! こんな場所で時間を食っていること自体が恥だと思え!」
アレクサンダーは苛立ちを隠そうともしない。ユキナガを追放すれば、もっと効率よく攻略が進むはずだった。だが、現実はどうだ。斥候がいないだけで、これほどまでに歩みが遅くなるとは、思ってもみなかった。
「だが勇者よ。さすがに疲労が溜まっている。一度退くべきでは?」
賢者グレンが冷静に意見するが、アレクサンダーは聞く耳を持たなかった。
「黙れ! このまま進む! 前方に少し開けた場所がある。そこにいる奴らを殲滅して、今日こそ目標達成だ!」
彼の魔力感知が、広間に集まるゴブリンの気配を捉えていた。五体。一体ずつなら大したことはない。まとめて叩けば、すぐに終わるはずだ。
彼らは広間へと突入した。
「くらえ! 聖剣技、十字斬!」
アレクサンダーの剣が閃き、先頭のゴブリン二体を切り裂く。だが、それで終わりではなかった。
広間にいたゴブリンたちは、奇襲に驚きながらも、すぐに仲間を呼ぶ甲高い叫び声を上げた。すると、彼らが気づいていなかった横穴や通路の奥から、ワラワラと新たなゴブリンたちが現れたのだ。
「なっ……!? まだいたのか!」
数は瞬く間に膨れ上がり、十体を超えた。完全に包囲されている。
「ヴォルフ、前を固めろ! グレンは魔法で数を減らせ!」
アレクサンダーが叫ぶ。だが、パーティの連携は明らかにぎこちなかった。
戦士ヴォルフはまだ怪我が完治しておらず、動きに精彩を欠いている。数体のゴブリンの攻撃を防ぐのがやっとだ。
グレンは詠唱を始めるが、敵と味方が入り乱れる乱戦では、範囲魔法を撃つことができない。
「くそっ、これでは撃てん!」
「セシリア、回復を!」
「はいっ! ヒール!」
セシリアの回復魔法が飛ぶが、多方向からの攻撃に傷つく仲間全員を癒やすことは不可能だった。
結局、アレクサンダーが一人で奮闘する形になった。彼は聖剣を振るい、次々とゴブリンを屠っていく。だが、その顔には焦りの色が浮かんでいた。たかがゴブリン相手に、これほど消耗させられるとは。ポーションを使わなければ、切り抜けられそうにない。
ユキナガがいれば、こんなことにはならなかった。
彼は、敵の正確な数と配置を事前に把握していただろう。奇襲を受けることも、包囲されることもなかったはずだ。最適な侵入経路と、撤退のタイミングを的確に指示してくれたに違いない。
その考えが頭をよぎった瞬間、アレクサンダーは奥歯をギリリと噛みしめた。
(何を考えている! あんな無能がいなくても、俺たちだけでやれるはずだ!)
彼は己を鼓舞するように叫び、最後の力を振り絞って聖剣技を放った。
なんとかゴブリンの群れを殲滅した時、パーティは満身創痍だった。ヴォルフは肩口から血を流し、セシリアは魔力が尽きかけて青い顔をしている。グレンも、小競り合いの中でローブを切り裂かれていた。誰もが無言だった。
初心者向けダンジョンで、死にかけるほどの苦戦。この事実は、彼らのプライドを深く傷つけた。
「……ユキナガさんがいれば、きっと別の道を見つけてくれていました」
セシリアが、消え入りそうな声で呟いた。
その言葉が、とどめだった。
「黙れ!!」
アレクサンダーの怒声が、洞窟に響き渡った。「あいつは関係ない! 俺たちの力が、少し鈍っていただけだ! すぐに勘は取り戻せる!」
彼はそう吐き捨てると、パーティに背を向けた。その肩が、屈辱に小さく震えているのを、誰も指摘することはできなかった。
その夜。
僕は『豚の寝床亭』とは比べ物にならない、清潔で豪勢な宿の一室にいた。大通りに面した『白鹿亭』。一泊銀貨一枚の、中級冒険者向けの宿だ。
熱い湯で体の汚れを洗い流し、ギルドの近くで買った新しい服に着替えた。夕食には、柔らかいパンとジューシーな肉の煮込みを腹一杯食べた。硬い干し肉とは天と地ほどの差だ。
ふかふかのベッドに寝転がり、天井を眺める。
昨日の夜、同じように天井を見上げていた時とは、世界がまるで違って見えた。
あの時は、絶望と怒りしかなかった。だが今は、希望と、これから始まる壮大な計画への期待に満ちている。
僕は懐から、あの古びた本を取り出した。『スキル応用論序説』。
パラパラとページをめくる。今はまだ、この本に書かれていることの半分も理解できない。だが、いつか役立つ時が来るだろう。僕の【地図化】スキルも、まだ僕自身が気づいていない応用方法があるのかもしれない。
「次は、どうするか」
金は手に入った。当面の生活に困ることはない。
ならば、次のステップは仲間探しだ。
僕のスキルは、単体でも強力だ。だが、その真価は、他のスキルと組み合わせることで何倍にも跳ね上がる。僕の完璧なナビゲートに応えられる、優れたアタッカーと、堅実なタンク。
僕と同じように、強力なスキルを持ちながら、その価値を理解されずに燻っている人間。この広い王都には、きっとそんな冒-険者がいるはずだ。
僕の頭の中のマップに、新たな目標が設定された。
それは、最強のパーティを結成するという、新たなダンジョン攻略の始まりだった。
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